人間と人形の幻想演舞 作:天衣
一面に広がる白く美しい花々が一面に広がっている。
下に垂れ下がり、まるで鈴のような形のお花達……ヒュウと風が吹くとそこからは気品のある良い香りが漂う。
自然豊かな幻想郷だからこそ見られる、また違った趣のある素晴らしい光景だ。
だが美しいものには棘があるように、ここでたくさん咲いている「鈴蘭」という花には毒が含まれている。
ここは通称、「無名の丘」とも呼ばれている曰く付きのスポットであり、人間が決して近づかない場所であるという。
そんな危険な場所に来るような変人は、人の身でありながらあらゆるものが平気になってしまった僕くらいのものだろう。そして、今この隠れた名所を堪能出来る数少ない人間も恐らく僕だ。
このまましばらくこの景色を楽しむのもまた一興だが、今回の目的は別にある。
僕は鈴蘭を極力踏まないよう避けながら正面に見えている小さな人影へと近付き、新人として挨拶をすることにした。
「今日からここで働かせて貰うことになりました、マイです。よろしくお願いします」
「?………あ、そう。また増えたのね」
この鈴蘭畑の奥でただ1人佇み、こちらの挨拶に慣れた様子で受け答えする小さな少女の名は「メディスン・メランコリー」。
見た目こそ花を愛でる可憐な乙女であるが、その体は血が通っていない「毒」を原動力とした人形……正確には、ここで捨てられた人形が妖怪化したという悲しき存在だ。
そして、幻想郷で起こっている人形異変を利用し悪事を働いている集団、「人形解放戦線」のリーダーであり創設者でもある。
そんな彼女の野望は“人形の地位向上”。
これまでの活動を見るに、人形解放戦線は一見すると各地でイタズラばかり働くろくでなし集団のようにも見えるが、本質は人形が「利用されている」という状態に対して抗議の意を示している“レジスタンス”のようなものに近い。
「河童のアジト」の襲撃が最も分かりやすく、あそこで生産されていた「封印の糸」というマジックアイテムへの不満が強く現れていた。
しかし過去の新聞を見る限り、立ち上げた当初からそういった過激な妨害活動をしている訳ではなかったというのがどうも引っ掛かる。
ここへわざわざ潜入を試みたのも、その真意をこの目でハッキリさせるため……そして出来ることならば、説得して心を入れ替えて貰いたいとも思っている。
「あれ、あんたよく見たら“制服”に着替えてないじゃない」
「せ、制服ですか?」
「そ、アレがないとこっちの仲間かどうか見分けつかないんだから、さっさとサニー達から貰ってきなさい。いいわね?」
そう言ってメディスンは司令官の如くカラクリの右人差し指をこちらに向けて命令してくる……が、背が小さいので威厳よりも可愛らしさの方が勝っていた。
彼女の言う通りその制服とやらを取りに向かおうとするが、ふと僕は最近のアジトでの出来事を同時に思い出す。
僕が面接に受かってここの一員となった際、三月精は“何か”のストックがもうないことに酷く慌てていたのだ。そして、最終的に「まぁ別に問題ないでしょ~」と笑って開き直っていたような?
つまり、それが制服だったということだ……やっぱり必要なものだったんじゃないか。
「すみません、恐らくですが制服はもう余りがないものと思われます」
「……あいつら、そういうことは早めに報告しなさいよね……はぁ、しょうがない。とりあえずはそのままでいいわ」
正直、妖精に細かな仕事を任せること自体が間違っていると思うのだがこれに関しては無理もない話だろう。
集まっている人員の大半は暇つぶしの妖精ばかり、妖怪のメンバーだって低級の頭の悪そうな者しか今のところ見ていない。
むしろ、今まで閉鎖的な環境にいたメディスンがよくこれだけのメンバーを集められたものだとさえも感じる。
そんな寄せ集めの組織だが、不思議なことに統率だけしっかりと取れているようで、命令にはちゃんと従うし与えられた仕事をサボる様子もなかった。
それ程のカリスマが、リーダのメディスンにあるとはさっきの会話から見てもあまり感じない。やはり裏で糸を引いている人物がいる筈だ……その正体も、この目で確かめていく必要がある。
もし、それが今回の異変の“黒幕”なのだとしたら都合がいいのだが、果たしてどうだろうか?
「さて、ここの一員になったからにはこの世界で存分に暴れて貰うわ。あいつら人間に思い知らせてやるのよ……
「は、はい!頑張ります!」
「……あんた、妖精にしてはえらく真面目ね」
「え!?い、いや~そんなことないよ~とりあえずさからうヤツみ~んなやっちゃえばいいんだよね!」
「その通りよ(なんだ、気のせいか)」
咄嗟にアホっぽく振舞うことで何とか疑いの目から逃れる……メディスンが案外単純で助かった。
確かに、ここに来るような妖精の態度としては少々硬過ぎたのかもしれない。敬語を使っている妖精なんて明らかにおかしいではないか。
忘れるな、今の僕は“妖精”だ。もっと気楽な態度でいないとここで自然に溶け込むことなんて出来ない。そう、魔理沙と話しているようなフランクさを意識すればきっと大丈夫。
「そういえば新入り、あんた人形は?」
「もってるよ!」
「そう、なら支給は要らなさそうね。ちょっと見せて貰える?」
「え?うんいいけど……むげつ、はたてっ!でておいで!」
メディスンの要望通り、僕は現状手持ちに加えているむげつ人形と新たに仲間となったはたて人形を封印の糸から呼び出す。
今後彼女と絡んでいく以上、こういう状況になることも予想されたので僕はユキ人形達を変装中の菫子先輩の元へ予め預けたと言ってもいい。もしここで見られでもしたら即身バレして大変なことになっていたことだろう。
しかし一体何をするつもりなのだろうか?もしやよくないことをされるのではと脳裏に不安がよぎるも、何を思ったかメディスンは視線を落としてじっくりと人形達を観察し始める。
その目は真剣で、まるで何かを見定めるかのようだった。
むげつ人形は相変わらずカッコつけたがりのようで、目を閉じながら下を向き、右手で顔を覆ったかと思うとそれを勢いよく掻き上げた。
そして腕組みしている片手で片目を覆いながら相手を見据えているむげつ人形を、メディスンは特に変だと思う様子はなく屈託のない笑顔を向けた。
「こんにちわ、悪魔の人形さん。私はメディスンっていうの。よろしくね」
『……あ、あぁ。よろしく』
むげつ人形もその対応に思わずたじろいだようで、さっきから動揺しているようだ。
変質者扱いしない無邪気な優しさにどこか既視感を感じているような、褒められ慣れていないからどう返せばいいか分からないという複雑そうな感情が目の泳ぎ具合である程度図れた。
『むげっちゃんマジきゃわなんですけど~www』
その様子を面白がってか、はたて人形は自身の携帯電話の写真機能でむげつ人形をパシャパシャと撮っている。
それに気が付いたむげつ人形は撮るなと言わんばかりに携帯電話を取り上げようとするが、はたて人形は背中の翼で空へと逃れることでそれを拒否した。
意外といたずらっ子なのだろうか?それとも単にむげつ人形をからかいたいだけなのだろうか?僕の周囲で繰り広げられる追いかけっこを眺めながら考えてみるが答えは出ない。
「ふーん、仲が良いのね。……それにしても、天狗の人形は久しぶりに見たわ」
「え?」
「さてと、それじゃ審査の結果だけど……いいわ。合格よ」
「??えっと、いったい何を見てはんだんしたの?」
「決まってるじゃない、ここでやっていけるかよ。その子らは少なくとも大丈夫。人形の中には戦うのが嫌な子もいるからさ、そういう子は予め野生に返してるの」
確かに、そう言った人形は僕も一度見たことはあった。どうやらメディスンは人形に対してはちゃんとした優しい心を持っているようだ。
いくら人形解放戦線といえど、戦意のない人形を戦わせるような真似はしないらしい。この事実は少々意外だった。
どうやら、メディスンにはまだ説得の余地があるように感じられる。
もっと積極的にコミュニケーションをとっていきたいところだが、初日からズケズケと絡んでいったら流石に怪しまれてしまうだろう。
どうにかここで功績を上げて、周囲からの信頼を得る必要がありそうだ。
「それで、ぼくはこれからどうすればいいのかな?」
「ん?あぁそうね。どこに就いて貰おうかしら…………あ、そうだ。確か、“マヨヒガ”って場所を占拠しに向かってたグループが救援要請を出していたんだったわ」
「マヨヒガ……妖怪の山のほうにあるところだね」
「えぇ、まぁ丁度良いわね。それじゃあ初仕事として、あんたにはそこの救援に行って貰うわよ」
新人の初仕事としてはいささか厳しいように思えるが、これは手柄を立てるチャンスだ。
あの山へ戻るのは天狗の里の一件があるのでリスクは高い。だが今は、はたて人形と言う頼もしい空のお供がいる。心配はいらないだろう。
「うん、わかった!がんばってくるね!」
元気よく返事をした僕は、人形解放戦線メンバーとしての活動を本格的に開始するのであった。