72年分をどれだけ縮められるか、頑張っていきます。
久しぶりに見る、生きた人間。
私ぐらいの年齢の男の子。でも背丈は私よりも小さそうで、服は元の色が分からなくなるほど大部分に乾いた血が赤黒く染みついたものを着ている。
黒くツンツンと尖った髪は、初対面の人にもきつく当たる彼の性格を表しているようだった。
待ちに待った瞬間のはずなのに、全く喜べる状況じゃなさそう。
会ったこともない人にあからさまに敵意を持たれていることに、思考が停止する。
「え、えっと」
「ここで騒ぐんだったら出てってくれ。じゃないとアイツらがここに来ちまう」
「あ、アイツら?」
「は? 知らないのか? あの白いバケモノのことだよ」
「いや、それは知ってるけ」
──ドンッ!!
言い終わらないうちに、突如として衝撃音が街に響いた。車が衝突したような破壊音。後からガレキが崩れるのが聞こえる。
音の発生源を探すと、遠くにバケモノがいるのが目に入った。
「ほら、お前たちが騒ぐから来ちゃったじゃねーか。 って、は? ちょ、ちょっと待ってくれよ……。あの方角って、くそっ!」
「ちょっと待ってよ、どこ行くの!」
全く会話が成立していないのに、彼は音のした方に走っていってしまった。
バケモノがいる方に行くなんて、彼も力を持っている人なのかな。
よく分からないけど、あの必死な形相。きっと大事なことがあるに違いない。
先ほど、母さんって単語が聞こえたし。
『母さん』
その単語だけで胸の奥が痛くなる。染みるような切なさが湧き出てくる。
でも今はそんな感傷に浸っている時間もない。こうしている間にも彼はどんどん遠く離れていく。
せっかく見つけた待望の生き残り。そうやすやすと逃がすわけにはいかない。聞きたいこといっぱいあるんだから。
それに、彼が誰かを助けようとしているんだったら、人として私も協力しないと。
「明、私たちも行くよ」
「えあ? う、うん」
「荷物は邪魔になるから、一旦ここに置いていくよ」
戸惑う明を連れて彼を追っかける。
どうやら力は使えないようで、彼は普通の子供の速度で走っていた。
自分のスピードと比べるとひどく遅く感じてしまう。
カネアキの柄を強く握りしめ、体内に眠る力を少しだけ開放する。
体中に薄く力が浸透していく。発熱しているのか、ほんのり体が温かい。
その温かみを纏った状態で地面を踏みしめ、彼の下へと走り出す。
小学生ではありえないほどの速度で、数秒もしないうちに彼に追いつくことができた。
「ねえ、今は一体どういう状況なの?」
「うわ! 走るの速いなお前……。って、お前たちに関係ないだろ」
「いいから、早く。時間ないんでしょ」
「…………オレの母さんがあそこにいるんだ」
「あそこって、バケモノがいる所? なんでそんなとこにいるのよ」
「ああ、母さんは足を怪我……岩に挟まれてて動けないんだ。だからオレが助けに行かないと」
「助けにって、戦えるの?」
「そんなわけないだろ、あんなバケモノ相手に。オレにできることなんて、せいぜいアイツらの注意をそらせるくらいだよ。でも助けられるのはオレしかいないんだから行かないと」
「じゃあバケモノ相手は私にやらせて」
「は? 何言ってんだお前?」
「大丈夫、私は戦えるから」
「戦えるって、どういうことだよ」
「説明は後。それと岩ってどのくらいのなの?」
「こっちの質問には答えないのにそっちは質問するのかよ……。んと、子供じゃ何人いたってダメなくらいだ。せめて大人が数人いれば……」
「オッケー。それじゃ私が岩を持ち上げるから、その間に救出して。そしたら私は追ってこないようにアイツらを倒しておく。きっとこの状況でそれが最適解だと思うから」
「…………ホント何言ってるか分かんねえけど勝手にしろ。オレは母さんを助ける、それだけだ。こうなったのも、もともとお前たちのせいなんだからな」
「あっ、救出したら一旦明をそっちに預けてもいい? 多分そっちの方が安全だと思うんだけど」
「わかったよー」
「ちょっと勝手に話を進めるな、オレは分かってねえ!」
「じゃ、そういうことで。明も頑張ってね」
「おい!」
今まで漠然とただ歩き続ける毎日だったから、やることが明確になって少々浮かれているのが自分でもわかる。だから少々扱いが適当になってしまっても許してほしい。
しかも、ようやく私が人を救えるかもしれない機会。今度は確実に救ってみせる。
それに明は未だに人が怖いと思っているのに、1人にすることを認めてくれた。
その頑張りにも応えるような活躍をしないと。
「さあ私が選んだこの選択、最適解にしないとね」
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ガレキの山の中を進んでいく。
ここら一帯はアイツらが破壊したガレキで体を隠せるから、今のところバレずに進めている。
「あそこだ」
彼が指を差した方向には、一軒の家があった。
と言ってもそれは屋根から崩れていて、家らしきものがあるとしか認識できない。
「母さん!」
中に入ると、1人の女性が倒れているのが目に入った。
眠っているようで、目元は閉じられている。
足元には聞いていた通り大きな岩が乗っかっていた。
「うわぁ いたそう……」
「これをどかせばいいんだよね」
「だからどかすって、どうすんだよ」
「どうするって こうするのっ」
昨日と同じやり方をしようと、両手で岩に手をかける。
「バカやめとけ。それはオレたちじゃどうすることもできないやつだ。それに下手に動かすと母さんに響く」
「痛いと思うけど、少しの間辛抱してくださいね」
聞こえてないだろうけどこのあと襲ってくる痛みに先に謝っておく。
足腰に力を入れて集中する。体の力を全開放、活力が一気にこみあげてきた。
できるだけ痛まないよう、一気に持ち上げる。
「よいしょっ!」
「うっ ああああ!!」
動かした時の痛みで彼の母親が起きてしまった。痛みに悶えているその声もあまり力がないように思えた。
「だからやめろっ……て…… 嘘、だろ。なんで持ち上がんだよ……」
「ほら、ぼーっとしてないで今のうちに早く助け出して!」
「……あ、ああそうだな。母さん大丈夫か!?」
「ぁー、はぁーはぁー。 ま、まこ、と?」
「そうだよオレだよ。今助けるかんな」
「明も手伝ってあげて」
「うん!」
そして母親を引っ張り出した彼はそのまま自分の背中に担いだ。
「だい、じょう、ぶ、なの……?」
「大丈夫さ。だてにサッカー部で足腰鍛えてないからな。母さん一人ぐらい余裕だぜ」
「ごめん、ね……」
息も絶え絶えな母親はそのまま気絶してしまった。
「ねえ どこに逃げるつもりなの?」
「あのでかいデパートがあるだろ? そこにみんな集まってるんだ」
「えっ! みんなって、ほかにも生きている人がいるの!?」
「ああ、みんなあそこに避難している」
「そう! そうなの、よかったぁ」
「だから早く行こうぜ」
「いや、さっきも言った通り私は周囲のバケモノを一掃してからそっちに向かうよ」
「何言ってんだよ危ないって。お前も一緒に来いよ」
「バケモノが近くにいたらそのうち見つかっちゃうでしょ。それにデパートに人がいるなんてアイツらにばれたら元も子もないし」
「それはまぁ、そうだけど」
「大丈夫、私にはこれがあるから」
「なんだそりゃ? 鍬、か?」
「そう鍬。私の武器。さっきの見てたでしょ。私って強いんだから。安心して先に行って」
「ともちゃんはすごいんだよー。クルマみたいにビューンてはやいんだー」
「ほらね、明もこう言ってるでしょ」
「そ、そうなのか……。信じられねえけど、ここんとこ信じられないことしか起きてないからな。信じるしかないか……。死ぬなよな」
「ん、任せて。そっちは明を頼んだよ」
「たのまれましたー」
「ああ分かった」
「じゃまた後で」
話が一息ついたので彼と明はデパートに、そして私はその反対方向へと二手に分かれた。
やっとこの力で人を助けることができた、その喜びに胸が弾む。
今ならなんだってできちゃいそう、そんな高揚感に心が温かく包まれる。
しかもまだほかにも生き残りがいる! それもあの口調だとたくさんいそう。
今までの苦労が報われたような気がして、肩がすごく軽く感じる。
今の私の気分は最高、誰にも止められない。
右手にカネアキを握り締めてアイツらを探しに駆け回る。
と、突然ガレキの影からバケモノが飛び出してきた。
そんなところから来るとは思わなくってびっくりしたけど、走り幅跳びの要領でうまく跳び越えられた。
ぶつかると思ったけど、急な事態にも力の調整ができた。
昨日の練習が活きている。練習の成果が目に見えてわかるのはやっぱりうれしい。
喜んでいると、ぞろぞろと物陰からたくさんのバケモノが湧いてきた。
たくさんのバケモノに囲まれて少し不安になるけど、でも今の私ならきっと大丈夫。
この調子で思いっきり暴れてやる。
「さあバケモノたち。私の最適解、通させてもらうよ!」
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「はぁーはぁー、あ~疲れた」
地面にだらしなく大の字で寝転がる。
運動会の後のように体中が疲れ、呼吸がうまく落ち着かない。
息を整えようとするも、肩での呼吸がなかなか治まらない。
何分かかったんだろうか、なんとか目に見える範囲のバケモノを倒し切ることができた。
それにしても……、
「いや~ まさか無傷で終わるとはね」
あの大軍。多少のけがは覚悟していたのに、結局バケモノの強靭な攻撃は1つとして私に届くことはなかった。
この力、やっぱり目を見張るものがある。
アイツらを翻弄できるこの力の正体も気になる所だけど……。
「早く明に会って褒めてもらおう」
だんだん落ち着きを取り戻せてきた。思考も安定してきている。
よし、いつまでも寝転がっていないで立ち上がろう。
「えーっと、デパートだっけか」
待ちに待った生きている人たち。
早くこの現状も知りたいし、何より話がしたい。
期待でまた落ち着かなくなってきた。
想像を膨らませながら、私はデパートに近づいていった。
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入り口に着くと、彼がきょろきょろ辺りを見渡していた。
何してんだろ?
「おーい、何してんの?」
「あっ! 無事だったのか!」
なんと私の心配をしてくれていたようだった。
さっきからうすうす思っていたけど、ちょっと口調は悪いけどやっぱりこの人はいい人みたい。
「大丈夫だって言ったでしょ。それより無事でよかった」
「お前が言うのかよそのセリフ……」
「あれ? 明と君のお母さんは?」
「お前の妹はもう中に入ってる。母さんは今医者に診てもらっているところだ」
「そうなんだ。みんな助かってよかったね」
「全部お前たちのおかげだ。最初 石投げてゴメンだったな」
「そうだよ! いきなり投げてくるなんて。びっくりしたんだから」
「だからゴメンて。疲れてんだろ、ほら中に入りなよ」
「も~疲れたよ。ここ最近ずっと地べたで寝てたし」
「それじゃ朗報だ。ここにはベッドもあるぞ」
「ホントに!? よし早くいくよ!」
「ちょ、落ち着けって」
後ろで制止してくる声が聞こえるけど、そんなの構っていられない。
ようやく気持ちよく眠れる! 今までで一番うれしいことかも。
ワクワク気分でこれから新たな拠点になりそうなデパートに入っていった。
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最初目にした時は、なんだこいつらと思った。
バケモノがうじゃうじゃいるような世界で、あんなに大声で泣いているなんて。ただの自殺志願者かと思った。
実際こんな世界になってからは、そういうことをする人も見たことがあったから、またやっているのか、といつもだったら特に気にはしなかった。
ただあの時は母さんの近くだったから、やるんだったらよそでやってほしいと、ここではやめてほしいとそう思って近づいたんだ。
だからアイツらに近づいてああ言ったんだ。厳しい言葉を言えば去ってくれると思ったから。
そしたらアイツらは何も知らない様子でこちらを見てきて。
ひとまず静かにしてもらおうと思っていたら、ガレキが崩れる音が聞こえてきて。
それで遠くにバケモノがいるのが見えて、一瞬体が石のように固まって動けなくなってしまった。
あそこには母さんがいる。
母さんに危険が迫っていることが分かって、頭の中が真っ白になってとても焦ったんだ。
母さんを守りに行かないと。
2年前、父さんと病室で約束したんだ。『ボクが……いやオレが母さんを守るから。だから安心して』って。
オレは母さんを守らなきゃいけない。
だからアイツらのことは置いて母さんの下に走ったんだ。
それなのに、先に走っていたはずのオレに追いついてきたときはすごくびっくりした。
しかも戦えるだのよくわかんないことを言ってきて、本当に混乱した。日本人同士なんだからちゃんと日本語をしゃべってくれ、そう言いたいほどだった。
でも実際アイツが言っていたことは全部本当で、あんな重たい岩を一人で持ち上げて、あのバケモノ相手に互角以上に戦っていた。
しかも武器はなんか鍬みたいの。あんな細い柄のもので戦うなんて正気じゃない。
チラと後ろを振り返ったとき、折れやしないかと肝をひやひやさせられたものだった。
それでなんとか逃げ切ることができて、母さんを医者に届けてアイツを探そうと思ったら もう後ろにいて。
そしたらアイツは笑って『無事でよかった』なんて言って。
全部こっちのセリフなのに、オレは素直にお礼が言えなくって話をごまかしてしまった。
けど本当に感謝している。
母さんを助けてくれてありがとう。
照れくさくてまだ言えないけど いつかお前に言えたらいい、そう思った。
そういや、まだ名前聞いてなかったな。
惚れません(確定事項)
この世界はそんなに優しく無いんですよ。