セフィロス逆行物語   作:怪紳士

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第45話 行ってきます

朝の目まぐるしい騒動から一変した平穏な時の流れ。

ひと時の安らぎを享受するかのようにベッドで深い眠りに就いている夫の顔をイファルナは座って静かに見つめていた。

手術を終え、この病室に運ばれてから日は既に落ちており、医務課全体も消灯時間を迎えようとしている。

ガストの体に繋がれた心電図が安定した凹凸を描く。

一定のリズムを刻む無機質な電子音が生きているという証拠を提供してくれていた。

 

このまま目が覚めないのではないか。

 

そんな心の不安が拭い切れず、ただただ側に居てやる事しか出来ない自分がもどかしい。

古代種である彼女が祈るべき存在は、世に生きるすべての生命を包み込む星。

だが星は答えない。

文明に染まり過ぎたのか、年を取り衰えたのか、父と母を失ってから再び築く事が出来た家族という安寧に溺れたのか。

いいや、それは全て関係ない。

ただイファルナ自身が星の声に傾聴しないだけである。

違うと耳を塞いだ。

聞きたくなかった。

聴き入れなかった。

無視をして、受け入れず、目を逸らした星の声。

 

その理由は───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入っても良いですか?」

 

病室と廊下を隔てる扉をノックする音と共に男性の声がした。

そろそろこの場に訪れる頃合いかな、と思っていたので特に驚くこともせず。

 

「ええ、大丈夫よ」

 

そう言って許可を出せば「失礼します」と入ってくる長髪の逞しい男。

 

「貴方の事、待っていたのよセフィロス」

 

「それは……お待たせして申し訳ない」

 

「フフッ、気にしなくて良いわ。

 この人にも貴方の顔を見せてあげて」

 

夫の顔が良く見えるようにと、イファルナは立ち上がりベッドの枕横付近をセフィロスに譲る。

入ってきた時は心配そうな表情であったが、博士の顔を覗き込んで無事を確認出来たことでようやく安堵したようだ。

 

いつもと変わらない落ち着き払った雰囲気に戻っているセフィロスを見て、ふと今朝の手術室前に駆け付けて来た事を思い出す。

あの時、本人としては平静を装ってるつもりだったのだろう。

しかし、彼に両肩を掴まれたツォンが頭を勢いよく振られ、黒い髪が前後左右に暴れていたのを目の当たりにすれば、素人目に見ても取り乱している事が分かってしまった。

その時、イファルナはこれといって抵抗する事もないツォンが少々気の毒に感じたので止めるよう注意したのだ。

だが後になってキツク言い過ぎたかな、と申し訳ない気持ちになっていた。

 

「今朝はちょっと強く言ってしまって、ゴメンなさい」

 

突然の謝罪で不思議に思ったセフィロスであったが、すぐにその理由が分かったのだろう。

彼女の方に体を向けるとやんわりと否定した。

 

「いえ……むしろ、こちらが頭に血が上っていた事に気付かせてくれたので感謝しています」

 

「優しいのね」

 

「そんな事ありません」

 

「そんな事あるわよ。

 優しくないヒトはこの場に来ないわ。

 それに、その表情だって出来ないもの」

 

指摘されたセフィロスは穏やかな表情からハッとした顔に変わった。

かと思うと彼女から逸らして口元を片手で覆う。

それを見たイファルナがクスッと笑った。

笑われた本人は気恥ずかしいのかすっとぼけたように話題を変えようとする。

 

「そう言えばエアリスは?」

 

「あの子には夫の着替えを取りにいってもらってるのよ」

 

連絡を受け、家の事を放り出し慌てて神羅に駆けつけた彼女達。

状況が落ち着けば、そのまま回しっぱなしなっていた洗濯機、消し忘れたかもしれない電気等、気になってくるのも仕方ない。

ここは母親に任せてエアリスは一旦様子見も兼ねて家に帰る事になったのだ。

 

「この人()ずっと働き詰めだったの。

 休日って概念がこの会社にはないのかしらね。

 これを機にしっかり休んで欲しいわ」

 

ついでに娘と二人暮らしを満喫するわ、と冗談めかして付け加えるイファルナ。

セフィロスには余計な心配を掛けさせまいという見え透いた強がりが伝わってくる。

暫くミッドガルを離れる予定の彼にとっては博士だけでなく彼女達も心配事である。

 

「もし、何かあればアンジールを頼って下さい」

 

ソルジャー司令室を後にする際、万一を考え密かにファレミス家の身を託した友。

今の彼にとっては、後にする神羅に残る者で一番信頼できる人物である。

 

「……そう。

 貴方は行くのね?」

 

己ではなく友の名を口にした事で、今回の事件調査を行う任務は正面のソルジャーが請け負ったとイファルナは察した。

 

「今日中には神羅を発ちます」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

言葉と同時に病室の扉に向かおうとしたセフィロスを引き留めた彼女は、机に置いてあった自分のハンドバッグに身を寄せる。

中を開けて何かを探し出したが、すんなりと見つかった様で、その手には白いリボンで綺麗にラッピングされ上質な布地で作られた小さい袋が収まっていた。

 

「はいコレ」

 

「何ですか?」

 

「いいから開けてみて」

 

疑問を浮かべながらも、差し出された小袋を受け取ってリボンを解く。

中から出てきたのは無色透明で掌半分ほどの大きさをしたガラス玉みたいなもの。

銀色のチェーンが通された石座に取り付けられており、さながらペンダントトップのようになっていた。

 

「コレは一体?」

 

「セトラに伝わる御守りよ」

 

「という事はマテリア……。

 にしては魔力も何も感じない」

 

「エアリスに渡してる御守りとはちょっと違うと言うか、多分本当に極一部のセトラしか知らない物ね」

 

エアリスが母から受け継いだのは純白に輝く【白マテリア】

究極魔法【ホーリー】の発動の鍵となる古代種達が幾世代も重ねて受け継いできた護りの秘宝。

セフィロスにとっては『オレ』とも非常に因縁深いモノであり、対となる破壊を司る【黒マテリア】と共に記憶に刻み込まれている存在。

星の(みなもと)が凝縮された結晶であり古代種の知識が宿っているとされるマテリア。

が、手渡された無色透明のマテリアは全く心当たりがないどころか、神秘的なパワーすらも皆無である。

 

「そのマテリアに不思議な力はないわ。

 セトラの知識も星の記憶もない……。

 でも、だからこそ新しい想いを憶えていく、ある意味でセトラと相反する御守りなの」

 

「つまり伝承から消されたと?」

 

「う~ん、消されたと言うよりご先祖様達が伝えて来なかったんじゃないかしら。

 これは亡くなった祖母から聞いたんだけど『すでに我が一族しか憶えていない』って言っていたしね」

 

過去の記憶が無いというのは古い知識に捕らわれない為。

何もないのはこれから満たされていく為。

そして、これからの未来を紡いでいく為。

 

ライフストリームに満たされ、叡智に触れる事が出来れば真意は判るかもしれないが今となっては憶測である。

 

「なぜ俺に渡したのですか?」

 

わたし達(ファレミス家)から貴方へのプレゼント。

 本当はもっとしっかりとした時に渡そうと思っていたのよ。

 でも今を逃したら後悔すると……そう思ったの」

 

マテリア生成過程でエネルギーを吸いだされた魔晄石。

それをガストが丁寧に成形して、イファルナが細工を施し、そしてエアリスが綺麗に包んだ。

星ではなくヒトの想いが籠ったセフィロスへの贈り物。

 

セフィロスは手に持ったマテリアに目を落とす。

無色透明のそれは光を反射して周囲の景色を球体に映し出しており、そこにはぼんやりとした姿の自分と彼女も表れていた。

暫くはじっくり眺めていたが、やがて口を開く。

 

「あなた方からは今まで色々なモノを貰いました。

 しかし、この場で湧き立つ己の感情を適切に表現出来るほど俺は詩人ではない。

 でも……言うべき言葉は分かります」

 

「何かしら?」

 

首を傾げて微笑むイファルナが問い掛けた。

しばし黙ったセフィロスであったが、意を決したように真っ直ぐと彼女を見た。

 

「嬉しいです、ありがとう」

 

その言葉を聞いて静かに「良かったわ」と呟くイファルナ。

隣で寝ているガストも心なしか喜んだ顔付に見えてくる。

この場にいないエアリスも大いに喜ぶ姿が思い浮かぶ。

 

目の前で早速、身に着けようと(そうび)するセフィロスであったが、なにせ初めて手にする物である。

慣れていないチェーンの引き輪が首の後ろで上手く掛からないようだ。

四苦八苦しているのを見かねて手を貸すことにした。

 

「貸して、着けてあげるわ」

 

「いえ、大丈夫です」

 

最初は断りを入れた。

だが差し出されたイファルナの右手が引っ込む事はなくそのまま。

 

「大丈夫じゃないでしょう、ホラ貸しなさい」

 

こんな所で意地を張っても無意味。

観念したセフィロスは素直に応じて椅子に座る。

彼女は慣れた手つきで後ろ首に手を回すと銀髪をかき分けた。

されるがままに身を任す。

何故か不思議と心地良いと彼は思う。

 

「ハイ、出来た」

 

言われて立ち上がり、自分の胸元に目をやった。

交差するサスペンダーの位置に沿うようにマテリアが存在感を放っている。

 

「どうですか」

 

「凄く似合ってるわ、男の子だってそれくらい色気付いても良いのよ」

 

「色気付く……」

 

イファルナの発言に戸惑うセフィロス。

アクセサリーの類はからっきし。

そもそも身に着けようなんて考えた事もない。

任務を言い渡し待機させている後輩二人は片耳にピアスをしていたな、と脳裏に一瞬だけ過ぎる。

 

そしてきっかけはなんであれ、その流れで出発時刻が迫っている事に、ふと気が付いた。

 

「そろそろ向かいます」

 

そう言って再び出口に歩き出すセフィロス。

今度は引き留めず優しく見送るイファルナ。

 

“必ず戻ってくるのよ”

“貴方の帰りを待っている人がいる”

“体に気を付けて”

 

まだまだ一言では言い表せない、伝えたい事は山ほどある。

だけど、そんな全てを包容する、たった一言に集約させた言葉があった。

 

「行ってらっしゃい」

 

扉をくぐる間際に耳に届いたセフィロスは立ち止まり振り返る。

 

「行ってきます」

 

しっかりした声で彼女…、いや、彼女達に告げて扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───会話の無い静寂な病室が訪れる。

まだまだ目覚める様子の無いガストにイファルナは語り掛けた。

 

「ねぇあなた。

 私は……誰がなんと言ってもあの子の事を信じます」

 

始めてセフィロスを目にした時、彼はまだ少年だった。

背後に重なった厄災の影。

成長するに従って影は潜めるどころか濃くなった。

 

星は語り掛ける。

全ての生命と袂を分かつ、この星に取って忌むべき存在と。

 

イファルナも最初は忠告として受け取っていた。

でもセフィロスと歳月をかけて接した思い出がそれを否定した。

 

星は彼を拒絶した。

星を滅ぼす邪悪なモノ、排除すべきモノと。

 

だからイファルナも聞くのを辞めた。

古代種としてではなく、一人の人間として彼を見ようと決意した。

そして子を持つ母としても。

 

だから未来は分からない。

 

 




次の話からニブルヘイムです。

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