【完結】ダイ大短編集   作:あきまさ

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ハドラーが超魔生物と化した後、竜の騎士親子が乗り込む前の話。
ミストバーンについてバーンとキルバーンが語る。


玻璃(バーン・キルバーン)

 魔の気配の満ちる空間に、複数の影がある。

 大魔王バーンの傍らには腹心のミストバーンではなく、死神キルバーンが佇んでいる。

 超魔生物への改造、ダイとの交戦を経たハドラーは自室に控え、ミストバーンも席を外している。

 短時間とはいえ死神と二人きりなど心胆を寒からしめる状況だが、怖気づく大魔王ではない。

 悠然たる面持ちを崩さぬまま、バーンは口を開いた。

「随分と態度が違うな」

 大魔王の呟きが指しているのは、謁見前のキルバーンとミストバーンとのやりとりだった。

 今までキルバーンはハドラーを軽視し、それを隠そうともしなかった。反応を楽しみ、玩具のように扱っていた。

 軽い刺激を求める程度の気持ちで、ハドラーの処刑を唱えてもおかしくはない。

 仮に彼が命を絶たれても、心を痛めるどころか大いに笑い、すぐに忘れてしまうだろう。

 そんな男が今回、ハドラーを露骨に馬鹿にする真似はせず、ミストバーンに心配しないよう告げたのだ。

 他にも、ハドラーの顔を立てるという名目で戦闘において手出しを控えたり、海に落ちた彼の様子をミストバーンに見に行かせたりしている。

 常の死神からは想像できない行動だ。

 

 

 常識的に考えれば、キルバーンがミストバーンに配慮するのは何もおかしな話ではない。

 長い時間を共に過ごす人物との関係が険悪になるのは、誰もが避けたい事態だろう。

 相手を気遣う優しさの持ち主でなくても、自分が快適に過ごすため、敵を作らないよう立ち回るのは自然な行動だ。

 あくまで、普通ならば。

 死神は、例外だった。

 彼の姿勢は、暗殺者として送り込まれたという特殊な立場以上に、性格が大きい。

 彼は、他人からの好悪の念には拘泥しない。誰からどう思われようと気にせずにいる。

 茶化すような態度を取るのは、敵だけでなく、同じ陣営の者に対しても当てはまる。

 己より遥かに強大な力を持つ相手の前で、ふてぶてしく笑っていられる性根の持ち主である。

 不興を買い攻撃を受ける可能性も踏まえながら、彼は恐怖を知らぬように振る舞い続ける。薄氷の上でステップを踏むかのごとき行為を、死ぬまでやめないだろう。

「似合わんことをするものだ」

 バーンが指摘したのは、飄々としているキルバーンらしからぬ行動を取ったからだ。ハドラーの扱いを一変させ、ミストバーンに配慮している様子なのが、常の印象と似つかわしくない。

 バーンの言葉にキルバーンは額に手を当て、嘆息してみせた。

「魔界一の紳士に何たる言い草。元々気遣いのできる男ですよ、ボクは」

 前半部分はわざとらしく嘆いたものの、後半はやや真面目なトーンになった。

 キルバーンの台詞も全くのでたらめではない。

 他人の心情を読み取る観察眼。周囲の感情や注目をコントロールする立ち回り。脅威を察して捌いていく技術は、『死神』として生きていくために欠かせない。

 己が楽しみながらも、相手が本気で排除にかからぬ程度に抑える。一線を越えぬよう、茶化す範囲で留めておく。その境界を見極める目を、からかう以外の用途に発揮しただけの話だ。

 敵意を恐れぬ死神とて、闇雲に喧嘩を売り歩くことはしない。己にとって煩わしい事態に発展しない程度には空気を読み、場合によっては取り成すこともある。

 時折周囲のバランスを調整するような振る舞いを見せるのは事実。

「……いつもそうする気にならないってだけです」

 バランスを取ることがあっても、それ以上の行動には出ないのも確かだ。

 相手の望む言動を察知する能力はあっても、その通りに動いて良好な関係を築くつもりはない。

 どれほど疎まれ憎まれようと、痛痒を感じない。周囲から好かれようと望むことも、そのために積極的に行動することもない。

 そんなキルバーンがミストバーンには気遣いを見せる。

 支障なく過ごすだけならば不要なはずの行動を取っている。

「機嫌を損ねたくないようだな」

「そりゃそうですよ。ミストは唯一友人と呼べる相手ですし」

 さらりとした口調は本気で言っているか疑わしい。

 ミストバーンを唯一の友人と言いながらも、別の相手に関心を抱くことを不快に感じている様子はない。友達を取られるという子供じみた不安を抱えてはいない。

「疎ましくはないのか?」

「わかってるくせに、心配要らないことくらい。新しく宝物を手に入れたって、持ってるものを軽く感じる性格じゃないでしょう」

 遠慮なく言い返したキルバーンは、声を潜めた。

「……それで苦しむことになってもね」

 

 

 死神は手を伸ばし、己の隣の空いた空間を指し示した。

「誰にどんな感情を抱こうと、彼がいる場所はここだ」

 大魔王の傍ら。

 死神と対になるかのような位置。

 ミストバーンが立つ場所は変わらない。ずっと昔から続いてきて、これからも永遠にそのままだ。

「ふ……」

 大魔王は笑みを刻んだ。声ににじむ余裕と確信は死神と同じ。

 キルバーンは伸ばした指の先へちらりと視線を向けて、静かに呟く。

「ボクのやることが似合わないと仰いますけど、楽しみを優先しているだけですよ」

 訪れる結末を考えれば、友人にはあまり入れ込まぬよう勧めるべきかもしれない。

 彼が望んでいない結末へ向かう可能性が顔を覗かせている。

 ハドラーは高みを目指す戦士となったことで、過酷な戦いに臨むことになる。無惨に命を絶たれてしまう可能性は低くはない。

 大魔王のハドラーに対する認識を考えれば、駒として切り捨てる未来もありうる。ミストバーンが主君の決定に逆らうはずもなく、心を痛めながらも見殺しにするだろう。

 対象を目映く感じるほど、光は炎と化して己を焼く。

 大魔王の腹心という立場で他者に情を抱くのは諸刃の剣。火種に触れようとするような行為だが、死神は警告しない。

「カッとなって無茶をするなら止めますけどね。そうじゃないなら――」

 続く言葉の代わりに、横へ伸ばしていた手を下ろす。

 何も考えず猛火に突っ込むような、周囲が見えていない無謀な突撃ならば制止する。

 だが、心を焼かれることになろうと、輝きを見出し、望んで手を伸ばすのならば本人の意思に任せる。

 ミストバーンが感情に従った結果、死神との友情が形成されたように。

 

 

 キルバーンの肩に乗っている小人も真面目な表情をしている。無邪気な笑みを引っ込めて、主人の心を覗くように仮面を見上げる。

 何らかの道や信念に己を捧げる生き方。強い感情に彩られた表情。

 死神はそれらを他の相手でも楽しんでいるが、内容は異なる。

 普段は尊重しようとは露ほどにも思わず、弄び、憤懣や絶望を味わうだけだ。

 友人に関しては違う。心の動きを眺め、時には背を押す。

「その結果どうなろうと、楽しめる」

 酷薄な言葉は、水晶細工を扱うかのように柔らかい口調だった。

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