人間と人形の幻想演舞   作:天衣

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第三十六章

 

「ね、ねぇげんちゃん」

 

『……なによ』

 

「この服、着方全然わかんない……」

 

今、私の手にしているこの服には帯や肌着といったものは一切存在せず、あるのは上下が一体化している服ただ1着のみ。

どうやって着ればいいのか、全く想像が出来ない。何せ、生まれて初めて他の服に袖を通すのだ。ましてや和服しか縁のない私には、洋服の着方など分かろう筈もない。

 

『誰か、代わりに着させてやって頂戴』

 

「ふむ。ではその役目、この私が果たしましょう。失礼しますよ」

 

 

「……うわっ!?またあんたいつの間に!?」

 

「まぁまぁ、着方が分からないのでしょう?私が教えてさしあげます。さぁ、それをこちらへ」

 

「う、うん」

 

試着室の中にまたもや突然入り込んできたドレミーは、私の持っている服を受け取るとそれを下にそっと置いた。

その仕草に何をしているのかと疑問を抱いていると、ドレミーは次に私をその服の丁度真ん中にある隙間へと立たせる。

 

「では、それをそのまま両手で持ち上げて下さい。おっと、ファスナーを開けるのを忘れずに」

 

「ふぁすなー?ど、どれのこと?」

 

「後ろに金属で出来た留め具のようなものがあるでしょう?そうそれです。それを下に降ろして下さい」

 

「わ、なんか一気に締めが緩くなった気がする。えっと、そしてこれを持ち上げてから……あ、そっか。ここに袖を通せばいいのね」

 

徐々に服の仕組みを何となくではあるが理解し、それらしい形へとなっていく。

しかし、先程のファスナーとやらを降ろしたせいか手で押さえていないと服がすぐにずれ落ちてしまう。

 

「着終わったところで、先程開けたファスナーをもう一度閉めればよいのですよ。……はい、これで完成です」

 

「……あ、ありがと」

 

何もかも一からやって貰い、少々気恥ずかしいがこれが完成形だそうだ。

一見薄すぎるのではないかという印象を受けるが、着てみれば違和感など全然ない。それどころか、あの和服のような窮屈な感じがなくなって開放的だ。

清涼感があって、尚且つきちんと着ているという満足感……こんなものがあったなんて。

 

「どうですか?生まれて初めて他の服を着た感想は?」

 

「………」

 

いつも見てきた私がそこにはいなかった。

姿鏡に映っている見知らぬ少女は、その上品な見た目にそぐわない仕草でこれが現実なのかを必死に確認している。

 

正直、自分じゃなくなったようで少し怖いと感じた。

だが私のしている動きと一緒のことをしているということは、やはりこれは私なのだろう。

 

「白のワンピース、中々お似合いではないですか」

 

「わんぴーす……?それがこの服の名前?」

 

「はい。一般的に洋服は上下に分かれているものが多いですが、ワンピースはそれを1つで構成しているのです。かく言う私の服も、あなたと同じワンピースなのですよ。ほら」

 

「なっ―――!?」

 

服が繋がっていることを証明しようと取ったドレミーの行動を見て、反射的に顔を覆ってしまう。

無理もないではないか。女の子として容易に見せてはいけない部分を躊躇なくさらけ出すのだから……この妖怪には恥じらいというものは無いのだろうか?し、信じられない。

 

「フフ、何を赤面なされているのですか?女同士ですし、別に気になさることはないでしょう?」

 

「え?う~ん……た、確かに?(そういうものなのかな……私が気にしすぎ?)」

 

「それはそうと……んしょっと。ほらこの通り、私の服にはファスナ―が存在しない代わりに首回りが伸縮性のあるものとなっていてですね。基本、下から着るのですよ」

 

今度は服の特徴を見せるべくドレミーは着ているワンピースを下の方から脱いでしまった。

華奢で女の子らしい抜群な体型に私は目のやり場がなくなり、彼女の話を聞くどころではなくなる。ワザとか?ワザとやっているのか?どうして表情一つ変えないで話が出来る?

 

……いや、落ち着け。ここでまた動揺したら彼女の思う壺だ。平常心を保たなければ。

そうだ。ドレミーも言っていたように、私だって女。むしろ観察するくらいの気持ちで臨もうではないか。

 

ドレミ―が履いているのは私と同じような形状の“パンツ”だ。しかし私の物とは大分布の面積に違いがあって、よく見ると小さく彼女に似た動物の刺繍も入っていて可愛らしい。

そして胸の方にも着目すると見たことのないものを着ている。それは胸に付いた豊満なものを包み込むよう、且つ見えてはいけないものを隠すよう精巧に作られているようだった。

「さらし」ならばわたしも巻いてはいるのだが、一体あれは何という着物だろうか?

 

「おや、これに興味がおありで?これは“ブラジャー”といってですね。その胸のサイズに合わせて様々な種類がございます。私のは谷間や胸の大きさの強調を目的としたものですね」

 

「このようにストラップやサイドベルト、そしてホックで固定して、落ちないようにしているのですよ」

 

「へぇ……」

 

ドレミーは帽子が邪魔にならぬよう片手でそれを上げ、その場で一周回りながらブラジャーの構造を説明してくれる。

見えない部分にもこうやって精巧な技術で拘るなんて……おしゃれとは奥が深い。

 

 

 

 

 

 

『……まだ決まらないの?』

 

私の始めて見る物への興味関心に浸っているところに、げんげつ人形のイラついた一言が耳に入る。

そう、これは私の服を決める為のテストのようなものであったことを危うく忘れかけていた。彼女を怒らせると後が怖い。

ドレミーも似合ってるといっていたことだし、とりあえず今着ているこのワンピースという服を見せよう。

 

「ごめんげんちゃん。お待たせ!」

 

勢いよく試着室のカーテンを開け、待っていた皆に自分の姿を見せると、『いい感じ』、『可愛い』等々の人形達の歓声が沸いた。嬉しさからか、思わず笑みが零れてしまう。

しかし、げんげつ人形だけは表情を一切変えることなく私の服を真剣なまなざしを向けている。今の彼女は正に、“審査員”という立場にあるかのような威圧感があった。

 

『……駄目ね』

 

そして一通り見終わった後、私に突き刺すような一言を浴びせる。

その言葉に他の人形一同が驚き、言われた私自身も強い衝撃を受けてしまう。どこがいけなかったのだろうか。

 

『まず第一に、服があなたと合っていないわ。その白のワンピースは人に“清楚”な印象を与えるもの。イメージと全くかけ離れているわ』

 

「うぐ……ッ!」

 

「私は良いと思いますがね。普段とのギャップがあるではないですか」

 

『まぁ、確かにそういう見方もあるでしょう。じゃあ、駄目な理由の2つ目を言いましょうか』

 

『あなたの使っている小道具(アイテム)と相性が悪い』

 

「……あ、あいてむ?」

 

『まぁ、あれを小道具として分類していいものか分からないけどね、馬鹿でかいし。……カバンよ。カ・バ・ン』

 

「あ、あぁそれのことね。……でも、それのどこがいけないの?」

 

『想像してみなさいな。その見た目であのカバンを背負っている姿を……清楚なイメージが台無しよ』

 

「……た、確かにそうかも」

 

実は1人旅に出る際、少しでも多く物を持てるようにと私は自宅の蔵の中に眠っていた大きいカバンを勝手に拝借した。ついでにスイート安眠枕も。

あのカバンは舞島さんが背負っていたような無駄のない洗練された作りなどではなく、私の身長の半分くらいの縦幅という大きさをしているのだ。

汚れや傷が入っていることから、このカバンにはそれなりの年季があることが分かる。恐らくこれは昔、父と母のどちらかが仕事用に使っていたものなのだろう。

今思うと、このカバンは私が容易に持っていってもいいような安いものではなかったかもしれない。ただでさえ両親には黙って旅に出た手前、帰ってきたらこっぴどく怒られる未来が見える。

 

 

『今一度、自分に合いそうなスタイルというものを考え直すのね。私はそんな服を着るの絶対に認めないわよ』

 

「は、はい……」

 

『後、あのカバン自体は確かに馬鹿でかいけど、デザイン的には悪くはないわ。無理に変えろとは言わない。今度は自分の身に着ける小道具(アイテム)を意識してコーデなさい』

 

 

……仮にもおしゃれ初心者に対して、無理難題を押し付けるなぁ。

まぁ、何でもするといったのは他でもない私だ。やってやろうじゃないか。

 

げんげつ人形のアドバイスを頭に入れ、私は再度試着室のカーテンを開いた。

 

 

 

 

 

 

試着室の中で、自分のイメージについて真剣に考えてみる。

 

少なくとも、“清楚”とはかけ離れていることは今の一連で分かった。

言われてみれば、私はほんの少々乱暴なところがあって女の子らしさはない。くやしいが、納得は出来た。

 

では一体、私に合うものとは何だ?私って、周りからどう見られているのだろう?

正直、どう思われようが気にしない質なので今まで考えたことなどなかったというのが現実だ。こういう時は、他の人に聞いてみるのがいいのだろうが……今ここにはほとんど人がいない。

仮に知り合いである準の奴に聞いたとしても、「お転婆」、「暴力女」という回答しか返ってこないのだろうし、舞島さんは相手を気遣って当たり障りもないこと言いそうで、本音を喋ってくれなさそうだ。

 

「ドレミーさん的には、私ってどういう人?」

 

「ん~そうですねぇ。退屈しない、いじり甲斐のあるという印象でしょうか?」

 

「……まぁ、アンタはそう言うわよね」

 

あれ?私って実は碌なイメージがない……?何だか、自分に自信がなくなって来たんだけど。

……駄目だ、他に当てが思い当たらない。どうしたものか。

 

『……ひ、ひかる……は』

 

「?」

 

ドレミー以外いない筈の試着室から第三の声がぼそぼそと聞こえてくる。

この大人しくか細い声には何度か聞き覚えがあった。

 

「ルナ?一体どこから……あ」

 

夢の世界の不思議な力で姿鏡へと変えられたルナ人形。よく見たら上の淵の部分に小さな顔がついていることに今更気付く。

どうやらこの姿になっても喋ること自体は出来るらしい。ということは……

 

『光ちゃん、何かお困りのようね』

 

試着室に変えられたじゅんこ人形も、ルナ人形から続くようにこちらへと喋り掛けてきた。

上から声が聞こえてきたのでそちらを向いてみると、やはりじゅんこ人形の顔が天井に張り付いている。ちょっと怖い。

 

「……そうだ!2人共、私のイメージを聞いてもいい?」

 

どうして忘れていたのだろう。今まで一緒に旅をしてきた人形達も、れっきとした私の友達はないか。

今はげんげつ人形や外にいる人形達には聞きづらい状況だし、この子達の意見は大変貴重だ。是非聞いておきたい。

 

『……ひ、ひかるは、とっても明るくて優しい人……だと思う。わ、私みたいな日陰者も……ちゃんと引っ張ってくれる……から』

 

「え……そ、そうかなぁ?えへへ……ありがと!」

 

ルナ人形は顔を背け赤面しながらも、懸命に自分の想いを伝えてくれている。

その愛らしい姿に思わず笑みが零れ、気が付いたら私は姿鏡となったルナ人形を抱きしめていた。

 

『そうねぇ。光ちゃんは思い立ったら自分で行動する事が多いわ。“活発的”という表現が正しいのかしら』

 

「活発的……私が?」

 

『えぇ。時々はしゃぎすぎて周りが見えなくなってることもあるけど、それも愛嬌だと私は思うわ』

 

「あ、あはは……」

 

そうか。こうやって他の人に聞いてみると、自分は行動派な性格らしい。

そのせいで時に周りに迷惑をかけていたということが、今やっと分かった気がする。

げんげつ人形も言っていた通り、私は取った行動の後先を考えないし思ったこともすぐ口にしてしまう。

でも、それが全部悪い方向に行っていた訳ではなかったんだ。こうやってそれを肯定してくれる人がいてくれたのだから。

 

 

「おや、その顔は……どうやらテーマが定まって来たようですね」

 

「うん!!」

 

 

今なら、良い着こなしが出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

試行錯誤を幾度となく繰り返し、着方をドレミーに教わりながら徐々に自分のコーデを形にしていく。

その過程を私は心から楽しみ、気が付けばすっかりおしゃれの虜になっていた。どうしてこの世界を今まで知らずに育ってきたのかと勿体なく感じる程には、おしゃれが好きになった。

 

 

最初は人形遣いとして強くなれればそれでいいと思っていた。だって、私の中では霊夢様の助けとなることが全てだったのだから。

他のことなんて考えもしなかった。興味も関心もなかった。もっと言えば、女として生まれたことにも蟠りがあった。

 

だがどうだろう。今は心から女で良かったと、そう思える。

こうやっておしゃれをすることで、今まで只の村人だった私が憧れである博麗 霊夢様のように綺麗で、美しくて、そして強い。そんな女の子に一歩近づけたような気がした。

 

まさか自分を着飾ることがこんなに楽しいものだったなんて……あぁ、もっと色々と試したい。

だけどおしゃれとは無縁だった私は現在、余りにもその知識に欠けている……何ともどかしいことか。こんなことなら、もっと真剣にげんげつ人形の話を聞いておけばよかった。

生まれて初めてかもしれない。霊夢様以外のことを、こんなにも知りたいと思えたのは。

 

 

「……よし」

 

 

出来た。私なりに色々と考え、ほぼ自力でコーデを完成させたがどうだろうか。

ルナ人形、じゅんこ人形、ドレミーは絶賛してくれたけれど、先程のげんげつ人形の辛口評価を聞いた後だと油断は出来ない。

動きやすさを意識し、思い切って足を出してみたが今見ると中々に大胆な格好だ。ちょっと恥ずかしいかも……和服しか着てこなかった弊害がある為か、余計にそう思える。

でも、これであればあのカバンを背負っても最初と比べれば違和感はないし、色合い的に問題もない筈。

 

 

私は試着室のカーテンを勢いよく開き、今一度自分のコーデを待っていた皆に見せた。

しかし、最初とは打って変わって人形達の反応が全然返ってこない……だが、これは恐らくげんげつ人形が集中する為に予め皆を黙らせたのだろう。

邪魔にならぬよう静かに、且つ心配そうな顔持ちの人形達が見守る中、審査は始まる。

 

『………』

 

審査員であるげんげつ人形は先程よりも長く、真剣に、私のコーデを見定めていた。

速攻で駄目出しをされなかったのは進展……なのか?

 

『ふむ……まぁ、そうね』

 

『及第点といったところかしら。見れるようにはなったわ』

 

「―――ッ!ということは!?」

 

『……ギリ合格よ』

 

 

「 ッッッぃやっったぁーーーーーーー!!! 」

 

 

初めてげんげつ人形から褒められてつい嬉しくなったのか、私はげんげつ人形を抱きしめ顔をスリスリと擦り付けてしまう。

ヤバいと気が付いた時には既に遅く、身体から激しい電流が流れ、全身が痺れて頃焦げとなった。

だが痛みなんかよりも嬉しさが勝っていたのか、その後も笑っていた私を見てアリス、クラウンピース、すわこ人形も可笑しくて笑っている。

そしてその光景を見たげんげつ人形も乱れた髪やしわの出来た服を整え、やれやれといった表情を見せていた。それはいつもと比べ、比較的穏やかな姿だったように思える。

これで、げんげつ人形も少しは私のことを認めてくれるだろうか?

 

 

「よーーし!じゃあ早速今日からこの服で冒険を」

 

『いや、ここ“夢”だから。目が覚めたらなくなってるし』

 

「あ……」

 

 

「……じゃ、じゃあ次の目的地は人里!!まずは服を探すわよっ!!」

 

 

『『『『『  お、おーーーーーーー!!!  』』』』』

 

 

一連の流れを遠くで見守っていたドレミーは現実はそう上手くいかないであろうことを予測し、目を細めて口元を猫のように開き、彼女に対して憐れみを抱いた後、強く生きるよう切に願うのだった。

 

 

 

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