人とのつながりで大事なのは、血がつながっているとか一緒に過ごしてきた時間の長さ、とかじゃなくって”関係線”の太さなんだと私は思っている。
関係性ともちょっと違う関係線。
血が繋がっていたって家族を大事にしない人はたくさんいるし、逆に血がつながっていなくっても仲のいい家族がたくさんいるということはよくテレビで見たことがある。
まったく血がつながっていないのに、地元から遠く離れた場所の食堂にいるおばちゃんを”お母さん”だの”お袋”だのと呼んだりしたり、ただとても仲がいいってだけで”兄弟”だと自称したりする。
初めて会った人なのに、ほんの一言二言話しただけで、まるで何年も一緒だったかのようにはっちゃけたりする。
だから血のつながりなんて、人とのつながりを表すのにはあまりピッタリじゃないと思う。
それに意地悪なことを言うんだったら、輸血をした人は一体どうなるのか。
血を重要なものとして見るんだったら、他の血が混ざっちゃう輸血なんかは、そう見る人たちにとってはあまり良くないものになってしまう。
多分その人たちにとっては、そういうことじゃなくて血というのは魂みたいなものだ、とか言うんだと思うけど、でも私は結局は同じことだと思っている。
関係性だってそう。
ひとくくりに”友達”と言ったって、表面上の友達、友達と言えるのか自信が持てない友達、まるで家族のように笑い合える友達、と一言では言い尽くせない関係がある。
特に女の子にとって、関係性の把握はとても重要なことだ。誰と誰がどうなっているのか、がとても大事になってくるし私自身も気になるところ。
間違って踏み込んじゃったりすると面倒なことになるから、毎日が情報戦で結構疲れる。
でも私たちが日々戦っているこの関係性はとても曖昧で目に見えないものだ。具体的ではないものでつながっている感じで揺蕩っていて、風が吹けばあっという間にぷつりと切れてしまいそうな代物。
だから私は自分の解釈として、その関係性に”太さ”を付け加えることにした。それが関係線。
過ごしてきた時間とか、相手を想っている熱量とか、その人を気にかけたい気持ちとかそういうものを全部ひっくるめた、総合的に判断したその人に対する心持ち。
”愛”という言葉は使うべき時に使いたいからあまり多用はしたくないけど、でもそんな感じ。その人をどれだけ愛しているか。
そしてその上からラベルみたいな要領で、関係性を貼り付ける。こうすればちょっとやそっとのことでは揺らがない関係線の出来上がり。
イメージとしては矢印みたいなものだと思うと理解しやすい。
これに慣れてくれば、喋り方とか接し方とかで大体の関係線の太さが分かってくるようになる。
つながりの太さは想いの丈の大きさ。それが強ければ強いほど相手を信じられるし、その時の感情を分かち合いたいと思っている証拠になる。
──だから。
「あっ、
明からあの人に向けられる関係線の太さを感じた時、私は目の前で起こっていることが何なのか、しばらくの間理解ができなかった。
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「仲のいい灯ちゃんに会いたい気持ちも分かるけど、あんまり急ぐと転んで危ないでしょう」
「だいじょーぶだよ」
「そう? お母さん心配だわぁ」
「皆神さん、その、外に出てて大丈夫なんですか?」
恐る恐るといった様子で、固まっている私に代わって鈴さんがそう尋ねてくれた。鈴さんは私が皆神さんのことをよく思ってないのは、あの場に居合わせていたから知っている。でも、
「そうですよ皆神さん。どうしたんですか?」
「どうしたって、子供がいるところに親がいるのは別におかしなことではないですよね」
「確かに、皆神さんからしてみれば明ちゃんは娘さんみたいなものっすよね」
居合わせていない組の布川さんとペラさんは、のん気にあの人とおしゃべりしている。
「空の下ですけど、体調は大丈夫なんですか?」
「ええ。この子といると気分が悪いのが少し治まるのよ」
「おおそうなんですか! 子供はいろんな力を与えてくれるって言いますしね。天恐にだって対抗できるかもしれないですね、なあ岩波君」
「えあ、あはい……そうですね……」
「2人ともちょっとこっちに来て」
話を振られても今はうまく答えられない。
見かねた鈴さんが、布川さんとペラさんを引っ張って事情を2人に説明してくれているのが思考の片隅に捉えられた。
「ど、どうして明はあの人と一緒にいるの……?」
私は振られた話には答えずに、傍にいる明に慎重に尋ねた。
「あの人って、おかあさんのこと?」
「明。 あの人はお母さんじゃないでしょ」
「で、でもそうよんでほしいって……」
「呼んでほしいって……」
もう訳が分からない。こんなひどい呼び方を明に強要しているなんて本当に頭がおかしい。
明は見ていないから知らないだろうけど、よりにもよってお母さんだなんて……。
「皆神さん。あなた私の妹に何吹き込んでるんですか!」
「何って、お母さんをお母さんと呼ばせて何がいけないの?」
「は、は~!?」
思わず頭を抱えてしまう。
あーもうだめだ。あたまおかしい人には何を言っても通じないって言うことがよーく分かった。
この人が何を考えていて何のために行動しているのか、鈴さんにも言われたから理解してあげようと思ったけどやっぱり無理だ。
この人と一緒にいたらこっちまで訳が分からなくなりそうになる。
今わかることは、この人と明を同じ空間にいさせてはいけないってことだけ。でもそれで十分だ。
「明ほら早く帰ろう」
「え、でも……」
「灯ちゃん、明と遊びたい気持ちは分かるけど、明は今お勉強中だからまた後にしてくれる?」
「勉強中って、まさか明この人に教わってるの?」
「そうだよ? マコくんといっしょに おべんきょうしててね、すんごく分かりやすいんだ~」
「マコトもいてなんでこんなことになってんのよ……」
私の荒れる気持ちなんて露も知らない様子であっけらかんとそう答えた。
てっきり教わっているのはマコトだと思っていたのに、まさかマコトも一緒になってこの人に学んでいるとは。
よく話を聞かないでマコトだと勘違いしてしまったあの時に戻って止めてあげたい。
「とにかく今は──」
「危ない!!」
突然の男の人の大きな声に驚くのもつかの間、横から来る軽い衝撃。
立った状態の私はその衝撃に思わず尻もちをついてしまう。更に手の突きどころが悪くて、刺さらなかったけど小石が手のひらに食い込んだ。
「痛っ。今度は何!?」
「う、うぅあ……」
すぐ右側から聞こえる布川さんのうめき声。どうやら私を突き飛ばしてくれたのは布川さんみたいだった。
そしてすぐに目の前に広がる白い影。
不可思議に宙を浮遊していて、その大きな口のようなものをカチカチを噛み合わせて音を鳴らしている異形のバケモノ。
音もなく接近していたそれは、私たち人類の天敵ともいえる存在・バーテックスだった。
混沌としたこの場に、更に白の色が加わった。
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「光! 大丈夫!?」
必死な表情で駆け寄る鈴さんを守るように鍬/カネアキをバーテックスに向かって慌てて構える。
どうして、よりにもよってこんな時に。目の前のことに集中しすぎた。警戒を怠ってしまった。
私たちがいるのは仮初の安全地帯なだけであって、いつこのようなことが起きるか分からないって分かっていたのに……!
小規模のパニック状態に陥り、いろんな感情が生み出されていくのを、力を開放することによって強引に抑え込む。
頭の中で絡み合っていた糸がどんどんほぐれていくかのように、思考が次第にクリアになっていく。
まずは一番重要な現状の把握から始めよう。
私をかばって吹き飛ばされた布川さんは、一目見たところ致命的なケガは負ってはなさそう。
でもバーテックスにぶつかった右側の腕からは血が出ていて、操り人形みたいに変な方向を向いてしまっている。
「ペラさん! 鈴さんと一緒に布川さんを担いで逃げてください!」
目の前にいるバーテックスは全部で4体。
私1人だったらそこまで難しい数じゃないけど、今は勝手が違う。
まず戦い始める前にみんなを避難させないと。
そう思いペラさんに指示するも、一向に動くような気配がない。立ちすくんだ状態でただバーテックスを見上げていた。
「あのペラさん聞こえてますか!?」
「……あぁやっぱり、
バーテックスを睨みつけながらゆっくりと横歩きでペラさんに近づき肩を揺するも、返ってきたのはか細い声で呟かれる独り言。
そして私の揺さぶりに何の抵抗も踏ん張りもしなかったペラさんは、揺さぶりに従ってそのまま崩れるように座り込んでしまった。
「ああもう、天恐持ちじゃないんじゃなかったの!?」
戦力になると思っていた人が動けなくなってしまって、つい口調が荒くなってしまう。
それに加えて、天恐持ちの皆神さんは当然のようにうずくまっていた。
「ああぁ! 頭が、い、痛い……ううぉえ……」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、頭を押さえながら嘔吐を繰り返している。
そんな背中をオロオロとした様子で擦る明。
そんな人のことなんて気にしないで早く逃げてほしいという悪い感情が思わず出てしまう。
そうこうしている間にもバーテックスはユラユラとこちらに近づいてきている。
前方には4体のバーテックス。
意識が朦朧としている布川さんと、涙ながらに必死に呼びかける鈴さん。なぜだか急に行動不能になったペラさんに天恐持ちの皆神さん。
そして私の妹、明。
致命的なまでに私以外の戦力が足りない。
更に極めつきに悪いのが、私たちが今いる場所。
そう、さっきまで私たちはデパートの入り口付近で話していた。だから私がこの場から逃げてしまうと、今度はデパートのみんなに危険が及んでしまう可能性がある。
もしかしたら騒ぎを聞きつけてデパートから出てきてしまうかもしれない。そうなったらもう最悪だ。
逃げることも、出来れば避けることさえも躊躇われるこの戦局。
正しい選択をしないと大惨事になってしまう。
鍬/カネアキを握る力が自然と強くなるのを感じた。