『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。
3章スタートです。「しみ出す」ではなく「にじみ出す」です。


第3章【希望の中でさえ 絶望は滲み出す】
第23話【まずは一歩 これからの一歩】


《2015年8月6日 デパート旭》

 

 久しぶりにひんやりとした空気がデパート内に流れる。

 電気を点けていないから部屋の中も少し薄暗い。その薄暗さがこの建物の涼しさを加速させる。

 空にかかっている黒い雲のせいで、時計が無かったら今が何時なのか分からなくなる。

 

 静まりかえった部屋。

 耳を澄ましてみると、雨が壁に優しくぶつかる音だけがかすかに聞こえてくる。

 さすがのセミたちも、この雨の前には大合唱も鳴りを潜めているみたい。

 平和が壊されてから初の雨。

 

 一息つこうと、荷物を投げ出してごろんとベッドの上で寝転ぶ。

 やわらかい生地のベッドに、体にまとわりついていた疲れが沈みこんでいく感じがする。

 ふうっとため息をついて天井を見上げる。

 

 

──あの夜から3日経った。

 

 

 あの頑張ろう宣言の後、盛り上がる熱狂の中、私は私にとって人生2度目のナンをおいしくいただいた。

 明はナン自体見るのが初めてだったから、突っ込み過ぎて指にまでべったりとカレーが付いてしまった。

 しかもそれに気づかずに元気に動き回るもんだから、指から飛び跳ねて私の服にカレーが付いてしまった。

 

 幸いといっては何だけど、この時着ていたのは自分のではなく、見知らぬ誰かの家からいただいた服だったからそんなにショックはなかった。

 落とすのも洗剤を使うのはもったいないと思ったから、拭き取るだけの簡単な処置で済ました。

 だから今もあの時着ていた服にはカレーのシミがうっすらと付いている。

 

 そんなこんながあって、ようやく食べ終わって顔を上げてみたら、なんと私の周りにはたくさんの人が集まっていた。予想外だったから、もし食べ終わってなかったらびっくりして吹き出してたかもしれない。

 なんでも、さっき私が言ったことで生きる気力が湧いたからお礼がしたいんだそうで。

 自分ではそんな大したことを言った覚えはないし、本音を言えば緊張しすぎて何を言ってたか覚えてないしで、あまり実感はわかなかったんだけど、みんなの勢いがすごくって質問責めにあい、その後1時間くらい拘束されてしまった。

 助けた私、その妹の明、そして助けられたマコト。確かに興味が湧くには十分すぎるメンバーだった。

 大の大人たちがこんな小さな私に興味を持って感謝を伝えてくるのは少し照れくさかったり恥ずかしかったり。

 

 なんとか明と一緒に好意の包囲網から抜け出して、お腹もいっぱいになったしお風呂にしようかと話した。

 まあ、お風呂と言っても体を拭いたりするだけで湯船とかがあるわけでは無いけど。

 

 途中、質問コーナーの影響で大勢の人が予定の1時間遅れで進行することになってしまったので、大慌てでみんなを誘導している布川さんの姿を見つけた。

 その様子はなんだか、ホテルに着いた修学旅行生を案内する先生みたいで面白かった。

 

 女性のお風呂の階、生活フロアである3階に向かってみると、もう彼女らの中で私のことを「勇者」呼びするということが浸透しているみたいで、「勇者ちゃん」と呼ばれてしまった。

 流石に恥ずかしいから全力でやめてもらうように言ったけど、みんなやめてくれるかな……。

 

 でもなんで勇者呼びされたんだろうかと考えていると、同じくお風呂をしにきた鈴さんが、明のせいだと教えてくれた。

 私も自分のことで手一杯だったから気づかなかったけど、質問責めにあっているときにポロっと漏らしたんだとか。

 

 鈴さんに後から聞いた話で、あの夜はみんな極度の深夜テンションだったからあまり気にしないでと言われた。

 バーテックスの脅威に怯えながら普段と違う生活をしていたら寝不足になっていて、そんな時に現れたバーテックスと戦える私の存在。確かにおかしくなるには十分な条件だ。

 まあ私はクラスの子と比べても早寝な方だから、深夜テンションなんて経験したことないんだけど。

 深夜テンションの恐ろしさを知った瞬間だった。お父さんがいつも早く寝ろ、と言っていたのにはこんな理由があったんだ。これからも気をつけて早寝しよう……。

 

 そんな話をしながらお風呂に入ってベッドで寝たのがあの日の話。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そして次の日からは、本格的にこれからどう生活していくかについて話し合うことになった。

 と言っても、私はまだ12歳。生活力も知恵もない。

 現状誇れるものと言ったら、今や大人以上になった身体能力とやけに肝が座った心くらい。どちらも恐らく力の影響によるものだと思う。

 

 ということなので、その日は大体一日中どうするかについて考えて終わった。それが一昨日の出来事。

 

 そして昨日の午前中の話し合いで、ようやくこれからやることがいくつか決まった。

 その1つが、さっきも私がやってきた"掃除"。

 これは普段私たちがやってきた普通の掃除とは違って、"死体の掃除"だ。

 

 事の発端は、外を出たときに何度も感じた悪臭だった。

 言い方はすごく悪くなっちゃうけど、死体があちらこちらに転がっているせいで、臭いもすごいし変な虫も出る。

 私は山の生活も少しかじっているから絶対にイヤというほどではないけどやっぱり気持ち悪いし、一番みんなから要望が多かったのもこれだった。

 

 だからまず一番に取り組むことにしたんだけど、これがそう簡単にはいかなかった。

 問題は山積みで、人一人を持ち上げられるだけの力・惨状に耐えられる精神力・ガレキの撤去・バーテックスが来ないかの監視など、数えればきりがないくらい。

 最終的には、みんなの遺体を一か所にまとめてお墓をつくろうという計画だ。

 

 この中で一番難航したのは、バーテックスの監視をどうするか。

 高いところに登るのは私として、その場所からどうやって下の人に伝えるかが論点だった。

 携帯電話はうまく繋がらないし、大声を出したり旗を振ったりしたら、バーテックスにも私たちの存在を教えてしまうことになるかもしれないしで試行錯誤した。

 

 結果、ペラさんが提案した、携帯電話の旧式である"糸電話"を使うことにした。

 彼がいうには、糸電話のギネス記録があって240mくらいの記録だからいけるんじゃないか、とのこと。

 なんでそんなことを知っているのかを尋ねたら、一般常識っすよ〜って楽しそうに言ってたけど絶対違うと思う。

 

 屋上まで届く長い糸が見つからなかったから同じ糸だしいいだろうと釣り糸にして、それを紙コップにセロハンテープで貼り付けて作成。

 屋上から1階に片方のコップを垂らしてピンと張る。これをしないと下まで音が伝わらないと教えてもらった。

 学校で似たようなことを教わった気がするんだけど……ダメだ思い出せない。寝てたのかな……?

 

 試しにこんにちはと言ってみると、まあまあの音質でこんにちはと返ってきた。

 あれだけみんなで必死に考えていたことが簡単に解決されて、ちょっと拍子抜けって感じ。

 他の問題は、刺激的なモノを見ることになるから立候補制と力持ちそうな人に集まってもらって、それを交代交代にローテーションしていくことになった。

 

 下で働いてるみんなには申し訳ないけど、その日は一日中屋上からバーテックスの動きを監視するという比較的ラクな作業をして終わった。

 結局バーテックスは1体もこちらを襲ってくることはなかった。

 

 

 

 そして今日。

 昨日も1日フルでやったけど一部分しか終わらなかったからさっきも続きをしてきた。

 

 昨日とは違い、今日は私もしっかり働いた。昨日の様子からして、以前私が立てた仮説"バーテックスは私たちで遊んでいる"が強くなったから。

 それに私の速さだったら声を聞いてからでも十分間に合うことに気が付いたから、今日は軍手をしっかりはめてガレキをたくさん持ち上げた。

 

 うすうす思っていたけど、この作業は私にうってつけだと思う。

 超パワーに図太い精神。それと以前の倍以上に膨れあがった体力。

 今の私だったらブラック企業にだって耐えられると思う。

 

 一番よく働いてたんだけど、降ってきた雨のせいで作業は午前で中断となってしまった。

 

 だから今こうしてダラリとベッドに沈むことができている。

 体力は余っているけど普段使わない筋肉を動かしたからもう疲れた。

 

 けどこの疲れもどこか嬉しい。

 だってみんなが頑張った成果なんだから。嫌なんて感情は湧かない。

 

 まだまだやらなきゃいけないことはいっぱいある。

 けどまずは一歩。

 未来への、復興のための一歩が踏み出せた。

 この調子で頑張っていこう。

 

 でも今はちょっと休ませて……。

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