『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第24話【そぞろ雨 次の季節の不安とともに】

 遠くからかすかに聞こえる物音。

 私の脳はその物音を 睡眠を遮る雑音として捉え、今まで続いていたリズムを途切れ途切れに切り離していく。

 

──そろそろ起きないと。

 

 眠りの底らへんでふよふよと漂っていた体が、徐々に浮かんでいく感覚がやってきた。

 さっきまでの場所の感覚がどうも名残惜しくて、手足をバタつかせてみても一向に元いた所には戻れなくって──

 

 

「とーもーちゃーん!」

 

「ぅぶへっ」

 

 急激に夢の世界から押し戻された私の口から空気が漏れる。

 突如として上からのしかかってきたものにお腹を圧迫され、喉からは変なところに唾が入ってむせる。

 息を押し出された状態での咳はつらい、とてもつらい。

 

 涙目になりながらも、私に攻撃してきたモノの正体を確かめようと目を開けてみると、それは明だった。

 

「ケホケホっ! ヤバいむせた……。あ、明……?」

 

「うん! おはよー!」

 

「あーうん……おはよー」

 

 起き掛けにタックルされた私の気持ちなんて気にも留めない様子のにこやかな笑顔。

 こんな笑顔の子を叱るのも躊躇われたから、次から気を付けてねと軽く注意するだけに止めておく。

 あー無理矢理起こされたからちょっと頭痛い。

 そんなに寝てた気はしないけど、どのくらい寝てたんだろう?

 

「明、今何時?」

 

「えっとねー、2じ」

 

「わぁもうそんな時間か」

 

 見事にしっかり昼寝を決め込んで、1時間半も寝ちゃっていたみたいだ。

 そのおかげで体の疲れもかなり取れて、肩を回してもダルさを感じない。

 回復力もかなり強化されているみたいで、この調子だとどんな疲れも1回寝れば全回復しそう。

 

「うんうん、よし! 復活!」

 

 まだ少しぽやっとしている顔を両手でぺちんとはさんで眠気を弾き飛ばす。

 ひんやりとする手に寝ぼけた顔の熱が吸収されていく。

 さっき出てきた涙もきちんと拭いて視界をすっきりさせる。

 気合を込めたところで、起こしてくれた張本人の方を見て、

 

「そういや明は何しに来たの? 明もお昼寝?」

 

「ううん。けしゴムとりにきたの。かん字のおべんきょうしてるんだー。ねてばっかの ともちゃんとはちがうんだよー」

 

「ね、寝てばっかじゃないよ。お姉ちゃんだって、ちゃんと働いてますー」

 

 ちょっと困った妹の認識に、姉としてしっかり訂正を入れておく。

 

 

 私たちが外で掃除/埋葬の作業をやっている間、その他の人たちが何もやっていなかったわけじゃない。

 8階の人たちはまだ心理的に8階を移動したくないそうだから その階だけの清掃を頼んだ。

 他の動ける人たちは、デパート内の掃き掃除だったり資材の点検だったりをしてもらった。

 

 そして私や明くらいの小さな子たちは”勉強”をしていた。

 

 私たちのスローガンは『夜空を楽しめる 平和な世界を取り戻そう』。

 その一歩として、子供たちには少しでも軽くでもいいから学生という日常を与えてあげよう という親心の下、勉強をしようという流れができた。

 幸いここはデパート。本屋も入っているから勉強する教材には困らない。

 辞書も単語帳も、よく分からないけど赤本?なんかもある。赤い本とか読みにくそう……。

 それとも手のマメが潰れるまで勉強させられて、白い紙が血で赤く染まるくらいの呪いの本っていう意味なのかな……。怖。

 

 私たち子供にとっては、喜ばしいのか喜ばしくないのかよく分からないその勉強の流れは、意外にもすんなりと浸透していった。

 基本的にここにいる子は親子でそろっている人がほとんどで、大体の子が自分の親に勉強を教えてもらっている。

 

 そしてこの流れは明にはぴったりで、今は勉強に励んでいる。

 髪の色が茶色だから、という偏見のせいで、今まで学校に行けていなかっただけで、元々うちの明はできる子なんだ。

 同世代からの偏見がほとんどないこのデパートでの勉強のおかげで、始めたばっかなのにもう1年生の漢字をマスターしようとしている。

 

 さすがにここまで覚えが良いと、明の頭が良いのに加えて、教わっている先生が優秀なのではという可能性がふと頭に思い浮かんだ。

 

「そう言えば明は勉強誰に教えてもらっているの? マコトがいるのは知ってるけど」

 

 日常的な会話なのに、どうしてか明は少し目を泳がせて、

 

「え、えーっとね……ないしょ!」

 

 と、まさかの回答拒否の意を示してきた。

 

「なんで内緒なのよ。明がお世話になってるならお礼もしたいし、気になるでしょ」

 

「ダーメ! ないしょなものは ないしょなの!」

 

「え~どうしてよ」

 

 腕で大きくバツ印を作られてしまった。

 明を教えている人に私の勉強も見てもらえれば、少しは頭がよくなると思ったのに。なぜだか内緒にされちゃった。

 今までこんなことはなかったのに。んー何でだろう。

 

 ……あっそうか! さては明、かっこいいお兄さんか誰かに教わっているんだな。それで、そのことを私に知られるのが恥ずかしいから内緒にしていると。

 一瞬目も泳いでいるように見えたし絶対そうだ。

 は~、そりゃ勉強も捗るわけだ。うちのクラスにも、先生がかっこいいからっていう理由で勉強頑張っている子いたし。

 

「あーうんうん分かったよ。なるほど、そう言うことなら大丈夫だね」

 

「?」

 

 私の納得したことに、首をかしげてよく分からないといった表情でこちらを見てきているけど、きっと照れ隠しだろう。

 あんま根掘り葉掘り聞くとかえって怒られそうだから、これ以上の詮索は今日のところはしないでおこう。

 

 

 ちなみに私はその勉強の流れに入っていない。

 なにせ唯一バーテックスと戦える存在なんだから、勉強よりもやらなきゃいけないことがある。

 ここだけの話、勉強がちょっと苦手な私にとっては、ほんの少しうれしいことでもある。

 とはいえ仕方ないと言えば仕方ないんだけど、全部無事に終わった後のみんなとの学力差に今から震えが止まらない。

 中学生の勉強はさらに難しいっていうし、ちゃんとついていけるのかな……。

 

 考えていると何だか恐ろしくなってきたから、私も自分の仕事をしに行こう……。

 

「それじゃ私もそろそろ行くから。明もお勉強しっかりね」

 

「うん! ばいば~い」

 

 先に下りていった明に手を振ってから、私も次の作業の準備を始めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 下の階に降りると、もう既に作業に取り掛かっている初老の男性がいた。

 段ボールを一定の大きさにハサミで切断して窓にあてがっている。

 

「遅くなりました」

 

「おお来てくれたか! なかなか来ないから心配していたよ」

 

「すみません。ちょっと昼寝をしちゃいまして……」

 

「結構きつい仕事だったからね。仕方ないよ。寝てるところ起こしちゃって悪いね」

 

「いえ! 私も手伝いたいですし、気にしないでください」

 

「じゃさっそくだけど、これをあそこに貼ってきてくれ。この段ボールと一緒にね」

 

「はい分かりました」

 

 指さす先は、ガラスのない窓から風に吹かれた雨がデパート内に入り込んでしまっていた。

 

 午後の作業はコレ。簡単に言うと、雨漏り修理。

 特に割れた窓ガラスを塞ぐ作業だ。

 今まで雨が降ってきていなかったから、虫も少し入ってくるけどそのままにしている方がかえって風通しの良い穴として使えていた。

 けど今やご覧の通り、雨が侵入してくる格好の通り道になってしまったから、急いで塞がないと床が水浸しになっちゃう。

 

 窓の大きさに合うように段ボールを切って、危なくないようにタオルを一枚あてて、その上から段ボールを被せて、っと。

 周りをガムテープで風で飛ばされないようにしっかり固定して。そして最後に、すぐに取り外せるようにガムテープの端をくるりと折り返してっと、

 

「よし、1枚目完成!」

 

「いい感じだね。だけどここではそれが最後の1枚だ。1階が終わっていなくて人手が欲しいと言っていたから、そっちをお願いしてもいいかな?」

 

「あっはい分かりました」

 

 どうやら本当に遅れて来ちゃったみたい。

 

「私はもう年だからすぐに疲れちゃうけど、君は本当に元気な子だね。私もあの夜、君から元気を分けてもらったうちの1人でね、応援しているよ岩波さん」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「頑張ってくださいね」

 

 あの日から誰かを手伝うたびに、似たような励ましの言葉をかけられるようになった。

 面と向かって応援されるのはやっぱり照れる。かといって手紙をもらっても、それはそれでとても困っちゃうんだけど。

 

 

 

 1階に行ってみると、何人もの人たちがせわしなく窓ガラスの修繕に勤しんでいた。

 この階はデパートの1階ということもあり、大きいガラスの壁がたくさんあってそれの多くが割れていたから大変な状況になっている。

 こんな状況なのに、よくもまあ寝ていられたなと自分で自分を叱りたくなるけど、そんなことより早く参加しなきゃ。

 

「私も手伝います」

 

「ありがとう! って誰かと思ったら岩波ちゃんじゃない」

 

「はい。遅くなりました。今上の階もやってきて、後はこの階だけです」

 

「そうなの。じゃ岩波ちゃんも来てくれたことだし、みんな! 最後のひと踏ん張りがんばろー!」

 

「「おお~!」」

 

 私が来るとみんなの作業の勢いが増すのも最近の傾向だ。

 必死にお願いしたおかげで呼ばれはしなくなったものの、本当に物語の「勇者」みたいな扱い方に未だ慣れないところがある。

 クラブの部長をやっていなかったら今頃今以上にてんてこ舞いだった。

 

 そう思うと、クラブでの思い出が一瞬フラッシュバックされる。

 

 そんなに頼りにならないことは分かっているだろうに、楽しそうに『部長』『部長』と何かと声をかけてきた後輩たち。

 その様子を見て、笑いながらも助けてくれたクラスのみんな。

 対戦成績だって6年生では1番下なのに、面白がって団体戦で大将のポジションを任命してくる先生。

 みんな、元気にしてるかな……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 みんなの協力もあって、それから何時間かかけてすべての窓を塞ぐ段ボールの壁が完成した。

 これで今度からの雨はこれを使えばすぐに雨風を防げるようになる。

 後から遅れて参加した私でも疲れたんだから、最初からやっていた人は床に倒れて寝転がってしまっている。

 けど今回はそんなに強い雨でもなかったからよかった。

 

 これから先、季節は”秋”。

 台風だって来るかもしれないし、今はまだ夏で暑いけどこれからは段々と寒くなってくる。

 ボーっとしてる暇なんてない。頑張らないと。




寝たら大体元気になる子。
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