セフィロス逆行物語   作:怪紳士

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第42話 ホランダー

「長い休暇も今日で終いか」

 

ソルジャー1stの黒い制服に着替えたアンジールが病室をゆっくりと見まわした。

カーテンが全開になっている窓からは珍しく晴れたミッドガルの空が広がりを見せており、日の光が部屋を照らす。

肩に手を当て、腕をぐるりと回せば今までよりも体が重く感じるのが少々もどかしい。

 

退院前はリハビリ及び、どの程度の実力は残っているのか検証も兼ねてトレーニングルームに入り浸る計画を考えたりしていたが、その前にやるべき事を呟いた。

 

「世話になった人には挨拶せんとな」

 

入院中、沢山の人がアンジールのもとを訪れ、心配する声や、見舞いの品を受け取ったのだ。

義理堅い彼にとっては自分の事はよりも優先するべき事だと思うのは当然の事である。

 

既に退院許可は下りているため病室を出て行くだけなのだが、念には念をという事で荷物の最終チェックを行うべく、ベッドの上にある詰め込み過ぎて膨れがっているボストンバッグに手を伸ばした。

丁度その時、外に人の気配を感じたので、アンジールは手を止めて入り口の方に顔を向けた。

 

「なんだ、あんたか」

 

開かれた扉から入って来た人物を見て放った第一声。

羽織った白衣のポケットに両手を突っ込んだ出で立ちの男。

この病室最後の来訪者となったのはホランダーであった。

 

「調子は……どうだ?」

 

病室に訪れる多くの人間が口にしたであろうそのセリフ。

だが妙に歯切れの悪い物言いである。

アンジールは、聞いた中で最も()()()()()()と感じた。

 

「そうだな、今の所は問題ないな」

 

「今の所は、か……」

 

「まだ体を存分に動かしていないんでね」

 

「そう言う事か……」

 

その発言に続く言葉は無かった。

しばらく見合ったまま沈黙が続いたが、用が無いならばとアンジールはベッドに振り向いて荷物の確認を黙って再開する。

 

ホランダーが実の父親という事は既に知っている。

明かされた時期はアンジールが己の体に秘められた真実をジェネシスと共に説明された最中であった。

その時はガスト、ホランダー両者に対して胸倉を掴み殴りたくなるくらいの衝動に駆られた。

しかし隣に居た幼馴染が今にもファイガを発動しそうなほどに身を震わしていたのを目にして冷静になれた。

こみ上げてくる怒りを辛うじて理性で抑え込んだアンジール。

今は説明をすべて聞く方が重要だと考え、ジェネシスを抑えながら両博士に話を続けるよう促し、なんとかその場は事無きを得て終わったのである。

 

その後の展開は現状の通りである。

自分の肉体については受け入れた。

己の進むべき道も見つけた。

だけど実の父親という件だけは認める気は無かった。

 

「ジェネシスは、結局治療を受けなかった」

 

アンジールの背中を見ながらホランダーは話掛ける。

 

「知っている」

 

確認作業の手を止めることもなく簡潔に返答された。

あっさりとした対応で再び沈黙が訪れるのが気まずいと思ったのだろう。

それならばと思い立った表情でホランダーは情報を追加する。

 

「治療を受けずとも、コピーを行わなければ急激に劣化が起こる事は無い。

 後は大きい肉体の損傷や激しい感情の揺さぶりも無い方が良い。

 ジェネシスが神羅(ここ)を去る時はメンタルも以前と比較して大分安定しているよう見受けられた。

 少なくとも数年は大丈夫だろう。

 あやつはゆっくり時間をかけて答えを出すだろうさ」

 

「それも知っている」

 

アンジールから素っ気ない態度で返事が返ってくる。

 

「むぅ…そ、そうか。

 先日あたりにガスト博士が伝えたのだな。

 あぁそうだ、博士が今日此処に居ないのはどうしても確認したいことがあるらしくて()()()()()に赴いているのだ。

 退院に立ち会えないのは申し訳ないと言っていたよ」

 

いつの間にか白衣のポケットから出ていた両手。

自分の言葉に合わせるよう手を忙しくなく動かす様子に焦りが感じ取れる。

 

「まったく、俺に聞きたいことあるんだろう?」

 

アンジールは深い溜息を吐きながら作業を止めて振り返った。

この神羅カンパニー(かいしゃ)は本当に面倒くさい性格の奴が多い。

ホランダーも例に漏れずその一人だろう。

再び対面した彼は口を噤み黙り込んでいるが、心当たりがあるのか目は泳いでいる。

 

「そんなに俺は待てないぞ、確認が終わればここを出て行く」

 

追い打ちをかけるように促す事でようやく髭に覆われた口が開いた。

 

「…なぜ治療を受けようと思った?」

 

「そりゃあ、セフィロスと本気で戦ってザックスに夢を託したからだ。

 あんたも知ってるだろう」

 

「違う、それはおまえが納得するに至った結果だ。

 それら以前におまえは私に治療を頼んできただろう。

 例え死ぬ気だったとしても……だ」

 

結局のところアンジールも全てをありのままに話すような事はせず一部誤魔化したようだ。

しかしどうやら相手に見抜かれてしまったらしく、彼の眉毛がピクリと動く。

面倒くさいのはお互い様だった。

 

「……セバスチャンを知ってるか?」

 

「後輩のソルジャーだな」

 

「そうだ、少し注意に欠くところはあったが素直な奴だ。

 負傷で入院する羽目になっても見舞いに行けば『早く復帰したい』とよく言っていたよ」

 

ホランダーに合わせていた視線を若干、右方向に外してアンジールは語る。

 

「見舞いに行く度に段々と言動がおかしくなっているのがわかった。

 俺や戦友のエッサイの見分けも付かなくなっていった。

 次第にうわ言を繰り返すようになってしまった。

 そして、魔晄中毒と診断された」

 

「魔晄かジェノバ細胞、あるいはどちらも適性合格ラインが間際だと大きな肉体の損傷は中毒の原因に成りえるからな」

 

「後輩が己自身すら誰かもわからぬ様になってしまったのは悲しかった。

 だがそれ以上に、何もしてやれない自分に腹が立った」

 

不甲斐なさに嘆き、握られた拳には力が入り掌に爪が食い込んでいる。

 

「その頃の魔晄中毒は、基本的に患者の自然治癒に頼るしかない。

 それもかなり低い可能性だった」

 

「だが、あんたは治療法を開発した」

 

アンジールが外していた視線を再び戻す。

先程よりもいっそう強い眼差しでホランダーを見つめた。

 

「意識が戻ったセバスチャンに会った時、お礼を言われたんだ。

 『見捨てず何度もお見舞いに来てくれてありがとうございます』と。

 その時あんたに……()()()()()()()に感謝したんだ」

 

清々しく言い切るアンジールを直視出来ないのか今度はホランダーが視線をずらした。

予想外の言葉に少々戸惑っている様子である。

 

「別に、おまえに感謝されるために開発したわけではないぞ」

 

「そんなことは百も承知だ。

 善意と良心で開発したわけでもない事なども分かる。

 それでも俺は魔晄中毒から立ち直った後輩を見てそう思わずにはいられなかったのさ。

 その時に踏ん切りがついた。

 不活性化治療を受けても良いとね」

 

「真実を受け入れたんだな」

 

「全てじゃない。

 父親としてあんたを受け入れる事はないだろう。

 俺にとっての父はバノーラの地に眠ってるただ一人だけだ。

 でも……そうだな……」

 

もったいぶったように言葉尻を濁す。

()()を口にする事をためらっているのか「う~ん」と唸り頭を悩ませている。

その様子を見ているホランダーは急かすような事はせずに静かに待つ。

 

やがてアンジールは一呼吸置き意を決した。

 

「科学者としてなら……認めている」

 

「………」

 

再び静寂に包まれそうになる病室。

偽りなくさらけ出して身軽になったのか、勢いにまかせたのか。

照れる素振りは一切なく、彼は真摯に告げた。

 

「そう言う事か」

 

それを見たホランダーはフッと笑う。

 

「そう言う事だ」

 

そして対するアンジールも口元を緩ませた。

 

 

 

両者の表情が互いに思っている今の相手に対する感情なのだろう。

過去、根深く断絶されていた関係に橋が架かった。

修復の可能性はゼロではない。

 

「この先、どうするんだ?」

 

ソルジャーとしての道は断たれた為、アンジールの動向は気になるところだ。

 

「村に戻って土いじりでもしようかと考えたが、見届けたい奴らがいるんでな。

 ソルジャー部門には残るつもりだ」

 

「教官にでもなるのか?」

 

「それも良いが、実はラザード統括から次の統括にならないかと提案を受けてな」

 

実はかねてよりラザードは先を見越して次期統括候補を探していた。

条件は現場を知る、判断も的確、部下からも慕われている人材。

その点ではセフィロスも候補に成りえるのだが、大勢を率いるという点でアンジールに軍配が上がる。

何より一番不安なのは他部門との折衝。

統括となれば避けては通れない会議、交渉、下準備。

時には相手側に花を持たせる柔軟さも必要なためコミュニケーション能力に秀でるアンジールが適任だと判断。

故郷に帰ろうか迷っていたアンジールに【待った!】を掛けて口説き落としたのだ。

 

とはいえ話は簡単ではない。

統括の推薦だけでは統括候補(出世コース)に乗ることは出来ても辿り着くには不十分である。

 

統括とは神羅の幹部も兼ねる。

幹部に名を連ねるには社長面接の他に筆記試験があり、その問題の出題範囲は多岐にわたる。

基礎教養から始まり、各部門に関する科学、薬学、医学、地質学、建築学、工学、航空力学、軍事学、更には民俗学に宗教学等も基本は頭に入れておきたい。

世界を統べる大企業神羅カンパニーの幹部には広い視野が必要というわけである。

普段一癖二癖どころか一部は人間性に難ありとまで言われている現統括達だが、ああ見えて頭脳が常人とは出来が違うということを思い知らされる。

因みに過去に出題された問題は基本的に極秘扱いであるが何故か出回る過去問が幹部を目指す者達の間で高価格で取引されているらしい。

 

ソルジャー部門にも筆記試験はあるのだが重要視されるのは身体の適性であり、最低限の常識と知能を推し量る程度のモノである。

社外じゃ憧れの存在となるソルジャーも社内規則に従えば平社員。

求められるのは頭脳労働ではなく肉体労働である治安維持部門やソルジャー部門の現場職員(闘う者達)は幹部への出世は険しい道のりである。

 

 

「入院中に手渡された参考書を眺めてたんだが、放り投げたくなったのが何度かあったよ」

 

やれやれといった面持ちで掌を上に向ける。

 

「そっちの統括に教えてもらえれば良いではないか、あの男(ラザード)はスラム出身で統括までのし上がった奴だぞ」

 

「朝から晩まで休みなく働いてるラザード統括に更なる負担を強いるのは申し訳なくてな。

 かと言ってこっち方面(試験勉強)で気兼ねなく頼める奴も居ないのが悩みどころだ」

 

解決の糸口を見いだせないこの状況。

「参った、参った」と苦笑いで誤魔化すアンジールだが事は深刻である。

そんな彼の様子を見てホランダーは一つ提案を思い付く。

 

「私が教えてやろうか?」

 

それは今までの事を考えたら拒否される可能性が非常に高い。

むしろ断られて当たり前で内心はダメで元々という気持ちの上で発言したものだった。

 

「そうか!その手があったか」

 

「あ、あぁ…まぁな」

 

予想外の反応である。

思いのほか食い気味に来られて、思わずたじろいでしまったホランダー。

しかしこの提案は案外悪くはない。

かつては科学部門のトップを賭けた権力争いを宝条と繰り広げた男。

統括への執着は年々薄まりつつあるが、それでも完全に諦めたわけではない。

一応は試験対策は行っており、科学のみならず他の分野も知見は深い。

また職業柄、説明と解説はお手の物であり存外講師としても適任だったりする。

 

「いやー助かった」

 

「嫌ではないのか?」

 

先程とは打って変わって「良かった、良かった」と高笑いしているアンジール。

ホランダーは率直に疑問であった。

だから恐る恐る問いただしたが、返って来たのは素直なモノだった。

 

「それはそれ、これはこれって奴だ」

 

不器用に見えて案外器用な男、アンジール。

心の内の問題を抱え込まない今、この男はいまだかつてないほど自由である。

若干ふてぶてしくニヤリとする様を見てホランダーはとある記憶がフラッシュバックした。

 

『私は利用出来るモノはすべて使う主義だ、結果を出すための過程なぞ拘らん』

 

昔から自分の中に存在する性分。

厚かましいのは承知の上で“自分と似ている”と思った。

無論、アンジールの方が何十倍もマイルドであるという前提ではあるが。

そして、それに気付いた彼は自然と口角が上がってしまっている。

 

「なら、必要な時は研究室に来るといい。

 私は科学部門じゃ腫れ物扱いでね、嬉しい事に()なのだ」

 

「そう言う事なら、今度お邪魔させてもらおう」

 

「何時でも良い」

 

そう言って、くるりと振り向く。

 

「待ってるぞ」

 

病室を出るためにしばらく時間がかかりそうなアンジールに一言告げ退出する。

自分がどんな表情をしているのか判っていないのかニヤけた表情を晒しながら。

 

 

 

 

 

廊下に出たホランダーはオートクローザー(勝手に閉まる)の扉をわざわざ手でしっかりと閉めた。

何故なら室内から死角となる右側の場所に潜んでいた、鬱陶しい気配を放つ者に中を見せたくなかったからだ。

 

「盗み聞きとは良い趣味をしてるな、宝条」

 

「貴方が私を褒めるとは珍しい」

 

途中からずっと感じていた気配。

アンジールは視線を外した時、丁度宝条のいる辺りを見ていたので気付いていたのだろう。

ホランダーは疎ましいといった視線を送りつけたが、丁度その立ち位置では蛍光灯の光が宝条の掛けている眼鏡のレンズに反射しており相手の表情が読み取れない。

宝条は口元を小刻み動かし、いつものように嫌見たらしい皮肉で不快に笑う。

 

「だいぶ仲がよろしいじゃありませんか、ねぇ?

 失敗作にも情は湧くものなんですか?

 是非とも後学のために一度ご高説を拝聴したいモノですなぁ、クックックッ」

 

かつては、この男に煽られようモノなら腸が煮えくり返るほどであった。

だが今は、その感情が湧いてくることがない。

 

「一つだけ言っておこう」

 

「なんでしょう?」

 

ホランダーは無視を決め込んで立ち去っても良かった。

ただどうしても今この場で宣言したかった、いや、しなければならなかった。

 

自分の為にも。

 

相手の為にも。

 

「科学者の誇りを忘れるな」

 

「……はぁ?」

 

「まぁつまり、そう言う事だ」

 

得意げな顔をしたホランダーはそれだけ言って去っていく。

呆気にとられた宝条は何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 




この章は終わりです。
次が最後の章、ニブルヘイムとなります。
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