人間と人形の幻想演舞 作:天衣
人形異変の手掛かりとなり得る情報を手にし、僕は三途の川へと赴いた。
その目的は畜生界と呼ばれる世界に存在する霊長園に突如現れた、“神”の存在との接触。
何でも畜生界に住む動物霊達は、その神が作った人形達に住処を追いやられてしまったと言う。
今回はその動物霊達に侵略者の退治を頼まれ、こうして霊長園へと向かっている訳であるが…
そんなことよりも、その人形という存在を作り出した“神”という存在。
そのワードに非常に興味を惹かれている自分がいる。何故か?無論、人形が大好きでとても愛おしい存在であるからだ。
まるでに人間のように体を動かし、感情があり、手先も器用な人形は今や僕にとって愛すべき生き物であり、掛け替えのないパートナーである。
そんな人形という生き物を作ったとされる人物にこれから会える思うと、ワクワクが止まらない。
「舞島さん、ここを抜ければ間もなく畜生界となります。心の準備は宜しいですか?」
自分の上着を両手で持ち上げながら飛行している庭渡 久侘歌(にわたり くたか)は、畜生界に通じるであろう境目へと来たところで問いかける。
彼女から一度言われたことだが、畜生界は人間が踏み入れるべきではない危険な場所らしい。いくら人形を持っているとはいえ、それでもやはり心配なのだろう。
だが、もう自分の意志はとっくに決まっている。
「問題ありません。むしろ、今すぐにでも行きたい位ですっ!!」
その問いかけに対し、僕はハッキリと答えた。シンプルに、分かりやすく。
それを聞いた久侘歌は、こちらの謎の積極性にしばらく考え込んでしまう。
「(…恐れるどころか、行くこと自体を楽しんでいる?無知故の純粋さか、それとも…)」
畜生界のことをよく知っている久詫歌はこの矛盾を少し疑問に思っているようだ。
だが、考えがまとまったのか彼女はすぐさま顔を上げると小さく頷く。どうやら自分の決意を受け止めてくれたようだ。最早止めるのは野暮だと、そう感じたのだろう。
「 分かりました。では、行きますよ。畜生界へ 」
そう言うと久詫歌は飛行スピードを上げ、地獄の関所を通り過ぎていった。
関所を通ったその瞬間、一面の背景が紅く染まっていく…そして風が頬を激しく伝ってくる。…冷たい。
地面を見ると何もない殺風景な大地にが目に映る。そこには一切の生命は存在しなかった。まるで未開の星にでも来たかのような感覚になる。
木も、生き物も、集落の一つも、見渡す限りどこにも存在しない。ただ一面の真っ赤な大地のみが、延々と続いている。
自分が想像していたようなマグマが燃え滾る架空の世界など、そこにはどこにもありはしなかった。
…こんなに暗く、寂しい世界がこの世に存在していたなんて。
「…人間の、しかもまだ幼いあなたには少々堪えるでしょう?…あぁそうだ!」
「?」
この殺風景な光景を目の当たりにした自分に対して、久詫歌は何かを思いついたようであった。
とは言っても特に何かを直接する訳でもないようで、疑問に思っていると小さな鳴き声が聞こえてくる。これは…どうやら鳥の鳴き声だ。
気が付くと、自分の懐に小さなヒヨコが入っていた。
「畜生界へたどり着くにはまだ時間が掛かります。ですから、その子の相手をしてあげて下さい。多少は気持ちも和らぐでしょうから」
「ピ!」
どうやら、これが久詫歌の思い付いたことらしい。成程…確かに小さくて可愛らしいフォルム。あぁ、癒される。
彼女なりの優しい気遣いに、思わず感動してしまう。この方は天使か?こんな妖怪もいるんだなぁ…何だか彼女が天使を通り越して“神様”にも見えてきたぞ。
「あ、ありがとうございます!それで、この子は何と呼べば?」
「その子はピーコちゃんって言います。どうか可愛がってあげて下さいね」
ピーコちゃんか。どこかで聞いたこともなくはないが、良い名前だ。
さて、まずはどこを撫でられるのが気持ちいいのかじっくり確かめようかな?
こうして僕はピーコちゃんと戯れながら畜生界への道中を過ごし、大変有意義な時間を過ごす。
ピーコちゃんの方もスッカリ自分に懐いたようで、可愛らしいお友達が出来た。人形達とはまた違う、マスコット的な可愛さ。
うん、やはり小動物は良い。久々に堪能したなぁ。
「…――ッ!!」
「きゃ…!」
癒され気を抜いていたその瞬間、突然強風が吹き荒れる。
飛んでいた久詫歌も前に進めない程の逆風がしばらくの間続き、その衝撃で手元にいたピーコちゃんが飛ばされてしまう。
「ピ~~~!?」
「――ッ!ピーコちゃん!!」
急いで手を全力で伸ばし、何とかピーコちゃんを掴んで救うことに成功する。
少しでも判断が遅れていたらそのままどこかへ飛んで行ってしまうところだった…正に間一髪。
この咄嗟の反射神経も、人形バトルを積み重ねた成果かもしれない。特別運動が出来る訳でもなかった自分も、成長している実感がある。
しかし、その強風による被害はそれだけではなかった。
「…!」
被害を受けているのは主に飛んでいる久詫歌。原因は突然の強風。
それはこれまで会って来た少女達の格好に共通していることで、こちらの一般的女性の格好でも起こり得る出来事だ。
こういったハプニングに起こってしまった、“見えてしまうもの”。それが自分の目に、今ハッキリと映ってしまった。
人によっては幸せを感じる者もいる。自分は…どうなのだろう。それを見てしまって、今どう感じたのだろうか?
でも、不思議と鼓動が早まって体も熱くなっているような?いけないことなのに、この気持ち…所詮本能には逆らえないということなのだろうか。
急いで忘れようとするも、それは一向に消えることはなく…
「…どうやら収まったようですね。大丈夫でしたか?舞島さん」
「え!?あ、はい…」
「?何やら顔が赤く…!も、もしや風邪をひいてしまいましたか!?すみません、私ったら防寒の用意も碌にせずに…ど、どうしましょう!?」
「い、いや別に僕は」
「こうなったら……えいっ!!」
「むぐッ!!?」
凍えているであろう自分を心配し、何とかしようと思ったのだろう。
久詫歌は僕を胸元に抱き締め始め、冷えた体を温めようとする。確かに一時間程度強風に晒されてはいたものの、別に風邪などは引いてはいないのだが…。
いや、そんなことよりもこの状況だ。服越しに柔らかい感触が顔に伝わってくる…ヤバい。
これは死ぬ…色んな意味で死んでしまう。安らかな死を迎えてしまう。ただでさえアレを見てしまった後のこの追撃…何という強烈なコンボ。
全神経を持って何とか理性を保つことにしか集中出来ない…耐えろ。耐えるんだ。……すっごく温かいぞ、畜生ッ!!あぁ、頭がおかしくなるッ!!?
偶にこの世界の住民は無意識にこういうことをする…咲夜がそうだった。
もうちょっと女として警戒心というか…まず男を知って下さい。こんなことされたら色々勘違いされますきっと。
大森とか絶対ヤバいですよ?こんなことされた暁にはきっと獰猛な獣となって、この畜生界の住民になってしまいます。間違いなく。
「私の体、結構温かいですから今はこれで我慢して下さい。もうちょっとの辛抱です!急いで霊長園へ向かいますよ!」
よく聞き取れなかったが、霊長園へ向かうらしい。顔を胸元に抱き締めたまま。
抱き締めたまま。
早く…早く終わってくれ……
このままだと、自分も獣畜生の仲間入りしてしまいそうだ……恐るべし、地獄。
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久詫歌の飛行スピードが徐々に落ちていく…地に足が付く音が聞こえ、声を掛けられた。
「ここまで来ればもう寒くはありません。体調の方は大丈夫でしょうか?」
「え、えぇ。身体の方は特に問題ないです」
「それは良かった。…さて、ここが件の“霊長園”でございますよ」
ようやくハグから解放され、辺りを見回すと暗い世界が広がっていることに気付く。
しかし照らす為の電灯らしきものはちゃんと用意されており、道の整備やアウトドアテーブルとチェア、ベンチなどが置かれていて不思議と現代の世界の雰囲気に近い。
この場所を例えるならば、夜の国立公園……そういった表現が正しいだろうか。とても地獄の世界とは思えない、憩いの場のような空間がそこには確かにあった。
「では用がお済みになりましたら、ピーコちゃんを通じて連絡して下さい。では!」
久詫歌はどうやら帰りも送るつもりでいてくれるようだ。こちらとしてはその提案は非常に助かる。しかし、帰りまでに何か防寒対策を講じていく必要性がありそうだ。
彼女に一切悪気がないのは分かる。だがもうあんな恥ずかしい思いは御免だ。
畜生界の方角へと飛んでいく久詫歌を見送り、改めてこの霊長園の探索を始める。
辺りは人形が潜んでいる草むらが沢山生い茂ってる…そして野生の人形も何体かいるようだ。スカウターで見てみる。
『 名前:えいか 種族:水子の霊 説明:石を積むのが上手 』
『 名前:うるみ 種族:牛鬼 説明:河で漁業を営んでいる 』
『 名前:くたか 種族:神 説明:平等と利他を優先する、礼儀正しい神 』
情報が出てきた。
中々個性的な人形達がここにもいるようだ。…というか久詫歌さん、本当に神様だったのか。動物的な特徴だったから気が付かなかった。
何の神様なのかはこのスカウタ―では一切分からないが、今度会った時にはちゃんと態度を改めた方が良いのだろうか?
まだまだいるので、どんどん調べる。
『 名前:やちえ 種族:吉弔(きっちょう) 説明:人を欺き、すべてを見下している組の長 』
『 名前:さき 種族:驪駒(くろこま) 説明:力こそ全てだと考えている戦闘狂の組の長 』
『 名前:ゆうま 種族:饕餮(とうてつ) 説明:非常に強欲で、単独を好む組の長 』
情報が出てきた。
うーん、漢字が読めない。そして、説明が少しおっかない。見た目は可愛い人形なのに。
そして、どうやら3体はそれぞれ喧嘩をしている。それも複数体のでの殴り合い、噛みつき合いの泥臭い争いで、だ。
余程仲が悪いのだろうか?どことなく不良同士の喧嘩に近いような…とにかく、そういうのとは無縁である自分にとって近づき難い光景であるのは確かだった。
これではまるでヤクザの抗争…同じ草むらに生息しているえいか、うるみ、くたか人形達は逆らうことが出来ずにテリトリーを狭められてしまっているではないか。
喧嘩をするのはともかく、他の人形達に迷惑をかけているのは頂けない。
正直こんなことをしている場合ではないのだが、このままほっておくことが出来ない自分もいる。
人なら絶対に無理だが、今回の相手は人形…それならば、自分でも何とか争いを止められるかもしれない。よし、やろう。
「 みんな! 出てこい! 」
甲高く、手持ちの入っている封印の糸から人形達を呼び出す。
その声を聞いた人形達はそれに答えるように光の塊となって飛び出すと、自分の前に一斉に集結した。
実体化を果たし、それぞれユキ、しんみょうまる、こがさ、メディスン人形が現れる。むげつ人形は…出てきてはいないようだ。
やはり、まだ仲間だと思ってくれていないのだろう。自分の手持ちに加入したのも本当に突然のことで、戸惑いがあるのも当然と言える。
だが、むげつ人形ともその内打ち解けていきたい。それに、ユキ人形があんなに必死になって庇っていた理由も気になる。二体はどういった関係なのだろうか。
…出てきてくれないのならば、せめてむげつ人形はこの戦いを見届けて欲しい。
それで少しでも自分に興味を持ってもらえれば、少しはこちらに話をしてくれるかもしれないから。
「 よし、まずはユキ!あの人形達の注意をこっちに向けるんだ! フラッシュオーバー! 」
指示を受けたユキ人形は元気よく頷くと、自身の周りから火球を生成してそれを喧嘩している人形達へと放った。
喧嘩に夢中でその攻撃に対応できなかった人形達は対応出来ず、攻撃をまともに食らって何体か吹き飛ばされてしまう。倒れた人形達の様子は…気絶はしていない。だが、あの様子ではまともに戦うのは最早不可能であろう。
ユキ人形の火力であれば普段なら一発で気絶するような威力なのだが、ちゃんと指示の意図を読み取り手加減してくれたようだ。
攻撃を仕掛けられた人形達は当然怒り、今度はこちらに牙を向け始める。
こちらに飛んできながら様々な属性の攻撃が一斉に放たれた。だが、そんなことは予測済み。
「 しんみょうまる!メディスン!攻撃を受け止めろ! 」
指示を受けた2体はそれぞれの得意とする属性の攻撃を引き受ける。
野生の人形はスタイルチェンジをしていない。よって技での対応をする程の火力はないだろう。
しんみょうまる人形は集弾、メディスン人形は散弾をそれぞれ担当し、弾幕の応酬を最小限のダメージでやり過ごすことに成功させる。
自らの役割をちゃんと理解出来ている。うん偉い、偉いぞ。
「 最後に、こがさ! リバーススプラッシュ で人形達に反撃だ!! 」
2体の傍ですっと力を蓄えていたこがさ人形は、その合図と共に我慢を解き放つ。
すると前方の地面から、間欠泉の如く水が広範囲に放出して人形達を一掃。天高く舞い上がった野生の人形達が上へ、下へと行く様を見届け、バトルは終了。
これで争いをしていた人形達は全員大人しくすることが出来た。
さて、説得をすると共にダメージを負った人形達を回復させよう。
治療が出来るメディスン人形もいることだから、あまり時間も掛からない筈だ。
一通り人形の治療を終え、ベンチで一息つく。流石に数も多かった為、メディスン人形も同様に座って休憩タイムだ。
メディスン人形に労いの一声かけ、頭をそっと撫でると喜びの表情を見せる。ゆっくり休んで欲しい。
正直なところ、治療している途中でまた暴れられることも予想されたが、打ちのめされた人形達は意外にもしおらしくなって抵抗することは全くなかった。
それどころか、こちらを倒したことを称賛しているのかどうにも懐かれたみたいで、平和的に終わると言う意外な結末を迎えることとなり…何でもやってみるものだと実感したくらいである。
こちらの要望を承諾した野生のさき、やちえ、ゆうま人形達は自分達がしていたことを他の人形達に謝り、今ではすっかり仲良しになっている。
この光景を見ていると、本当にやって良かったと思える。争いのない世界…何と素晴らしいことだろうか。
「いやぁ、お見事お見事」
「――ッ!?」
背後から突然、誰から声と共に拍手が聞こえてくる。
そのことに驚いて声の聞こえた背後を慌てて確認すると、一人の少女が佇んでいた。
髪は金髪、赤い瞳をしていて水色の服を纏った少女…更に頭に奇妙な形の角を生やし、背中には大きな甲羅と大きな尻尾という何とも言い難い見た目。
だが、この人物は人形でたった今見たところだ。“やちえ”…確かそんな名前である。まさか本人が突然現れるとは思いもしなかったので、驚きが隠せないでいる。
よく見ると彼女の周りには見覚えのある動物の霊が漂っていた。妖怪の山で会った奴と一緒だ。
もしや、彼女はこの霊と何か関係のある人物?だとしたら、彼女はあの神とは敵対関係にあるということになる。
こちらにとっては味方…というには少し違う人物の可能性は高い。それに、人形の説明によると“人を欺く”ことを得意とするらしい…油断は出来ないだろう。
だが、一応自分は動物霊に協力する態で話は付けてあるのも事実。どうしたものか…
「何やら色々と考えているようですが、そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。舞島 鏡介さん」
「!」
顔に出ていたのか、すぐに八千慧から考えを見透かされてしまった。
一見表情は笑っているように見えるが、あの冷酷な目…人を見下しているような、下に見られている不快な視線だ。
この圧力…まるで自分など小さな虫かのように思え、すっかり気押されてしまう。冷汗も出始めた。
初めてかもしれない。幻想郷の住民を“怖い”と感じたのは。
「あなたはやはり、人形遣いとしてとても才のある人間のようです。私の見込んだ通りでした」
「人形をここまで巧みに操るその技術…ぜひ我々も参考にしていきたい。でも、その前に…」
ゆっくりと、彼女はこちらに足を運び言葉を吐く。
逃げ出したいのに、体が言うことを聞かない。一体、自分はどうしてしまったんだ…?
「 あの目障りな“
肩に両手を添え、耳元に囁くように、そう言い聞かされた自分は、何故かその言葉に「はい」と返事をしてしまった。
逆らうことも出来たであろう。だがそれを拒む何かが、あの瞬間に芽生えてしまったらしい。
“
その目標を得た僕は彼女の案内の元、神のいるその場所へと赴くのであった。