『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第16話【虚空を走る幻影の我が子】

 走る走る走る。

 階段から転げ落ちていくように移動する。

 明の手を引いて、なおかつカネアキをベッドのところに置いてきたまんまだから本当の意味での全速力じゃないけど、無我夢中で逃げ出す。

 本当はもっと遠くに行きたいけど、私たちにとって今一番落ち着ける場所は7階だからそこに避難した。

 

「はーっ、はーっ、はーっ」

 

 一目散に荷物を置いてあるベッドに転がり込む。

 それからまたあの女が追ってきても大丈夫なようにと、リュックに差しておいたカネアキを取り出して構える。

 鍬を人に向けるなんて、おじいちゃんに怒られてしまうけどなりふり構っていられない。

 明を背中に回して正面からではすぐには見えないように隠しておく。

 私も明も、特に明は急に抱き着かれたせいで気が動転している。

 カネアキを握る腕が、体の震えと同期してふるふると揺れている。

 

 その時、静まりかえっている7階に階段を下りてくる足音が響いた。

 だんだんと近づいてくるその音に共鳴するように、緊張で腕が震える。

 腰にしがみついている明もさらに力を強くして服の裾を握った。

 

 そしてその足音が止んだ時、恐る恐る薄目で足音の主の顔を見てみると、鈴さんだった。

 

「2人ともー、大丈夫ー?」

 

「す、鈴さんでしたかぁ~」

 

 どっと肩の荷が下りた気がした。

 硬直していた体から力が抜け、思わずベッドの上にへなへなとへたり込む。

 

「ゴメンねすぐに助けに行けなくって。私たちもあの人があんなに元気にしゃべるなんて思ってなかったからびっくりしちゃった」

 

「い、いえ……。あの人は前からあんな風なんですか?」

 

「……ううん、今回だけ。私がデパートにあの人、皆神さんを連れてきたんだけど、最初に会ったときはずっとぼーっとしてて話なんて全然通じなくって」

 

「あの後だとぼーっとしていたなんて考えられませんね」

 

「そうね。とにかく話もできなかったから名前を聞いたのもさっきが初めてなのよ」

 

「そうだったんですか」

 

 あの人が静かにしている姿を一瞬たりとも想像できない。それほどまでにインパクトのある女性だった。

 

「それであの、「葵」のこととか知りませんか?」

 

「うーん。これは想像になっちゃうけど、ここまで来るときにはぐれたか、皆神さんは天恐……天空恐怖症候群のことね、を発症しているから亡くなった娘さんか。そんなとこじゃないかな」

 

「そうですよね……」

 

 やっぱりそういう感じなのか。あそこまでになるとなると、明にすごく似ているんだろう。

 ちらと後ろの明を見ようとしたけどそこにはおらず、前に振り返ると鈴さんに抱き着いていた。

 

「もうヤダあの人~」

 

「そうね、怖かったよねー」

 

 よしよしと背中をなでる鈴さん。なんかずいぶん手馴れている様子だ。

 

「鈴さんて、子供の扱い慣れているみたいですけど」

 

「ああこれね。昔、私にも妹がいたのよ。交通事故で亡くなっちゃったんだけどね」

 

「えっと、すみません……」

 

「いいのよ。何年も前の話だから今更気にしないわ。でも私も姉だったから、小さい子を見るとついついお姉さんぶりたくなっちゃうの」

 

「でも私は……」

 

「見てれば分かるわ、本当のお姉ちゃんなんでしょ」

 

「はい」

 

 そして鈴さんは優しい表情で、どこか妹に語りかけるお姉さんのように優しく言った。

 

「妹を亡くした時はね、小さい子を見るたびに妹なんじゃないかって探したものよ。もしかしたら今の皆神さんもそうなんじゃないかな」

 

「……」

 

「天恐を発症している人たちはね、身内や他の誰かがバーテックスに殺される場面にあっている人が多いの。自分に近しければ近しい存在ほど、発症の可能性と深度が高くなる」

 

「それがさっき言ってた天恐のことですか」

 

「そう。だから、あの人にもちゃんと理由があって明ちゃんと娘さんを重ねていると思うの。だからすぐには無理かもしれないけど少しずつでいいから分かってあげてほしいな」

 

「……はい」

 

 言ってることは分かる。自分は体験したことはないけど、たぶんそうだろうなとはうすうす思っていた。

 あの時、腕を掴んできたのは自分の子を失ったときの記憶を思い出したくないから。

 さっきのは、わが子に似ている明を見つけてテンションが上がったから。

 

 理由も分かる……分かるけど、それでもあの人のそばには明を近寄らせたくないという気持ちが強い。

 あの執着心はとても怖い。

 大丈夫だろうけど、明をどこかへ連れ去ってしまいそうな、そんな気がしてしまう。

 

 理解はしたけど、積極的に関わらない方針で行こう。

 

「まあ、8階の人たちは下にはほとんど降りてこないから大丈夫だろうけどね」

 

 そう言ってこの話題を締めた鈴さんは明を体からうまく外して立ち上がった。

 っていうか、ずいぶん明は鈴さんに懐いているな。

 年上の大人の女性の友達ができたのは姉としても喜ばしいことなんだけど、頼られる頻度が落ちてしまいそうで少しだけ寂しい気もする。

 

「どう、少しは落ち着いてくれたかな?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ありがとね~」

 

「それじゃ、今日の作業に移ろっか……と言いたいところだけど、なにぶん2人は初めてだし、もう少しゆっくりしていたいでしょ? だからもう少ししたらまた迎えにくるから待っててね」

 

「作業って……?」

 

「そんなに大変なことじゃないから心配しないで。このデパートの整理とかそんな感じよ」

 

「それなら明もできるね」

 

「がんばるぞー!」

 

「じゃ、また後で」

 

「ありがとうございました」

 

 下に降りていく鈴さんを見送って、私たちも荷物の整理をすることにした。

 

「鈴さんかっこいいね」

 

「ともちゃんもかっこいいよ?」

 

「ありがと。私たちも荷物整理しよっか」

 

「あっ、ともちゃんコレみてみてー!」

 

「ん? なになに……ってこれ」

 

「うん なつやすみのしゅくだい」

 

「別に持ってこなくていいのに……」

 

「? しゅくだいは やらないといけないんだよ?」

 

「…………そう、ね」

 

 こんな非日常に囲まれてもなお、明の日常は続いていた。

 出す相手もいない宿題を、この凄惨な世界でもやろうとしている。

 明の日常はまだ守られている。その嬉しさに目頭が熱くなった。

 

「そう、だね……しっかりやって、先生やお友達に自慢しなきゃね……」

 

「うん! ……あれ? ともちゃん なんでないてるの?」

 

「うん……ちょっと、嬉しくなっちゃってね」

 

「ふーん、へんなの」

 

 そう言って自分の荷物整理に戻る明。

 私も涙を拭いて荷物整理をする。

 

 明の日常がいつまでも続いてほしい。

 そう願わずにはいられなかった。

 

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