カラオケ。
少年少女だけではなく幅広い年齢層から人気の楽しい遊び。
どれだけ大声を出しても、言っちゃえば楽器を鳴らしたって誰にも迷惑が掛からない特別な場所。
いつも遊ぶ時よりもずっと狭い空間で友達と遊ぶ、ということが人気の理由かもしれない。仲いい人ほど一緒にくっついていたいという気持ちはよく分かる。
私もたまに後輩ちゃんたちと一緒に学校帰り行ったことがあるけど、タイミングが合わないのか、なかなか歌うことができない。
最初の頃はみんなと一緒に歌ってたんだけど、だんだん『先輩はマイクよりもジュースの方が似合いますよ!』とか言われてマイクの代わりにジュースを持たされるようになった。
おいしいからチビチビ味を楽しみながら飲んで、飲み終わってさあ歌おうと思ったら『コレもおいしそうですよ!』とマイクに手が届くよりも先に、別のおいしそうなジュースを後輩ちゃんが持ってきてくれる。
わぁおいしそう! と思ってまたジュースを飲んで、だいたいそれの繰り返し。
そして、そんなこんなをしているうちに帰る時間になっちゃって歌えない、という感じだ。
だから私にとって、カラオケというものは身近な存在だけど、ちょっと遠い存在みたいなもの。
けど別に歌わなくっても後輩ちゃんたちとのお話も楽しいし、歌を聴くのも飲み物もおいしいから今の距離感が心地いい。
そんなことを友達に喋ったら、それはカラオケじゃない、って言われちゃったけど……。
そんな懐かしい記憶を思い出しながら、ところどころ剥げてきている青い看板を掲げたカラオケ屋さんを見つめる。
なかなか年季が入ってそうなお店だな。第一印象はそんな感じで、可もなく不可もなくな評価を勝手に押し付けていく。
先陣を切った鈴さんに続いてぞろぞろと入っていく。
「外観はちょっとアレだったけど、やっぱり中は大丈夫みたいね。まああんな巨体がこんな狭い店の中には入り切らないか」
「完全貸し切り状態。今なら歌い放題だな」
「電気無いんで、歌ってもBGM無しでテンション上がんないっすけどね。飲み物も飲み放題ですよ」
「あ! これこれ。私のおススメなんです。へー、なかなか無いのにこんなところにあるんだー」
ドリンクバーの列の一番端っこにある私のお気に入りの飲み物を指差す。
このカラオケ屋さんは年代物のお店だからところどころがかすれたりしている。特にメロンソーダとか色がはげ落ちちゃってる。
けどこの飲み物のボタンは、ほかの押しボタンと比べて、ひときわ新品感がある。まるで誰も押したことが無いみたいに。
「……バナナおしるこ? え、なんすかコレ」
「とんでもない組み合わせね。罰ゲーム用なんじゃない?」
「違いますよ! れっきとした飲み物ですって」
「これが、か……。なんで混ぜちゃったんだ」
「私も最初は、なんだこれは? って思ったんですけど飲んでみたらおいしいんですよー。ぜひぜひ」
以前、後輩ちゃんが持ってきてくれた珍品を紹介してみたけど、みんな難しい顔をしている。
「わ、私は遠慮しとこうかな……」
「僕もやめておくよ……」
「いやーこれはないですね」
「えーホントにおいしいのに」
私の主張空しくあっけなく振られてしまったので、仕方なく私1人分のコップだけ用意して注ぎ込むことにする。
小豆色に染まった液体と小豆のつぶつぶがコップに注ぎ込まれているのを眺めている間に、3人は各部屋の中を見まわって、いないとは思いつつも人がいないかの確認をしている。
それから部屋の内側から大声を出して、外に漏れていないかのチェックをしているのを横目で見ながら、コップ一杯にたまり切ったドリンクを飲み干す。
「少し古びているから心配だったけど、これならみんな使えそうね」
今日ここに来ることにしたのは、デパート旭のみんなのため。
私たちの中にも家族を失った人は大勢いる。いくらあの日から何日も経過したからと言っても、まだたった数日前のこと。
自分を名前を呼ぶあの人の声、手を握ったときに感じたあの人の温もり、話しているときに見せるあの人のくしゃっと笑った顔。どれもこれも忘れるにはあまりにも短すぎる。
最近の私たちのがんばりに影響されて、少しずつ前を向こうとする人が増えてきたけど、まだまだ頑張れない人はいっぱいいる。
しかも私たちは今、ほぼ他人同士の関係性で一緒の共同生活をしている途中だ。
悲しいことだけど、中には自暴自棄になってマイナス発言ばかりを繰り返したり、なんだかずっと一人でぶつぶつ言ってる気味の悪い人がいる。
親しい人の死を悲しみたいのに、うるさいから迷惑だ、泣くんだったら出ていけと怒鳴ってきたりする人もいる。
うちの明だって普段は明るく振る舞っているけど、夜一緒に寝るときはあの日見たおじいちゃんおばあちゃんのことを思い出して涙を浮かべることもしばしばだ。
そういうストレスがなにかと溜まってしまう環境にいるせいか、少し体調が悪くなってきた人が出始めてきた。
今と違う環境でリフレッシュしたい、大きな声を出して発散させたい。
そんな願いを聞いた私たちはすぐさま行動に移した。周辺のことが載っているマップを広げると、近くにカラオケ屋さんがあることが判明し今に至る。
「思っていたよりもスペースも部屋数も多いし、安全面を考えないとだけどかなりの人数が入るな」
「けど連れてくる頻度も考えないとですね。なんならボク、あっちじゃなくてここで暮らしたいくらいっすもん」
「確かに子供だったら勝手に来ちゃうかもしれないわね。口も軽いだろうから大勢連れてきちゃうかも」
「その辺もしっかり考えないとな」
厨房でコップを洗っていると、そんな話が聞こえてきた。おいしかったから2杯も飲んじゃった。
「あれ? 灯ちゃんは?」
「おーい岩波君どこだい」
「あ、はーいこっちでーす」
「こっちにいたの。どう、おいしかった?」
「はい! 大満足です」
「それはよかったわね。私はいらないけど。さ、みんなも待ってることだしそろそろ帰りましょ」
「もう1杯くらい飲みたいですけど、また次の時にします」
みんなを連れてくるときは私の同行が必須条件なんだからその時にまた飲もう。
久しぶりに味わったお気に入りの味を噛みしめて、私たちはカラオケ屋さんを出て帰路に就いた。
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「せっかくカラオケに行ったんだし、1曲くらい歌っておけばよかったなー」
「そんな悠長なことをやっている時間は無いのは分かってるだろう」
「それは分かってるけど、でもここ最近は忙しかったから中々行けてなかったのよねー」
「皆さんて普段何やってるんですか?」
そこまで急いではいないから、自転車には乗らずにひきながら歩いている。
そういえばこんだけ一緒にいるのに3人の普段の様子をあまり知らない。
ええっと鈴さんは確か、デパートの受付だっけ?
「私はあのデパートの受付をやっているの。最初に会った時に話したっけ?
まだ入社1年目で覚えることが多くってね、受付だからフロアの説明とかしないといけないから細かいところを覚えに休日返上でよく旭に来て。大変だったなぁ」
そう言ってどこか遠い目をしている鈴さん。
大人は宿題とかが無さそうだから、私たち子供と比べて楽だと思ってたけど休みの日にも働かないといけないのか。
早く大人になりたいと思ってたけど、休みの日くらいぼーっとしていたいからもう少し子供のままでいいかも。
「僕は保険会社で営業をしているよ。いろんなとこを受けたんだけど、たまたま受かったのがそこだけだったんだ。僕も保険には興味が無かったから最初の頃は覚えることがいっぱいだったよ」
「ボクはお2人とは違って普通の大学生っすね。コンビニでバイトしながら演劇のサークルに入ってます。けっこう楽しいっすよ」
「演劇なんてやってるんですか!? それにペラさんがまじめに働いている所なんてあんまり想像できない……」
「わあすごい言われようっすね。コンビニにはいろんな客が来ますから、それを見ているだけですごく人の勉強になるんすよ」
「あー確かに、私はお客様よ! みたいな人もいるの?」
「そんな人はさすがに……と言いたいところなんですけど、これが意外といるんですよ」
「えーテレビみたいじゃない。じゃ、じゃあさ、強盗は来る? 有り金全部よこせ―みたいなやつ」
「いやー、それはまだ来てないですね。ていうか蛍井さんてなんかアレですね、考え方が子供っぽいっていうか」
「ハハハッ、子供だってさ鈴」
「ちょ笑わないでよ! いいでしょ想像するくらい。ねえ灯ちゃん」
「わ、私ですか!?」
唐突の不利に言葉がつっかえる。
私から見てもちょっと子供っぽいなとは思ったけど、でも私だって一度は聞いてみたい質問でもあるしな……。
「えーっと、そうですね……あっ、見えてきました。そろそろ着きますよ」
うまく言葉が思いつかなかったから、ちょっと強引だけど話題を変えることにした。
本当にデパートが見えてきたんだし間違ったことは言っていない。
「そこは、そんなことないですよって言って欲しかったところよ灯ちゃん」
「小学生の岩波君にまではぐらかされたってことはそういうことだな」
「そんなはずないわよ、ね?」
「お、誰か出てきたみたいですよ」
言われた通り入り口の方に注目していると、確かに誰か出てきていた。
見てみると、最初に出てきたのは明。その後ろから少し遅れてマコトが出迎えてくれた。
「おかえりーともちゃん! 上からみえたからきたよー!」
「はーいただいま。いるの私だけじゃないんだけどね」
「みんなおかえり。何か収穫あったんですか?」
「ああ真君。ちゃんとカラオケボックス使えそうだったよ」
「それはよかったです。これで少しは空気が良くなるといいんだが」
今回のカラオケの件を提案してきたマコトが安堵の表情を浮かべている。
マコトは荒い言葉遣いとはあまり想像できないけど、親世代の人に人気で、そういう愚痴を聞く機会が豊富だった。
多分反抗期の息子みたいで可愛いく見えるんだと思う。
私だったら自分の子がこんな子だったら大変で嫌なので、親はみんなすごいと思う。
そんな話をしていると、もう1人こっちにくる人影があった。
誰だろうと思っていると、
「『葵』〜、そんなに急ぐと転んじゃうわよ〜」
「な、どうして……?」
ここで1番聞きたくない声と共に、降りて来るはずのないあの人が入り口から現れた。
テキトーにバナナおしるこってパッと思いついたのを書いてみました。
試しに調べてみると本当に存在しててビビりました。しかもちょっとおいしそう。