『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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初めての物書きなので、お手柔らかにお願いします。
オリ小説だと思って楽しんでください。


第1話【遠くにいった貴方へ 遠くにいるアナタヘ】

《2018年9月 長野》

 

 

 ザーッと雨が降る。冷たい雨。

 空は黒い雲で覆われていて、昼間だというのに肌寒く感じる。

 

 辺りには瓦礫や木材の残骸が散らばっており、人の気配はない。文明が崩壊してしまったかのように、無事な建物はなくすべて破壊されてしまっている。

 

 今からおよそ3年前、バーテックスと呼ばれる白き異形の怪物が空から降りそそいできた。その怪物は瞬く間に世界中に出現し、人類が築きあげてきた全てを蹂躙し破壊の限りを尽くしていった。

 この地は土地神様による結界のおかげで今日まで無事にすんでいた。しかし、その結界も先程粉々に破れ去ってしまった。

 

 

 

 聞こえてくるのは、私の荒い呼吸音と降りしきる雨音、それと握りこぶしから出る微かな軋む音だけ。3年前のあの日からの日々を少し思い出すだけで全身に力が入り、怒りで身体が震えてしまう。

 

 雨は私の体を冷やし、白くなってしまった髪からは雨水が、返り血(・・・)で真っ赤に染まった右腕からは赤い水滴が落ちていく。興奮した体を冷やすにはちょうどいい。足元の土はびちゃびちゃになり、ぬかるんでいる。

 

 自分が汚れるのも気にせず私は跪いて、仲が良かった2人の遺体を体全体で抱きしめる。

 

 一人は全身血だらけで、左腕がナニカに食い千切られたかのように失われている。美しかった緑がかった髪の毛には、べっとりと付いた血が固まってどす黒い色となっている。相棒の鞭を勇ましく振るっていた右腕は、あらぬ方向に折れてしまっている。

 彼女の名は白鳥歌野。私の憧れだった人。

 

 もう一人は胸から大量の血が出ていて、貫かれたような穴ができている。ちょうど人の腕が入りそうな大きさだ。目は、可愛らしい彼女には似合わないほど大きく開かれ、驚いた表情をしている。

 彼女の名は藤森水都。私が殺してしまった人(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 冷たい雨は二人から生者の温もりを奪い、先ほどまで生きていた証を流していく。

 私はそれに抗うように、無意味だと知りながらも温もりが冷めないよう強く抱きしめる。

 

 

 

『こんなところにいたらソーコールド! 風邪引かないうちに中に入りましょ、(ともり)さん』

 

──そんな声はもう、聞こえてこない。

 

 

 

 2人と過ごした、かけがえのないこの数ヶ月の日々を振り返ると涙がとまらない…………とまらないはずなのに、それなのになぜか涙が一滴も出てこない。

 

 

「あ、れ……?」

 

 

 いや、それ以前に思い出せない。今日以前の記憶が不鮮明になってしまっている。思い出そうにも、まるで霧のような白いモヤがかかってしまう。自分の記憶が自分のものではないような感覚。どうして。疑問が頭を駆け巡る。

 

 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして

   どうして、どうして、どうして、どうして、───

 

 

 

 そして私は思い至る。

 

 いつかこうなることくらい分かっていた。分かっていたけれども、それでも、この記憶(思い出)だけは、と思っていたのに……。

 

 

 

 

 

 

──ああ、この記憶(思い出)も白く染まっちゃったんだ……

 

 

 

 

『記憶が人を形作る』

 

 以前読んだ本にこんな言葉が書かれていたのを覚えている。とても難しい本だったから、苦労して読んだし内容は全く覚えていないけど、なぜかその言葉だけ印象に残っている。 その言葉を見た時、確かにそうだな、と思った。記憶は生きてきた証で、思い出は生きてきた成果だ。

 

 それならば今の私はどうだろうか。楽しかった記憶にはモヤがかかり、今まで過ごしてきた日々の記憶も虫食い状態。確かだと言えるのは、ほんの数時間前からの記憶しかない。

 今となってはもう、大切にしていたという妹の事も思い出せない。

 

 記憶喪失、だったらまだよかった。記憶がまっさらになってゼロからまた始めることができるから。昔の記憶に囚われなくていいから。

 でも違う。記憶障害ではあるがこれは全くの別物。今の私はマイナスの状態。まるで私という入れ物に絶望だけを詰め込んだかのように楽しかった記憶は抜け落ち、つらい記憶、悲しい記憶のみが残っている。ゼロというスタート位置に立つことすら許されていない。

 

 こんな状態で本当に私は人間だと、生きていると言えるだろうか。

 

 

 

──あの子の言っていた事はやっぱり本当だった。

 目を逸らして認めないようにしてきたけど、結局のところ逸らしようの無い事実だった。

 この地に来る前、私を見て「バケモノ」と指差し泣き叫んだ少女の言葉を振り返る。楽しい記憶は無くなるのに、こういう忘れたい記憶だけは鮮明に覚えている。全く理不尽極まりない事だ。

 

「認めたく、なかったなぁ」

 

 

 

 それから自分の体を見てみる。

 総攻撃があったのにも関わらず、ほとんど傷のない体。

 元が栗色だったとは想像もつかないほど白くなった髪。

 磁器のように白く硬質化した四肢。足元に落ちている石に腕を振るえば、真っ二つに切断できるほどの硬度。

 そして体の隅々には、バーテックスを想起させる小さな赤いひし形状の紋様が薄く散りばめられている。

 

 確かにこれはバケモノだ。

 声にならない乾いた笑い声が漏れてしまう。あきれた。こんな状態なのにまだ自分は人間だと思っていたのか。どこからどう見ても、この惨劇を起こしたバーテックスそのものではないか。

 みんなを守りたくて、2人を守りたくて禁忌の力に手を出し続けたのに、結局誰も守れず、あまつさえその力で友達を殺してしまった。

 

 

 

 2人は私を人として触れてくれたけど、所詮私は、自称『勇者』なバケモノだった。

 

 

 

 どうしようもない、どうにもならない感情が心を埋め尽くす。後悔の念、自責の念が私を押しつぶす。どうしてあの時、あの時ああすれば、そんな過ぎ去った可能性を嘆き続ける。

 

 そして今回の総攻撃で取り入れ、浄化し切れなかった大量の白き悪意が、心の奥底に沈めてきた怨嗟の感情を湧きあがらせた。

 

 

 

 

 

 

──私はただ、生きたかった。

 平和で自由に穏やかに、なんの脅威にも晒される事なく生きたかった。

 叶うのならば2人と、恐らくは大切だったという妹とも一緒に生きたかった。

 

 

 歌野には、農業王になるという夢があった。

 水都には、歌野が作った野菜を世界中に届ける宅配屋になるという夢があった。

 

 戦いに行く前にご飯をごちそうしてくれた秋子さんには、食堂を開くという夢があった。

 緊張している私にアメ玉をくれた幹太くんには、パイロットになるという夢があった。

 みんなのまとめ役の竹造おじさんには、孫の顔を見るという夢があった。

 

 

 出発前のみんなの笑顔が忘れられない……。

 

「頑張って!」「負けないで!」

 

 そう応援してくれたみんなの期待にも応えることができなかった。守るって約束したのに、誰一人守れなかった。

 みんなみんな、夢をたくさん持っていた。こんなところで死んでいいような人ではなかった。まだあと何十年も生きるべき人たちだった。

 

 

 

 そんなみんなを殺したのはバーテックス。これは揺るぎない事実だ。絶対に許せない。

 

 

 

――でも、今のこの状況をつくったのは……?

 

 

 

 

 

 

 

『もう少し待て、きっと状況は好転する』

 

 そう言って、結局私たちを囮に使ったアイツらだって悪なはずだ。

 

 きっと、バーテックスが1体も来ない安全なところで私達が疲弊していく様を想像して楽しんでいたのだろう。いや、そうに違いない。そうでなければ増援の1人や2人は送ってきたっていいはずだ。

 こっちは毎日生きるのに必死で、いつ死んでしまうか分からない状況だったっていうのに、なんの支援もしてこない。どうせアイツらは暖かい部屋でおいしいものをたらふく食べながら、片手間に私たちの対応をしていたのだろう。

 最後の電話の時に慌てていたのも、せっかくの楽しみがなくなるのを感じて焦ったからに違いない。

 

 

 

──悪意が体に浸透していく……。

 

 

 

 もしかしたら、実はアイツらは「勇者」ではないのかもしれない。私と同じく「勇者」の名をかたっている『勇者』なのかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。

 本当の「勇者」ならば、歌野のように強く逞しく尊い存在なはずだ。困っている人がいたら自分のことなど顧みず我先にと助けに動く、そんな性格の持ち主を「勇者」と呼ぶはずだ。こんな私だって、誰かを守ろうと今まで必死に行動してきたつもりだ。結果はとてもひどいものになったが、それでも私なりに頑張ってきた。

 

 そんな自称『勇者』な(バケモノ)よりも劣った醜い性格。アイツらと自分を比べると、実は私も「勇者」なのでは、だなんてありえない妄想まで思い浮かべてしまう。アイツらは「勇者」なんかではない。『勇者』ですらない。たぶん『勇者』という皮をかぶった悪魔か何かなのだろう。

 

 

 

──思考が白く染まり、疑惑が確信へと変貌していく。

 

 

 考えることに夢中になっていると、どこかからか不快な音が聞こえてきた。来たな、と思い顔をあげてみると案の定、今までどこにいたのか、バーテックスが私を中心に集まってきていた。私の中の悪意に引き寄せられているかのように、奇妙な鳴き声をあげながらユラユラと近づいてくる。

 

 

 

 こんなひどい目に合わされたとしても、きっと二人はアイツら(・・・・)を許してしまうだろう。二人はとても優しく、温かな心の持ち主だったから。

 

 でも私には無理だ。到底許すことはできない。許せるわけがない。

 私にはもう、あなた達しかいなかったから。あなた達はこんなところで死んで良いような人間ではなかったから。 もっと……もっと二人と一緒に居たかったから……。

 

 

 

 ついに私の体から悪意が吹きこぼれる。真っ白くも体にまとわりつくような重々しい悪意。

 それに反応してバーテックスが急接近してきた。ごちそうにありつく獣のように一目散に、私たち三人目がけて突進してくる。はたから見れば、バーテックスの融合シーンに見える速度でこちらに向かって来る。

 

 そして何十人も喰ってきたであろうその白く巨大な口を開けて、私に喰らいつく。噛み殺される、と思いきや、そのまま溶けるように私の体に吸収されていった。

 途端、理解するよりも早く濃密な悪意の塊がうねりを上げて侵入し、体中に行き渡り私の魂にまで到達。そのまま私の存在を飲み込むように脳内にねじ込んで侵食してきた。

 

 

「--ーーーッッ!!」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い。視界がフラッシュバックし、体の全細胞が悲鳴を上げる。脳内が掻き乱され存在が消えそうになる。鼻血が、目からは血涙が流れてきた。立っているのかどうなっているのか分からなくなる。叫び声をあげながら、のたうち回りたくなる。

 でも声は出さない。転げまわらない。奥歯が折れるほど噛み締め声が漏れるのを堪える。頭を地面に打ち付け、転がりたい気持ちを堪える。奥歯なんてどうなったっていい。噛み締めろ。どうせ折れてもすぐに再生する。

 今はとにかく耐えろ。私は耐えなければならない。この痛みは、今までの私の罪に対する罰であるし、なにより歌野たちのほうが辛く苦しく、泣き叫びたいほど痛かったはずだから。

 

 

 

 今日の記憶は決して忘れないだろう。私の絶望に染まった不確かな記憶の中で、一番最悪の出来事だから。

 また、1つ気づいたことがある。どうやらコイツらは絶望がお好みらしい。嫌なことを考えれば考えるほどコイツらは私たちに貪りつき、進化の度が深くなっていく感覚が実感として流れてくる。

 それは好都合だ。何せ私の中には絶望しか詰まっていない。そして私はアイツらに復讐する力が欲しい。絶望を与える代わりに協力してもらう。とてもwin‐winな関係だ。

 

 と、思いながらまた気づく。コイツらに仲間意識を持ってしまっているあたり、私の中の人間性はすでに完全に消え去ってしまったのだろう。本来は悲しむべきところなのに、何も感じなくなってしまった。

 いや、むしろそれが心地が良いとさえ感じてしまう。流石は(バケモノ)、人間とは考えることが違う。

 

 

 私を核とし、バーテックスが詰め寄り、融合。そして進化していっている状況で私は狂ったような、否、狂った甲高い笑い声をあげる。そしてーーー

 

 

 

 

 

「私はアイツらをッ!」

 

 そして私は高らかに叫ぶ。たっぷりと恨みを込めたこの声が、許しがたい敵が住んでいるところにまで届くように。

 

 

 

「私たちを騙した『勇者』乃木若葉をッ!」

 

──ごめんね、水都。痛い思いさせちゃって。あの時、私を助けに来てくれて、ありがとう。

 

 

 

「私たちを見捨てた、四国の連中をッ!!」

 

──ごめんね、歌野。 こんな(バケモノ)を、人として接してくれて、ありがとう。

 

 

 

「絶対に許さないッッ!!!」

 

──仇は、取るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私は、この3年間の地獄の日々を思い返す。アイツらに特大の絶望を贈るために、じっくりゆっくり時間をかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ここは長野。神に愛され、そしてその神に見捨てられた地。

 かつてこの地には、1人の「巫女」と、1人の「勇者」と、1人の「勇者」になりたかったバケモノがいた。

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