人間と人形の幻想演舞 作:天衣
玄関で靴を脱ぎ、素足となって廊下へ進むと足元から木床の軋む音が小さく聞こえてきた。
こうやって普段通りに歩くだけで、それは鳴り続ける。こちら側に来てからよく聞くこととなった生活音の1つだ。それ程この世界の建物というのは全体的に古い。
だが、この一昔前の診療所みたいな雰囲気……案外嫌いではない。むしろフェイバリットだ。
「今日は患者さんが多いみたいですね」
「え?えぇまぁ……人形異変の影響で今や人だけでなく人形も同時に診ていますからね。嬉しいやら悲しいやら……」
私と鈴仙以外にも、竹林で見た妖怪兎達が廊下を走り回って仕事をしている姿が見える。ここに住む妖怪達は働き者が多いようだ。
仮にも幻想郷に住む妖怪がここまで統率されているのは珍しい。上の者の持つ指導力というものが伺える。
「では、ここで並んでお待ち下さい」
「あ、はい。分かりました」
どうやら先客が何人いたようで、すぐには会えそうにない。まぁここは診療所でもあるのだから仕方ないだろう。
順番待ちをしている者は主に咳をしている者や身体をダルそうにしている者が殆どだが、中には自身の人形を診てもらおうとしている者なども数名見受けられる。
鈴仙の言った通り、診る対象が多くて大変そうだ。施設の設備と患者の数が見合っているかがちょっと心配になる。
「……おい、そこのお前」
「え?ぼ、僕ですか?」
突然、前の列にいる男性に話し掛けられた。何やら怒っているようだが、覚えがない。
もしや舞島君の知り合いなのだろうか?しかし、予め聞いていた人物達とは彼はどれも一致しない。
恰好を見るに人里に住んでいる一般人のようだが?
「えっと、僕になにか?」
「いや?別にどうもしていないさ。ただ、この診療所の天使である鈴仙ちゃんがさっきからお前のことをチラチラ見てるのが気になってしまってよ」
「てめぇ……まさか俺らの鈴仙ちゃんに手ぇ出してないだろうなぁ?」
気が付けば後ろの1人だけでなく、更に後ろの人達までこちらに話し掛けられている。そして逃げ場をなくすように取り囲まれてしまった。
敵意むき出しの目付きと表情が何故か初対面の私に向けられていることに疑問を感じるが、その原因は先程の言葉で何となく察した。
「そ、そんなことしてませんよ!?大体、何を根拠にそんな」
「嘘をつくなッ!じゃあその頬の手の跡は何だ?鈴仙ちゃんのものじゃないのか!?」
「え?……あーいやこれは別に」
「あの優しい鈴仙ちゃんが暴力を働くなんて……お前一体何をしたんだゴラァッ!!」
「俺らでさえやったことのないことを抜け抜けと……許さんッッ!!」
面倒なことに、どうやら彼らは鈴仙の熱烈なファンだったらしい。
いくら弁解をしても聞く耳を持たない。
落ち着け。状況を整理しよう。
あの時、気合を入れようと叩いた頬……恐らくあれが炎症したことで軽く痕が残ってしまっているのだろう。
赤く腫れた頬、加えて鈴仙からの目線……これらがピースとなってしまい、男達から邪な疑惑を持たれてしまっている。
さてこの状況……どうしたものか。超能力が使えない以上、強引な手は使えないし。
「おいおいさっきからなぁに黙ってんだよ?何とか言えや」
「さっきからクールに考え込みやがって……いてこますぞコラ」
「仕方がない。鈴仙ちゃんのファン第一号であるこの俺が直々に制裁を」
「 皆さんお静かにッ! 」
「「「「 はいッ!すみませんでした!! 」」」」」
男達の手が出るその直前、その様子を見ていた鈴仙の一喝が室内に響き渡ることで事態はあっけなく収まった。
反省した男達は速やかに元の列に戻り、大人しく順番を待っている……何という切り替えの早さだ。一見物騒な連中に見えたが、彼女の言うことには大人しく従うらしい。
ファンのあり方としてはまぁ、健全……なのかな?
それにしても、第三者からの怒りを買うことになるのは想定外だった。
だが鈴仙は確かに女の私から見ても美人だしスタイルもいい。そもそもここにいる少女は皆、絶世の美女ともいうべき存在ばかりだしね。
今回のことは私にも少し非があったし、今後は彼女にちょっかいを出すのは止めておこう。
「……では次の方、どうぞ」
それなりに長い列を並び続け、とうとう私の順番が回ってきた。
普段よりもワントーン落とした圧のある呼び声がドア越しから聞こえてくる……まぁ、カルテに記載してある名前見たら分かっちゃいますよね。
「失礼します」
だがそんなのは百も承知。
呼ばれた私は勢いよくドアをスライドした。するとそこには足を組みながら椅子に座ってカルテに目を通している白衣を着た大人の女性がいる。
恐らく彼女がここの医者であり、実質的な永遠亭の主でもある「八意 永琳」で間違いない。
「しばらくぶりね、舞島さん。今まで一体どこに行っていたのかしら?」
「……――ッ」
「……まぁいいわ。優曇華?朝の診察はここまでよ。幸い、もう後はいないようだし。それと午後の診察は貴女が担当しなさい」
「わ、分かりました!師匠!」
そう言うと鈴仙はすぐさま診察室を後にした。大方、これ以上患者を受け付けない様にする為の準備と言ったところだろう。
じっくりと話をしたいという意志は感じるが、向こうの機嫌があまり宜しくはないのは顔を見ただけで分かる。
「さて、まずは軽く前回の診察をおさらいしましょうか。舞島さんは丁度1週間前に河童のアジトで重傷を負い、河城 にとりの手でここまで搬送されました。3日間も意識は戻らなかった状態で、身体はまだまだ動かせる状態ではなかったとここに記載されていますね」
「は、はい……」
「だけどその翌日、メディスン人形共々あなたは突然姿を晦ました。それも私達に黙って、ね」
覚悟はしていたものの、いざ正面からこの事実を突きつけられると返す言葉もなくなる。
それ程「舞島 鏡介」と言う人間がしたことはここの人達にとって迷惑な行為だったということだ。全く、これをどうして私が替わりに受けなければならないのか……何とも複雑だ。
まるで悪いことをしちゃった子供の代わりに謝っている親のような、そんな気持ちである。
「それに関しては、本当に申し訳なく思っています。でも、あの時の僕はユキのことがどうしても心配で……」
「えぇ、まぁそうでしょうね。あなたがどうしてこんな行動に出たのかは容易に想像出来た。でも、医師の言うことは素直に聞くものよ?只の人の身があの状態のまま旅を続けるなんて無理あったのだから。正直、今そうやって動けていることにだって違和感を感じているわ。一体何があったの?」
「メディが、僕を癒してくれたんです。あなたの知恵を授かったお陰で治癒能力に目覚めたんですよ」
「……はぁ、やっぱりそういうことなのね。あなたさえよければここの助手として今後働いて貰う予定だったのだけど、まさかこんなことになるなんて」
小さく溜息を吐き、片手で頭を抱える永琳。
実際は因幡 てゐの取引によって脱出したというのはここだけの秘密である。彼曰く、本人から口止めされているらしい。まぁ当然よね。
「あ、あのっ!どうか償いをさせては貰えませんか?僕に出来ることなら何でも致しますから」
「へぇ、何でも?」
「はい。まぁ僕は人形遣いであること以外は本当に只の人間ですので、限りは大いにありますが……」
その言葉を最後に、しばしの静寂が診察室を覆った。
深くお辞儀をしながらずっと頭を下げているせいか、余計に気まずさが増していく。
「何でも」は言い過ぎだっただろうか……?
「舞島さん。さっきも言ったけれど、あなたは只の人の身。あの時負った傷は簡単に治せるようなものではなかった。仮に治癒能力のあるメディスン人形の力があったとしても、今のあなたはまだまだ完治には程遠い」
「償いたいという気持ちがあるのならば、まずはここでちゃんとした治療を受けて頂戴。医者として、患者を死なせるのは心苦しいもの」
永琳が舞島 鏡介を心配する気持ちが痛いほど伝わってくる。
彼ならば、この気遣いを無に帰すような真似など絶対にしないだろう。だが……
「ごめんなさい、それは出来ません。私には人形異変の調査するという使命があります。申し訳ありませんが、ここに長居することは出来ないんです」
「またあなたそんなことを……そんな身体じゃ今は良くてもいずれガタが来るわ。悪いことは言わない。今すぐ治療を受けて」
「他のことはありませんか?例えばここのお手伝いとか……あ!掃除なんてどうでしょう?ここは何かと大きいし、人手が足りていないのでは?」
「いや、それは別に」
「 お願いします!ここにはお世話になった以上、何か恩返しをしなければ気が済まないんですッ! 」
そう言って私は永琳さんにグイグイと詰め寄った。至近距離になっても、永琳は至って冷静に私を押し返そうとする。そこは流石と言ったところか。
だがここはこちらの意見を押し通さなければならない。ここで治療を受けるなど、変装がバレる危険性が高すぎる。
しかし永琳も自身の言葉を取り消すつもりはないようで、一向に言うことを聞こうとしない……こうなれば最終手段。
都合が悪くなった時に使う私の必殺技、“催眠術”を使わざるを得ないようだ。これはとあるアニメの真似事をしてみたらなんか出来てしまった、超能力とは別にある私独自の特技。
この技の成功率はざっと6割といったところ……多少強引な手ではあるが、これもバレてしまうリスクを減らす為だ。
私は超能力を使う要領で相手の瞳に意識を集中させる。この距離なら、外さない。
「月の頭脳」だか何だか知らないが、私の方がワンランク賢いというところを見せてやる。そう覚悟を決め、相手を洗脳しようと試みたその瞬間……
「それじゃあ私の相手をして貰おうかしら、愚民?」
黒の長髪の女性が突然入って来て、それを遮った。
「あら姫様、一体何用ですか?」
「鈴仙からそいつが来ているのを聞いてね」
“姫様”と呼ばれた黒髪の女性……知っている。妹紅のライバルと噂の「蓬莱山 輝夜」という人物だ。
彼女は「蓬莱人」と呼ばれる不老不死の存在で、同じ境遇の妹紅とはしょっちゅう殺し合いをしているという物騒な仲らしい。妹紅さんがああいった感じなので、てっきりその姫様とやらもカッコよくてワイルドなイメージがあったのだが、これは……凄い。
彼女の容姿は、まるで御伽話に出てくる「かぐや姫」そのもの。美しく艶やかな黒髪、整いすぎて最早人形かと錯覚する完璧な顔面……同じ「女」とは思えないものが目の前に存在している。
「そんなことよりも永琳。今日はその愚民、こっちが借りていくから」
「姫様まで何を勝手な……彼はまだまだ万全な状態ではないんです。今回ばかりは我慢して下さい」
「こっちは長らくお預け食らってもう我慢の限界なの。見たところ別に元気そうじゃない。ほらいいから渡しなさいよっ!」
「駄目です。諦めて下さい」
輝夜が右腕を、永琳が左腕を掴んで私を取り合う。
な、何だこの状況……まるでマンガみたいではないか。まさかモテモテ主人公あるあるのシチュエーションを体験することになろうとは。実に良い、代役も引き受けて見るものね。
「じゃあこうしましょう。私はその愚民と今から人形バトルして、永琳がその様子から体調を判断する。それなら文句はないでしょ?」
「怪我人が人形バトルなんて余りにも危険過ぎます。もしものことがあってからでは遅いんです。その提案は許可出来ません」
「ここの主はわ・た・し!あなたは主の言うことが聞けないのかしら?」
「ッ!――……」
永遠亭の主である蓬莱山 輝夜の上下関係を分からせるかのような発言が、永琳の勢いを一瞬で止める。
事実であるが故か、永琳もそのことに対して反論する気はない……不満は分かりやすいくらいに顔に出ているようだが。
「……全く、都合の良い時だけその権限を振りかざして。私は止めましたからね」
「よろしい♪じゃあ行きましょうか、愚民?」
「は、はぁ……」
頭を抱えながらブツブツと愚痴を零している永琳を他所に、私は輝夜に手を引っ張られていくのだった。
やはりどの世界においても、姫というのは基本わがままなのね。