第1話 プロローグ
そこは薄暗い地下の研究施設だった。
無機質で不気味な機械音が響いており、白衣を着た数名の研究者達が少し離れた位置から、
診察台に横たわった『俺』と体中に取り付けられたケーブルと繋がった計器を見比べて観察していた。
一人の研究者が資料を片手にこのプロジェクトの責任者に声をかける。
「ガスト博士、被検体の精神、肉体供に異常は見当たりません。
ただ同世代の普通の子供に比べ筋力、知力は高い数値ではあります」
上唇に髭を生やし、眼鏡を掛けた黒髪の男〈ガスト・ファレミス〉はそれを聞き返答する。
「承知した、では今日の実験はこれで終了とする。
宝条くんはいつも通り資料をまとめておいてくれ」
「わかりました」
長い髪を後ろで束ねた不健康そうな顔つきの男〈宝条博士〉はただ一言返事をすると資料を手に取り、早々に研究室から退室してしまった。
他の研究者達も後片付けをしている中、ガスト博士は『俺』に近づいて心配そうに声をかける。
「セフィロス、お疲れ様。
いつも長い時間実験に付き合わせてすまないね。
体調は大丈夫かな、気分が悪いところはあるか?」
『俺』はただ一言「ない」と答えると、ガスト博士は安心したようで優しい顔になる。
「そうか、それなら良い。
ただもし嫌なら遠慮なく言ってくれても構わないんだよ。
嫌がる子供を無理やり実験をさせる様なことはしたくないからね」
「……明日は何時からですか?」
「それなんだが明日はお休みだ
ここのところずっと実験や観察ばかりだったからね。
ゆっくり休みなさい」
「わかりました、では失礼します」
そう言って『俺』は研究室を後にした。
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後片付けの作業をしている中で退室をするセフィロスを見届けた一人の研究員がガスト博士に質問をする。
「明日は休みにしてしまっていいんですか、宝条博士は明日も実験の続きをする気ですよ?」
「構わないよ、責任者は私だ。
それにセフィロスは平気な顔をしているようだが、疲れているのが見て取れる。
まだ子供なんだ無理もない……」
セフィロスを気にするガスト博士の言葉を聞いても何とも思っていないようで淡々と研究員は答えた。
「わかりました、では私から宝条博士に明日は休みであることを伝えておきます」
「うむ、すまないがよろしく頼むよ。
しかし宝条くんもセフィロスに一声掛けてあげれば良いのにな」
流石に自分に問いかけをしてきたなら何か答えねばと思い、研究員は話題に上がった彼の妻の話を振ってみる。
「まぁ彼は根っからの研究者ですからねぇ、ルクレツィアさんが精神を病んでしまった時も
何事もなかったかのように研究を続けていましたし」
「……そうだな」
虚ろな返事を研究員に返し、腕を組んで辺りを見渡すガスト博士。
周りの研究員達が作業を終わらせて続々と退室していく様子を見送りながら、この場所にガスト博士自身が、そしてあの子が居る理由を振り返ってみた。
――【ジェノバプロジェクト】
この世界には神羅カンパニーという大企業が存在する。
組織の中には専門分野ごとに振り分けられた数々の部門があり、そのうちの一つに科学部門と呼ばれる集まりがある。
そしてその統括の地位に就いたガスト博士が立ち上げた自分の科学者人生を捧げるといっても過言ではない大プロジェクト。
発端は地中深くから見つかったこの星の過去に存在したと言われる古代種のミイラ。
ジェノバと名付けたそのミイラを元に
そしてこれにより誕生したのがあの子【セフィロス】である。
そんなプロジェクトの申し子である彼には計画を円滑に進めるためにも秘密にしている事がたくさんある。
彼の本当の両親について伝えてない事もその一つである。
セフィロスの両親はガスト博士の部下であり、父親はこのプロジェクトにも参加している宝条博士。
母親は同じく神羅所属の研究員であるルクレツィアである。
しかしセフィロスは宝条博士の事を快く思っていない、宝条博士も彼をただの実験体としか見ておらず歩み寄る姿勢もないのでこのままでは両者の仲が改善することはないだろう。
母親のルクレツィアはセフィロスを生んですぐに彼をその手で抱くことすら叶わず隔離された。
これにはジェノバプロジェクトの管轄で行ったプロジェクト・Gという実験に原因がある。
子供を身籠っていたジリアンという女性研究員を被検体としてジェノバ細胞を埋め込み、体内の胎児にどう影響があるか、またジェノバ細胞が埋め込まれたジリアンの細胞を別の女性の胎児に直接移植したらどうなるかを試す実験であった。
しかしジリアンは自身が生んだ子供〈アンジール〉には愛情が芽生え、実験対象とすることが苦痛と感じ神羅カンパニーからの逃亡を図った。
結果はすぐに捕まってしまったが、その時のプロジェクト・Gは残すところ経過観察くらいしかなかった。
理由はセフィロスが誕生する直接の経緯となったもう一つのプロジェクト・Sがすでに主体となっていたからである。
その為ジリアン達は口外しない事と監視を条件に神羅カンパニーが建設したバノーラ村にて息子であるアンジールと一緒に軟禁という処遇に終わっている。
裏切者は処分するべきという意見もあったが、ガスト博士が貴重なジェノバ細胞が定着した被検体を処分するのは神羅カンパニーに取って損失であると説得したのだ。
何より息子だけは助けてくれと必死に懇願するジリアンを見て処分などという判断はガスト博士には出来なかったのである。
しかしこの事件により母親に愛情を抱かせてはプロジェクトの妨げとなると判断した宝条博士によりルクレツィアとセフィロスは引き離されてしまったのである。
異を唱えようにもジリアンの前例があり、さらに宝条博士以外の研究者や神羅上層部もその判断に賛同していたので、いくら責任者とはいえこの判断を覆すことは不可能であった――。
ガスト博士としてはいつかセフィロスに真実を告げようと考えてはいるものの、今の状況で真実を教える事は困難であることも感じている。
さらにルクレツィアの体にも異常が見られ、セフィロスとの件もあり肉体、精神ともに今は彼女についても慎重ならなければいけない状況である。
現在セフィロスにはジェノバ〈古代種〉を偽りの母親として教え、彼を生んだのち亡くなったと伝えている。
「本当にこのまま研究を進めて良いのだろうか」
既に研究室にはガスト博士以外誰もおらず、彼がぽつりと漏らしたその言葉を聞いた者は居なかった。
ガスト博士が最後に戸締りを行い、螺旋階段を上っていく。
ジェノバプロジェクト、今日の一日はここで終わりである。
真っ暗となった研究室だけが責任者であるガスト博士に迷いが生じている事実を知っていた。