おかしいと思い出し始めたのは最初の子だった。出産予定日になって様子がおかしくなった。
私を含めた他の子が心配している中で、その子のメールは届いた。
「パパがいないの」
それが彼女の最期になってしまった。
赤ちゃんは産まれたの? そんなの知らないよ。そもそもそれは誰の子だったの?
私たちはみんな、自分のお腹にはあの田中さんの子がいるんだと思ってた。そんなことあるわけないのに、そうだと信じていた。
みんな、自分は田中さんに愛されて妊娠したんだと。信じて疑わなかった。
私もそうだよ。でもおかしいの。
窓の外では雪が降り積もっていた。寒い寒い日が続いていた。そう。あの夜からまだひとつきも経っていない。
人の妊娠期間はどれくらいだったっけ。ひとつきでこんなに膨らむはずがない!
頭の中が真っ白になった。真っ白で、冷えきった。
自分のお腹には何がいるのかと。
ほとんどの子が妊娠前の検診を受けていなかったの。だって父親がいないんだから、きっと変な目で見られる。
ネットとかから手に入れた情報だけを頼りにして、私たちは出産の時を待っていた。それも、出産時でさえ救急車を呼ぶつもりはなかった。
みんな無事に出産するだろう。でも知らなかった。出産がどれほど困難なものかを。命を産み出す行為は時に命を奪うことがある。私たちは知らなすぎた。そして、考えることができない頭の状態だった。
何日経っても最初の子の連絡はなかった。そこでやっと、死亡したという答えに至った。二人目も、三人目も同じだった。私たちは命を奪われ続けたの。新しい命なんて一つも増えなかった。
誰かが言った。
「わたしがされたのって、強姦じゃなかったっけ」
合意なんてしていない。あれはただの暴力だった。
夜に終わりが近づいていた。待っていたのは朝日のない曇った空。
気づいた時には私だけになっていた。レイプの被害者は数十人もいたけど、みんな等しく妊娠して出産時に死んでいった。私もそうなる。そう思っていた。
まるで臨月みたいになったお腹はもう恐怖でしかない。あんなに愛しかったのに。
私と田中さんとの間にできたと思っていた赤ちゃんはバケモノだった。もしかしたら空っぽなのかもしれない。そう思い始めた時に私は見つけてしまった。田中さんのニュースを。
『ニュースです。
本日市内の路上にて凍死体が発見されました。
身元は田中○○さん、38才、男性、職業ユーチューバー。
飲酒の後、アルコール中毒に陥り、意識不明の状態で放置されたとみられます。ただいま事件性を調査しているとのことです。
繰り返します。
本日…』
瞬く間に思い出したよ。あの夜のことを。
私は田中さんじゃなくて、田中さんのドッペルゲンガーと会いにあの通りへ行ったはずだった。そこで見たのは田中さんとドッペルゲンガーが出会う場面。
本人とドッペルゲンガー。会えば死ぬ。
そう、私のよく知ってる田中さんは「田中さんによく似た人」に殺されそうになってたんだ。いや、ニュースの日付からして、田中さんは一晩外で放っておかれた。真冬の寒さの中で多い死因は凍死。もし田中さんが動けなかったんだとしたら、彼も同じことになったんだろう。
私たちの好きだった、私の特別な田中さんは、もうこの世にいなかったの。
ああ、それなのに! それなのに!
私たちは、あれに騙された。
顔を思い浮かべたの。田中さんの顔。穏やかで優しい人。
本物と偽物なんて明白よ。残った方が本物だなんて、そんなの違う。田中さんと彼のドッペルゲンガーだろうあれは全く違う、別人よ。成り代わることなんてできない。
だから、だから、田中さんは、あれの罪を名前に被せられて、ただ殺されただけ。それだけなの。
ああ、なんでドッペルゲンガーなんてものと会ってしまったんだろう。田中さんも、私たちも。
無意味に怒れてきた私の体調はどんどん悪化した。お腹が痛い、頭痛がする、吐き気が治まらない。特に腹痛は酷かった。出産前の陣痛ってこういうものかもしれない。
毎日愛しさを込めて撫でていたお腹が憎たらしいものになった。知らない人との赤ん坊。自分には全く関係ないのに。
いっそのこと叩き出してやろうと思った時、あれの顔が浮かんだの。人のことを蔑むような顔で笑う男。私の一番嫌いなタイプ。
その顔が、一番好きな人の顔と重なるの。おまえのせいで田中さんは死んだんだ! おまえはただのドッペルゲンガーでしかない!
赤ん坊の泣く声が聴こえたの。
あの男との間にできた望まない子。
私は冷めた声で言ってやった。
「ドッペルゲンガーとの子って、誰になるんだろ」
産まれたとしてもきっとこの子は誰にもならない。無意味な命を授けられた私たちは使い捨てられて死んでいくのだろう。