『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第12話【3日ぶりの呼吸】

 デパート”(あさひ)”。

 関東圏ではそこそこ名の知れたデパートで、地下1階・地上8階の全9階建ての縦長のオレンジ色の建物。

 普通のデパートと同じく服やおもちゃ、雑貨や食料品などが置いてある。少し珍しいのが家具も売っているというところだ。

 この建物は去年できたばかりの新しい店舗で、開店セールで地元の人の長い行列ができています、とテレビで放送されていたのをぼんやりと覚えている。

 

 けれど、今回の大地震で少し壁にヒビが入ってるところがあったりと、昨年できた建物としては新品感が削れてしまっている。

 それでも、入り口に立って見ても全く壊れそうな雰囲気はしなく、これなら問題ないなと思える感じだった。

 

「さあベッドの場所まで連れてって!」

 

「だから待てって」

 

「待ってられないん……っぐぺ!」

 

「お前何してんだよ……」

 

「おおおお痛たたた~頭打った……。ううっ、なんで自動ドアなのに開かないの!?」

 

 痛みで涙目になっている私を見て、彼は「そういえば」と言わんばかりの顔をして説明してくれた。

 

「今朝から急に電気が止まってな。今はデパートの屋上にあるソーラーパネルで自家発電した電気を使っていると思うんだ。だから余計なところには電気を回さないようにするって言っていた気がする」

 

「そういう大事なことはもっと早く言ってよ。おかげで頭打っちゃったじゃん」

 

「悪い悪い」

 

「たんこぶできちゃったらどうしてくれるのよ」

 

「はっ、なーに言ってんだ。あのバケモノ相手に大暴れできる奴が、こんな程度でケガするかよ」

 

「ほほう、君にも私お手製のたんこぶ作ってあげようか」

 

「ちょ悪かった、冗談だって。だからその手をやめてくれ」

 

「まったく、次からはちゃんと教えてよね」

 

「こんなとこで殺されたんじゃ生き残った意味が……」

 

「そこうるさい。 で、気がするってどういうこと? 君ってあんなり人の話聞かない人なの?」

 

「ちげーよ。今朝は、っていうかここ3日は毎日一日中母さんのところに行ってたからな。早く行きたいのに朝の集会がなかなか終わらないもんだからイライラして聞いてなかった」

 

「へー、集会なんてしてるんだ」

 

「まあ出れてるのはそんなにいないけどな」

 

 

 そう言う彼の言葉には覇気はなく、悔しそうな悲しそうな、そんな目をしていた。

 

「頭がおかしくなっちまったり病んでる人もいて、そういうのは別のスペースに隔離してんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「ああ」

 

 想像していたよりも楽観的ではなさそうな話に思わず言葉が詰まってしまう。

 

「ほら。そんなとこで突っ立ってないで、中入るんだろ」

 

「う、うん」

 

 暗くなってしまった雰囲気を払うかのように、彼は明るい表情をしていた。

 

「ここのドアは手動になったんだ。ここにこうやって、と……」

 

 ほんの少し開いているドアの隙間に指を突っ込んで力ずくで開けようとしている。

 

「あーダメだ固い。任せた」

 

「ええ! もうちょっと頑張りなよー。まったく……」

 

 最初っからやる気がないのか、はたまた本当に固いのか、彼はすぐに音を上げた。

 交代して私が開けてみると、思っていたよりも簡単に開けられた。

 全然固くないんだけど……。

 

「おお~さすがのばか力だな。するする開いちまった」

 

「ま、またそう言って! 私が強いんじゃなくて、あなたが弱いだけ!」

 

「ははは、そうカッカすんなって」

 

 まったく彼は私を何だと思っているのか。

 力を使わなくても開いたんだから本当は彼も開けられたはず。

 それなのに無理だと言って私にやらせたのは多分、暗くなった雰囲気を和らげようとする彼の気遣いなんだと思う。

 一見言葉遣いも悪いからガラの悪そうな人に見えるけど、気遣いもしっかりできて本当は優しい性格ということが感じられる。

 そんなくだらないやりとりをしているうちに、さっきまでの暗い空気は跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 中に入ると、1階には化粧品とアクセサリー売り場と喫茶店が入っていた。もちろん客なんていなく、最小限の照明で薄暗くてがらんとした様子だった。

 さっき説明があった通りエスカレーターの電気も止まっていて、生活には便利なものだけど非常事態には無駄なものになってしまうのが、少し寂しく感じられた。

 明は2階にいるというのでエスカレーターに足を置いたんだけど、止まっているから上る時なんだか気持ち悪く思えてしまう。

 

 コツコツ、とスニーカーの音だけが暗い建物内に溶けていく。

 

「ねえ、ホントに人いるの?」

 

「おう、いるぞ」

 

 少し不安になって前を歩く彼に聞いてみると、上半身だけをこちらに向けながらそう答えた。

 彼の手には私たちのリュックがある。あんだけ私の力をバカにしていたのに、重いだろうから持つ、と言ってくれたのだ。

 ありがたく持ってもらったら本当に重かったらしく、目を見開いて「こんなん持ってたのか!?」と言われてしまった。

 水とかがたくさん入っているから実際結構重たい。

 

 すると、

 

「音がするよ。誰か来たみたい」

 

 静かな空間に聞こえてきた知らない声。

 顔を見上げると2階の奥の方から光が漏れているのが見えた。

 

「マコトくんかな?」

「まだ帰ってなかったのか」

「それでね、ともちゃんすごいんだよ!」

「どれ、私が見てこようか」

 

 見知らぬ声に交じる最愛の声。

 階段を登り切るよりも先に誰かが上からこちらを見てきた。

 

 深緑色の作業服姿をした、ほっそりとしている老年の男の人。髪はぼさぼさで白くなっている。

 この人のことを何も知らないけど、”管理人”という名前がぴたりとあてはまりそうな人だ。

 

「君は確かマコトくんだね? 後ろの子は……」

 

「はいそうです。そんでこいつは外で見つけてきました」

 

 そう言って彼は私をおじいさんの前に誘導した。

 

「えっと、初めまして。岩波灯と言います」

 

「ともり……ああ君が”ともちゃん”か。なるほどよく来たね」

 

「あの、明は……妹はどこにいますか?」

 

「妹さんならあそこだよ」

 

 そう指さす先には知らない人に囲まれている明の姿があった。

 

「明!」

 

「ーー! ともちゃん!」

 

 私を見つけた明は、そのまま勢いよく私のお腹に突っ込んできた。

 

「おかえり~ともちゃん」

 

「はいはい、ただいま」

 

「き、ささってない? だいじょうぶ?」

 

「ふふっ、大丈夫。無傷でアイツら倒してやったよ」

 

「すごーい!」

 

 前回は背中に木が突き刺さっていたのを覚えていたようで、しきりに背中部分をペタペタと触って気にしている。

 尻もちをついた状態で明をかわいがっていると、女性が近づいてきた。

 

「君がその子のお姉ちゃん?」

 

「はいそうです。あなたは……?」

 

「私は蛍井(ほたるい) (すず)。このデパートで受付をしていたの」

 

 チェックの黒のワンピースの上からロイヤルブルーのジャケットを着て、黒の花のブローチを胸に付けた20代くらいの女性はそう名乗った。

 とても可愛らしいお姉さんなので、お客さんからは人気の受付さんなんだろうと推測できた。

 蛍井さんの後にもまた1人こっちにやってきた。

 

「あ、私は岩波灯と言います」

 

「よろしくね、灯ちゃん」

 

「こんばんは、僕は布川(ぬのかわ) (ひかる)。このデパートでリーダーみたいなものをやらせてもらっている者だ」

 

「よろしくお願いします」

 

「はは、そんな固くならないでいいからね」

 

 若手の社長みたいな雰囲気を持った爽やかな人。明るい茶髪の頭なのに遊んでいるように見えないところがすごいと思う。

 ていうか、こんな状況でもリーダーなんているんだ。

 

 

「ここにいる布川さんたちが、このデパートの主要な人だぜ」

 

 後ろにいた彼が前に来て、私たちに教えてくれた。

 

「そういえば自己紹介がまだだったな。オレは天宮(あまみや) (まこと)。小学5年だ」

 

「年下だったんだね、私は6年生だよ。よろしくねマコト」

 

「1個上だったのかよ、ぜんぜん見えないな……。よろしくな岩波」

 

 握手代わりに、手を取って起こしてもらう。

 その反動で、腰に巻き付いていた明が床にころんと転がった。

 

「それでこっちが明」

 

「よろしくな」

 

「う、うん……」

 

 明はマコトの手を取ることなく、ささっと私の後ろに隠れてしまった。

 

「ゴメンね。ちょっと人見知りなの」

 

「そうなのか」

 

「ちょっといいかな岩波君」

 

「あ、はい」

 

 おじいさんが話しかけてきた。職業を聞いてないけど、胸に社員証っぽいのが見えるから本当にこのデパートの管理人とかなんだと思う。

 名前すら聞いていないけど、管理人さんって呼ぶことにしよう。

 

「君たちは外から来た、とマコト君から聞いたんだが本当かい?」

 

「はいそうです。山の方からここまで来ました」

 

「山の方から? ここから一番近い山となると、結構遠いと思うのだが……」

 

「はい、頑張って歩いてきました」

 

 管理人さんは私の言葉に目を見開いていた。実際、子供が歩いて来れるような距離じゃないだろうし。私よく頑張ったと思う。

 

「ちょっと待った。君たち外から来たのかい!?」

 

 そこに布川さんが割り込んできた。みんな知っていると思ったけど彼は知らなかったみたい。

 

「ええそうですけど」

 

「それはよかった。僕たちはあの夜からろくに外に出られていないんだ。外はどんな感じになっているんだい?」

 

「そうね私も聞きたいわ。やっぱり……ここと似たような感じなのかしら?」

 

「ええっと……」

 

 どうしようか。明の前で外の話はあんまりしたくないんだけど……。

 言い淀んでいると、先に布川さんが提案してきた。

 

「ああすまない。歩いてきたのなら疲れているだろう。お互い聞きたいこともあるとは思うが明日にしようか」

 

 私が言葉に詰まったのは疲れているせいだと勘違いしたみたい。

 詰まった理由はそうじゃないんだけど、一旦落ち着きたいし、お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。

 

「ありがとうございます。もう足が辛くって」

 

「じゃあオレが連れてくよ」

 

「よろしく頼んだよ、マコト君」

 

「じゃあ岩波行こうぜ」

 

「オッケー、それじゃ行くよ明。知ってた? なんとここにはベッドがあるんだってさ」

 

「ホント!? ぃやったー!」

 

 両手を上にあげて喜んでいる。さっきの私と同じくらいのはしゃぎ具合。

 明もここ最近は寝るというより気絶が多かったから、ちゃんと寝れるのがうれしいみたい。

 

「それじゃ灯ちゃん、また明日ね」

 

「はい。おやすみなさい蛍井さん」

 

「鈴でいいわよ」

 

「はい、鈴さん」

 

 3人とも聞きたいことがたくさんあるだろうに、私たちの体調を気づかってくれるなんてありがたい。

 さっきはとっさに疲れていると言ったけど、意識してみると本当に疲れていて、なんだか眠たくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ふかふかのベッドをご所望の私たちを連れて行った場所は、デパートの7階・家具売り場だった。

 

「うわ~いっぱいだねー」

 

「ホント。ここに住めそうなくらいだよ」

 

「ここにベッドがあるのはみんな知ってんだけど、7階ってことでみんなめんどくさがってな。使ってる人はほとんどいないんだ」

 

「寝る場所は重要なのにね」

 

「ねー」

 

 喋りながら歩いていくと奥にベッドを見つけた。1つだけじゃなくて何個かあって、どれもふかふかしていて寝心地がよさそうだった。

 

「ダ~イブ!」

 

「あ~気持ちいい~」

 

「気に入ってくれてよかったよ」

 

「最っ高だよ。ありがとう」

 

「そんじゃあ、オレは母さんのところに行くからな。ゆっくり休めよ」

 

「ん、分かった。また明日ね」

 

「朝には誰かが来ると思うから」

 

「オッケー」

 

 

 それだけ言ってマコトは帰っていった。足音が次第に遠くなっていく。

 場所を言ってくれれば自分たちで行けるのに、わざわざ7階まで付き合ってくれるなんて本当に人が良い。

 

 それにしてもこのベッド、とっても気持ちいい。

 家で使っているのなんか目じゃないくらいで、値段を見たら「なるほど」と納得できてしまうほどの値段だった。

 こんなに良いもの、誰も見ている人がいないからって私たちが使っていいものなのだろうか。

 非常事態とはいえ、後から請求されたらさすがに私じゃ払えない金額だし。

 

「ねえ、明はどう思……って寝てるし」

 

 よほど疲れていたのか、ベッドにダイブした格好ですやすやと眠っていた。

 うつ伏せじゃ苦しいだろうに。そんなこともお構いなしな明の様子に、なんだか悩んでいたことがどうでもよくなってしまった。

 

「まったくもう、世話が焼ける妹だなぁ」

 

 うつ伏せになっているのをそっと抱き上げて表にしてあげる。

 どのベッドで寝ようか決まらなかったけど、ちょうど明が寝ているのがダブルベッドだったからそこで寝ることにした。

 

 

 ごろんと転がって天井を見る。

 この前見たみたいに上を見ても星がなくって、どこかホッとする自分がいる。

 ここ数日間感じることのなかった安心感。

 肩の荷が軽くなった感じがするし、縮こまっていた体もほぐれていく。

 まるで3日間ぶりに呼吸をしたかのような心の解放感。

 

 こんな気持ちいいのを2人じめだなんて、贅沢すぎる。

 私も寝ようと目を閉じると、目の端から温かい涙が流れてきた。

 

──お母さんたちにも味わってほしかったな。

 

 薄れゆく意識の中で最後に思ったのは、今は亡き家族のことだった。




なんか人いっぱい出てきて、取り扱いに困ってます。
そんなに出さない予定ですが。(オリを増やされてもね……)
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