人間と人形の幻想演舞   作:天衣

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第四十一章

 

「………ん」

 

 

重くなった瞼をゆっくりと開けると、見知らぬ天井があった。

どうやら先程まで自分はこの部屋の布団でぐっすりと眠っていたらしい……どうしてだったか?眠くて上手く働かない頭で軽く振り返る。

 

 

まず、ここは守矢神社。昨日の夜7時過ぎ頃に到着して、早苗さんに夕飯を御馳走して貰った。

久しぶりの温かい飯とおかずと汁物に感激して、他人の食卓にも拘らずおかわりをしてしまい……今思うと少しは遠慮するべきだったかもしれない。

そして僕が長旅であちこち汚れてしまっていたのを見た早苗さんが「遠慮はいりません!」とお風呂までも無償で貸してくれたりと、本当に至れり尽くせりだった。

お陰で今日は気持ちのいい朝を迎えられている。旅の疲れもすっかり取れたかと思ったが、起きようと動かしたその足はとても重たい。どうしてこうなったと一瞬困惑するが、その原因はすぐに分かった。

 

慣れない山登り、筋肉のない自身の足腰、それが無理に負荷をかけ過ぎてしまった結果だろう。太ももから下の辺りの筋肉がパンパンに膨れ上がり、炎症になってしまっている。

そう、所謂これは筋肉痛と言われるもの……日々の運動不足がここに来て響くとは。流石に丸1日でこの妖怪の山を登り切るのは少々無理をし過ぎた。

このままでは碌に動けない。どうしたものかと困り果てていると、封印の糸から人形が出てくる。

 

「メディスン?どうしたんだ?」

 

封印の糸から出てきたのは、僕の手持ちであるメディスン人形。

どうやら筋肉痛で足が重くなってしまったのを察し、居ても経ってもいられなくなったのだろうか?

メディスン人形はその小さな身体で一生懸命布団の下側を捲ると、僕の足の様子を真剣に見始める。

筋肉痛は病気などの類ではないが、このままでは立ち上がることも儘ならない。ここはメディスン人形の好意に甘えることにしよう。

 

メディスン人形は両手を僕の足に優しく当てて癒しの輝きを放つと、筋肉通によって膨らんでいた足が徐々に治っていくのを感じる。

しばらくしてメディスン人形が治療を終えた後、試しに足を動かしてみると炎症による痛みはほぼ収まっていた。どうやらまた腕を上げたらしい。

この短時間でバトルだけじゃなく、治癒の精度も着実に上げている……経験を積み重ねてきたのもあるのだろうが、やはりこの子は永琳が言ったように才能があるのだろう。

 

「お陰で大分楽になったよ。ありがとう、メディスン」

 

無償で治療をしてくれた礼としては割に合わないだろうが、せめて感謝の意を示そうとメディスン人形に優しい笑顔を浮かべながら撫でてやる。

撫でられたメディスン人形は目を閉じて頬を赤らめながら嬉しそうにしているものの、本来ならば治療費を払わなければならないレベルだ。

僕はカバンから「有頂天セット」を取り出し、メディスン人形に与えることでせめてもの謝礼を示す。本来、これは人形がダメージを負った際に使用する回復アイテムだが、同時に人形の好むお菓子でもある。

紅魔館で偶々発見したこの「有頂天セット」は、人形ならば誰もが口にしたい至高の一品……喜んでくれる筈だと思っていたが、当のメディスンは首を横に振ってそれを拒んでしまう。「お礼なんていらない」と言ってくれているのだろう。

ちゃんとしたお礼をしたいのに困ったなと悩んでいると、メディスン人形以外の封印の糸から人形が飛び出した。そして一目散に「有頂天セット」へ嚙り付こうと飛び込んでくる。

 

「こ、こらっ!これはお前たちに渡すんじゃないって……うわ!?」

 

ユキ、こがさ、けいき……そして普段は大人しいしんみょうまる、むげつ人形までもが、この「有頂天セット」という甘露に手を伸ばしている。

この食いつきようは異常だ……何かヤバいものでも入っているのかと疑うくらいには人形達が正気を失っている。それほどまでにこの「有頂天セット」は魅力的なのだろうか?

よく見ると、メディスン人形も口元を必死に隠しているではないか。この反応を見るに、先程は食べたいという欲を抑えて無理をしていたらしい。

 

「……よし。じゃあここは皆で仲良く分けて食べようか?」

 

考えてみれば、メディスン人形以外も普段から僕の力になってくれている。ここは日頃の感謝の意を込めて、普段より豪華な食事を皆に与えることにしよう。

メディスン人形の分を少し多めにし、他をそれぞれ均等に分け与えることで「有頂天セット」を人形達に分配する。これ1個しかなかったので少々物足りない量かもしれないが、さっきから人形達は目を輝かせて口元も緩み切っている……一切の不満は抱いていなさそうだ。

そして皆が一口、「有頂天セット」を食べる。するとどうだろう。その名に恥じない、正に“有頂天”と呼ぶにふさわしい幸福感に満ちたとろけ顔を皆が浮かべている。

あの一切笑わないむげつ人形までもが、今はこの甘露の虜となっているようだ。初めて見るむげつ人形の笑顔……思わずこちらもほっこりした気持ちになる。「有頂天セット」、恐るべし。

 

「――あ」

 

ふと、視線を感じたのでその方向を向いてみると、早苗さんが襖からこちらを微笑ましそうに覗いていることに気付く。

一連を見られていたことに気が付かなかった僕は恥ずかしくなってしまい、無言でメディスン人形達を封印の糸に戻し、まるで何事もなかったかのように話を切り出す。

 

「えと、お、おはようございます」

 

「あら、もうすこしそのままお戯れになってても良かったのに♪舞島さん、本当に人形と仲良しなんですね。フフフッ」

 

「……い、いつから見てました?」

 

「んと、「メディスン?どうしたんだ?」辺りですかねぇ」

 

「―――う」

 

身体が段々と火照っているのを感じ、悟られまいと目線を逸らすが早苗さんはそれを面白がるようにこちらへ近寄って来る。

その行動に驚いてしまった僕はグイグイ来る早苗さんを思わず両手で押し返すものの、中々めげる様子を見せてはくれない。

止めてくれ。ここの女の人達全員、僕の世界の人間の顔面偏差値を軽く超えているから直視すると色々危ないんだ。ホント止めてくれ。

 

「いや、ちょっとホントにッ(近い近い近い近い近い近い!!)」

 

「あらあら照れちゃって……舞島くんったら男の子なのに可愛いですね♪……ん?」

 

僕の反応を面白がる早苗さんは何かを発見したらしく、手を止めて下の方を向いたと思うと、そこから強力な音波攻撃が繰り出された。

その衝撃を直で受けた早苗さんは大きく吹き飛ばされ、その先にあった襖、壁を貫通し、錐揉み回転を起こしながら吹き飛ばされてしまう。

貫通していった襖と壁には早苗さんを象った穴が綺麗に開いており、音波攻撃の威力の強さを鮮明に現している……まるでギャグ漫画のようだ。

音波攻撃を起こしたであろう犯人を確認すべく下を向くと、ユキ人形が頬を膨らませながら不満気にこちらを睨んでいる。

 

「……やりすぎだぞ。ユキ」

 

こちらの指示も無しに攻撃をするなんて、これが初めてだ。

僕を助けようとしたのは分かるが、どうしてユキ人形は機嫌が悪いのだろう?

有頂天セット、量が少なかったかな?

 

 

 

 

 

 

「先程は僕の人形が失礼を……その、怪我の方は大丈夫ですか?」

 

「えぇまぁ……ちょっとビックリはしましたけど、心配には及びませんよ」

 

「本当にすみませんでした!……ほら、お前も早苗さんにちゃんと謝るんだ。今後は人に向かって技を使うのは絶対にダメだぞ」

 

「アハハ……まぁ私も不用意に舞島君をからかったのが悪いですから」

 

食卓で朝食を用意して貰いながら、僕は神社で起こった一連の騒動についての謝罪をする。

だが、事件を起こした当のユキ人形は未だにむくれていて反省の色が全く見えない。本当にどうしたのだろう……こんなことは今まで一度もなかったのだが?

 

「いいんですよ舞島さん。私も昨日あなたを危険な目に遭わせちゃいましたから、これでお互い様です」

 

「第一、早苗はこれくらいで動けなくなるような軟な鍛え方はしていないさ。それに治癒術の心得もある」

 

「まー壊れちゃった壁とかの修繕はキッチリして貰うけどね~?」

 

「……謹んでお受けします」

 

この神社の神様である八坂 神奈子(やさか かなこ)洩矢 諏訪子(もりや すわこ)の2人も、この食卓にて朝食を取りながら自然に会話へ参加している。

当時はまさかこんな身近に神様がいらっしゃるとは思っておらず、昨日の夕食の際に早苗さんの紹介を聞いた時は驚きを隠せなかったものだ。

だが、実際話してみれば意外とフランクで接しやすく、袿姫様とはまた違う親しみやすさのようなものを感じる。まるで、一世帯の家族とでも話しているかのように。

 

「も、もうお話はこれくらいにしましょう?ご飯冷めちゃいますから、ね?修繕なら私もお手伝いしますし!」

 

「はい、じゃあ手を合わせて」

 

 

「「「「  いただきます!  」」」」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

今日の朝食も、本当に美味しかった。特にあの味噌汁が絶品……毎日でも飲みたい。

親には決して言えないが、家の味噌汁よりも美味しかったと言えるくらいのクオリティだった。

 

あんなに美味しく感じたのは、久しぶりのまともな食事だったから?いや、違う。

明らかに早苗さんの料理レベルが一回り上であることが要因だろう。他の家事全般を卒なくこなせる辺り、彼女のレベルの高さが伺える。

 

「舞島くん?ボーっとしちゃって、一体どうしましたか?」

 

「え?あぁいや別に。それじゃあ修繕の方、始めましょうか」

 

「はい、やっちゃいましょう~~!」

 

巫女服から一変、動き易そうな服装となった早苗さんはトンカチを片手に長袖を捲って気合を入れる。

清楚な見た目からガラッと印象が変わったにも拘わらず、不思議と全く違和感がない。それどころか、こっちの方がむしろ楽しそうにしているくらいだ。

次々と木の板を取り出してはトンカチで心地良いリズムで叩き、釘を打ち付けていく姿はまるで一流の職人の姿そのもの……僕なんかよりも全然逞しく男らしかった。

 

こちらも修繕作業をしながら何気なく彼女の作業の手際の良さの秘訣を聞いてみると、人手がいないから自然とこうなったとのこと。

神様2人がそういった作業を基本やることはなく、家事その他諸々全てを早苗さんに一任しているらしい。こう見えて結構の苦労人であるようだ。

 

「それにしてもあなたの人形、あの頃から随分と強くなってますね~」

 

「ハハ……まぁ色んなことを経験しましたから」

 

「それに見たところ、人形6体も連れているようですね。大丈夫なんです?」

 

「?大丈夫、とは?」

 

「だって、並の人形遣いなら精々3体が限度になりますよ?舞島くんはバトルなんかで混乱しませんか?」

 

「うーーん、いや別に?寧ろちょうどいいといいますか、安心しますかね」

 

「……ふ~む、やはり舞島くんは特別な力があるのですね。はっきりとそう言い切れるなんて、正直羨ましいです」

 

どうやら、僕みたいに人形を限界まで連れているのは極めて稀らしい。

だが言われてみれば、今まで会って来た人形遣いの中で3体以上人形を持っている者は少なかった気がする。

そう考えると、僕と同じように人形を6体連れている光も結構凄いということか?

 

 

僕はこの異変についての前知識が豊富にあるが、それはあくまで偶然。

そうじゃない者からしたらしたらこれは前例のない一からの勉強……確かに傍から見れば僕は異常なのかもしれない。

だがそれも、最初に魔理沙と早苗さんが人形バトルの基本を教えてくれたから理解出来たのであって、全部自分の力で成し得たものでは決してないのだ。

ここに来た当初、状況が理解出来ず混乱していた僕を宥めてくれたのもこの2人だった。本当に感謝している。

何か僕に出来ることがあれば、何でもやってあげたいのだが……!そうだ!

 

 

「早苗さん、良かったら今度、早苗さんが好きな漫画とか持ってきますよ」

 

「え!?そ、その申し出は大変嬉しいですけど……一体どうやって?ここにはそんな代物、滅多に来ませんよ?」

 

「実は、ちょっとした“コネ”があるんです。それで」

 

 

いい機会だ。

 

そろそろ先輩と接触したいと思っていたことだし、連絡を取って守矢神社に来て貰うことにしよう。

 

 

 

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