【完結】ダイ大短編集   作:あきまさ

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竜魔人ダイがバーン、ミストバーンと戦う。
強大な力を持つ相手に対し、ミストバーンは……。


Battle of “D”s(ダイ・バーン・ミスト)

「バーン様、お下がりくださいッ!」

 鋭い声が空気を切り裂いた。

 臣下が主君に向けるには乱暴な声音だが、浴びた側は非礼だと腹を立てる様子はない。

 言葉をぶつけられたのは魔界に君臨する男、大魔王バーン。警告を発したのは、バーンを庇うように立つ青年だ。ミストバーンという名の男は、隠された素顔を露にしている。沈黙で覆われていた内心までも面に晒して。

 代謝の止まっている顔に汗が伝うはずもないのに、頬を手の甲で拭う。主君の方は片手を差し出すようにして身構えている。

 どちらの顔にも緊張がみなぎっている。緊張どころか、己を奮い立たせるような切迫した色が漂っているかもしれない。

 この主従に敵う者など天地魔界に存在しないはずだった。

 敵を遥かな高みから見下すはずの二人は、挑戦者の顔をしている。

 主従の前にいるのは、竜の騎士の全ての力を解放した存在なのだから。

 両手に宿っていた竜の紋章は額で合わさり、輝きを放っている。髪は逆立ち、放たれる竜闘気の激しさを伝えている。

 小さな子供の身に宿り、放出される力はあり得ぬ大きさだった。

 片鱗を披露しただけで、魔界最強の組み合わせが言葉を失うほど。

 悪魔のように冷酷な二人が、悪魔と対峙した人間の顔をするほどに。

 

 

 光魔の杖はすでに砕かれ、破片が散らばっている。

 残骸を踏み壊しながら、竜の騎士ダイは突進した。

 彼の標的は大魔王一人。

 当初は攻撃を阻むミストバーンから倒そうとしたのだが、攻撃を浴びせても通じないため、バーンに狙いを絞ったのだ。

 ミストバーンは、大魔王へと突き進む少年の前に割り込み、拳を握りこむ。

 恐ろしい膂力から放たれる拳撃は、魔界の強者であろうとまともに受け止めることもできぬはずだった。

 ダイは手の端で軽く止め、反撃の手刀を見舞う。頬の上部を掠めた一撃は、時を止める秘法がかけられていなければ耳をざっくりと削ったかもしれない。

 体勢を崩したミストバーンの頬に拳が叩き込まれた。

「ぐっ!」

 呻きとも吐息ともつかぬ音が口から漏れるが、攻撃の手は緩まない。

 続けざまに拳の雨が浴びせられる。頬や顎に拳が的確に打ち込まれるたびに重い音が響く。衝撃に体が揺れ、反撃もままならない。

「この……!」

 猛攻の隙間をかいくぐり、ミストバーンがダイの顔へと手を突き出す。

 伸ばされた指の先にあるのは少年の双眸。

 眼球を抉ろうとする指に動じるでもなく、ダイは素早く己の手を動かした。

 伸ばされた指を掴み、己の後方に思い切り引く。

 倒れこむように近づく相手の顔面へ紫電一閃、かちあげる形で拳をくらわせる。

 ふわりと体が浮いた青年に影が差す。追撃に移ったダイが、上方へ跳んだのだ。

 天から地へ。

 鈍い音が響き、斜め下に吹き飛んだ体は壁と床の境界に激突し、瓦礫に埋もれた。

 ダイはそれに目もくれず大魔王へと再び視線を定めた。方向を変えた彼の背に切れ切れの声が届く。

「待、て……!」

 ミストバーンは指を引っ掛けるようにして少年の足首を掴み、床に倒そうとする。

 なりふり構わず、動きを封じようとしている。

 ダイは煩わしげな表情を浮かべたものの、視線を動かさない。

 狙うはバーンの首ただ一つ。

 

 

 殺意に満ちた視線を向けられても、バーンは目を逸らさない。

 胸中に去来する想いを言葉にせずに、怪物の殺気を受け止める。

 彼は逃げようとしない。逃げることは許されない。

 彼が今まで貫いてきた、残酷で単純で美しいルールがそう定めている。

 弱者を踏みにじってきた男へと、裁きの代行者のごとき存在が襲い掛かる。

 ミストバーンの指を振り払い、ダイが跳んだ。大魔王が魔法で応じるが、痛痒を与えているようには見えない。ダイを倒すどころか、身を守ることに集中しても、長くはもたないだろう。

 立ち上がったミストバーンは体勢を整える間もなく疾駆する。

 本能に従い、必死に手を伸ばす。

 ダイの背後から掴みかかり、引き離そうとする姿からは「武」も「技」も感じられない。

 青年のがむしゃらな行動にダイもバーンも同時に動いた。

 ダイが振り向きざまの裏拳を見舞おうとした刹那、火の鳥が彼を飲み込んだ。

 大魔王が最も得意とする火炎呪文。

 それも、有効打には程遠い。

 予想はした事態ではあるものの、大魔王の頬を汗が落ちる。バーンは素早く動いて距離を取り、魔獣と部下の殴り合いに巻き込まれぬようにする。

 冷静に戦局を見極めようとすればするほど、もたらされる情報は敗北を予感させるものばかり。

 拳が肉体に叩きつけられる音。床が砕け、空間までもが潰されるような圧力。悪夢じみた恐ろしい光景は、地上に破滅をもたらそうとした魔族を呑み込むまで消えることはないだろう。

 

 

 大魔王すら足手まといになる、異常な状況。

 ミストバーンの面に浮かぶ色は、魔王軍最強の座に相応しくないものばかりだ。

 混乱。

 焦り。

 そして、恐怖。

「バ……」

 何を言おうとしたのか、自身でも分からない。

 知らぬうちに声が震えていた。

 最強が、軋む。

 最強が、揺らぐ。

 彼は現実を、眼前の光景を否定するように歯を食いしばる。

 彼は傷一つ負っていない。それは何の救いにもならない。

 本体が命を落とした場合、秘法のかけられた分身体がどうなるか分からない。

 どのような状態になろうと、誇りと使命そのものであるこの体は、真の姿よりも遥かに忌まわしいものとなるだろう。永劫に償えぬ罪過の象徴として。

 自身が無傷でも主が倒されれば意味がない。数千年の戦いも全て意味がなくなる。

 床が砕けんばかりに踏みしめ、拳を握り締める。

「負けぬ……負けるわけにはいかぬッ! この――」

 言葉がぷつりと途切れる。

 この身に代えてもとは言えない。使っている肉体は主のものなのだから。

 捧げられる材料を探すように彼は唇を噛んだ。

 やがて吐き出されたのは、直前までの語調に反して静かな声だった。

「魂に、懸けて」

 魂などでは敵は殺せない。

 彼の主が常々口にしてきた事実だ。

 それを承知の上で彼は宣言した。価値を見出す者がここにいなくとも。

 

 

 短い宣告が、発した本人の心に火を点ける。

 熱を宿さぬはずのミストバーンの体を、何かが燃やしている。

「オオオオォォッ!」

 咆哮が迸る。

 端正な面差しにみなぎるのは獣のごとき殺気。

 余計な感情を全て削ぎ落とした兵器とも呼ぶべき姿は、勇者とよく似ていた。

 拳と拳がぶつかり合った衝撃で床に、壁に、亀裂が生じ、大きく揺れる。

 化物と化物の激突に周囲が崩れていった。

 原初の竜の闘いのように。

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