人間と人形の幻想演舞 作:天衣
「後戸の国(うしろどのくに)」
摩多羅 隠岐奈(またら おきな)によって作られた、幻想郷に存在する異界の一つ。
そこには“扉”が存在し、幻想郷のあらゆるところに行き来できると言われている。その扉の数は実に数百、数千…いや、それ以上と言える。
摩多羅 隠岐奈の持つ能力は「あらゆる物の背中に扉を作り出す程度の能力」と言われ、彼女にかかれば幻想郷内で移動出来ないところはない。
そう、このいくつもの扉の正体は彼女の能力で作り出したものなのである。
摩多羅 隠岐奈は企んでいた。
“秘神”と呼ばれ、いくつもの神の名を持つ彼女は、最近になってまた一つの称号を欲していた。
それは、「人形の神」。
最近になって幻想郷で絶賛大流行中の「人形」という存在に、彼女は興味を惹かれていた。
今までいくつもの異変を見守って来た彼女だが、この「人形異変」は例外。いずれこの幻想郷の文化となり得るという確信があったのだ。
摩多羅 隠岐奈この流れに乗ることに価値を見い出し、その重い腰を上げて行動を起こす。
「人形の神」の称号を我が物とすれば、いずれ自分の存在を示す際に大きな威厳を得られるだろう。摩多羅 隠岐奈は椅子に腰かけながら膝をつき、拳を頬に乗せ、その光景を想像する。
「見える…皆が私を崇め、崇拝する姿が……フッフッフ」
摩多羅 隠岐奈は既に自分が持つのに相応しい人形に目星をつけていた。
彼女の能力である「あらゆる物の背中に扉を作り出す程度の能力」は、移動の他に“魔力”を送り込むことでその者の強化も可能。魔力を動力源としている人形には相性がいいのだ。
その能力があれば、あの人形の本当の力を開放出来る。あの人形の力があれば頂点に立つことなど容易い。
だが、自ら赴けば大いに目立つ…それは避けなければならない。そこで彼女は刺客を送り込んだ。
「いいな?どんな手を使っても構わん。必ずあの人形を私の元に連れてくるのだ」
***
一方その頃、鏡介御一行は人形達と周辺を探し回っていた。
「……どこにもいない」
玄武の沢で野宿し、明け方になって目が覚めたら看病をしていた人形がいなくなっていることに気付いた。あれだけ弱っていたのだからまだ体を動かすのは辛い筈…それなのに、もうこの周辺からすっかり消えてしまっている。
地面からも足跡などの痕跡は一切見当たらない。一応あの人形は飛べるみたいだが、あの状態で翼を動かすのは無理がある…一体どこへ行ってしまったのだろう。
誰かから“誘拐された”可能性もあるだろうか?
これは仮説ではあるがあの人形は狙われていて、逃げている際に攻撃され打ち落とされてしまった…とか?決してない話ではないだろう。
何せ人形はお金になるアイテムを持っているし、お金目当てにそういうことをやっている輩がいたって何も不思議ではない。今まで出会って来た人形遣いの中には、人形に対して少々過激な考え方を持つ者だっていた。
…考えれば考える程、嫌な想像が頭を支配する。あの人形の安否が心配になってきた。
「ありゃりゃ、何だか入りずらい雰囲気だねぇ~里乃」
「そうねぇ如何にもシリアス~って感じねぇ舞」
「―――えっ…う、うわッ!?」
背後から突然、二人の少女の声が聞こえてくる。
一切気配を感じなかった…まるで突然そこに現れたかのような登場に、思わず声を上げてしまった。
慌てて距離を取って二人の正体を確認すると、互いに緑とピンクのドレスに複数のリボンを凝らした白い前掛け、左右対称の曲がった小さく奇妙な帽子を被っている。
歴史の教科書であれと似たような帽子を見た気がしなくもない。それに手にはそれぞれ葉っぱの付いた枝と竹を持っていて、見れば見る程とにかく奇妙な二人組であった。
「だ、誰なんですかあなた達は!?」
「…アハハッ!ボクらが誰かだって?」
「クスクス…」
こちらの問いに対して笑う二人組。もしや、こいつらがあの人形を…?
「よく聞いてくれたね!普段なら教えてあげないけど、今回は特別サービスだ!」
緑の方の少女が元気の良い声で指を指し、二人は華麗にバク転してこちらから距離を離す。
こちらが見やすい位置にわざわざ移動してから何やら二人はポーズを決めている…一体何を始めるつもりなのか。
「 我らは偉大なるお師匠様に仕える神の使い!! 」
「 見よ! 」
「 聞け! 」
「「 語れ!我らの活躍がお前の障碍となろう!! 」」
突然二人は芝居をしているかのような身振りでこちらに語り掛けてくる。
その動きには一切の迷いや隙がなく、まるで何度も練習してきたかのような完成度であった。
「 童子が一人! 丁礼田 舞(ていれいだ まい)!! 」
「 童子が一人! 爾子田 里乃(にしだ さとの)!! 」
この芝居を見ている限りだと緑の方が前者で、ピンクの方が後者のようだ。
御丁寧な自己紹介で有難い。
「 時代の主役はあたし達! 」
「 我ら不死身の! 」
「「 “摩多羅二童子(またらにどうし)” !! 」」
舞と里乃がハモりながら決めポーズをとると、彼女らの背後から爆発音と共にカラフルな煙が上がってくる。戦隊物とかでよく見るアレだ。実物を見るのは初めてで、最早感動すら覚える。
「(う~ん、変な人達に絡まれてしまった)」
真っ先にそう思った自分の今の感情は、正に「虚無」というのに相応しいものだった。彼女らは“イカれている”と言っていい。あれは大森の系譜だ。
関わったら面倒くさいことになるのは、もう目に見えていた。そういうのは一人で十分だ。
僕は背を向け、引き続き人形の行方を心配しつつも妖怪の山を目指すことにした。
「…ってぇっ!?ちょっと!ボクらのこと無視しないでよ!!?」
「そっちが誰って聞いたからやったのに!」
ポーズを取っていた舞と里乃がこちらを呼び止めてくる。
確かにそれはそうだが、あの行動を見たら碌でもない二人組であることはすぐ分かってしまうというものだ。
彼女らは自身を“神の使い”とか言っていたが、「触らぬ神に祟りなし」という言葉もある。
ここは関わらないのが吉だ。
「もうっ!無視しないでって言ってるでしょ!」
「それはいくら何でもあんまりなんじゃない?」
早歩きで去ろうとしたがそれも束の間、舞と里乃はすぐさまこちらの正面に立ちはばかかる。
先へ通さないようにする際も二人はポーズを取りながら互いの右手を繋ぎ、左手を大きく広げていた。まるで無意識にやっているかのような動きだ。二人の仲の良さが伺える。
「先を急いでいるんです。あまり邪魔をしないで貰えますか?」
「そうはいかない。君を逃がしたら“お師匠様”に申し訳が立たないからね」
「例えあなたが用がなくても、私達はあなたに用があるの」
どうやら簡単にはどいては貰えないようだ。僕に用がある…?
あぁ、如何にも面倒くさい匂いがプンプンする展開だ…もういっそ話を聞いてあげて早めに解決した方が早いだろうか?
「…えっと、僕に何か?」
「フフッ…よく聞いてくれたね」
「ずばりっ!ボクらが用があるのは“ソレ”さっ!」
舞が意気揚々と指を指した先は、僕の下半身の辺りだった。それも中心に近い。
人の中心…それも男にあるものと言えば…ま、まさか…
「(え…もしかして、新手のセクハラ…?)」
「(…舞、指の差す方向がズレてるわ)」
「へ?」
「(そこは男の子の大事なところよ)」
里乃が耳元で指摘をして、舞はそれを目で確認する。
そしてこちらが引いている表情から自分のやった行為にようやく気付き、顔が徐々に赤くなっていく。
「ち、ちち違う!ボクが言いたいのは君の腰にぶら下がってる“ソレ”なのっ!!」
「もー、舞ったらおっちょこちょいなんだから」
舞は慌てて誤解を訂正し、指先を少し左にずらす。
その指先は、こちらが普段ぶら下げている「封印の糸」を指していた。
「お師匠様が、君の持つ人形を御所望なのさ!」
「あなたに恨みはないけれど、悪く思わないでね」
二人の言うセリフはまるでこちらの持つ人形も“奪う”かのような言い回しだった。
だが、この人形という生き物は同じ“人形”でないと攻撃を一切受けない。封印の糸にも入れている時点で、もしもの時の防犯対策もされている。
もし奪おうと直接触れようものなら、怪我では済まされないだろう。それは彼女らも流石に知っている筈…そうなると、彼女らは人形遣い?分かりにくいが、あれは人形バトルを仕掛けて来ているのか?
「えっと…もしかして人形バトルの申し込みでしたか?」
「「 え? 」」
「え?」
こちらの問いに対し、舞と里乃は気の抜けた返事を返す。
人形に用があるということはそういうことなのかと思ったが、この反応から察するに違うことが分かる。
「(里乃、“人形バトル”って何?)」
「(さ、さぁ?私達はただ“あの子の持っている黒い人形を連れてこい”としか言われてないし…)」
「(…もしかして、その人形バトルって言うのをやらないと人形をゲット出来ないのかな?)」
「…あのー?」
二人は背を向けてこちらに聞こえないように何かを話している。一体何がしたいんだろうかこの人達は?
まさかとは思うが、人形のこと何も知らなかったりするのだろうか?人形は随分とこの幻想郷に浸透している存在の筈なのに…もし本当にそうなら、彼女らは相当の“世間知らず”であることは間違いないだろう。…一応聞いてみるか。
「その…お二人は人形をお持ちではないんですか?」
「え……そ、そんなの持ってないよ?」
「私もそうね」
「……えっとですね、人形には人形でしか戦えないんです。だから、あなた方も自分の人形を持たないとバトルは出来ないですよ」
「えぇ!?そうなの~!?」
「し、知らなかった…」
どうやら、こちらの予想は当たってしまったようだ。…成程。
知識が何もないということは、当然人形を攫うようなことも出来ないだろう。ということは、この人達は看病していたあの人形とは無関係ということ。
別に悪い人達ではなさそうだ…仕方がない。
***
「…という訳で、捕まえるには「封印の糸」って言うアイテムが必要になりますので、まずはそれを買って下さい」
「うん、分かった!ありがとう知らない人!」
「勉強になったわ~」
簡易ではあるが、人形の捕まえ方や育て方を舞と里乃に教えた。
舞はこちらの両手を掴み、激しく振って感謝の気持ちを伝える。思ったより力が強く、少し腕が痛い…。だが彼女らの嬉しそうな顔を見ると、こちらも教えた甲斐があったというものだ。
「よ~し、早速お師匠様に人形を貰おうよ里乃!」
「そうね。フフッ、どんなのが貰えるか楽しみ」
どうやら二人の上司であろう「お師匠様」という人物に相談するようだ。
そう、捕まえるには最低でも一体人形を持っていないといけない。自分のように人形の方から仲間になるというというのは稀らしいから、妥当な判断と言える。
「それじゃ、ちょっと失礼」
「?」
舞がこちらの背後に立ったかと思うと、そこに手を乗せた。
それと同時に自分の背中に何かが出現するような奇妙な違和感を覚える。
そして次の瞬間、何か扉が開いたような鈍い音と共に、自身の背中から光が溢れた。
「え!?ちょ…えっ!!?」
「それじゃあね~知らない人!」
「また会いましょう知らない人」
二人はそう言いながら自分の背中の中に入り、忽然と姿を消した。
扉を閉じたような音が虚しく鳴り響き、何が起こっているのかが分からないまま事が過ぎていってしまう。
慌てて背中に手を当ててみるが、何もそこにはない。あれが彼女らの持つ“能力”ということなのか?二人が確かに自分の体に入っていった筈なのに、特に何も感じない…至って健康そのものだ。
そうか…背後にいたことに気が付かなかった原因の正体は、これか。
一連の出来事に不気味さを感じつつも、どこか納得のいった鏡介は引き続き妖怪の山に向かうのであった。
…だが、彼女らに出くわしたその朝から晩まで自分の背中が気になって仕方がなかったという。