冥き空より、女神が舞い降りる
光と闇の翼を広げ至福へと導く『贈り物』と共に
「
G細胞の不活性化治療受け病室で安静にしているアンジールへ、ジェネシスは淡々とした口調で質問をした。
「まぁなんというか、体がだるいな。
早く慣らしてさっさと体を動かせるようにしないと」
「元のようにはいかないんだぞ」
「それはわかっている。
ただそれでもジッとしているのは性に合わん」
微笑しながら問いに答えるベッド上の男を見ても彼は複雑な心境であった。
今まで共に英雄を目指し、そしてその先を夢見て切磋琢磨してきた幼馴染。
この神羅に入社する前、互いに熱く語ったあの志は無くなってしまったのか。
「後悔は無いのか?」
「無い」
間を置くこともなく相手の目を見て潔く答えたアンジール。
その目に嘘偽りがないという事は長年に渡り苦楽を共にしたジェネシスが分からない等という事は無い。
さらに言えば先日のセフィロスとの一騎打ち、後輩に託したバスターソードの件。
どちらも己の目でしっかりと見届けたジェネシスは嫌と言うほど理解はしているのである。
だからこそ彼は友の口から後悔しているという言葉が欲しかったのかもしれない。
同じ道を歩んできたと思っていた幼馴染が一歩先に行って、自分が置いて行かれた気がしてならないのだろう。
「そうか」
ただ一言そう告げると椅子から立ち上がり病室を出て行こうとした。
それに対して背中越しに「また来てくれ」とだけアンジールは言葉を掛ける。
ジェネシスは一瞬立ち止まったがとくに振り向くこともせず「あぁ」とだけ頷きそのまま病室から去っていった。
目指していた夢を根本から打ち砕かれる真実を突き付けられた時、アンジール自身が相当ショックを受けている。
プライドの高いジェネシスにとっては尚更残酷な事であるのは明白であろう。
しかしアンジールは説得をしようとは思わなかった。
言っても聞かないからではなく、言う必要が無いと考えているからだ。
「俺に出来たんだ、アイツにだって出来るさ」
一人残された病室で静かにそう呟いた。
──────────
【 LOVELESS 】
それはこの世界に古くから伝わる叙事詩。
何時頃から詠われ始めたか定かではないが世界中に多くのファン及び研究家が存在するこの物語は数多くの解釈が存在し、それに伴って様々な書籍、演劇、映像作品が作られてきた。
原文に従って忠実に再現された作品、登場人物の一人に焦点を当てたスピンオフ、見解を大幅にズラした問題作等、古典叙事詩であるが古臭さ感じさせぬよう様々な角度から多くの新作が発表され今もなお沢山の人々を魅了している。
そして、この物語が好きならば是非とも一度は訪れたい場所がミッドガル八番街のLOVELESS通りと呼ばれる区画である。
毎年新作を上映する劇場を筆頭に、LOVELESSをテーマにしたカフェやBAR、関連グッズを販売するショップ、変わり種として劇中に登場する建物をイメージしたホテルなどが建っており、通り沿いでは定期的に関連イベントが開催されるなど、ファンによるファンのための聖地としてミッドガルでも有数の観光地として賑わっている。
また通り歩き、耳をすませば、
「ねぇねぇ、今回の新しいLOVELESS見た?
英雄役の人がチョーカッコイイの~」
「ワタシは放浪役の人が好みかなぁ」
「そういえば今年からメイン3人は全員新しい人になったんだっけ?」
「ちょっと、今回の見所はそこじゃないわ!!!
今までの古典的演出から脱却を目指して、かのLOVELESS研究家で第一人者であるジェネシス様の新解釈を取り込んだ意欲作よ。
役者に注目するのもいいけど、新しい演出や脚本を原文と比較してどのような考察が盛り込まれたかを真剣に………」
熱狂的な信者が弁舌を振るい、友人のファンをひかせている。
こんな光景だって珍しくもない、むしろ名物みたいなものだ。
そんなLOVELESS通りを正面に見据えた位置にある八番街の噴水広場。
そこにある人物がベンチに腰掛けLOVELESS叙事詩の書物を読んでいた。
「女神の贈り物、手にする者が英雄か、それとも英雄へ授けられるモノなのか……」
街を往来する人々など気にする素振りも見せず、淡々と独り言を口ずさむその男。
サングラスで顔を隠し、いつものロングコートは違うショート丈の赤いライダースジャケットを着用しているソルジャー1st・ジェネシスである。
お忍びのつもりなのだろうが、こんな申し訳ない程度の変装では大した意味を成さず、周囲の人々に神羅の3大ソルジャーの一人だと既に気付かれている。
しかしながら、まるで忍んでいないこの有様に誰も声を掛けないのは本人が近付き難い威圧を放ち、他者を寄せ付けないからであろう。
それは遠目から熱い眼差しを贈るジェネシスのファンであっても搔い潜るのは難しいようだ。
「あれ、ジェネシスさんですか?」
しかし、そんな事気にも留めず話し掛ける奇特な人物も居たようである。
ジェネシスが読んでいた叙事詩をパタリと閉じて顔を上げれば、ワゴンを引いて物珍しそうな顔つきで自分を見ている少女に気が付く。
瞬間、セフィロスと一緒に居た時、その場にたまたま居合わせた少女が自己紹介をしてきた事を思い出した。
「君は確か、エアリス」
「あ、嬉しい。
覚えていてくれたんですね」
「レディの名を忘れる無粋な男ではない」
ニコリと笑った少女にクールな表情で返す。
「見掛けたのでつい声掛けちゃいましたけど御迷惑でしたね、ごめんなさい」
どうやら叙事詩を読んでいたところを邪魔をしたと思っているらしい。
ジェネシスにとっては既に穴があくほど見た書物。
纏まらない考えを思考の外に追い出し、精神を落ち着かせるため、
故に邪魔をされたなどと微塵も感じていないようである。
「気にしなくていい」
サングラスを外し、ジャケットの内ポケットへ仕舞う。
ふと、エアリスの引いていた花柄ワゴンに入っているモノが目に付いた。
「それは?」
「あ、コレですか?
えーと、家に届いたジュースです」
ミッドガルでは珍しい花を売る少女として少し有名になっている彼女。
そのワゴンには本来、丹精込めて育てた色取り取りの花が乗っている。
ただ何故か今日はバノーラ・ホワイト・ジュースが積まれていた。
「それ、量が尋常ではないな」
しかも買い物カートよりも幾分容量があるワゴンからあふれるほどの山盛りで。
「お父さんの仕事仲間が毎年くださるんですけどね。
ありがたいんですが、ちょーっと……
というか、今年はかなり量が多いんですよ」
送り主はホランダーであるが、今年の量は去年と比べて倍どころの騒ぎではない。
毎日ファレミス家の人間が一人一本飲んだとしても消費仕切れない圧倒的な物量。
英雄に半ば押し付ける形でいくらか渡しても尚も余るその多さ。
そもそも体型を気にする女性や血糖値の注意が必要になった年齢の男性が毎日飲めるわけもなく、とは言え捨てる事など出来るはずもない。
頂き物に文句を言うのは気が引けていた少女の父親も、流石に今年の量には一言申したらしいので来年からはおそらくまともになるだろう。
エアリスはかろうじて笑みを浮かべてはいるが、あからさまに困っている様子だった。
「だから、お裾分けをしようと思って」
「お裾分け?」
「そう、スラムのお得意様へね」
──────────
「まぁ、こんなに!
子供達も喜ぶわ、ありがとうエアリス」
「気にしないで下さい。
こっちこそ、お花をいつもありがとうございます」
手を合わせ喜ぶ女性はスラム街にある孤児院の園長。
「それにしても意外な人も一緒で驚いたわ」
「フフッ、でしょ?」
エアリスはいたずらっぽく笑った。
この孤児院。
スラム街にあるとはいっても外観はレンガ造りで割と立派な建物であり、日当たりも良いため立地場所に目を瞑れば、好印象な物件である。
住んでる子供たちも衣食住に関しては十分行き届いているようで、顔色も健康そのもの。
毎日飛び回ってよく遊び、よく食べ、よく眠るという子供らしい生活は送ることが出来ている。
ただその一方で如何せん嗜好品に乏しい事は多少なりとも不満は抱えてるようで、それは子供たちにとって当然の主張であろうと言うのも園長は理解しているため、あれやこれで試行錯誤を繰り返している。
エアリスは時々、頼まれてこの孤児院に花を届ける事がある。
花を見て笑顔になる子供達を見るのは彼女にとっても至福のひと時だそうだ。
ただ今回、その役目は花ではない。
「ねーこのジュース飲んでいいの?」
「こっちにもチョーダイ」
「ワタシもほしい!」
「ぼくもぼくも~」
「おにいちゃんだれ?」
ワゴンに積まれた大量のバノーラ・ホワイト・ジュース目の当たりした子供たち。
まるで宝物を見たかのように目を輝かせて屋内外から集ってくる。
早く頂戴とあちらこちらでやんちゃに騒ぐ様に園長もエアリスも微笑んでいた。
「安心しろ、全員の分はある。
だから順番に並べ」
ワゴンに群がる子供たちを制して落ち着かせ、全員に行き届かせる役目は普段の印象から想像するのは困難な赤い男の担当。
口調はやや乱暴に感じるが、特別子供を疎ましく思っているわけではなく、ただ単に接する事が滅多にないだけの経験不足。
ならば何故このような場所にいるのか、理由は二つ。
一つ、重い物を運ぶレディをそのまま無視するのは彼のポリシーに反するから。
ましてや八番街からスラム街の距離を運ぶと聞けば、女性が申し訳ないと断っても無理矢理にでも引き取っただろう。
なお、実際にジェネシスが手伝う事を申し出れば
『ホント!
助かります、ありがとう』
とあっさり承諾され、人の好意は素直に受け取るエアリスらしい回答であった。
二つ、開発者として消費者の声を聴きたかったから。
下手な知恵を付け、やたら面倒くさい言い回しで味を評価する大人ではなく、純粋さに溢れる年端もいかない子供たちであれば、偽りのない真の評価であると考えたから。
「さぁさぁ、ちゃんとおねえちゃんとおにいちゃんにお礼を言って、頂きましょう」
子供たち全員がジュースを手にしたのを見届けた園長は手を叩きながら言い聞かせた。
手に持ったジュースを大事そうに持ち、口々に「ありがとう」とお礼の言葉を述べると、嬉しそうに次々に口を付けていく。
「おいしい~」
「あま~い」
「うめーーー」
「リンゴの味ってこうなんだ」
「ぼく、こんなのはじめて」
バノーラホワイトジュースの甘くさっぱりとした味わいが口の中に広がり各々が感想を述べる。
ゴクゴクと喉を鳴らし、地面の渇きに降った雨の如く胃を満たしてく。
その様子に、肩を並べニコニコと笑顔を向けるエアリスと静かに見つめ腕を組むジェネシス。
「このジュース、セフィロスも好きなんだ」
「へぇ、あいつがね」
隣の少女の発言を特に疑う事もせず、面白い情報を手に入れたと男はほくそ笑む。
「ジュースを作った人、凄いと思う」
「何故だ?」
「だって、こんなにも沢山の笑顔で溢れさせる事が出来るんだよ」
見渡せば、満面の笑みを浮かべる子供たちがたくさん居るではないか。
「本当の英雄ってその人かもしれないね」
「……………」
ジェネシスは特に返答はしなかった。
その沈黙は肯定なのか否定なのかは本人にしかわからない。
気付けば彼の表情はいつもと変わらない能面の様な無表情に戻っていた。
子供にとってジュース1缶飲むのは少々時間がかかる事だろう。
ある程度の感想を聞いて用事は済んだと感じたのかジェネシスはミッドガル上層部へと帰るため黙って孤児院を後にしようとする。
それを見た園長は彼に駆け寄った。
「今日はありがとうございました、ジェネシスさん」
本業を考えると彼も忙しい身なのだろうと察していたので引き留めるような事はせずに深々と頭を下げた。
ジュースに夢中になっていた子供たちもひとしきりに飲み干したようで、園長の行動が目に入ったのか、同じように駆け寄っていく。
「赤いおにいちゃん、ありがと~」
「またきてねー!」
「ジュースごちそうさまでした!」
「すっごくおいしかった~」
「こんど、おにいちゃんのおはなしききたい」
彼は感謝を伝えられて、なお黙ってその場を後にほどの礼儀知らずな男ではない。
たまたま一番近くに居た女の子の頭をポンッと掌で撫でる。
撫でられた女の子はちょっと驚くも嬉しいのかはにかんだ。
そして駆け寄った全員の顔を見渡しポツリと言った。
「仲良くな」
先程までの無表情とは違い、軽い笑みが零れている顔で。
そして元来た道を歩いて行く。
後ろから再度呼び掛け、手を振る子供たちに自身の右手でひらひらと返事をして。
その場を最後まで見届けていた少女はクスクスと顔をほころばせていた。
小ネタ
ガスト「セフィロス、このジュース持って行ってくれないか」
セフィロス「いや、流石にこの量を頂くわけには……」
イファルナ「まぁ、遠慮しなくていいのよ」
エアリス「こんなにあっても飲みきれないの」
ガスト「キミならこれくらい平気だろ」
セフィロス「……ありがたく、頂戴します」