好意を寄せた人の顔。動画の中と同じ口調。そっくり同じの誰かさん。
でもみんな知ってたよ。目の前の人が別人だって。
痛い。苦しい。助けて。助けて。助けは来ない。誰も来ない。痛い。痛い。ごめんなさい。
みんな笑ってたよ。
痛くて悲しくて、それでも嬉しいっていう嘘の思いに心を塗り潰されていた。
なんで知ってるかって?
私もその一人だからだよ。
アハハ、私、バカだった。他のみんなと同じようにあの通りに足を向けた。危険だってわかってたのに、どうしてもそうしたかった。
そこで見たのは女性が犯される現場。
目があったの。その女性と。
彼女は助けを求めていた。私、恐かった。でも同時に怒りで頭が沸騰しそうだった。相手の顔を見るまでは。
好きな人だった。だから判った。それは違う人だって。
その人は、そっくりな人だった。ううん、同じで違った。ドッペルゲンガーよ。
私は逃げた。
女性がどうなったのかは、知らない。
薄情だって罵ってくれていいよ。自分がその「女性」になるかもしれない恐怖は女性にしかわかんないだろうね。私には、逃げるしか帰り道はなかった。
帰ったすぐ後にメールをした。宛先は本物の田中さん。
震えながらメールをした。内容も確認しないで、送信した。
私たちがしてきた嘘のドッペルゲンガーの話。それが現実になってしまった。その代償として私たちは私たちを差し出してきた。そう、なるのかな。
被害者となった女性たちの人生は狂わされた。こんなんじゃなかったと嘆いたはずよ。でも心の何処かでは歓喜している。田中さんのドッペルゲンガーを本物と置き換えて、自分は彼に愛されたと体に刻んだ。
そうしなきゃそれからの未来を生きていくことなんてできない。痛みを誤魔化して、事実を嘘で隠して、そうでなきゃ私たちは立っていられないの。
みんなはそれで終わり。私も恐かったで終わればよかった。
でもこれは「ドッペルゲンガーの話」だった。彼は、本物の田中さんはやって来てしまった。この桜ヶ原に。
田中さんのドッペルゲンガーを見つけに。
ねえ。結末がどうなったのか、わかるでしょ? 自分のドッペルゲンガーと会った人は、死ぬ。
田中さんは、死ぬ。
メールの送信ボタンを押して、布団の中で丸くなりながら怯えていた私は思った。
もしも、本当に、田中さんが、あのドッペルゲンガーと、会ってしまったら。
恐くなった。田中さんが死ぬことが 。
だってね、田中さんの動画配信グループって活動休止していたの。知ってる人は知ってるよ。四人中二人がもうこの世にいないってことを。
私は田中さんを三人目にしたくてこの話をしたんじゃない。もしも会えたらっていう希望を込めて始めたの。
だから怖かった。田中さんを私の、私たちのせいで失うことが。