魔晄炉へ発つ当日。
ザックスとクラウドは集合場所へ着くなり軽いストレッチをして、今日の任務に意気込んでいた。
二人とも前日の事もあってか、やる気に満ちており予定時刻間際にセフィロスと宝条が到着した時には最高潮。
だが、セフィロスの口から放たれた待機命令に盛大に肩透かしをくらう羽目になってしまったのだ。
「ここで待機!?」
「そうだ、まずは俺と宝条だけで魔晄炉へ行く。
お前達は村で待っていてくれ」
「説明をお願いしても良いですか?」
クラウドの疑問は当然であった。
本来聞かされていた彼の役割は魔晄炉のまでの道案内だ。
納得するかは別として、理由を教えて貰わねば待機をするにしても最適行動を取りにくい。
「あの山道は俺も昔に登っていて知っている。
元々二人を魔晄炉に連れて行く気は無かった。
本来の理由は万が一の為だ」
「万が一って、あんたいつもそれだな」
明確な理由なく濁された回答にザックスが口を尖らせた。
特に彼は幾度となくセフィロスから『念の為』『もしもの場合』『万が一』といった事を聞かされていたからである。
「まぁ何か考えがあってのことだろうし、深くは突っ込まないけどさ」
ザックスがはっきりとした意味を要求することはしない。
任務失敗が今までに無かった事。
命令に背いた場合の方が実際に危険だったという結果の積み重ね。
それ以上にセフィロスという人間を信頼している事が大きかった。
いつもならこのまま作戦開始となるはずである。
「お前達は今の俺がどう見える?」
しかし今日に限っては違った。
「え、いきなりどうした?」
「……命令だ」
真面目な顔をした上司が今の自分を評せと理由の分からない事を言ってきたのだ。
ただ表情からして冗談の類ではない事は明白だった。
部下の二人は戸惑いながらも正直に答える。
「うーん……変な事聞いてきたけど、そこも含めて普段通りかな」
「そうですね、いつものセフィロスさんです」
その返答を聞いたセフィロスは「そうか」とだけ呟く。
そのまま何かを言うべきか迷ってるように二人を見つめていたが、やがて重い口を開いた。
「俺に異常が見られた場合、この任務の指揮者はザックスだ。
クラウドはそれに従うように」
任務に携わる部隊の長が何らかの理由で指示を出せなくなった場合、それは別におかしい事ではない。
予め決められた者や二番目の階級者へ指揮権が移行するのはマニュアルにも記載されている。
軍事に携わる者ならばしっかりと頭に叩き込まれている事だ。
「りょーかい。
そうならない事を祈ってるぜ」
「了解です」
重要な事は何度も繰り返すなど珍しくない。
二人にとっては、別行動を取る上司が確認の為、改めて伝えてきた。
それ以上でも以下でもなかったのだ。
「では、魔晄炉に向かう」
「やっとかね、待ちくたびれたよ」
セフィロスが出発を告げると、口を閉じていた宝条が今日初めての言葉を発した。
待機を伝えられた二人は村からニブル山を目指す黒と白の背中を静かに見送った。
──────────
村を出てから魔晄炉に向かう道中、二人の間には一切の会話が無かった。
ソルジャー1stが先導して辺りを警戒し、科学部門統括がただ黙って後ろを付いていくだけ。
これと言ったトラブルが無かったせいも有り、最後まで沈黙が解かれる事なく、ひたすら山登りに勤しんだのみで目的地に到着してしまう。
そこは、くすんだ色の岩肌が辺り一面に広がり、村へエネルギーを供給するパイプラインが地面に突き刺さっている。
道すがら草木といった生を感じさせる存在はほとんど無かった、あるいは枯れていたのだが、彼等の前にそびえ立つ無機質の炉塔は人々を豊かにするという謳い文句で建てられた代物である。
「宝条、これから中へ入るが念のため俺のそばから離れないでもらおう」
「まぁそこはキミの指示に従うよ」
「……中の細かい詮索は後回しだ。
最初に事件の場所へ向かう」
「どうぞ、ご自由に」
やけに素直な宝条を後目にセフィロスは正宗を構えると、気を引き締めて魔晄炉の中へ足を運ぶ。
目を配らせて注意しながらガスト博士が倒れた場所を目指す傍ら、内部はかつて『オレ』が訪れた時と変わっていない事を認識する。
あの時と違うのは伴っている人物が信用出来る後輩か、油断ならぬ科学者かという事だけであった。
辺りを注意深く見回すセフィロスとは対照的に、宝条は自分の前を歩く英雄にだけ目を向けていた。
しばらく進めば、とうとう二人は例の部屋へ到着する。
中央には階段が敷設され上まで伸びており、左右にはパイプに繋がれたカプセルが壇上に並んでいる。
カプセルに付いた円形の小窓からは淡い魔晄の光が漏れていた。
そして、その中身は……。
「ここへ来るのも久しぶりだ……どれどれ」
足を止めた宝条がポツリと口にすると、おもむろに近くのカプセルを覗き込む。
「ほぅ、中々立派に成長しているじゃないか」
そして、ご満悦な表情をカプセルから引き離すとニヤニヤと笑みを浮かべていた。
だが、そんな宝条の背中にはいつの間にか正宗の切っ先が向けられており、その持ち手が淡々と告げる。
「その実験体は何処から調達したんだ?
内容によっては二度とミッドガルへ帰れなくなるぞ」
「おやおや、何の話だね?」
「シラを切るつもりかッ!」
「全く話がつかめないね」
宝条の回答に思わず声を荒げたセフィロスであったが、よくよく見れば両手を後ろに組んだ博士の顔は本当に知らぬ存ぜぬを主張しているようで演技とも思えなかった。
不思議に思ったセフィロスは一旦正宗を収めて、宝条をどける様にカプセルの中を見る。
「これはマテリア!?」
目に入ったのは魔晄で満たされた容器の中で浮かぶ人工マテリアであった。
想定していたモノとは違う事実に驚くセフィロス。
その様子に宝条は首を傾げながらも説明を始めた。
「コレは魔晄エネルギーを凝縮してさらに冷やすシステムだ。
そうやって神羅のマテリアは作られる。
この事は民間人だけじゃなく、一般社員にも秘密となっているのだよ。
さらに言えばソルジャー部門でも扱っているマテリア合成システムとは根本的に違うシロモノだ」
「それは知っている……」
「ふぅむ、それにしては大分驚いているように見えるがね」
神羅製人工マテリアの制作過程は企業秘密であるため、宝条の言う通り神羅の社員であってもおいそれと知る事は出来ない。
とは言えセフィロスは一般社員の枠組みから外れているので知ろうと思えば可能である。
そのおかげで当時の『オレ』も魔晄炉に繋がれたカプセル
だが彼の記憶の中でカプセルは、別の目的の為に利用されていたという事実があった。
「お前はこの中にヒトを入れてモンスターを創っていたんじゃあないのかッ!?」
そう言って小窓から目を離し、振り向いたセフィロスはカプセルを拳で勢いよく叩きつける。
ガンッ!という大きな音が部屋中に響き渡る中で宝条は至って冷静であり、丁寧にセフィロスの発言を否定していった。
「成る程、ヒトを魔晄漬けにしてモンスターを創り出す……か。
確かに過去、ソルジャーを創り出す過程で似たような実験はしていた。
キミも幼少期に何度かミッドガルの研究室で見ているだろう?」
「あぁ、覚えているとも」
思い出される昔の科学部門本社研究所。
大小様々なカプセルに押し込めてされた実験サンプル達。
「なら話が早い。
あんな実験はその時で終いだよ。
アレで得られる結果はホンモノより遥かに劣るまがいモノ。
わざわざ設備も古いこの場所で行う必要など何処にもない。
時間の無駄だ」
身に覚えのない疑いを跳ね除ける様にハッキリと告げる。
困惑しているセフィロスをよそに宝条は階段に向かって歩き出した。
「待てッ」という制止にも耳を貸さず博士は一歩、また一歩と階段を上がっていく。
「キミは時々、確信めいた事を言う。
まるで直接自分が見てきたと言わんばかりのようにね。
それをどうやって得た知識なのか、私は常々疑問に感じていたよ」
上りながら語り掛けてくる宝条へ、セフィロスも追いかけるように続いた。
彼が丁度追い付き、二人が肩を並べたのは階段を全て上り切った場所。
【JENOVA】と書かれたプレートの扉の前だった。
「私は、その答えはこの先にあると考えている」
いつもの不気味な笑みは潜め、宝条らしからぬ真剣な顔だった。
セフィロスはその先に存在するモノを知っている。
しかし同時に知らないという状況にも陥っている。
彼の今まで歩んできた過去が大きな変化を迎えている今、実際に己の目で確認して判断するしかないのだ。
「ふむ、カウンターの魔晄濃度は正常値だな」
「…………」
「さて、今から開けてみよう」
ガスト博士はこの先で魔晄中毒になった疑いがあるため、宝条はまず内部の魔晄濃度を測定した。
事前に校正も行った測定機器で異常が見受けられないため、そのまま扉のロック解除作業に取り掛かる。
黙って作業を見つめるセフィロスを無言の肯定と捉えたのか、その都度確認を取る事はしなかった。
やがて解錠され重厚な金属で出来た扉が、室内の気圧変化により空気が抜ける音とともに開かれる。
「では、行こうか」
そうして先立って宝条が扉をくぐるが、異常を察知したのか直後に立ち止まった。
「マズイッ、宝条下がれッ!」
セフィロスも何かを察したように叫ぶ。
「ウ、ウ…あ、たまが…」
宝条がその場で頭を抱え込み膝をつく。
「何故だッ!何故こんな大量の魔晄がッ!」
セフィロスはどうしてそうなったか理解出来なかった。
測定機器で検知出来なかった部分に滞留していた魔晄が圧力差によって入り口側に吹き込んだのだろうか。
しかし科学部門統括の宝条がそんな些細なミスなど犯すはずもない。
だが実際は見渡せば室内は高濃度の魔晄に満ち溢れている。
それはさながら星の中心で
「おいッ!大丈夫かッ!」
「な、何という……」
セフィロスは宝条にすぐ駆け寄ったが、既にうつ伏せで倒れ意識は無くなりかけている有様だった。
その為、博士を抱え込もうとセフィロスはしゃがみ込むが、その時
“セフィロス”
「…ッ!」
声が聴こえた。
“セフィロス、待っていたよ”
「誰だッ!!」
耳ではなく頭の中に直接。
周りを見回しながら正宗を構える。
“セフィロス、さぁこちらへ”
「そこかッ!!!」
語り掛ける主は部屋の奥に潜んでいた。
“やっと会えたな、クックックッ”
「ま、まさか……」
支持を失った人形が魔晄炉の底に落ちていく。
遮っていた物が消えた事でようやく対峙した存在。
水槽に拘束されたそれは身体こそ朽ちているが、顔はかつて見た母を思わせる古代種の女性ではない。
それは
残すところあと3話です。