【完結】ダイ大短編集   作:あきまさ

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ハドラーが超魔生物と化した後、竜の騎士親子が乗り込む前の話。
己の見方を改めようとするハドラーとミストバーンの会話。


so sweet(親衛騎団・ハドラー・ミスト)

 どんな流れで出たかは分からないが、その一言は通りすがった足を留めさせるのに十分だった。

「可愛いキミが謝れば許すに決まってるって」

 台詞自体は何らおかしくない。

 場所と、相手が問題だった。

 魔王軍の幹部達が集う地で、大魔王バーンの腹心の部下に使うには相応しくない表現だ。

 「主君にとって可愛い部下であるキミが」と補足すればさほど違和感はない。

 違和感を抱くのは、そのままの意味で言っている場合だろう。小動物にでも向けるような調子で。

 敵に対し降伏すら許さず命を奪おうとしたり、元弟子を玩具のように葬ろうとしたりする男なのだ。一般人どころか魔王軍の面々であっても、言い出す者はまずいないはずだった。

 発言者であるキルバーンの口調に含みはない。軽い挨拶のように口にしただけだ。

 言われた側のミストバーンも、そのまま会話を続けている。

 気にするような空気でもないが、聞き慣れない単語に親衛騎団の一員――ヒムは首を傾げた。

 ハドラーの居室へと移動する最中だったため、歩みを再開しつつ仲間達へ話を振る。

「男ならカッコいいって言われる方が嬉しいもんじゃないのか?」

「決めつけるべきではないでしょう。そもそも、我々が性別を持ち出すのはおかしな話です」

 真っ先に口を開いたのはアルビナスだ。冷たい声には感情がこもっていないように聞こえる。

「戦いの駒である私達には理解できないでしょう」

 突き放すような言い方に機嫌を損ねることもなく、ヒムは他の仲間へと視線を移す。

「実は嬉しかったりするのかね。フェンブレンはどう思う?」

「ど――」

 どうでもいい。心の底からどうでもいい。

 本音が口から出そうになり、かろうじて飲み込む。仲間から話を振られて切り捨てるのも気が引ける。

「どうだろうな。わからん」

「うむ。作られて間もない我々には判断する材料がない」

 無難な答えを絞り出し、シグマが同調したことに安堵しかけたフェンブレンはぎょっとした。

 ヒムが主に駆け寄りながら大声を出したからだ。

「じゃあハドラー様に訊いてみるか。ハドラー様ー!」

 やめてくれというフェンブレンの願いもむなしく、ヒムは元気よく質問をぶつけた。

「ハドラー様は可愛いって言われたら嬉しいですか!?」

「待て。何の話だ?」

 突然すぎる質問の意図が全く読めず、ハドラーの表情が固まった。

 ヒムからの説明と仲間の補足で事情を把握すると苦笑が漏れた。中途半端な形の笑みには、部下の突飛な行動への驚きと楽しむ気持ちが入り混じっている。

「やっぱりカッコいいって言われる方がいいですか」

「バーン様に恥をかかせぬ程度には見苦しくないよう振る舞いたいが……」

 ハドラーの苦笑が深くなった。

 胸に去来したのはつい最近までの己の姿。

 大物ぶろうとすればするほど内側の脆さをさらけ出すこととなり、逆効果だった。

 見栄を張ろうとして失敗する様の、なんと滑稽だったことか。

 中身が追い付いていないのに上辺を取り繕おうとしても虚しいだけだ。

 気を取り直して、好奇心を瞳に浮かべている部下に尋ね返す。

「何故気になったんだ?」

「ハドラー様から聞いた話と可愛いって言葉が結びつかなかったので。実は全然オレの想像と違うのかなー……こう、正面からガンガン殴り合うのが好きなのかと思ってました」

「貴方がそうだからといって、他の方も同じとは限らないでしょう」

 ヒムの台詞にアルビナスが冷静に返す中、ハドラーはわずかに苦い表情をしていた。

 

 

 親衛騎団とのやり取りから間もなく、ハドラーとミストバーンが会話する機会が訪れた。

 椅子に座り、報告や連絡を行う間、喋る割合はハドラーが圧倒的に多い。

 用件が済んだ後、ミストバーンはハドラーのもの言いたげな表情に気づいた。相手の言葉を促すように視線をぴたりと据える。

 ハドラーが部下達とのやりとりをかいつまんで説明すると、納得した様子で答える。

「あいつからそう言われるのにはもう慣れた」

 慣れると言うからには何度も言われてきたことになる。

 意外な内容だったため返答が思いつかず、ハドラーは黙っている。

「私の反応が面白いらしい。困ったものだ」

 困っている気配皆無の口ぶりに、説得力は欠片もない。

 本人に仲の良さをアピールする意図や自覚はないのだろうが、聞いている方は反応に困る。

 再びハドラーは沈黙を選んだ。追及すべき事柄ではないと判断したのだ。

 自分が混ざりたいとは思わないが、恩のある相手が楽しい一時を過ごすのは良いことだ。

 

 

 質問と応答は終わったが、ミストバーンはまだ席を立たない。

 他愛のない話題だったはずが、ハドラーの面から笑みが消えているためだ。己の半生を振り返るような遠い目で虚空を見つめた後、対話の相手に目を向け直す。

 表情のわずかな変化が、空気を張り詰めさせる。

「……どうした?」

 ミストバーンが問う声にも重みが加わった。真剣な眼差しがぶつかり合い、火花を散らす。

「オレは何も見ていなかったのだと思ってな」

 ミストバーンとキルバーン。二人の親しげな様子は目にしたが、当時心にもたらされたのは恐怖だけ。

 己を監視し、失態を報告する存在が増えたと憂鬱になるだけだった。自分の地位や権力を崩す未来しか頭に浮かばなかった。

「オレがお前を疎んでいたことは前も言ったな」

 かつてハドラーがミストバーンに抱いていた印象は、お世辞にもいいものとは言えなかった。

 不気味で底知れない。何を考えているか分からない。

 己を脅かす存在の一つだった。

 時間稼ぎを頼む際も、彼の人格を信頼したのではなく、現れた相手に縋りついただけ。機会を与えてくれるならば誰でもよかった。

 だが、改造される最中、己と周囲の今までの行動を振り返り、認識が変わっていった。

 真意が知れない状態から、誠意を感じるようになった。冷酷な男だと思っていたが、情があることを知った。

 抱いていた印象と見つめ直した結果とで大幅にズレが生じたのだ。

「勝てなかったのも当たり前だ。ろくに見ようとしていなかったのだから」

 対象がミストバーンに限った話ではない。

 他の団長達とも向き合っていれば、離反を招くこともなかった。

 ハドラー個人の話にとどまらず、魔王軍が敗北を繰り返さずに済んだだろう。

「ヒムの言葉で思ったよ。偏った見方を改めたつもりでも、違うかもしれない。……いや、確実に歪みは残っているだろう」

 いくら覚悟を固めたからとて、一息に全て変われるものではない。

 捨てたつもりの怯懦や猜疑心は残っているだろう。

 まだ偏っているのであれば、正さなければならない。

 重要でありながら見えていない側面があるかもしれないのだ。

 闇の奥に届かんばかりの眼光が霧の貌に向けられる。重りを乗せられたかのようにミストバーンの視線が若干下に傾き、不思議そうな声が転がり出た。

「これ以上知る必要があるのか……?」

「姿をまともに見なければ、勝利は掴めまい」

 敵も、自分自身も。

「仲間のことも」

 知ろうとしているのは、戦闘に直接関わる要素――備えている能力や攻撃方法だけではない。

 

 

 ミストバーンは答えない。

 普段口数が少ない男だが、今回の沈黙は不自然なほどに長い。

 話題が転換した時のハドラーと似たような空気を漂わせている。

「呆れたか。使徒のような言い草だと」

 ハドラーは己の言動を振り返りながら呟く。

 アバンの使徒を、あるべき姿を教えてくれた相手として認めている自分と違い、ミストバーンにとっては憎らしい敵。

 敵対している者達と似たようなことを言い出しては、不愉快だと感じてもおかしくない。

 魔王軍の気風を考えれば生ぬるいと嘲笑されそうな考えだ。ハドラー自身、情やつながりといった概念をくだらないと見なしてきた。

 あるいは、大魔王からの信厚き己と同列に扱うなと、プライドを傷つけられ怒ったかもしれない。

 腹に力を込めて返答を待つハドラーの前で、ミストバーンはようやく口を開いた。

「……いっそバーンの使徒と名乗ってみるか?」

「ぶはっ!?」

 ハドラーの口から声と息が噴き出て変な音を立てた。拒絶を覚悟しただけに、反動が大きい。

 影の面を凝視すると、ミストバーンの眼の光がちらちらと揺れている。

 表情のわかりづらい容貌の持ち主だが、ハドラーの反応に満足げだ。笑いを堪えるように口元を掌で覆っている。

「仲間呼ばわりするなと一蹴するかと思ったぞ。ミストバーン」

「力をあてにするだけならばそうしただろう」

 一瞬、ミストバーンの眼光が鋭くなった。盾として使い潰すための方便に耳を傾けるほど寛容ではない。

 そっけない返答だが、ハドラーは笑みを浮かべた。

 ミストバーンは、ハドラーは違うと――都合よく仲間という言葉を持ち出したわけではないと判断したことになる。

 少しは信頼されるようになったと受け取ってもいいのかどうか考えながら、しみじみと呟く。

「しかし、お前がそんなことを言うとは……」 

 敵に倣おうとしているかのような発言だ。言い出したのがミストバーンでなければ、冗談と受け取られず、忠誠心が足りないと責める者も現れかねない。

 機嫌がよくなければこんな台詞は飛び出さないだろう。

「気分を害さなくて何よりだ。一つ、知ることができた」

 一歩間違えれば不敬だと咎められるような軽口を叩くとは思いもしなかった。

 彼を疎んでいた頃ならば、目にする機会がないか、見ても混乱するだけで終わっただろう。大魔王のお気に入りであることを見せつけているのかと、卑屈な捉え方をしたかもしれない。処刑されかねない己との違いに打ちのめされ、惨めさを噛み締める展開もありえた。

 

 

 ささやかな内容とはいえ人物像を修正できたため、前進したと言える。

 立ち上がろうとしたハドラーに、ミストバーンは注意を促すように指を一本立ててみせる。

 訂正を求めるのか。それとも、付け加えるべき事柄があるのか。

 何かを理解した気になったのは早すぎたかもしれない。

 座り直し、耳を傾ける姿勢を取ったハドラーに、ミストバーンは淡々と告げる。

「よほどのことがない限り不快には思わん」

「そうか」

 発言を受け入れる基準が、想定よりも遥かに甘かったのか。

 再度認識を改めようとしたハドラーに、ミストバーンは付け足した。

「今のお前の言葉ならばな」

「……また一つ、か」

 許容範囲が広いのか狭いのか、判別しづらい。

 新たに判明した情報に、修正を急ぐハドラーだった。

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