人間と人形の幻想演舞 作:天衣
橋を渡った先にあった洞窟を浩一と共に抜けると、2人の少女が何やら言い争いをしていた。
「もうっ!姉さんは何も分かってないわ!」
「それはこっちのセリフよ!」
いくつもの紅葉が重なっているようなスカートが特徴的な少女と赤い帽子の横に葡萄が乗っている少女は行先を塞ぐように立っており、先導役の浩一もどうしたものかと困っている。
無理に通ろうとはしないのは、それなりの理由があるのだろうか。僕らは無言で互いに顔を合わせ、腕を組みながら首を傾げた。
「!そこのあなた、丁度良かったわ!」
「私達の話を聞いて行きなさい!」
「(お呼びだぜ。有名人)」
2人の少女はこちらの存在に気付くや否や、早速絡んできた。どうも自分は面倒事に巻き込まれる体質のようだ。
しかし、ここで断れば先には進めそうにないので、渋々2人の話を聞くことにした。
「秋といえば美味しい作物!!柿、栗、茄子、さつまいも……この沢山の実りこそ、秋の象徴よね!!」
「はぁ」
「違うわッ!!秋といえば紅葉!あの美しい彩りこそ、秋の象徴よ!!」
「えっと、はい。確かに?」
「実りはまだまだあるわよ!松茸に葡萄に南瓜に」
次々と続いていく少女達の言葉の圧に耐えかね、浩一に視線を送る。
だが浩一はまるで面白いものを見ているようにニヤつきながら後ろで静観を決め込んでおり、助けてくれる気配は一切ない。
どうやら、この2人の問答にきちんと受け答えをする必要がありそうだ。
とりあえず「両方あっての秋だ」という当たり障りのない返答をしてみると、2人は目が覚めたかのように納得し感謝され、すぐさま仲直りしてしまう。
葡萄を乗せた少女から握手され、さつまいもの良い香りが鼻を刺激する。「今年は期待しててね」という謎の言葉をかけられ、2人は山の奥へと消えていった。
「えっと……これで良かったんですか?」
「あぁ、彼女らは「秋姉妹」と言ってな。“秋を司る神様”なんだよ」
「え!?か、神様!?」
さり気なく明かされた衝撃の事実。自分は今、“秋を司る神様”と接触していた。
何か失礼なことを言っていなかっただろうか……?途端に心配になってくる。そういうことは早く言って欲しかった。
先に進みながら話を聞いてみると、紅葉のスカートの方が姉の“秋 静葉(あき しずは)”で、帽子に葡萄を乗せた方が妹の“秋 穣子(あき みのりこ)”というようだ。
姉妹というのは顔付きから何となく察していたが、神様というものはどうも見た目では簡単に判断出来ない。この山には特に神様が多く生息しているらしいので、今後は注意していこう。
噂によれば姉の方は時期が来ると葉っぱ1つ1つを丁寧に色付けし、それがあの美しい一面紅葉の景色を生み出しているのだという。量を考えると途方もない作業だ。
妹の方は豊穣神らしく、穀物や果物といったものの出来を司っているとのこと。人里に住む住民の多くが豊作をこの神様にお祈りしており、人々から敬われている有難い存在らしい。
秋姉妹はその人気ぶりから一部でカルト的な崇拝をされているらしく、彼女らを侮辱するようなことをすればタダでは済まないとのこと。……僕はどうやら命拾いをしたようだ。
そして浩一曰く、僕のあの時の返答は80点。……何を採点しているんだこの人は。
秋へのリスペクトが足りないと言われたが、僕の信仰する神様はたった1人だ。それは譲れない。
あれ以降、特にこれといった障害もなく順調に先へと進んでいき、やがて1つの集落へと到着する。
和風な建物が並んでいるところは人里に似ているが、住んでいる人達は少し違う。
ここに住む者皆が白と黒が基調の装束を身に纏い、頭には白いボンボンが垂れ下がった変わったものを被っている。
この特徴的な格好は天狗である「射命丸 文」とほぼ一致していることから、ここが目的地の“天狗の里”であることはすぐに分かった。
浩一とは途中の分かれ道でそれぞれ別になり、今はもうここにはいない。
「気を付けろ」という言葉のみを残していったが、実際のところ嫌な予感はしているのはこちらも同じだ。
今の自分はこの世界で何かと注目を集めている。射命丸 文がそうであったように、ここに住む天狗達にとって僕は恰好の“ネタ”なのだ。下手したらしばらく返してくれない可能性が非常に高いだろう。
だが行くといってしまった手前、立ち寄る以外の選択肢はない。……覚悟を決めよう。
「あややっ!誰かと思えば舞島さんではありませんか」
天狗の里へ一歩踏み出すと同時に誰かから声を掛けられる。
この聞き覚えのある口癖から、姿を見ずともそれが誰であるかはすぐに分かった。早々にお出迎えとは何と用意周到なことか。
「こんにちは。約束通り、寄らせて頂きましたよ」
僕の前に突然風のように現れ、片足で立ち腕を組みながら対峙する射命丸 文。
だがいつものスマイル顔とは違い、真逆の複雑そうな表情をしているようだ。
「いやはや、何ともタイミングの悪い時に来られましたねぇ。今は取材するどころの騒ぎではないのですよ。………」
「?」
「よもや、あなたではないですよね?」
文はこちらの全身をまじまじと観察した後、突拍子もないことを言い放つ。
そしてすかさず天狗による目にも止まらないボディチェックが行われ、されるがままに持ち物検査をされてしまった。
訳の分からないまま事が進み、粗方調べ終わった文は元の場所に戻って来る。しかし、不機嫌そうな状態は変わっていない。
「えっと……何かあったのですか?」
「まぁ、そういうことです」
言われてみれば他の天狗達も何やらピリピリした様子でどこか機嫌が悪そうに見える。
どうやらこの天狗の里で何かが起こっているらしい。このようなことをする輩がいるとして考えられる線は、やはり……
「“人形解放戦線”の仕業……でしょうか?」
「えぇ、恐らくは。まだ断定は出来ませんが、我々天狗にこのようなことをする輩は他に思い当たりません」
本当に、僕は事件に巻き込まれる体質だ。
文の話によると、事件の内容は“窃盗”とのこと。
前回の河童のアジトの時と比べればまだ可愛いほうだが、盗まれている物はどれも天狗にとっては大事な商売道具で、あれがなければ仕事が出来ない程の必需品のようだ。
盗られた物を探している天狗達の怒りに満ちた表情はそういうことだったらしい。
天狗のような妖怪相手に気付かれず盗みを働くことから、犯人は相当な手練れであることが分かる。
「誰かそのようなことの出来る人物に心当たりは?」
「そうですね……気に掛かる点があるとすれば、博麗神社の近くに住んでる“光の三月精”の姿を最近見ないことでしょうか。もしかしたら、彼女らも人形解放戦線の仲間に……?」
「“光の三月精”?」
「「サニーミルク」、「スターサファイア」、「ルナチャイルド」という3匹の妖精の名称ですよ。イタズラのプロです。その者達の持つ能力故にね」
「彼女らの持つ能力は単体こそ弱いものの、合わせれば脅威となります。簡単に説明しますと、「音」と「姿」を消せる上に、捕まえようとしても「気配」を探って逃げられるという厄介な相手なんです」
「(うわぁ……なんて質の悪い集団……)」
成程、そんな能力があれば確かにイタズラし放題だと納得する。
だが仮に彼女らが人形解放戦線だとして、今回の窃盗の動機は一体何なのだろうか?人形解放戦線がここを襲う理由とは一体……?
「文さん。人形異変が起こってから、この里で何かしていることはありますか?」
「していることですか?……ふ~む、特別思い当たりませんね。新聞のネタが尽きなくて有難いというくらいしか」
「新聞……やはり、人形解放戦線のことも?」
「えぇ勿論。何せこの幻想郷全体に喧嘩を売っている集団ですからね。こちらにとっては格好のネタですよ!今のこの状況もね!……最も、そのネタを書く為の道具一式は盗られてしまっている訳ですが」
そう言いながら文は両手を挙げ、やれやれと溜息を吐く。
記者にとって必須な道具と言えば、メモ帳やペンといった道具達。これらはきっと彼女にとっても命の次に大事なものだったに違いない。
この状況を記事に書けないという文の残念そうな顔と手をもどかしく動かしている様子が、それを鮮明に物語っている。
「しかし、私には今回の人形解放戦線の行動は理解しかねますね。もし仮に私が敵の幹部ならば、幻想郷の情報源であるこの里を襲うような真似はしません」
「それは、一体どういうことですか?」
「考えてもみて下さい。様々な情報を流しているこの里は、人形解放戦線にとってはむしろメリットが多いのですよ。敵というのは、自分達の恐ろしさを世界に知らしめるものでしょう?」
「あっ!た、確かに」
「……でもまぁ、頭の悪い妖精が大半を占める集団です。大した理由はないのかもしれませんがね」
……いや、どうもこれは単なるイタズラとは思えない。
盗んでいる物がピンポイントで商売道具なのを考えると、明らかに狙った犯行であることが分かる。
妖精だけならばこれが単なる偶然という線もあり得るが、人形解放戦線は妖精だけの集団ではない。
幹部のメディスンを始めとした“妖怪達”も多々存在していることは確認済みだ。人里で遭遇した5人組は頭が良さそうには見えなかったが、彼女らの他にもメンバーがいる可能性は充分考えられるだろう。
そういえば、人形解放戦線は只の寄せ集めにしては統率が取れ過ぎているような気がする。河童のアジトの占拠がいい例だ。
もしかしたら、今回のような妨害作戦を計画、指揮をする参謀のような立ち位置がいるのかもしれない。
……やはり、色々と知る必要があるな。“人形解放戦線”について。