人間と人形の幻想演舞   作:天衣

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第十一章

 

『――――っかりしてッ!!』

 

 

『――――まさんッ!!』

 

 

 

誰かの声がする。

 

その声はぼんやりとしていて上手くは聞き取れない…まるで夢の中から無理矢理叩き起こされているかのような、そんな感覚だ。

まだあちらにいた時は、子供の頃に親から毎日起こして貰っていたことを思い出す…最近は自分で起きれるようにはなったものの、それでも偶に寝坊しちゃうことが多々ある。

 

 

『――ではなりません!鏡様…!!』

 

 

『――に行っちゃダメだよッ!戻れなくなる…!』

 

 

段々とこちらを呼ぶ声がぼんやりと聞こえるようになった。

何やらとても焦っているような声色をしていて、言っていることも縁起が悪いものばかりだ。

 

…どういう訳かは分からないが、自分は窮地に立たされているのだろうか?

 

 

そう言えば、さっきから声の他にも別の音が聞こえる。

せせらぎだろうか…静かに聞こえてくる、この安らぎを感じさせる環境音……

 

 

ここは、河?

 

今、自分はどこにいるんだ?

 

 

「おやおや、これまた随分と若い人間だ。…外来人かな?」

 

 

…誰だ?さっきの声とはまた別の、女の人の声だ。以前と比べ、こちらの声はハッキリ聞き取れる。

 

 

「…う~ん、でもまだ微かに生命を感じる。まだ“送る”には早い」

 

 

送る?一体何を言って…

 

 

 

「 さっさと戻ってやんな、仲間達の元にさ 」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……――――はっ!!?」

 

 

何か物凄い衝撃が走り、飛び出すように目が覚める。

 

何故だか分からないが、ついさっきまで自分は死んでいたかのような感覚が残っている…何故だろうか?ここは…病室?一体どうしてこんなところに?

 

「――ッ」

 

ベッドから動こうとすると少し身体が痛む……あぁ、そうか。

確かメディスンから攻撃を受けて、それでしんみょうまる人形とこがさ人形が咄嗟に突き飛ばしてくれて…助かったのだろうか。

あんなに殺傷力のあるものだとはまるで気付いてなかったから、ああしてくれなかったら自分は間違いなく死んでいた…人形達に感謝しなければ。

 

状況を粗方整理して落ち着いてきたところで天井を見てみると、それはどこか見覚えのある光景であった。

前にもこの天井を見たことがある…そう、あれは確か光とまだ旅をしていた時のことだ。

弱っていたメディスン人形を看病して貰うべく訪れた場所で、あそこで喧嘩の仲裁を頼まれたことはよく覚えている。

 

ということは、ここはもしや…

 

 

「失礼します」

 

 

ノック音が2回聞こえ、誰かがドア越しに語り掛ける。

ゆっくりと開くと、兎の耳を頭から生やした紫色のロングヘアー、赤い瞳をした人物が部屋に入って来た。

 

彼女ともこちらは面識がある。「鈴仙」だ。

本名はもっと長いが、面倒だろうからそれでいいと本人も言っていた。今回はいつものブレザー姿ではなく、白衣で看護師の格好をしている。

 

「…あっ!?舞島さん、目を覚ましたんですね!良かったぁ」

 

「ど、どうも」

 

こちらが目を覚ましたことに安堵し、鈴仙が一息つく。

一見大袈裟にも感じたが、反応から見るに自分は重症だったのだろうか?

 

「あの…自分はどれくらい眠ってたんですか?」

 

「えーっと、ざっと計算して“3日”ですね。酷いお怪我をされてましたし、あなたは元々外の世界の人です。痛みに耐性がないのも無理はないと師匠が言ってました」

 

「3日…」

 

そんな長い時間、自分は意識がなかったらしい。心配をされるのも仕方ないか。

あの時、人形達が助けてくれなかったらと思うと…ゾッとしてしまう。

 

…そういえば、自分の人形達はどこに?

病室を見回してみるが、荷物はあるものの封印の糸を始め人形達がどこにもいない。

 

「あぁ、舞島さんの人形達なら師匠の下にいますよ。人形達も怪我を負っているようでしたから、ついでに診てくれたんです」

 

「そ、そうですか…良かった」

 

この永遠亭で腕利きの薬師である“師匠”こと「八意 永琳」。彼女の元にいるのならばひとまず安心だ。

自分を庇って頭を強打している「しんみょうまる人形」、毒霧の中から無理矢理出て来て助けてくれた「こがさ人形」、そしてメディスンと人形バトルをした「ユキ人形」…皆それぞれ傷を負っている状態だった。

 

「あ、こうしちゃいられない!私、皆を呼んできますね!」

 

そう言うと鈴仙は急いで病室を後にする。

バタバタと走り去っていく音がドア越しから聞こえ、徐々にそれは小さくなる。余程早く会わせたいのだろう。

 

 

…まぁ、確かにこちらも早く会いたいけれども。

 

 

 

 

 

 

鈴仙が病室を飛び出して数分、再びドアから2回ノック音が響いてきた。

 

 

「失礼するわ」

 

 

先程とは違う声がドア越しから聞こえてくると、ゆっくりとドアが開く。

それぞれ永琳、輝夜、鈴仙、てゐが入室し、あっという間にこの病室は手狭となってしまった。

 

「あら、本当に目を覚ましたのね。そんな怪我なんて私にはかすり傷にもならないのに、全く情けない男だこと」

 

「姫様。この人は普通の人間、私達とは違います。…後、軽々しくそのような発言はしないで頂けると」

 

「は~いはい」

 

 

「「はい」は1回です、姫様」

 

「…は~い」

 

輝夜の軽蔑に、永琳が注意喚起を促す。まるで母とその子供だ。

…そう言えば、輝夜も喧嘩をしていた妹紅という人物も「死なない」という発言をしていたことを思い出す。

だが永琳が先程の発言を静止させる辺り、あちらにとっては知られたくない事情なのかもしれない。あまり深くは聞かないでおこう。

 

「ごめんなさいね?これでも姫はあなたを心配してるんだけど、何分素直じゃないの」

 

「は?ちょっと永琳デタラメ言わないでよ!私がこんな愚民の心配なんかする訳ないでしょ?」

 

「その割には定期的に病室にお見舞い来てたウサ」

 

「…ッ」

 

てゐによる追撃の目撃証言により、ぐうの音も出なくなった輝夜はそっぽを向いてしまう。そうか、心配してくれていたんだな。

相変わらず口は悪いようだが、彼女も結構いいところはある人らしい。

 

「ふんっ、目を覚ましたんなら少しは私の為に働きなさい。前に伝えた約束、まさか忘れてはいないでしょうね?…さっさとリハビリなり何なりすれば?」

 

輝夜は怒った口調でそう言い、そそくさと病室を後にする。

ドアを思いっきり閉めた音が響き渡り、部屋にしばしの静寂が訪れた。…どうやら機嫌を損ねてしまったようである。

 

「…てゐ、それはあまり言わない方が良かったわね」

 

「あちゃ~、やっちまいましたなぁ」

 

「…でも、嬉しいですよ。見舞いに来てくれてたなんて」

 

「そ、そうだ!私達だけじゃなくてあなたの人形達も一緒に来てるんですよ!ほら」

 

鈴仙の言う通り、彼女の胸元にはこちらの手持ちであるしんみょうまる人形、こがさ人形が抱き抱えられていた。

二体はこちらを見るなり嬉しそうに互いの顔を合わせると、胸元を離れて勢いよく自分の元へと飛び込んだ。僕はそれに驚きつつも、何とか二体を受け止めることに成功する。

よく見ると二体の目には涙が浮かんでいた…余程心配だったのだろうか。

 

「うん、ごめんな。もう大丈夫だから」

 

そっと優しく、2体の頭を撫でた。

撫でられている2体はまるで悪いことをしてしまったかのようにこちらを見つめている。

巻き込んでしまったのはどちらかというとこちら側だというのに…僕は何と幸せ者なのだろうか。

 

「フフッ、人形に愛されているのね。微笑ましい限りだわ」

 

「え…あ、はは……」

 

永遠亭の面々に見られていることを忘れていた為、少しばかり恥ずかしい思いをしてしまった。

人形のことになるとどうも周りを意識しなくなってしまう…でも可愛いから仕方ない。

 

「そうそう、ついでにこの前来たこの子も診させて貰ったわ。…もう精神面の方も大分回復したようね。これなら普通の人形のように動けると思うわ」

 

「そうなんですか?…良かった」

 

永琳の胸元にも、こちらが預かったメディスン人形が抱き抱えられていた。確かに以前と比べ、表情が明るくなった気がする。

ということは、エリー人形とくるみ人形がちゃんとお世話をしてくれたということだ。こちらも定期的にケアはしていたものの、一番の功績はあの2体に違いはない。

 

そうとなればメディスン人形にも少しずつ、バトルなどを教えてみよう。

どのような技を覚えているかはもう把握している…ユキ、しんみょうまる、こがさ人形とはまた違った戦い方が出来る筈だ。戦略の幅も広がることだろう。

 

 

…ん?待て。

 

そういえば、この場にいない人形が一体いる。

 

 

「…あの、ユキはどこに?まだ完治していないんでしょうか?」

 

 

こちらがそう問うと、どこか複雑そうな顔をして誰も口を開かなかった。

 

病室に再び静寂が訪れたが、話さない訳にもいかないと言わんばかりに永琳が皆と顔を合わせ、話し始めた。

 

 

 

「…あなたの待つユキという名の人形は、あなたが搬送された時から既にいなかったわ」

 

 

 

 

 

 

「……―――え」

 

 

永琳の放った言葉を聞き、頭が真っ白となってしまう。

あまりにも衝撃的過ぎて口が開いたまま動かず、気付いたら体が小刻みに震えていた。

 

「そ、そんな…どうして!?」

 

「それは…私にも分からないわ。可能性として言えるのは、あなたが倒れている時に何かあって行方を晦ましたとしか」

 

「ここに搬送して下さったにとりさんは言うには、「戦っていた工房が吹き飛ぶ程の大きな火柱が上がった」と聞いてます。…何か覚えはありますか?」

 

「火柱…?…うーん」

 

鈴仙が聞いた証言から出た「大きな火柱」という単語について考えてみるが、浮かんで来るものはない。

まだ頭が混乱していて思考が上手く働いてくれない…自分でもハッキリ分かるくらいには動揺しているみたいだ。

 

すると手元を優しく握られる感覚が伝わった。恐らくしんみょうまる人形とこがさ人形だろう。

2体が心配してくれているのが伝わる。…少しだけ、落ち着きを取り戻したようだ。ありがとう。

 

 

恐らくその火柱というものが上がったタイミングは、自分がメディスン本人からの攻撃を受けたその後だ。

少なくとも、自分とメディスンが人形バトルで戦っている間は互いにそのような技を使っていない。工房が吹き飛ぶ程の威力というにとりの証言からも、とてつもない力があの時に発揮されたのが分かる。

あの場にいたのは自分を除いてユキ人形、こころ人形、そしてメディスンのみ。その中でも炎を上手く扱えるのは元のタイプがそれであったユキ人形だ。

 

ユキ人形は初めて仲間にした大切なパートナーで、他の人形にない不思議な力があり、一度その力を発動させたユキ人形は大幅にステータスが強化される仕組みになっている。

いつもは使えない強力な技も一時的に覚え、強敵達ともそれで渡り合ってきた……ということを僕は一同に伝えた。

 

「…成程。ちょっと聞きたいのだけど、ユキ人形はどういう時にその力を発動させるの?」

 

「え?…うーん、それがよく分かってなくて」

 

「覚えている限りで何かないかしら?その時の状況とか」

 

「えっと…最初に発動したのは一の道で光ちゃんと人形を捕まえていた時でしたね。あの時はその野生の人形が強すぎて歯が立たなくて、光ちゃんも僕も危うく死んでしまうところでした」

 

「ふむ…他に何かない?どういったタイミングで発動したとか」

 

「…あ、そうだ。光ちゃんが人形に狙われたのを、僕が咄嗟に庇って怪我をして…確かその時です。ユキの様子が変わったのは」

 

永琳がこちらの証言を聞き、手元のファイルにメモを取り始める。

どうやら細かく当時の状況を知りたいらしい。普段から患者に対してカルテを取っているだけあって、一切の迷いのないペン捌きであった。

 

「他の場所で発動したことは?」

 

「紅魔館のレミリアさんとの人形バトルで、ユキ人形しか残っていない状況で窮地に立たされた時ですね。残りがユキ人形しかいなくなった時、「負けたくない」と強く想ったんです。そしたら…」

 

「発動した…と?」

 

「はい」

 

2つの力が発動した際の状況を書き留め少し考え込んだ後、永琳はすぐにその口を動かした。

 

「一つ言えることがあるわ。恐らくその力の発動はあなた…つまり“舞島さん”が大きく関係している可能性が高い」

 

「ぼ、僕が?」

 

「まぁハッキリとは言えないけど、この力は舞島さんが「怪我をした」、「負けたくないと強く想った」ことで発動している。まずあなたが絡んでいる見て間違いないと思うわ。そして、これはあくまで推察だけど…もしかしたらユキ人形のその特別な力はその子自身の“心”と関係があるかもしれない」

 

「ユキ人形の…心?」

 

「人形にも感情があるわ。一般的に喜び、怒り、悲しみ…というものね。正にあなたの人形があなたが無事で涙を流していたでしょう?そして、あなたが動揺しているのを見て安心させようとさっき手を握った。相手の感情を理解し行動するような知性も、人形にはあるのよ」

 

「…はい、そうですね。凄いと思いますよ」

 

人形はまるで人と大して変わらないような感情的で優しい一面を持っている。

それは旅をしてきた中でもよく見てきたし、愛らしい一面だと思う。

 

「そしてそれは勿論、ユキ人形にも備わっているもの。だから発動のトリガーとしてはこれが一番濃厚ね。後はその力そのものを引き出している物の正体だけど……舞島さん、ユキ人形に道具は?」

 

「いえ…それがユキにだけは道具を持たせられないんです。持させようとすると何故か弾かれてしまって…当時はそこまで気にならなかったんですが、もしかして?」

 

「そのもしかして…は、恐らく当たりね。ユキ人形自身、何か道具を最初から所持している可能性があるわ。気付いていないということは、体内に内蔵でもされているのかしら…?」

 

 

「でも、これである程度はハッキリしてきた。ユキ人形は何かしら自身を強化するアイテムを持っていて、それはユキ人形自身の心の大きな変動で発動する…こんなところかしら。碌に検証もしていない以上、これが正しいとは言い切れないけれど…筋は通るわ。そして、行方を晦ましてしまったのも恐らくあなたが攻撃され、殺されたと思ってしまったことによる力の暴走……といったところかしらね」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

暗くなった窓の景色から綺麗な月が見える…今夜は満月らしい。

ベッドから出られない自分に、美しい夜空が微かながらの癒しを与えてくれる。…眠れないのだ。

 

何故眠れないのか?

それは勿論、ユキ人形のことが心配であるからに他ならない。

 

永琳の言っていたユキ人形についての推測…本人は確証はないと言っていたが、あれは全部正しいと自分は思う。

夢の世界でしんみょうまる人形とこがさ人形もユキ人形は他とは何かが違うと言っていた。

 

今まで謎だった強力なあの力の働きも、十分すぎる程辻褄は合っている。

夢の世界で明らかになったユキ人形の性格は、明るく純粋で…自分のことを好いてくれている感じがした。だが自分の名前以外は何も思い出せず、どうしてあの時あの場にいたのかもよく分かっていない…今思えば、ユキ人形は何者かによってあそこへ連れ出された可能性がある。

 

 

そしてそれが自分の中で決定的となったのは、まだ元の世界にいた時の出来事だ。

 

大森と一緒に喋っていた中年男性から「東方キャラ図鑑」を見せられ、好きなキャラを選べと言われて…当時の僕は何も分からなくて適当に選んだ。

 

そのキャラこそ、まさしく「ユキ」だった。そうだ、あの瞬間からもう始まっていたんだ。

 

…ということは、あの人はここの住民ではなかったということか?あの時の夢も全部…最初から仕組まれていたとでも?

大森も、このことを知っていて僕をあの神社に?

 

 

頭が痛い…考えれば考える程、それは酷くなってしまう。

これでは余計に眠れそうにない…もういっそ寝ない方が良いのではないだろうか。

こんな状態ではいい夢など到底見れそうにないし、こういった時の胡蝶夢丸を飲む気も、今は到底起きない。

 

そして出来ることなら、今すぐにでもユキ人形を探したい。

人形達を封印の糸に戻す際に気付いたが、ユキ人形の分の封印の糸だけがなくなっていたのだ。

なくなった原因として考えられるのは、やはり「メディスン・メランコリー」の仕業だろう。彼女はこのアイテムを心底嫌っている様子だった。

あの時攻撃されてから彼女の手によって強奪、又は破壊されたと考えるのが妥当だろう。

そうなると、行方不明であるユキ人形は野生として扱われ、誰かの手によって捕まってしまう危険性がある。ユキ人形が他の人形遣いの手に渡ってしまうなど…考えたくもない。

 

体さえ満足に動かせれば、今すぐにでもここから出て探し出したいが…やはり痛みが生じる。

永琳からは最低でも後1週間と診断を受けたが、そんなに待っていたら手遅れになるではないか。

 

 

「…!?」

 

 

突然ドアから2回ノック音が聞こえてくる。

こんな夜中に誰かが来るとは思わず、驚いてしまった。誰だろう?

 

「おや、起きてたんだね。くく…狙い通り」

 

怪しい笑みを浮かべて入って来たのは“因幡 てゐ”だった。そして彼女に抱えられているのはメディスン人形。

何故かメディスン人形の服装が赤と黒のロングスカートから一変、ピンクのチェック柄のフリフリ兎耳へと衣装を変えられてる…本当に何故だ。

 

 

「 ねぇ、私と取引しない? 」

 

 

 

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