《2015年8月3日 デパート旭》
窓から差し込む暖かな日差しが、夢の世界にいる私を現実の世界へと呼び起こした。
「んんっ~~」
ベッドから上半身だけ起き上がらせて伸びをする。
起き上がる時に突いた手がどんどんベッドに沈んでいったので起き上がるのが大変だった。
1つあくびをして目をこすりながら腕時計を見てみると、短い針は6時を指していた。
寝る環境というものはとても重要で、一度も目覚めることなく寝続けることができた。
ここのところ睡眠が浅く、夜に何度も起きていたので今は頭がとてもすっきりしている。
隣にいる明もすやすやと気持ちよさそうに寝ている。
明も寝てるし二度寝を考えたけど、頭が目覚めちゃって寝れそうにないや。
「安心」。それがこの空間に満ちているのを感じる。
昨日のこの時間帯では考えもつかなかった展開。マコトと出会って、一緒に戦って、安息地と生きている人たちを見つけて。
昨日の私が知ったら驚くだろうなー。明日の私はこんなにも落ち着いた空間にいるだなんて。
もう一度寝転がり、眠っている明の頬をつついてみる。
このベッドよりも柔らかくって弾力のあるモチモチとしたほっぺ。むにゃむにゃと言いつつも起きる気配は感じられない。
かわいらしい反応を見てこっちまで笑顔になってくる。
そんなことをしていると、だんだんと実感が湧いてきた。
ああ 私たちは助かったんだって。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらくそのままゴロゴロした後、誰かがいつ来てもいいようにと着替えをすることにした。
リュックの中のボディシートで軽く体を拭いてスッキリしてから着替える。
昨日は何も食べずに寝てしまったからとてもお腹が空いているけど、勝手に自分だけ食べるのはなんか違うと思うから食べずにいる。
ここの人はどんな食べ物を食べてるんだろう。朝や昼間の時間帯は何をしているのだろう。疑問がたくさん湧いてくる。
「あ、そうだ」
この後始まるだろう現状報告会。それに出るのは私だけにしてほしいと事前に頼んでおこう。
いや、それだと明も聞きたいって怒り出すか。じゃ、大まかな所だけ明も参加して詳細なところは私だけにしてもらえるようにしてもらおう。
明がいる前で悲惨な話をしたくはないし、あの子には常に笑顔でいてもらいたいからね。
よし、そうと決まれば下に行って誰かいないか見てこよう。
ちょっとの間だったら、迎えの人も来ることないでしょ。
もし来ちゃってたらトイレに行ってたとでも言えばいいんだし。
そろりそろりと音をたてないように下りのエスカレーターのところまで行く。
下に行く段に一歩踏み出した時。ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。
そういえば、この上の階って何があるんだろう。
気になったので横に書いてあるフロアマップを見てみると、8階はレストランなどの食事が取れる所になっていた。
「へーレストランか。あ! このお店行きたかったんだよねー」
店舗一覧を見ていると、前テレビでやっていた和菓子屋さんが入っているのを見つけた。
今行ってもその和菓子は食べられないけど、どんなお店なのか雰囲気だけでも気になるな。
よく考えてみれば迎えの人が来たときにさっきのこと言えばいいんだし、先にこっちを見に行くことにしよう。
さっきまで立てていた予定を変更し、今来た道をUターンして反対側の上りエスカレーターに行くことにした。
昨日はこの階も暗くって何がどこにあるかいまいちわからなかったけど、窓から差す太陽のおかげで迷わずに歩ける。
あの店は入って右側にあったよね。あそこのわらび餅ホントおいしそうだったよなー。
そんなことを思って上り切ると、待っていたのは凄まじいほどの陰鬱な空気だった。
「っな……」
声を出すのもためらわれるくらいにどんよりとしている。むわっとくる湿った空気が肌にまとわりつくようで気持ち悪い。
今は朝のはずなのに、まるで夜かと思わせられるように空間が暗い。
こんなに暗いなんてまさかこの階には窓はないの? と思い、窓を探してみる。
すると、すぐに窓は見つけられたんだけど、なぜか全ての窓にカーテンやテープなどが貼られていて、外が見えないようになっていた。
「これじゃ暗いはずだよ……なんのためにこんなの」
謎の空気の原因はコレか。こんなにびっちり閉じられていたらそりゃ変な空気になるはずだよ。夏なんだから、締め切ってたら変な虫が出てきそうだ。
布川さんたちはなんでこの階の窓だけ封鎖しているんだろう。
もしかしたら、昨日マコトは『7階は面倒だからほとんどだれも行かない』って言ってたから、さらに上のここまで手が回らなかったのかも。
多分そうだろうな。こんな空気は体に悪いし、デパートでの初仕事ってことでさっさと開けて空気の入れ替えをしよう。
それにしても、窓にテープを張るだなんて台風の時ぐらいしか見たことないんだけどな。
ここって夏に台風がたくさん来るようなところじゃないのに、テープまみれにしちゃって。これじゃお客さんが来た時びっくりされちゃうよ。
さてと、どこから始めようか。
最初は行きたかったお店からやっていこうかな。
せっかく来れたのに楽しむにも楽しめない感じだから、急いで窓に近づいてテープを剥がそうとした。
とその時。
「何してるのアナタ」
──腕を、掴まれた。
どこからともなく現れた腕。掴まれた箇所からは、人間の手とは思えないほどに冷たく感じる。
その根元をたどってみると女性の姿があった。まだ若そうのに、覇気がなくとても老いているように見える。
目元にかかるほど長く伸びた髪の隙間から覗ける、赤く充血した目。
その目は焦点が合っていない虚ろな目で、見ているだけで生気を吸い取られそうな恐ろしさを感じる。
「ねえアナタ何してるの」
再度発せられた、気味が悪いくらい抑揚のない声。
時間が経つにつれてギリギリと握力が強くなってきて怖い。
何なのか分からないけど、とにかく早く答えないとヤバい。
「ええっと、暗いから窓を開けて明るくしようかな、なんて……」
女性の迫力に押されて語尾になるにつれて声がしぼんでしまった。
無理に明るく言ってみたんだけど、どうだろう。なんか怒ってるっぽいし逆効果だったかもしれない。
っていうか右腕そろそろ本当に痛い。
「あの、腕痛いんで離してもらっても……」
「アナタ何馬鹿なこと言ってんのッ!!?」
私の発言なんぞないかのように、突然の叫びとともに女性が掴みかかってきた。
「窓を開けるなんて馬鹿なこと言わないで!! アイツらが、あ、あの子が……ああああ……」
そう言って、女性は自分の頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
私は剣幕に押されてしまって、すぐにはその場から動けなかった。
しかし事態は休む間もなく進行していく。
突如として現れてきた、背中に突き刺さる無数の気配。
急いで振り返ると 今までどこにいたのか、何人もの人が私のことを見つめていた。
店の陰から、入り口から、隣の店から、遠くの店から。男性女性子供と様々な人が私を見ていた。
そして彼らは、これだけの人数がいるにもかかわらず誰も何も言わないで、先ほどの女性と同じくただただ虚ろな目を私に向けてきている。
彼らの目には感情が乗っていないのに、なぜだか私にはその目に私を非難する感情が混ざっている気がして……
「うわぁああああ!!」
私は逃げ出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
私は今、壁の隅で座り込んで震えている。
どうやってここまで来たのかは思い出せない。
気づいたら7階の隅にいて、視界には明がいるのが見える。
エスカレーターを下りた記憶がない。頭が真っ白になっていた。
思い出すだけで鳥肌が立ってくる。
あんなのがいるなんて聞いてない。
一体何なのあの人たち。あんな死人みたいな目をして。幽霊かと思った。
あの人に握られた右腕がまだズキズキと痛む。
窓を開けようとしただけであんなに怒るなんて正気じゃないよ。普通暗かったら明るくしようとするじゃん。
何があったらあそこまで空虚な目ができるんだろう。
あっ、正気じゃない。……もしかしてマコトが言っていた、頭がおかしくなった人ってあの人たちのこと?
だとするなら意味分かんないあの言動にも納得がいくけど、もしそうなんだったらもっと早く教えてほしかった。
待ってるように言われていたのに勝手に動いた私も悪いけど、ひとこと言っておいてくれてもいいじゃん。
バケモノも怖いけど、人から来る憎悪の感情もとっても怖かった。
あの人たちをあの状態でほったらかしにしているなんて、本当に大丈夫なんだろうか。布川さんは知っているのか。それとも知ってて放置しているのか。
なんだか少し不安になってきた。このデパートの現状を知っているわけじゃないから何とも言えないけど、ここは本当に安全な場所なんだろうか。
もしあれがここで起きたナニカが原因であんな風になったのだとしたら、ここにはもういられなくなる。
とにかくしっかりと話し合わないと。
ブツブツと声に出しながらやることを決めて立ち上がってみると、目の前に鈴さんが立っていた。
「うわっ!」
「ごめんごめん。なんか考え込んでるみたいだったから、そっとしたほうが良いのかなって思って」
「いや、大丈夫です、いきなりで驚いただけなので。こちらこそすみません」
「いいのよ、今のは私が悪かったんだし」
あーびっくりした。さっきから驚かされてばかりだ。
今何時なんだろう。時間を確認していなかったので見ると、7時をとうに過ぎていた。
ずいぶん長く考えていたみたい。
「で、朝食に迎えに来たんだけど明ちゃんはどこにいるの?」
「こっちで多分まだ寝てます……」
「ねぼすけだねぇ」
私たちは私たちで食料をキチっと用意してあるけど、ここを去るかもしれない可能性が出てきた以上、食料の存在は明かさないほうが良いと思うから黙っていることにする。
案の定明はまだ眠ったままだった。
鈴さんが来たんだし起こそうと思ったけど、その前に……
「あの、この後の話し合いでは明にあまり詳しい話は聞かせたくないんですけど、それでも大丈夫ですか?」
「あー、まぁあまり楽しい話にはならなさそうだしね。分かったわ。いい頃合いになったら明ちゃん連れて別の場所に移動するよ」
「ありがとうございます。助かります」
「いいのよ。しっかりとしたお姉さんね、灯ちゃんは。ホントに小学生?」
「はい、一応部長をやってます」
「へー部長! すごいじゃん! 会社に入ってからだとなかなかなれない役職だよ。何部なの?」
「バドミントンです。部長なのに下手っぴですけど」
「バドミントンか~ 懐かしいな。授業でやったなー」
「うん~? おはよう ともちゃん」
「あ、ようやく起きた。おはよう明」
「おはよう明ちゃん」
「あ、すずちゃんだぁ」
「もう少し待ってくれますか。すぐ支度しますので」
「いいのよそんな慌てなくって。そんなに急いでないから」
「ほら明しっかりして」
鈴さんを待たせるわけにもいかないので、起きたばっかの明の体を拭いて急いで着替えさせて準備させる。
私の手際に感動した鈴さんは、朝食の場所である1階に連れて行ってくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝食は1階の喫茶店でとることになっていた。
私たちは最終組で、昨日はいなかった人たちも含めて多くの人が集まっていた。
「やあ2人ともおはよう。待っていたよ、眠れたかい?」
「おはようございます。とてもよく眠れました」
「ばっちりだよー」
喫茶店の奥のスペースにいる布川さんが声をかけてくれた。
2つのテーブルをくっつけて長くなったテーブルの周りには、マコトも含めて昨日の夜に出会ったメンバーが座っていた。
「2人の席はこっちだよ」
そう呼ばれたので奥に行って用意された席に座る。
「おはよう岩波」
「それじゃどっちか分かんないじゃん、マコト」
「どっちもいんだからいいだろ別に」
「まあそうだけどね。おはよう」
席順は子供と大人に分かれて座っている。私から見て右に明、左にマコトがいる。対面には布川さん、その右に鈴さん、左に管理人さんという配置だ。
先に座った鈴さんが布川さんにみみうちをした。私を見ながら頷いて指で〇を作ったから、さっきのことを言ってくれたんだと思う。
私たちが席に着くと、彼が朝食の音頭を取ってくれた。
「賞味期限が近いものから食べないといけないからね。朝からパンだけどご飯派だったら勘弁してくれ。それじゃ、お互い積もる話もあるだろうがまずは食事といこうか」
この話で話し合いが終わってる予定だったんだけどな……