『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第21話【生きる希望をみんなのもとへ】

 真上にあった太陽がだんだんと傾き、むんわりと肌にまとわりついていた空気も少し落ち着いてきた。

 今は夏だから5時を過ぎてもまだ外は明るい。これが冬だったらすでに暗くなっているから、1秒でも時間が欲しい今はこの季節がありがたい。

 代わりにすごく暑くて、汗で身体がべとべとになっちゃうけど。

 

 どこかで鳴いているセミの鳴き声をBGMにして、私は明がいる7階に向かって階段を上っている。

 上には8階を除いて人があまりいないからセミの声がよく聞こえる。

 

 セミの鳴き声。たったこれだけの些細でありふれたものなのに、なんだかいつもの夏を感じとってしまう。

 これに風鈴の音も追加されれば、おばあちゃん家の軒下で毎年スイカを食べていた今まで通りの夏の風景がだんだんと形作られていく。

 どこまで遠くに飛ばせるか、スイカの種の飛ばしっこ。勢いよくかぶりついたおかげで、べとべとになった手と口。汁が地面に垂れて、足もとにやってきたアリたち。

 思い出すだけで、ちょっとの間つらい現実から目を背けられる。

 

 明と2人で追いかけっこをして、喉が渇いたからとおじいちゃんの畑にあるスイカをこっそり食べて、内緒にしてたんだけどすぐにばれちゃって。

 嘘を吐いて隠したから絶対怒られると思っていたのに、そんな私たちを叱るのでもなく優しく注意してもう1つスイカを冷蔵庫から取り出して振る舞ってくれた。

 

 そんな懐かしさに浸っていると、いつの間にかもう6階に着いていた。

 あと1階分だ、とそう思い最後のエスカレーターに足をかけた時、

 

「お、足音がするから誰かと思ったら岩波じゃん」

 

 マコトがひょっこりと7階から顔を出した。

 

「聞いたぜ。外行ってたんだってな。お疲れ」

 

「うんただいま。マコトはどうしてここに?」

 

「いやー、なにしてんのかなって見に来てみたらお前の妹に捕まっちゃってな。勉強教えてたんだ」

 

「明が自分から! そうなんだ」

 

「まったく、九九とか久しぶりにやったぜ」

 

「一人で勉強できるか心配してたんだよー。ありがとね」

 

 朝の段階では まさか離れて行動するとは思っていなかったから、一人きりにしちゃって不安だった。

 このデパートには来たばかりだから頼れる人もほとんどいないし、というか家族以外あまり明と親しい人はいないしでどうしてるのかと心配してたから本当によかった。

 それにしても、最初出会ったときは想像できないほど親切なマコトの姿に思わず笑いそうになっちゃう。

 

「ともちゃん おかえり~」

 

「ん。ただいま明」

 

 話し声を聞きつけて明がやってきた。

 

「勉強してたんだって? エライじゃん」

 

「うん! マコくんとしてた! マコくんおしえるのうまいんだー」

 

「へ~そうなんだ。よかったね!」

 

「うん!」

 

「"マコ"じゃなくて"真"だって言ったんだけどな、何度言っても"マコ"って言われてよ」

 

「すっかり懐かれちゃったみたいだね。あだ名まで付けてもらっちゃって」

 

「あだ名なんて付けられたことなかったから ちょっと、な……」

 

 頬を掻いて少し照れくさそうに話すマコト。

 そんな彼の様子を見て笑顔になる私たち2人だった。

 

 

 

 

 

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 ずっと入り口でしゃべっているのもアレだから、奥に行ってさっきまで明が勉強していたテーブルのそばに腰を下ろした。

 テーブルの上にはやりかけの九九のプリントと、それを練習したノートが置かれている。ノートにはびっしりと計算式が書かれていた。

 しっかりやってるじゃん と感心してから、今日の外での調査について──犬やビルの上で見た光景なんかは抜きにして──2人に話していると、ある大事なことを思い出した。

 

「あっそうだ」

 

「ん? 何かあったか? 急に立って」

 

「もう少しでご飯だよ、って言われてたんだった」

 

「ちょ、そういう大事なことはしっかり覚えてろよな」

 

「ごめんごめん」

 

「きょうのごはんなんなのー?」

 

 しばらく聞いていなかった、いつもの夕食を尋ねる言葉で明が聞いてきた。

 ご飯ついでに思い出したけど、そういえば私たちが持っている食料の存在を伝えていない。

 入手方法はここと同じだし、別にやましいことは無いんだから、鈴さんたちに言って私たちの分はそれから食べると伝えておかないと。

 食べかけも残っているから、早く食べないとこの暑さで腐っちゃうかもしれない。

 

「今日は豪華にするみたいだよ。バーテックスへの対抗手段が見つかった記念ってことでお祝いするんだって」

 

「ごうかなのー!? おなかすいてきたー!」

 

 きゅ〜〜。

 明の気分に合わせるかのように、明の小さなお腹がかわいらしく空腹を訴えた。

 

「おい岩波、それって……」

 

「うん私のこと。みんなにも私の力を知ってもらっておいた方が良いと思ってね、私からお願いしたんだ。でもそしたらみんなの前で話さないといけなくなっちゃって、今からもうすんごく緊張してるの」

 

「お前が言い出したことならオレはいいんだけどさ。実際お前の力はすごいしな」

 

「私もこの暗い空気をなんとかしたいと思ったからね。困った時は自分が今できることをがんばる。今の私にとって多分これが私の最適解だと思うから」

 

「そっか。じゃあそのスピーチだっけ? 頑張れよ」

 

「うん やってみる」

 

「ねえまだ~? 2人とも~はやくいこーよー!」

 

 待ちきれなくなった明が階段下から急かしてくる。

 明を待たせるわけにも、他のみんなを待たせるわけにもいかないから、私たちは駆け足で1階まで下りていった。

 

 

 

 

 

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 階段を駆け下りて1階に到着すると、もうすでにあらかた食事の準備は完了していた。

 あとは皿の配膳だけのようで、老若男女問わずいろんな人が慌ただしく動いていた。

 

 見ていると後ろからチン、という音と共にエレベーターがやってきた。エレベーターも今日は稼働しているみたいで、中からは大きな鍋に入ったカレーが運ばれてきた。

 鼻から胃まで突き抜ける、出来立てのカレー特有のあの香ばしい香り。見れば近くにいる人もその匂いに笑みを浮かべていた。

 それに加えてテーブルの上にはナンも置いてあった。これは今日の調査で見つけてきた、冷凍庫に入っていたナンだ。

 流石にこのデパートの人数分はなかったから半分に切ったり、新たに作ったりしてなんとか人数分を確保したみたい。

 ナンを作る作業とか、考えただけでも面白そうな作業。

 

 周りを見渡すと、ここには今朝 朝ごはんを食べた時と同じようなメンバーに加えて、遠くの方に8階で会った子たちもいた。

 彼らはどこか落ち着かない様子で、ソワソワと盛りに1階の入り口の方に目をやっていた。多分外の世界が近いから警戒しているんだと思う。

 

 動いている人がたくさんいる中で、何をしたらいいか分からなくって3人してボーッと突っ立っていたら、ちょうど皿を置き終えた布川さんが私たちのことを見つけてくれた。

 

「おっ、ちょうどいい時に来たね。そろそろ呼びに行こうと思っていたんだよ」

 

「すみません。もっと早く来たほうが良かったですよね」

 

「いやぁ大丈夫だよ。それよりもほら、座って座って。みんなの席はこっちだよ」

 

「ありがとうございます」

 

「カレーなのか! オレの大好物だ」

 

「ごはんー!」

 

 夕食を待ちきれない明に手を引かれてマコトも自分の席に向かって行った。

 

「岩波君に説明してもらうのは夕食の前にしようと思っているんだ。そのほうがより食事を楽しめるからね」

 

「はい分かりました。頑張ります」

 

「ハハッそんな肩肘張らなくっても大丈夫だよ。ただみんなに(希望)の存在を説明するだけなんだから」

 

「こんな大人数の前で立つのは初めてでして……」

 

「もし失敗したって誰も笑わないさ。さてと、準備が終わる頃だからそろそろ行こうか」

 

「は、はい」

 

 ずっと考えていたけど、こういうことは初めてだからコレというものが思いつかないまま時間が来てしまった。心臓の音がやけにうるさい。

 ぶっつけ本番は得意じゃないからしたくなかったんだけど仕方ない。こういうものは自分の気持ちをまっすぐ伝えればいいんだから……多分。

 

 明の方を見れば、私の緊張なんて知らん顔でただただ目の前のカレーに夢中になって目を輝かせている。

 自分から言いだしたことだからどうしようもないんだけど、いいなぁ 私もあんな風に何も考えずご飯に夢中になっていたかったなぁ。




あと1話くらいで2章終わり予定。
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