人間と人形の幻想演舞 作:天衣
「 さきッ! 君に決めた! 」
僕の掛け声に応え、さき人形が封印の糸から元気よく飛び出した。
出るや否や、さき人形は体をほぐすようにステップ踏みながら自慢の脚技を軽く何度か繰り出している。やる気は十分だ。
そしてこちらを向いては早くやらせてくれと言わんばかりに攻撃指示を心待ちにしている……流石は畜生界の一派の統領を務めている人物の人形だ。何かと血の気が多い性格である。
だが、その性格が今はとても心強い。何故なら今回の標的は並大抵の力では突破が難しいのだから。
「サニー、今からここを脱出するよ。あの壁を破壊してね」
「えっ!?……そ、そんなことできるの?」
「うん、でもその為にはもう一体の人形の協力も必要なんだ。サニーちゃん、さっき僕が渡した人形を出して?」
「わ、分かった! サニー! 」
僕の言う通りにサニーミルクは自身の人形を封印の糸から出す。
サニー人形は長い拘束から解かれた開放感からか、何だか気だるそうだ。さっきから欠伸やら背伸びやらと非常にマイペースで戦う気が全くない。……そして、とうとうその場で眠り出してしまった。
「も、もう!しっかりしなさいよ!」
「いや、大丈夫。お陰でこっちの準備は整ったから」
「へ?……うわわっ、なんかマイの人形すっごくパワー上がってない!?」
さき人形の持つアビリティ、「強気(つよき)」。
その効果は「場に出た時、相手の能力を見て集弾、散弾のどちらかを一段階上げる」というもの。その判定は相手の集防、散防のどちらが数値が低いかで決定する。
今回はサニーミルクの人形のステータスを見て集防の方が低かったので、さき人形は「集弾」の能力を上げた。予めスカウターで見ておいたスキル構成から考えても、集弾の方がさき人形にとって相性が良い。
まぁ、これに関しては事前に魔法の森にいた野生人形の情報を集めていたので予想通りの結果だ。
そしてこの火力であれば、牢屋の壁を容易に破壊することが出来る筈。
「 さき! 捨命の型(しゃみょうのかた)! あの壁を思いっきり壊すんだ!! 」
攻撃指示を許可されたさき人形は腰を落として橙色の闘気を全身から放つ。
この「捨命の型」というのは絶大な威力を誇る「闘」属性のスキル。闘気を纏い、捨て身覚悟で突撃する諸刃の刃……しかし今回の相手は動かない的。
だからこそさき人形はいつも以上に時間を掛け、強力な一撃を放つつもりでいるのだろう。しかし、想定外なことも起こる。
そのあまりに強いパワーがこの妖怪の山全体を大きく揺らしたのだ。そうなれば当然、妖怪の山に住む者達が全員目が覚めてしまう。一時的とはいえ、大異変が起こしてしまった。
「ななななんかこれやばばっばばくないいいい!?」
「とととりあえず一旦離れよううううう!?」
離れるとは言ってもここは牢屋の中なので隅っこに寄るくらいしか出来ないものの、今さき人形の目の前にいると壁諸共吹き飛ばされかねない。
保険として持っていた護符を1枚使い、サニーミルクと共に身を護る。
「 さき、もう十分だ!撃って! 」
これ以上この揺れが続くと異変を察知した天狗達が集まってきて脱出が困難になる。
僕は急いで指示を出してさき人形から発生しているそのパワーを一気に放出させた。
***
「何だったのですかあの揺れは?一体どこから……」
「牢屋からですッ!!何か強大な力があの牢屋の方から出ていましたッ!!」
「な―――!?こ、これは……」
「牢屋の裏の壁が……破壊されている!?それに近くにいた仲間達も気絶しているぞ……」
「馬鹿なッ!あの牢屋は妖精如きが壊せるような作りではないぞ!?」
「………」
「(あの妖精の人形は事前に取り上げられていた筈……誰かが侵入して手引きした可能性が高いか?候補として真っ先に挙がるのはスターサファイアとルナチャイルドでしょうか……しかし、仮にこれが三月精の仕業だとしたらこのような芸当など出来ない。となると)」
「 まだそんなに遠くへは行ってない筈です!手分けして探しなさい! 」
***
暗い暗い獣道をサニーミルクの手を引きながら必死に走る。
だが短い歩幅のせいでいつも以上に進みが遅く、さっきから思ったように前進することが出来ない。
「ねぇマイ!飛んで逃げれば良かったんじゃないの!?」
「空中は天狗の得意分野だ!見つかるリスクが高すぎる!だったら草木に身を隠せる地上の方がいいよ!」
「じゃ、じゃあマイがここにくるときに使ってるっていう瞬間移動は!?」
「あ、あれは僕1人しか対象じゃないんだ!サニーちゃんは運べないの!……っていうか、それが使えたらとっくにやってる!」
「なるほど!マイって頭いいんだね~!」
全力で走りながら会話をすることで余計に体力を使い、息は荒れ、段々と体が言うことを聞かなくなってくる。
身体を無理矢理縮ませた影響なのか、いつもより体力がなくなってしまっているらしい。予定ではこのまま逃げ切るつもりだったのだが、想定外が重なって大いに計算が狂ってしまった……サニーミルクはまだ平気そうだが、このままだと追いつかれてしまう。
「今、何か物音がしなかったか?」
「そこか!?」
「―――ッ!!」
不味い。遠くから天狗の声が聞こえてきた。
奴らと僕とじゃ移動スピードに差があり過ぎる。一旦どこかへ身を潜めないと……!
「(サニーちゃん、隠れてッ!)」
「(う、うん。でも大丈夫?相当つかれてるみたいだけど……)」
「(……な、なんとか耐えるから)」
音を立てぬようなるべく息をするのを我慢するが、現在体力のない僕にとってそれは地獄であった。
無理もない。さっきまで息切れしていた状態だったのだから……こんなに暗くては相手がどこにいるのかだって分かりやしない。
隠れるにしたって今の状況はあまりにもこちらに分の悪い駆け引きだった。
「この辺にいるんだろう?出てこい!」
「おい、こっちに脱走者がいるぞ!来てくれ!」
位置を特定した天狗が他の仲間を呼び始めている。もうこの場をやり過ごすことは絶望的だ。
こんな筈じゃなかった。壁を壊す際、騒ぎを大きくし過ぎた。まさか、さき人形にあそこまでの力があるなんて。
なるべく穏便に事を進めたかったのだが、仕方がない。今いる僕の人形達で、この場を切り抜ける。
もうそれしか助かる道はない。そう思いながら封印の糸を握り締め、覚悟を決めた時だった。
こちらを捜索をしている天狗達の方に向かって、1つの風の弾幕が飛び交う。
「む……ぐわッ!?」
暗闇からの突然の攻撃に対応が出来なかった天狗はそれを直で食らって軽く吹き飛ばされた後、木に頭を打ち付ける。
気絶する天狗を見て警戒態勢に入った他の仲間達は辺りを見回し、攻撃した者の居所を探り始めた。
何が起こったのかは分からないが、また誰かがこちらを助けてくれている……?いずれにせよ、これはチャンスだ。
「(今のうちに遠くに行こう!……――あ!?)」
「(マイ!?)」
だがそれも、僕が蔓に足を引っかけ転んだことで台無しとなる。
転んだ衝撃で草木は大きく揺れ、小さな葉っぱ同士が確かに触れ合ってしまった。哀れにも、僕はこの千載一遇のチャンスを無に帰してしまったのだ。
あぁ、今度こそ終わった。少なくともその時の自分はそう確信していた。
……だが、悪運が強いとはこのことらしい。
「――……?――ッ!……??」
何とも不思議なことが起こっていた。
さっきからこちらの声が出せない……いや、出しているのだがその声自体が僕に聞こえていないような感覚だ。
それにあの時転んだ際の草木が揺れる音だってこちらには聞こえなかった。向こうにいる天狗の声はハッキリと聞き取れるにも拘らずだ。そしてこちらの存在に気付いていない辺り、天狗達の耳にも全く入らなかったということになる。……一体どうなっているんだ?
安堵と混乱が混じり合ってどうにかしてしまうそうになっていた僕とサニーミルクを、誰かが強く手を握りそのまま奥へと引っ張った。
突然のことで大変驚いたが、今はこの場を一刻も早く立ち去りたい。そして今は周囲の音がしないという好条件。となれば、答えは1つだ。
僕らは無我夢中で走り出した。天狗達の手が届かない場所まで……
「――ッ、――ッ、――……ッ!!」
だが疲れが溜まっているから、すぐに息は切れてしまう。
どうやら音は消えても疲れまでは消してくれないらしい。いや、今はそんなこと考えるよりも足を動かさないと……!
この手を誰が引っ張ってくれているのか、それは今のところ暗闇で特定することは出来ない。
聴覚も視覚もない状況下で唯一分かるのは、引いてくれている手は僕らと同じくらい小さいこと、そしてサニーミルクがどことなく嬉しそうなことくらいだった。