「敵に後ろを見せるとは、余程の自信家か愚か者だ」
アンジールの背中に刀を突き付けた存在が、感情の無い声でそう告げた。
傍から見れば絶体絶命としか見えない状況であるが、彼にとってはそうではない。
「そうだな、俺はその自信家で愚か者だったよ」
アンジールは、言われた内容に心当たりがあったようで、怒りとも悲しみとも取れる表情を浮かべている。
その返答に特に反応する事もなく刀が振り下ろされるがその刀身が男を刻む事は無かった。
何故ならそれより早くアンジールが振り向き、剣で攻撃を防ぐとそのまま反撃に転じたからだ。
一撃、二撃、三撃……アンジールが連続で斬り込むも相手は刀でそれをなんとか受け流す。
だが、六撃目の斬撃でとうとう体勢を崩されてしまい、その隙に最後の七撃目が叩きこまれると、刀を振るっていた存在はそのまま膝から倒れ込んでしまった。
倒したことを喜ぶ事もなく、アンジールはただジッと見つめていたが、やがて目の前に“Mission complete”の文字が出現する。
倒した存在の姿が徐々に透けて行き、やがて空間へと消え去った。
その後、周囲の状況が神羅ビルにあるトレーニングルームへと変貌していく。
中央に立っているアンジールはヘッドギアを外すと、一言呟いた。
「弱い……な」
───ソルジャー用の仮想訓練にはセフィロスを参考にしてプログラムされたデータが存在する。
ただ実際は訓練用というより挑戦という意味合いが大きい。
毎年、仕事に慣れて調子に乗り始めた何名かの新人ソルジャーが挑んだりするのだが、まったく手も足も出ずズタボロに返り討ちに晒され泣きを見るのがお約束だ。
そもそもデータとはいえ模した相手は、あの英雄であり、1stレベルでやっと倒せるかどうかという設定難易度である。
しかし、このデータを「弱い」と言ってのける事が出来る者達も居る。
日頃からセフィロス本人と直に刃を交え精進している彼等にしてみれば、所詮はデータ。
『ホンモノと比べたら1割にも満たない』と口を揃えて言う有様に部下たちは遥かなる高みにいる彼等に対して尊敬、畏怖、嫉妬、諦め等様々な想いを抱いていた───。
「俺は……どうしたら……」
ヘッドギアを持ったままアンジールは微動だにしない。
『君はジェノバプロジェクトによって生まれたんだ』
『過程に差異はあれどセフィロスもジェネシスも同じだよ』
『望むのであれば治療しよう、無理強いはしないがね』
先日、ホランダーから告げられた数々の事実が常に頭の中で渦巻いており、それ以降は事あるごとに自問自答を繰り返す日々となってしまった。
今日だってこのミッションを自暴自棄のように何回も繰り返している。
自分が目標と掲げる人物を、例えデータであっても倒すことでまるで己のアイデンティティを保つかの如く……。
葛藤に苦しむアンジールの後方から扉が開く音がした。
「アレ、この部屋は使用中だった?」
開いた扉の先に居た人物がそう言ったのでアンジールは振り返る。
やってきたのは子犬であった。
「ザックスか……」
「ごめん、アンジールが使ってるとは思わなくて。
でも、外のパネルには何も表示されていなかったんだけどなぁ」
どうやらアンジールがミッションを終えて立ちすくしていた間にだいぶ時間が経っていたようで、その間に反応がなかった機材がスリープモードに入ってしまい、ザックスを勘違いさせてしまったらしい。
また安全のための扉のロックもミッションが終われば自動で解錠される。
「もう終わってるから気にするな。
俺は出て行くから好きに使え」
アンジールは近寄って来たザックスに持っていたヘッドギアを渡すとそのまま部屋から去ろうとする。
それを見てザックスは何か閃いたようで、引き留めた。
「ちょっと待って。
もし良ければ俺達の訓練の様子を少しでいいから見てくれないかな、頼むよ」
一人ではないという事を告げられ、足を止めて聞き返すアンジール。
「……俺達とは?」
「今、面倒見ている後輩が居てさ。
ただ他人からもアドヴァイスを貰った方がいいかと思って。
指導に関しちゃアンジールが一番だしね」
「まぁ……別に構わないが」
この時のアンジールは自分自身の精神が不安定な事を自覚しており、その状態であまり人とは関わりたくないというのが本音であった。
しかし彼は頼られたら無下には出来ない男でもある。
「やった、ありがとう。
おーい入って来いよ」
ザックスは許可を貰えたのが嬉しいようで、満面の笑みでお礼を伝え、部屋の外に居るであろう人物に声をかける。
それに応じるように、ひょっこりと姿を現したのは、金髪のツンツンヘアーが特徴的な青年だった。
彼は恐る恐るといった面持ちで部屋に入って来ると初対面であるアンジールに頭を下げて挨拶をする。
「は、初めましてアンジールさん。
候補生のクラウドです、よろしくお願いします」
「そうか、君が……」
目を掛けているという後輩は2ndか3rdだとアンジールは思っていたのだが、まさか候補生の方だとは思わなかったので少々驚いた様子であった。
「どうしたんですか?」
「あ、いやスマン。
こっちこそよろしくな、クラウド」
二人の挨拶を見届けたザックスがクラウドに手招きをして呼び寄せる。
クラウドはもう一度頭を軽く下げ、そそくさと招かれた方に近寄った。
「挨拶も済んだことだし早速始めようか」
「はい、今日もお願いします」
「じゃあクラウド、まずはこのヘッドギアを付けてくれ」
渡したヘッドギアの付け方を教え、これから行う訓練内容の説明をするザックス。
その様子を見るにクラウドは今日が初めてのシミュレーターらしく、ヘッドギアで顔が半分隠れた状態でも緊張しているのが読み取れた。
一通り説明したザックスは携帯端末を取り出し訓練ミッションを選択する。
「準備はいいか?」
「大丈夫です!」
「それじゃミッション開始だ」
その言葉を合図に始まった二人の訓練を腕を組んでただ見つめるアンジールであった。
ーーーーーーーーーー
ザックスによるクラウドの指導訓練は滞りなく行われていく。
最初は簡単なチュートリアルミッションでシミュレーターに順応させる。
余裕だと言わんばかりにあっさりとやってのけたクラウドを見て、次はソルジャーが就く実際の任務を参考にしてプログラムされたミッションに挑戦させる。
今回は複数の敵兵及び機動兵器を相手とする討伐ミッション。
先程のチュートリアルとは違いやや苦戦しているようだが、何とか必死になって作戦完了させるとザックスが作戦評価に基づいて良かった所、直すべき所などを指導していく。
その時のクラウドは向上心の塊と言っても過言ではないくらい真剣な眼差しで上司の言葉を真摯に受け入れていた。
そんな彼等の様子を見てアンジールは感心していた。
(中々ガッツがあるじゃないか)
新体制となったソルジャー部門では、ソルジャー候補生の教育はタークスが受け持つ。
担当している人間によって多少の差はあるものの、訓練内容は非常に厳しく、大多数の候補生達は毎日をやっとの思いで過ごしている。
ではなぜ候補生であるクラウドがソルジャー1stであるザックスから指導を受けているのか。
答えは簡単、タークスの訓練プログラムとは別に
無論ザックスとて、本来の仕事は別にあるのでこれは本人の好意によるものでもある。
そんな二人の事情を察したアンジールはかつて自分がザックスを指導していた時のことを思い出す。
(あの頃のザックスもこんな感じだったな)
───まだザックスがソルジャーに就任したばかりの3rd時代。
そしてアンジールもザックスの事を新人の一人としか認識していなかった時代。
新人達は見習い用に組まれた訓練と座学をひたすら続けるのが日常だった。
普通の新人であれば、その日の過程が終わると何もする気が起きず食事をとって寝るだけの毎日。
だがザックスはそれを終えても余暇を削って我武者羅に自己研磨に励んでいた。
当然オーバーワークであり、見かねたアンジールが無茶なトレーニングは意味がない事を忠告したが、相手からは予想外の回答を貰う事になった。
『俺の夢は英雄になる事です』
濁りの無い真っ直ぐな目を向けて、力強く上司に意見した新人。
その言葉に一瞬固まってしまうが、すぐにその
そして、そこまでの覚悟ならば、自分が直々に鍛えてやろうと考えた。
この時を境にザックスへの個人指導が始まったのである───。
(あの子犬が、とうとう親犬か……しかし俺は……)
時は流れは早い。
今や立派に成長したザックスは新たなる群れのリーダーとなり、未熟な子犬たちを導く存在。
子犬は夢に向かって全力で駆け抜ける。
若者達の青春が今のアンジールにとっては眩しく感じる。
いや、眩しいだけならまだ良かったかもしれない。
内に秘めるは黒い靄が渦巻く感情。
己の目指していた夢が手の届かぬ場所へ行ってしまうかもしれない不安。
輝く後輩達を目の当たりにして今の自分が彼等に
アンジールがまたもや闇に片足を捕らわれている間に、いつしか二人の訓練は直接指導に移り変わっていた。
「踏み込みが甘い!
クラウド、剣を振るときは腕の力じゃなく体全体を使うんだ!」
「はい!」
気合が入った声量に気付かされ、なんとか平常心を保つアンジール。
今は余計な事を考えずに意識を後輩達に向けた。
「よしもう一度だ、全力でかかってこい!!!」
「わかりました!!!」
腹の底から声を張り上げた二人が、剣を構えた。
ザックスは受けの体勢になる。
クラウドは体を捻り剣を大きく振りかぶった。
先の助言のとおり、体の全てを使いザックスに挑む。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
一撃!
さらに二撃!!
そして己が出せる全ての力を込めた三撃目!!!
ザックスの剣がクラウドの技に耐え切れず折れてしまった。
折れた刃が床に落ち、トレーニングルームに金属音が響き渡った後、沈黙が空間を包み込んだ。
「クラウド!!!
スゲーじゃねぇーか!」
それを破ったのはザックス。
折れた剣の事など気にもせず歓喜した。
対するクラウドは息も絶え絶えの状態である。
「ハァ…ハァ…、ザックスの“連続斬”と比べたら……。
俺なんてまだ
「何言ってんだよ、今の時点で3回も斬れたら上出来だっつーの。
な、アンジール?」
ザックスはアンジールに同意を求めた。
だが返って来た言葉は回答ではなく質問だった。
「今の剣技は、俺の……どうして?」
「そりゃそうさ、
同じく弟子には教えないと」
「おまえの師匠はセフィロスではなかったのか?」
「いやいや何言ってんのよ!
剣のイロハを教えてくれたのはアンジールじゃん。
そりゃセフィロスにも世話になっているけどさ。
なんていうか、あっちは特別講師って感じで、俺の師匠は後にも先にもアンジールだよ」
真剣な眼差しではっきりとアンジールにそう伝えるザックス。
アンジールの目にはかつて夢を語ったあの時の
先程から横で見ていたクラウドが付け加えるように話す。
「ザックスはいつも言ってましたよ。
『アンジール流に入門したからには覚悟すべし』って」
「ウータイでは武術の教えを何とか流って言うらしくてそれを真似してみた」
「まったく、なんだそれは……」
利き腕を前に突き出し親指を立て、誇らしげにするザックスを見て、アンジールは少々呆れたような顔をする。
だがその表情とは裏腹に感情に渦巻いていた黒い靄は薄まり、一筋の光が射し、まるで道を示すような感覚が湧いてきた。
(“アンジール流”か……、ザックスがここまで言ってくれるとは……)
アンジールは思う。
自分の教えは既に英雄によって上書きされているのではないかと考えていた。
そんなことで不安になっていた弱い自分が居た。
だがしかし、どうやら大きな勘違いを起こしていたようで己を恥じた。
(今がその時だな…)
そして決意する。
「そこまで言うならおまえ達に俺の
「「全て?」」
ザックスとクラウドの言葉が重なる。
アンジールは深呼吸をして、心に決めた決意を言葉にした。
クラウドの口調に関して
ザックスとクラウドは友達ですが
それはそれとして教えを乞う時はちゃんとそれなりの態度になると思う。