朝食はイチゴのコッペパンと卵のサンドウィッチ、それと牛乳だった。
ここはデパートなので在庫の食品もたくさんあるだろうから、しばらくは食べ物に困ることはなさそう。
明は牛乳が苦手だから私にあげると言ってきたから、背が伸びないよと言い聞かせて無理矢理飲ませた。
しかめっ面をこちらに向けてきたけど、出されたものはきちんと食べないとね。飲めてエラいと褒めておいた。
早々と食べ終わった私たちは、15人ほどいた他の人たちが喫茶店から出て行くのを待ってから、ようやく待ちに待った話し合いを始めることとなった。
「さてと、それじゃ始めようか。と言っても何から始めていこうか……」
「灯ちゃんたちからじゃなくて、まずは私たちのことからがいいんじゃない?」
「それもそうだな。人に質問するときにはまず自分から、っていうし」
「では私からいこうか。まだ自己紹介もしていないしね」
どうしようか悩んでいると、管理人さんが小さく手をあげ自分を推薦してきた。
「では
「はい了解しました。私は
「大俵さんにはデパートの管理や電気系統の整備をしてもらっているんだ」
「学生時代にちょっとかじっていてね。何事も勉強しておくものだとこの年になってやっと理解したよ」
白髪頭の大俵さんは管理人ではなくって警備員さんだった。
「それじゃ次は僕が話そう。僕がここに来たのは鈴の迎えのためだ。よく迷子になるから夜勤の時だけでも迎えに行ってくれ、って彼女の母親に頼まれててさ」
「何年経っても道だけは覚えられないのよね。いつも感謝してるわ」
「あの~」
「ん? どうしたの?」
「お2人は付き合ってるんですか?」
いくらアホと言われても私だって一介の女子。恋愛のにおいがちょっとでもすれば聞いてみたくなるのが性なのだ。
名字も違うし、こんなに仲がよさそうで迎え付きなんて、とっても気になる……。
「あはは! 残念だけど違うわ。光とはいとこなの。彼氏にするにはちょっと頼りないかな」
「頼りなくて悪かったな」
「今だってこんな立派な服着てリーダー感出してるけど、本当は正義感が強いだけで人をまとめるなんて初めてなのよ」
「そうなんですか。見た目だとなんか若社長みたいに見えてました」
「よかったね光。リーダーするならまずは服装から作戦、成功してんじゃん」
「もういいだろこの話は」
さすがに自分の話は恥ずかしいらしく、早々に切り上げられてしまった。
「で、話を戻すぞ」
「あ、はい。お願いします」
「そんで、このデパートに着いて鈴と会ったらすぐに地震とバーテックスが来て、2人でなんとか隠れながら一夜を過ごしたんだ」
「バーテックス? って何ですか?」
「あの白いバケモノのことだよ。僕らの中ではそう呼んでいるんだ。ここにいた理系っぽい人が命名してね、なんでも「頂点」という意味らしい」
「頂点……」
「食物連鎖における人よりも上の存在だからだそうだ。その人は上位種に喰われるのは自然の摂理だ、と言って自ら喰われに行ってしまったからもういないんだけどね」
「そんな人もいるんですか」
「ちょっと、そういう話はしないでって言ったでしょ」
「あ、ああそうだったな。それで次の日の早朝に大俵さんと出会って、それからはその場で居合わせた人たちと一緒にこの建物でなんとかやっていくことにしたんだ」
「昨日の停電には焦ったがね。ソーラーパネルがあって本当に良かったと思うよ」
そうしみじみと語る大俵さん。
「それから、無理にでもみんなを集めて状況確認がてらに集会をしたり、食料のチェックをしたりして今に至るというのがこちらの状況だ」
「ざっと説明したけど、他に何か聞きたい事ある?」
「えっとですね……」
「なんでもいいんだよ?」
大体の今までの流れは分かった。今朝の朝食の雰囲気からして、みんなが頑張ってきたことは見ているだけで十分に伝わってくる。
それに、とても信用するに足りる人たちだとも思う。
この人たちは大人で私たちは子供なんだから、頼るのが一番いいんだと思う。
でも私が知りたい一番重要な事がまだ分かってない。この不安を払底しなければ全幅の信頼は寄せられない。
「8階の人たち、あれは何なんですか?」
「──! 8階に行ったのかい!?」
「はい。今朝行ってびっくりしました」
「もしかして、今朝あんな所にいたのって」
「ちょっと心を落ち着かせていました」
「そういうことだったの。納得がいったわ」
「別に隠そうと思っていたわけじゃないんだ。ただややこしくなるから後で説明しようと思って」
すまなさそうにそう言う布川さんは、次のように説明してくれた。
「あの人たちは病人でね、隔離をしているんだ」
「病人……何の病気なんですか?」
「ここの医者が言うには心の病らしい。彼らは空が怖いんだ」
「症状がひどい人は外の景色を見ることも怖がっているの」
「言うなれば『天空恐怖症候群』といったところか」
「それって……」
空が怖い。
それって外で寝た時私も思ったことだ。
私の場合は怖いというより、星を見ているとどんどん近づいてきてる感じがして緊張して安息しにくいという程度で、あんな風にはならない。
今は私は大丈夫だけど、この感覚がひどくなった人がああいう人たちってことか。
「じゃあ原因はそのバーテックスということなんですね?」
「そういうことね」
「そうですか、よかった~。ここにいたらあんな風になっちゃうのかと思ってどうしようか考えていたんですよー」
「何考えてんだ。変になった人もいるって昨日言っただろ」
と、隣のマコトがあきれた様子でこっちを見てくる。
そりゃあ良い人そうに見える鈴さんたちがするわけないって思うけどさ……。
「そうだけどさ~あんななんて普通思わないじゃん。人体実験でもしてるのかと思ってすごく怖かったんだから!」
「ズルーい! あかり うえいってないよ!」
「まあ朝だったからね、しょうがないよ」
「ともちゃんだけズルい! あかりもいきたい!」
「あーうん……」
一安心したところに明の猛抗議。
こうなった明は頑固だからなー。連れて行かないといじけちゃうし。
連れてってもしょうがないんだけど、どうしたものか。
悩んでいると鈴さんが救いの手を差し伸べてくれた。
「じゃあデザート食べ終わったら行きましょ。明ちゃん、下においしいアイスがあるのよ」
「わ~アイス!」
アイス。その言葉に釣られた明は、鈴さんと一緒に下の階に下りていった。
明の中ではもうすっかり良い人判定みたい。
ここを出るときに鈴さんが目配せしていたから、気を使ってくれたんだろう。
ありがたい。これで気にせず話ができるし時間稼ぎもできる。
「それじゃ、今度は私たちについて話しますね」
「頼むよ。今は少しでも情報が欲しいからね」
「えっと、まず簡潔に言うと状況はこことほぼ変わりません。私たちが通ってきた町は2つとも全滅でした」
「想定はしていたがやっぱりそうか……」
「最初の夜で……私たちは両親と祖父母を亡くしたので行く当てもなくふらふらと歩いて……ここに流れ着きました」
「死んだって……そっ そんなことオレ聞いてねえぞ!?」
「ゴメンね。まだ話してなかった」
「そのことは明ちゃんは知っているのかい?」
「いえ。すぐに伝えるのは無理だと思ったので、両親は仕事で忙しいことにしています。警察をしているので」
「すまないことを聞いたね……」
「大丈夫です。なので明がもし聞いてきたりしたらなんとか誤魔化しておいてくれると助かります」
「ああ、任せてくれ」
「ここまで来るのにご飯はどうしてきたんだ?」
「あの、言いにくいんですが……いろんな家に入って調達していました」
「灯ちゃん、こんな事態だから気に病むことはないよ」
「でも結構な距離だろう? ここに来るまでバーテックスには遭遇しなかったのか?」
「あ、いえ……」
ついに来た。私の力を説明する時間。
これだけ人がいるんだから1人や2人いてもおかしくないから知っているかもだけど、緊張する。
「私には……その、戦う力があるんです」
「ん? どういうことだ?」
「私は不思議な力でバーテックスを倒すことができるんです。その力で初日と昨日は生き延びてきました」
「信じられない話だけど本当だぜ 布川さん。岩波はバカみたいに強いんだ」
「真君も知っているのか」
「昨日はそれで母さんを助けてもらったんだ」
「そういえば容体はどうだったの?」
医者に診てもらっているのは聞いたんだけど、その後どうなったんだろう。
まさか間に合わなかったり、してないよね?
「足をやられちまってて、これからは車いす生活になりそうなんだ。けど命に別状はないんだ。ありがとな」
「そうなんだ。もう少し早く来れればよかったんだけど……」
「いいんだよ。布川さんたちも無理だったんだから」
「僕たちも頑張ったんだけどね。この状況で外に出る勇気のある人がほとんどいなくってね……申し訳なかったよ」
「それにしても、あの大岩をどうやったんだい?」
「えっと、持ち上げてどかしました」
「あれを持ち上げた! それはすごいな。ぜひともその力を使っているところを見てみたいんだが」
「いいですけど、ここには他に同じ人はいないんですか?」
「いや、聞いたことがないね。明日にでもみんなに聞いてみようか」
「あ、あとさっきの自分から喰われに行った人の話なんですけど、ほかにどんな人がいたんですか?」
「そうだね、他にはこの状況に諦めてしまった人、真君みたいに助けに行って失敗してしまった人、ストレスでここを出てしまった人とかがいたね」
「普段とは違う環境だからストレスが溜まってしまうとなかなか大変なんだよな」
「そうなんですね。ストレスか……」
「岩波が戦えるって分かれば、みんな少しは希望持てるんじゃないか?」
「確かにそれはいいかもしれないな。しびれを切らして戦いに行ってしまう人も抑えられるだろうし」
「わ、私が希望に……?」
思ってもみなかった提案に、自分の力の重大性に少しビビってしまう。
確かに戦えるって今だとすごい責任重大な仕事だ。
不意にのしかかった希望という役目に驚いていると、何かに気づいたのかマコトは後ろを振り返った。
「おっ、どうやら実演するのはまた今度になりそうだぞ」
そう言って指さすのはエスカレーターの方。
見ると明と鈴さんが戻ってきていた。
「チョコアイスおいしかったよ~!」
「それはよかったね」
「話は終わった?」
「まあ一段落ついたところだ。すごいことが分かったから後で教えるよ」
「それは楽しみだね」
「そうだ明。マコトのお母さん命に別状ないって」
「しってるよー。さっきおいしゃさまと したであったもん。チョコがおいしいよって おしえてくれたんだー」
「へー私も後で挨拶しておこうかな。早く元気になると良いね」
「……っああ。車いすは初めてだから付き添いが必要になってるだろうけどな」
「ん?」
なんだか元気ないみたい。やっぱりマコトもいない時に話せばよかったかな。
「それじゃ8階に行きましょうか。何とか逸らそうと頑張ったんだけど、明ちゃんずっと覚えてて……」
「いこー!」
「ホントに行くの!?」
「まああの人たちも下手なことをしなければ大丈夫だと思うし、いいんじゃないか」
「下手なこと……」
窓を開けるとか、だよね……。
「では私たちも行こうか。彼らに出した食事のごみを回収しないといけないしね」
大俵さんの一言で、私たちはあのちょっと怖い8階に行くことになった。
今回は6人だから心細くはないけど、やっぱりあんまり行きたくないな……。
話し合いのおかげで、考えていた不安は結果として見当違いだということが分かって心がすっきりした。
……すっきりしたはずなんだけど。
階段を上るたび、8階に近づいていくたびに不安とは似て異なる感覚が強くなってくる。
なんだろう、嫌な予感がする。