【完結】ダイ大短編集   作:あきまさ

9 / 20
鬼岩城が破壊された直後の話。
主の身体を預かった時のことをミストバーンが回顧する。


The Greatest Jubilee(バーン・ミスト・キル)

 ミストバーン。

 魔王軍の幹部にして、大魔王の右腕。

 闇の具現化したようなその姿は異様、その力は異才。

 誰もが脅威と見なす男は、無力な存在であるかのように平伏していた。己の失態を主君に報告するために。

「私がダイの剣の力を見抜くことができなかったばかりに……鬼岩城を破壊されてしまいました」

 声も震えている。恐怖を抑えかねるかのように。

「そう気に病むな。ミストバーン」

 応じたのは、ミストバーンが忠誠を捧げる相手――大魔王バーンだ。

「あれは玩具の一つ。ハドラーの改造が完了し、勇者達の被った痛手も踏まえれば悪くはない。……よほどのことがなければお前に罰を与えはせんよ」

 穏やかな声に責める調子はない。

 寛大な言葉に対し、ミストバーンの緊張は解けないままだ。その理由を知っていながら、死神キルバーンと使い魔の小人は茶化すように笑いかける。

「可愛がられてるんだね、ミストってば」

「よかったね、キャハハッ!」

 二人の朗らかな声とは対照的な呻き声が、黒い霧の奥から響く。

「……それだけでは、ありません」

 彼は躊躇うように言葉を切ってから、覚悟を決めて告げる。

「私は……許可無しにあの力を使おうと……!」

 大魔王の目が細まり、ミストバーンは怯えたようにびくりと身を震わせる。

「ちゃんと報告するなんて律儀だねー」

「ねー」

 死神と小人は感心したように囁き合った。

 大魔王が口を開く前に、キルバーンは背を向ける。

 ミストのしょげる姿をのんびり眺めるのも面白そうだが、当人は見られたくないだろう。

 気の合う友人の心情には配慮し、尊重するつもりだ。仕事と趣味の邪魔にならない範囲で。

 

 

 さほど時間が経たぬうちにミストバーンはキルバーンの前に姿を現した。

 主従の間でどんな会話が交わされたのか、死神が知る由もない。

 理不尽な罰や繰り言めいた説教などはなかっただろうとキルバーンは見ていた。

 彼らの関係に今更そんなものは必要ない。

 恐怖が抜けないのか、どこか頼りない足取りの友人に、キルバーンは呆れ混じりに呟く。

「……大変だね」

 同僚の生活に改めて思いを馳せて、浮かんだ感想はそれだった。

 主の言葉に従い、戦闘を繰り返す日々。

 影の男は、強敵との戦いに楽しみを見出す性格ではない。戦闘の最中、殺意と憎悪を燃え立たせることはあっても、歓喜や高揚に浸っているようには見えない。主の敵を排除したことで達成感を得ても、己を高めることなどに喜びを見出してはいないだろう。

 戦闘以外ではどうかというと、やはり娯楽に欠ける。

 酒や食事は口にしない。

 入浴や睡眠も必要ない。

 大魔王の傍から長く離れることもない。

 唯一気晴らしになりそうな会話すら制限されている。

「窮屈じゃない?」

 死神が何の気なしに尋ねると、真面目な答えが返ってきた。

「彷徨うだけの自由とは、比べ物にならん」

 興味をそそられたのか、死神は沈黙したまま視線を向ける。

 

 

 問いかけるような目に触発されたのか、大魔王の影は己の過去を振り返る。

 かつて、彼は自由だった。

 様々な姿になれる。だが、誇りとともに自らの名を告げる何者かにはなれない。

 どんな場所にも行ける。だが、留まりたいと思える場所には辿りつけない。

 無限に広がる世界も、無数の選択肢も、彼にとっては大差ない。どこへ赴こうと、誰の体を乗っ取ろうと、満たされはしないのだから。

 忌まわしい能力を使うだけの一本道。永劫の闇に閉ざされているそれは、牢獄に等しかった。

 主と出会い、囚われたのではない。

 逆だ。

 自分でも肯定できなかった能力を認められたことで、心を縛る鎖が断ち切られ、解放された。

 諦念と虚無感から成り立つ檻が砕かれたのだ。

「あの方と出会い、創生されたのかもしれん」

「キミが?」

「世界が」

 目に映るものを一変させた、あまりに大きな存在を一言で表現するならば、『世界』になるだろう。

 身に熱をもたらす太陽。進むべき道を照らす光。魂を安らげる闇。体を支える大地。心に溜まった澱を吹き飛ばす風。それらを包括する全てだと。

 彼の中で世界は一度滅び、作り直されたようなものだ。

 記憶を辿る彼は、邂逅を思い起こしたあとも追憶を続ける。

 生まれ落ちてから初めて、嫌悪感を抱かず能力を使った時の光景が浮かび上がる。

 

 

 人の形を成した暗黒が、青白い衣を纏った人物に近づく。

 両目を閉ざした青年は、彫像のように、立ったまま身動き一つしない。

 影と青年を見守るのは、後者によく似た姿の男だ。ほぼ同じ容貌でありながら印象が大きく異なるのは、角の有無や衣装だけでなく、苛烈な眼光を湛えているからだろう。

 男が観察する前で、黒い手がそろそろと、静止した体に伸ばされる。敬虔な信徒が神聖な神殿に足を踏み入れるかのような、畏れすら感じさせる所作だった。

 音もなく、闇が体に浸透した。

 白と黒が絡み、混じり合い、融けてゆく。

 夢のように幻想的で、悪夢のようにおぞましい光景は、やがて終わりを迎えた。

 最強の器を得た影は、慣れないかのように右手を持ち上げ、軽く壁に向ける。

 轟音が響き、静謐な空気が破られた。

 壁に大穴を開けた影は、しまったと言いたげな顔をして、恐る恐る主の様子を窺う。

「素晴らしいな。ミストよ」

 大魔王は、機嫌を害してはいない。それどころか、封印を施す表情は満足げだ。外見が老いるまでしばらくかかるが、中身はすでに弱体化しているという事実を感じさせないほどに。

「守り抜いて見せます。あなた様のお力で」

 決意のにじむ宣言に、大魔王は冷静に答える。

「お前のものだ。……そのように振る舞え。最強の戦士として」

「しかし、この体は――」

 ミストは言い淀んだ。

 信頼されて預けられた力を我が物顔で振るいたくはない。誰の物かという自覚を失った瞬間に、かつて浴びせられた侮蔑に相応しい存在に堕ちてしまうだろう。

 頷ききれない部下に、大魔王は薄く笑う。

「余の言葉に従えぬか?」

「ッ! そんな、滅相もないっ……!」

 慌てて否定したミストに、大魔王は鷹揚に言葉を紡ぐ。

「忘れはしまい。己の役目を」

「ええ、それは勿論」

 彼の役目。それは、任された肉体を管理し、いざという時はその力を活用し、主を守ること。

「己の力ではないと主張すれば正体に勘付く輩も現れよう。余の体を預かりながら大したものではないように振る舞うのは……謙虚ではなく傲慢と知れ」

 天地魔界において最強という誇りを、部下に穢されてはたまらない。

 秘密を守るため、そして自負を保つために、相応の態度を取ってもらわねばならない。

「は……はっ!」

 己こそが最強だという顔をしなければならない――そう自分に言い聞かせる部下に、大魔王は命令を下した。

「今後は必要が無ければ沈黙してもらう」

「は――」

 答えかけたミストはばつが悪そうに口をつぐんだ。

 慣れるまで時間がかかりそうだな、と呟く主の前で、ミストは口元に手を当ててこくりと頷く。

「お前は余の影となるのだ。よいな?」

 大魔王の真の姿を覆い隠し、守る者。影のように常に傍に控え、共に在る者に。

 ミストは無言でひざまずいた。目に歓喜の光を浮かべながら。

 

 

 地位も、名誉も、最初から不要。

 戦闘に手ごたえを感じずともかまわない。もはや戦うたびに虚しさを抱くことはないのだから。

 さらなる制限が課されようと、理不尽な命令が与えられようと、喜んで実行するだろう。

 偉大なる主の言葉に従おうと決めたのだ。

 彼にとって新たな世界が創られた時から。

「いずれ新たな世界が創造されるだろう」

 かつては彼の目に映る世界が変わっただけだった。

 今度の変革は世界全体に及ぶ。地上も魔界も巻き込み、全てを塗り替えるだろう。

 友人の言葉に、キルバーンは祝杯を上げる仕草をした。

「かつてキミに訪れた、記念すべき日に」

「いずれ顕現する、偉大なる祝祭に」

 返答は、祝福するような声音だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。