人間と人形の幻想演舞   作:天衣

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第二十五章

 

僕は今、大きな獣霊と戦っている。

 

とは言っても、人生で戦闘経験など一度もない僕はただ相手に一方的で無慈悲な暴力の数々を受け続けていた。痛いか苦しいかと言われたら、至極その通り。

僕は今まで争いとは無縁に育ってきた…だって、怖いじゃないか。痛い思いをしたり誰かを傷付けるのは…凄く怖い。

 

「おらどうしたぁ!?守ってばかりじゃ勝てねぇぞぉ!!」

 

「…ッ!!くっ…!」

 

大きな獣霊はこちらを挑発しながら拳の連撃を浴びせ続ける。

あまりに抵抗をしないから痺れを切らしたのだろう。喧嘩が日課の動物霊からしたら、無抵抗な自分に苛立ちを感じるのは無理もない。

ここは畜生界。地獄に堕ちた血と殺戮を好む獰猛な獣達の巣窟…自分とは真逆の生き方をする者の住む世界…争いの温床。

 

 

僕がこの場で人形を出し、この動物霊達を追い払うよう指示を出せばすぐにでも解決するかもしれない。

袿姫様がやったようにすれば、こんなことをされずに済んだかもしれない。

 

でも、それでは互いにやってることが一緒だ。

袿姫様は人形を作った素晴らしい神様…だけど間違っている。人形は争いの道具ではない。

それをどうか、分かって欲しいのだ。

 

「吹っ飛びやがれッ!!」

 

「ぐあっ―――!?」

 

大きな獣霊の止めと言わんばかりの最後の一撃を腹部に受け、壁に叩き付けられる。

血反吐を吐いてその場で項垂れる自分に対し、観戦している獣達は弱い弱いと嘲笑っている。

息が荒い…意識も段々遠くなってきた。

 

気が付くと腰に付けている封印の糸が激しく揺れている。これは…ユキの入っている糸だ。

他の糸も、小刻みに揺れているのを感じる。今すぐにでも出たいのだろう…だが、駄目だ。

 

それぞれの封印の糸を、手で抑え込むことでそれを拒む。我慢してくれ…どうか今だけは。

 

「…ちっ、まだそんなつまらねぇことするつもりか」

 

「ここまで無抵抗だとやりがいもねぇなぁ。もう飽きたし食っちまうか」

 

「……ッ」

 

大きな獣の牙…そして垂れる涎。

これから喰われるという恐怖から、足が震え始めた。…でも逃げない。例え死んでも。

 

「所詮この世は弱肉強食…弱い奴から死ぬんだよ」

 

 

「 今のお前みたいになぁッ!! 」

 

 

獰猛な獣の大口がこちらへ迫ってくる。

どうせこの体はもう動かせない。目を閉じ、覚悟を決めて死を受け入れた数秒後には刺さるような刺突の音が聞こえた…あぁ、きっと僕は噛まれたのだろう。

そしてこのまま噛み砕かれて肉となり、獣の養分となる…まるでサバンナの草食動物にでもなった気分だ。

 

 

…だが、おかしなことが1つある。

潔く死を受け入れたにも拘わらず、先程から痛みも何も感じない。死ぬって案外そういうものなのだろうか?

 

「が……ア!?」

 

僕を喰っている筈の獣霊の声が聞こえる。何やら苦しんでいるような悲痛な声。

明らかに様子が変だ…何が起こった?恐る恐る、閉じていた目を開けてみる。

 

「な…」

 

驚愕だった。僕を食べようとした大きな口に棒状の物が刺さっている。

そのことにやられた獣霊の方も驚きを隠せず、困惑しているようだった。

 

 

「 ぎゃあああああ!?何だこの槍はぁ!?俺様の口が、口がぁ!!ああああアアアッ…!! 」

 

 

遅れたように激しい痛みの感覚に襲われる獣霊。

僕は何もしてはいないし、人形だって勿論出してはいない。どうやら獣霊は他の誰かから攻撃をされたようだ。

刺さっている槍の刃先は獣霊の喉元にある…ということは、後ろから?

 

微かに、後方から足音が聞こえてくる。それも1つじゃない。

パカラパカラというこの独特な音とリズムは、馬?こんなところに馬なんて存在するのか?いや、動物の蔓延るこの世界では珍しくはないが…

だが仮に聞こえた音の正体が動物の馬だとして、それが僕を助けるというのは一体どういうことだ?

 

 

「大丈夫か!舞島殿!」

 

 

この声は…そうか。僕を助けてくれたのはどうやら磨弓のようだ。

後ろを向くと何やら沢山の影と土煙がこちらへ向かっている。

 

「嘘だろ…造形神の力は弱まったんじゃないのか!?あ、ありえねぇ!!」

 

「な、何だよありゃあ!?まるで戦国じゃねぇか!!」

 

影がハッキリしていくにつれ、動物霊達はその圧倒的な軍勢の正体に絶望した。

正直、こちらもその正体には大変驚いている。何故ならあれは…

 

 

「 埴輪兵団ッ!敬虔な信徒、舞島殿に加勢すべく参上した!! 」

 

 

先程までとはまるで違う、埴輪の馬に跨った磨弓団長率いる新制埴輪兵団達だったのだから。

 

 

 

 

 

 

人形バトルで見せたまゆみ人形の鎧の姿を彷彿とさせる、完全武装の兵団がこちらへ攻め込んだ。

墳墓で初めて会った時よりも遥かに強そうな見た目となった埴輪兵団はすぐさま陣を張り、僕を守るように列を組んでいく。

 

「どういうことだ?造形神(イドラデウス)が完全に力を取り戻しているなど…貴様、一体何をした!?」

 

ハ千慧のかつてない程の動揺ぶりが顔にハッキリと現れる。

余程今の状況が信じられないのだろう。こちらも袿姫様がこんな力を隠していたなんて思いもしなかった。

 

「簡単なこと。お前は“舞島 鏡介”という人間をみくびっていたのだ」

 

「何だと…?」

 

「確かに我々にとってはこの舞島 鏡介という人間は正に脅威。戦闘用の人形達に優しさを植え付け、それを作った袿姫様にまで被害を及ばせる程の影響力がある」

 

磨弓の視線がこちらへと向かれる。知らなかったとはいえ、僕が大変なことをしてしまったのは事実。

だからこうやって敵陣に単騎で乗り込んだ。罪滅ぼしにはならないかもしれないが、せめてもの償いの為に。

 

「そう、私の作戦は完璧だった筈…奴の人形遣いとしての腕と反吐が出る程の甘さを利用し、人形を無力化させ、あの邪神の力だって弱まった…なのに何故また取り戻している?」

 

「舞島殿は最初から袿姫様に危害を加えるつもりなどなかったのだ。あの時力を失った袿姫様に、舞島殿は手を差し伸べ、そして心から信仰なさった」

 

 

「 お前の敗因は彼の袿姫様に対する尊敬の気持ち…即ち“想いの力”を侮っていたからに他ならない!! 」

 

 

「―――ッ!?」

 

…そうか。袿姫様が力を取り戻したのはあの時の僕の言葉がきっかけだったのか。

何とか自分の想いをぶつけようと必死に伝えた甲斐があった。

 

「人間霊の味方である我らを人間の手で壊滅させるつもりが、逆にその人間の手によって身を滅ぼす……実に愚かだ、吉弔 八千慧」

 

「……ちっ!」

 

「この戦力差だ…やり合うだけ無駄というもの。だが今すぐにこの霊長園から立ち退くならば命までは取りはしない。早々に去れッ!!」

 

「(ど、どうします統領?さすがにこれは不味いんじゃ?)」

 

「(我々にあの脳筋共のような高い戦闘力はない。…仕方がありませんね)」

 

 

「…今回は我々の負けを認めましょう。ですが、いつか必ず邪神を倒して見せる…如何なる手段を使ってもね。それまで精々首を洗って待っていなさい」

 

 

そう言い残し、八千慧率いる鬼傑組は墳墓から姿を消した。良かった…袿姫様を守れたんだ。

しかし、こんなひ弱な僕では時間稼ぎしか出来なった。磨弓が加勢しなければ僕はあの時、間違いなく死んでいただろう。

 

 

「舞島殿、感謝する。お陰で袿姫様を失わずに済んだ。…大丈夫か?」

 

「え、あぁ多分、だいじょ…ぶ……」

 

 

ヤバ…安心したら一気に今までのダメージが……こりゃ重症だな。

 

また永遠亭送りだけは…勘弁……

 

 

「 舞島殿?しっかりしろ、舞島殿ッ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

目を開けると、視界には一面の宇宙が広がっている。

どうやら僕は夢の世界にいるらしい。…ここにいるということは、ギリギリ死なずには済んだのだろうか?

 

『…良かった。気が付いたんですね』

 

隣からしんみょうまるの声が聞こえてくる。

振り向くと、他の自分の仲間達も全員集合しているようだった。

 

何やら皆、心なしか表情が怒っているような…?

 

 

「 一体どうし…って痛たたたたッ!!? 」

 

 

どうしたのか尋ねようとしたその時、人形達による攻撃が一斉に襲い掛かる。

その攻撃方法は両手を存分に使うことで行う、所謂「駄々っ子パンチ」であった。

先程の獣霊からの攻撃に比べれば全然可愛いものであるが、受けた傷跡が身体に残っているせいか肉体的にも、そして精神的にもダメージが入ってしまう。

 

「おうふ……ど、どうして?」

 

『どうしてじゃありません!また死にかけるような無茶をして…どれだけ私達が心配したと…!』

 

『舞君のバカバカバカッ!!どうして私達にやらせなかったの!?舞君が死んじゃったら私……私……』

 

『ま、舞島さんはもう少し自分を大事にするべきだよ…!』

 

『きょーすけ、しんじゃイヤ……メディかなしい……』

 

「!み、みんな……」

 

…成程。僕があの時、出てくることを拒んだことに対して怒っているんだ。

だけどこの子達だって出ようと思えば出れはした筈…なのに敢えてそうしなかったのはこちらの気持ちを汲んでくれたからなのだろう。

そう考えると、今受けているこの仕打ちも当然…悪いことをした。

 

 

このパンチは、すごく効いたな。

 

 

ノックダウンされながら、僕はしみじみとそう感じるのだった。

 

 

 

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