人間と人形の幻想演舞 作:天衣
身を潜め、草木を掻き分け、やがて辿り着いた先は僕がかつて通った整備されている守矢神社へ続く道だった。
まだ追手が来ていないか、警戒しながら耳を澄ませてみる……先程抜けてきた暗闇の獣道からは何も聞こえては来ない。
「……大丈夫。もう気配はしない」
そしてそれが確信的となる一言が付け加えられることで、ここが安心であることがより保証されることとなった。
こちらを助けてくれた人物の1人は敵だらけの獣道の中、僕らを安全な方へと導いてくれた信頼と実績がある。そんな彼女は言うのであれば間違いはない筈だ。
無事に脱獄出来て安心した僕らは喜びを分かち合うように手を繋ぎ合って輪を作り、その場で回りながらピョンピョンと跳ねる。
それにしても、僕らを助けてくれた人物は一体誰なのだろうか?
今では当たり前のように接しているものの、空にはまだ日が昇っておらず視界は悪いまま。さっきまでいた獣道に比べればマシなのだが、それでも目の前の人物を特定するにはまだまだ厳しい暗さだ。
しかし妖精であることを演じる為、細かいことを気にせずノリでここまで来てしまった……我ながら馬鹿な行動をしている。
「ありがとう、おかげで助かったよ!えっと……」
そんな状態で軽く礼を言おうとしたのが災いし、僕は目の前の人物に対して疑念を持たせるようなミスを犯してしまう。
先程まではまるで知り合いのように接していた相手のことを実は何も知らないなんてそんなおかしな話、ある筈がない。
「?あなた私達のこと知らないの……?“人形解放戦線”なのに?」
だがそれは相手も同じだったようで、僕のことを仲間だと思っていたような口ぶりを見せている。
言っていることから察するに、どうやら僕を“人形解放戦線”だと誤解していたらしい。だが、そう思うのも無理はない。
青白い髪、白い服装……これらの見た目の特徴は人形解放戦線に所属する妖精達の特徴とほぼ一致している。唯一違いはあるとすれば、花飾りの有無くらいだろうか。
それに加え、こんな真夜中だ。よく観察しなければ初対面でその違いに気付くのは非常に困難と言える。
「ごめん。あいにく僕は人形解放戦線じゃないんだ」
「そ、そうなの?天狗に捕まってた筈のサニーを連れていたから私てっきり……」
「ん~?人形解放戦線じゃないなら、どうしてサニーを助けたりしたの?……怪しいわね」
「えと、それは」
「マ、マイはメンバーじゃないけど友達なの!だから疑うのはやめてっ!」
疑いの目を向けられた僕をサニーミルクが必死に庇ってくれる。それを見た彼女らは互いに顔を向き合い、この行動から嘘でないことを信じ、それ以上の追及はしないでくれた。
やはり持つべきものは味方だ。そしてこの一連の会話で分かったことがある。
人形解放戦線の関係者、あの獣道から逃げる際に見せた不可思議な能力、そして何よりサニーミルクの彼女らのことを知っているような素振り……そう、こうやって冷静に情報を整理してみれば彼女らの特定というのは実に簡単だったのだ。
彼女らは……
「それにしても、ルナ、スター……!助けに来てくれたのね!」
三月精の残りの2人である「ルナチャイルド」、そして「スターサファイア」。
まさか仲違いしていた筈の人物がここに来ていたとは全くの予想外だった。彼女らに会うのは人形解放戦線の本部だと思っていただけに少々予定は狂ったが、この状況は全然悪くない。
むしろ好都合だ。人形解放戦線に取り入る為には仲間は少しでも確保しておきたい。
「成程、君達がそうだったんだね。サニーちゃんから話はよく聞いていたよ。僕の名前はマイ。生まれたばかりの妖精さ」
「そっか、生まれたばかりなら知らなくて当然よね。改めて、ルナチャイルドよ。よろしくね」
「で、私がスターサファイアね。ごめんねぇ疑ったりして」
「ハハ、気にしないでいいよ。君達からすれば僕が怪しいのはごもっともだからね」
誤解も解けたところで互いの自己紹介を軽く済ませ、交流を進める。
三月精は今後仲良くなるメリットが大いにあるだろう。ここに住む妖精グループの一員となり、仲良くなることはこちらの目的1つだからだ。
人形解放戦線のメンバーの大半は妖精だ。その為目立たぬよう内部を調査をする上では動きやすく、困った時にも扱いやすい。
彼女らにとって、この活動はあくまで遊びの延長戦に過ぎない。であれば、僕の動きを不審に思うようなこともわざわざしない。実に都合がいい存在である。
先程の問いかけには少々焦ったが、“サニーミルク”という味方を作っていたのが功を成した。
このまま人形解放戦線内部への潜入を果たしたいところだが、その前にやることが1つ残っている。それは“三月精の関係の修復”だ。
彼女らは久方ぶりの再会を喜んでいるように見えるが、その心の中には蟠りが残っている。
その理由はそもそもどうしてこうなってしまったのかを考えると、火を見るよりも明らかだった。
「……水を差すようで悪いけど、サニー?2人に言いたいことがあるんじゃない?」
「へ?……あ,そうよ!あんたたちよくも私を売ったわね!」
「(忘れてたなこりゃ)」
「だ、だって!サニーが命令と違うことやるのがいけないんでしょう!?」
「指名手配犯ねらってなにがわるいの!?それも命令のうちでしょう?ルナは頭堅いのよ!」
「でもそのせいで指名手配犯に見つかっちゃったじゃない!サニーはもうちょっと考えてから行動してよね!」
「な、なにを~~~!?」
きっと再会できた喜びで今までとんでいたのだろう。思い出したかのようにサニーミルクは自分を裏切った相手に対し、溜まった怒りをぶつける。
それを聞いたルナチャイルドも同じくサニーミルクに当時の不満を口することで対抗。両者とも一歩も譲る気はなく、睨み合うその目からは火花が散っているかのようだ。
一方、スターサファイアはというと争いに加わる気はなく、ただ面白そうにその様子を見ている……どうも彼女は他の妖精とは違って何を考えているのかいまいち分からない。
「(君はあそこに入らないの?)」
「(え~?だって私はしっかりと反対してたんだからなぁんにも悪くないわ。悪いのは勝手な行動をしたサニーとドジふんじゃったルナだもん)」
「(そ、そう……)」
しかし本当にそう思っているのならばどうしてここに現れ、僕らを助けたのか?
それはこの行動が、何よりもの答えとなっている。
「スターもスターよ!私というものがありながら光学迷彩使おうって言いだして!」
「だってぇ、こっちのほうが色々と楽なんだもん。……それに」
「 ヒドいわッ!!私達、今まで3人でやってきたじゃない!スターの裏切者ぉ!! 」
「………いや、サニーちゃん。ちょっと待って」
スターサファイアが何かを言いかけたのを、僕は聞き逃さなかった。
彼女がサニーミルクがいるにも拘らず敢えて光学迷彩を使った理由……どうやら単なる気まぐれなどではなさそうだ。
「スターちゃん。もしかしたら、光学迷彩を使っているのには何か理由があるんじゃない?」
「え?」
予想は当たっていたようで、図星をつかれたスターサファイアは少々気恥ずかしそうに顔を背ける。
その様子を見たルナチャイルドはもう隠す必要はないと提案し、それを渋々受け入れたスターは口を動かす。
「だって、サニーったらここのところ働きすぎで能力の質が明らかに落ちてるから、それで」
「スターはね?サニーが少しでも楽できるように気遣ってたのよ」
「ッ!……そう、だったの?」
「もう、余計なこと言わないでよルナ」
「本当のことでしょ?もっと早く言えばよかったこんなことにはならなかったんだからスターも共犯よ?」
ルナチャイルドの言う通り、スターサファイアが天狗の里に来る前にそのことをサニーミルクに伝えてさえいればこんな思いをせずに済んだのは明白だ。
恐らくだが、サニーミルクがあの時僕を無理にでも襲ったのは“光学迷彩”という自身の替わりとなる存在が彼女を惑わせ、功を焦ってしまったからではないだろうか?
そうなると今回の騒動の元凶はスターサファイアなのでは……?という視線が犯人へと集まっていった。
「……わ、悪かったわよぉ。ちゃんと謝るからぁ」
観念したかのようにそう言ったスターサファイアは謝罪の念を告げようとサニーミルクの前に立ち、彼女だけを一点に見つめる。
恐らく、最初からその自覚はあったのだろう。その顔付きは真剣そのものだ。何だかこっちまで緊張してきた。
「すー……ふぅ」
スターサファイアが胸に手を添え、目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。
その一連の動作が彼女もまた緊張していることを鮮明に表し、場の空気が自然と静まり返っている。
何だか思わず応援したくなる気持ちが芽生えた僕は心の中で「がんばれ」エールを送り、ルナチャイルドと共にその様子を見守った。
そして、遂に出た言葉が……
「 ごめんね~サニー♪ゆるしてちょ♪ 」
「(かっっっるッ!?)」
これである。
信じられないことにこのスターサファイアという妖精、真剣な場面にも拘らずウィンクしながら舌を出し、前屈みになりながら閉じた右手を地蔵の様に縦に構えるという暴挙に出た。
何も悪びれてないどころか煽りにさえ感じるこの行動、流石のサニーミルクもこれには……
「う、う、う……」
ほれ見たことか。そのふざけた態度を見てサニーが今にも泣きだしそうになってしまった……無理もない。
サニーミルクが天狗の里で受けてきた仕打ちを考えたら、これは余りにも……
「 うおおおぉぉぉ~~~~!!!スタァ~~~~!!!心の友よおおおぉぉぉ~~~~!!! 」
「(えぇ~~~~!?なんで~~~~!?)」
と、そう思っていた僕のモノローグは完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。
何処かのガキ大将が言ってそうなセリフを盛大に吐いたサニーミルクは涙と鼻水と塗れの顔の状態で勢いよくスターサファイアの胸元へ抱き着くと、それを受け止めたスターサファイアは頭を撫でてあげている。
どうやらスターサファイアの奇行なんかよりも、2人が自分の為に行動してくれていたことの方がよっぽど嬉しかったらしい。僕だったら3日は口を聞かなくなる位の苛立ちを感じるところだ。
単純なのか、それとも懐の広い大物なのか、まぁなんにせよ無事和解?したようで良かった良かった。
ふと隣を見てみると、ルナチャイルドがこちらに指を指して「お前の姿はお笑いだったぜ」と言わんばかりの変顔をしている。
その顔は実に苛立ちを誘うもので非常に腹が立ったが、握ったその拳を上げることは何とか堪えた。
何やら思っていたよりもあっさり仲直りしてしまい、少々呆気にとられながらも僕は“アジト”という場所に向かって歩き出すこととなった。
三月精曰く、アジトは人里方面の「五の道」から左に行った先にある「六の道」に存在するとのこと。そういえば五の道を行く途中、やたらと妖精が通せんぼしていた場所があったのを思い出す。もしやその先のことだろうか?
そしてその先には人が滅多に寄り付かないことで知られる「無名の丘」という場所があり、そこが実質的な人形解放戦線御の本拠地となっているそうだ。
どうやら三月精は人里で会った5人組と同じく人形解放戦線の副リーダー兼メンバーの採用係を任されているというそれなりに偉い立場らしい。先程のやり取りを見ているとそれをしっかりやれているのかがやや不安ではあるのだが。
しかし、まさかこんなにも早く内部へと近付けるなんて今日の僕はついている。三月精に予め目星をつけておいて、本当に正解であった。
「あ、見て!夜明けだわ!」
サニーミルクが刺したその方角から、世界に光が灯っていく。
青い夜空に白い雲、そして夕焼けの様に赤い太陽による色のグラデーションがとても美しい……こんなに綺麗なものは初めて見たかもしれない。
「今日のは特に綺麗じゃない?」
「うん、絵になるわね」
「ホントホント~」
まるで祝福するかのようなその風景は、見る者を次々と魅了していく。
僕は無意識に両手の親指と人差し指でカメラを作り出し、その中を覗き込んだ……確かに、絵になるかもしれない。
こんなに素晴らしいものを見ていると、異変なんて最初からなかったとさえも感じてしまう。
僕の住む世界でも、かつてはこのような美しい風景が見れた。……だが、それも過去の話。
発展が進むにつれて自然は壊され、気が付けば周りは人工物や排気ガスが蔓延る「都市」へと変わってしまった。
何かを得るには、何かを犠牲にしなければならない……残念ながら、それが僕の世界における現実だ。
ここは、幻想郷はどうなのだろう?
少なくとも、今のところ幻想郷は僕にとっては平和な世界に見えているが……もしもそれが仮初の姿だとしたら?
この美しさが、何かを犠牲にした上で成り立っていたとしたら?そう考えてしまう自分が怖い。
「な~にボケ~っとしてるのマイ?おいてくよ~」
「!……ま、待ってよ」
考えてみれば、僕はまだこの世界のことを何も知らないままだ。……いや、むしろ知らない方がいいのかもしれない。
良い夢というのは、覚めなければ幸せなものなのだから。