『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第3話【なくなる時は一瞬で】

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

「はい、お粗末様でした」

 

「ふぃ~おなかいっぱい。もうたべられないよ~」

 

「じゃあ明の分のケーキは私が食べちゃおっかなー。もともと私の誕生日ケーキなんだし」

 

「ダメ―! あかりのケーキ!」

 

「うわあ!」

 

「ふふっ、2人とも本当に仲良いわね」

 

 夕飯を食べ終わった私たちは、もうすぐ到着するだろうケーキに心を躍らせていた。明は、自分のケーキは取らせない、と私に覆いかぶさってきた。

 

「わっはっは。デザートは別腹というやつか、明ちゃん」

 

「べつばら……? うーん、よくわかんないけどそう! べつばら!」

 

「それでは食べ終わったことだし、食後のお茶でも淹れてきましょうか」

 

「あ、おばあちゃん。私も手伝うよ」

 

「おや、それならお願いしようかね」

 

「これからしばらく泊めてもらうんだから、これくらいはね」

 

 

 そう言って明をお腹の上からどけて立ち上がろうとした瞬間。

 

 

 

──凄まじい地響きとともに地面がうねりを打った。

 

「じ、地震!? っと、うわっ!」

 

 ちょうど立ち上がろうとした矢先の揺れで、体を支えきれずに尻もちをついてしまった。

 

「こいつぁ大きいぞ!」

 

「あわわわわ……」

 

「明ちゃんしっかり! 2人も早く机の下に隠れて! お爺さんは玄関を!」

 

「ああ分かっとる!」

 

「気を付けて、おじいちゃん!」

 

 もし建物が歪んで外に出れなくなったら困る、と玄関の扉を開けに向かってもらう。ふらつきながら行くおじいちゃんに背を向けて私たちは机の下にもぐった。

 6人で同時に食べても大丈夫なようにと大きな机を用意していたので、3人入ったくらいじゃそこまで狭く感じなかった。

 揺れは10秒か20秒か、そのくらい続いた。

 

「いやー、今までで一番強い地震だったね。明、大丈夫だった?」

 

「うう~。ちょっときもちわるい……」

 

「何か落ちてくるかもしれないから、2人ともまだここにいてね」

 

「うん分かった。おじいちゃんは大丈夫だったかな?」

 

 

 外に出ていったおじいちゃんが心配になり、頭を玄関のほうへ向ける。

 

「おじいちゃーん大丈夫?」

 

「ああ、こっちも大丈夫だ。しっかしすごい……ん? なんだあれは?」

 

 よかった、おじいちゃんも無事だったみたい。あれだけの大きな地震で誰も怪我をしなかったのは運が良かった。

 しかし、何を見つけたんだろ?

 

「星が、動いている……? いや、降ってきているぞ!」

 

  突然のおじいちゃんの真剣な声にみんなして驚く。降ってくるって何が?

 

「何だこいつらはッ! ぐっ、ぐおおおおぉぉ!!」

 

 おじいちゃんの悲鳴が響き渡った。え、何? 何が起きてるの? 襲われてるの? 何に?

 地震から間もない非常事態に頭が混乱してしまう。隣を見れば明も同様に目を回している。

 

 そんな中、いち早く混乱から抜け出したおばあちゃんが机の下から飛び出た。

 

「2人はここに隠れてて! お婆ちゃんはお爺さんを見てくるから」

 

「ちょっ、おばあちゃん!」

 

 私の呼び止める声にも応じず、一目散に玄関に向かっていった。

 

 と、そこへ。

 

 

 

──轟音とともに白いバケモノが屋根を食い破って突入してきた。

 

 

 それは、今まで見たことのない生き物だった。

 いや、これは生き物と言えるのだろうか。

 私の何倍もある大きさ。人を丸呑みできるほどの巨大な口。目や耳などの器官は見受けられず、例えるならば深海生物のような、そんな造形。

 普通に考えれば地を這いずり回っていそうな見た目だけど、物理法則を無視してふわふわと宙に浮かんでいる。

 本能的に、私たちとは住む世界が違うバケモノだと感じ取れた。

 

 咄嗟におばあちゃんへと手が伸びる。

 

「に、逃げて! おばあ」

 

 

 『べちゃ』

 

 

「ぁちゃん……」

 

 

 あっという間の出来事だった。瞬きしていたら見逃してしまっていたような一瞬の光景だった。

 空からやってきたバケモノはそのまま地面に突っ込んで、たまたまその下にいたおばあちゃんを押しつぶした。

 

「ーーあっ」

 

 と同時に、生暖かい何かが頬に飛び散ってきた。空中で止まっていた手を動かし拭ってみると、赤い液体。鼻に近づけると錆びた鉄の臭いがした。

 同様の液体が先ほどまでおばあちゃんがいたところから中心に流れている。じわりじわりと赤の面積が広がっていく。

 あちこちの地面に、さっきまではなかったシミができている。

 

 ”血”。そう認識するのにあまり時間は経たなかった。

 

 

 

「ともちゃん、どうなって」

 

「駄目! 顔を上げちゃ駄目!」

 

 伏せていた顔をあげようとする明の頭を無理やり下げさせ手で口を覆い、気づかれないよう小声で鋭く注意する。

 バケモノは近くに誰かいるのは分かっていても、どこにいるかまでは分かっていない様子だった。

 

 ゲームの中でも見たことのないような光景を目にし、混乱が極まって逆に落ち着いてきてしまった。もちろん本当は全く落ち着いていないけど、この極限の状態を使って状況の把握に努める。

 現実離れした出来事で、今起こったことも理解が曖昧になっている。この状況下ではむしろありがたい。

 今きちんと理解してしまったら、私は使い物にならなくなってしまうだろうから。

 

 

 壁ごと天井が壊されたおかげで、ここからでも外の様子が見えるようになっていた。

 机の下から顔を出し空を見上げると、目の前にもいるバケモノが夥しい数で空から降ってきていた。机がなかったら上から丸見えだったことを想像し冷汗が流れる。

 

 とにかく今はこの状況からどうにか脱出しないと。顔を引っ込めて打開策を練る。

 まずは目の前にいるこのバケモノの注意をどうにか逸らして、それから……。

 

 

 

 前を向いて作戦を考えていると、視界の端に腕を捉えた。

 

「えっ、腕?」

 

 このバケモノには腕もあるのか? そう思いよく見ると、遠くにいるバケモノの口に腕が咥えられていただけだった。

 ただその腕は少ししわができた筋肉のあるたくましい腕で。

 着られている服はとても見覚えのある服で。

 

 

 

 

──あれはおじいちゃんの腕だ。

 

 

 急いで外に意識を向けると、バケモノが一匹、誰かにのしかかっているのが見えた。血だまりも認識できる。

 下にいるのは恐らくーー。

 

 

 その瞬間、私の中のナニカが弾けた。

 

 

「そこからどけッーー!!」

 

 状況を知らない明を置いて机から飛び出し、外に向かって走る。武器も何も持たず、おじいちゃんを救いたいという想いだけで無我夢中で走り抜ける。

 

「と、ともちゃんどこいくの!?」

 

 普段聞かない姉の怒号に体を委縮させているのだろう、とても頼りない声。けど、この状況で不安になっている明の質問にも答えている時間は私にはなかった。

 

 ただこの胸に湧き上がる激情に身を任せ、目の前にいるバケモノに体当たりをする。

 

 

「ぐはぁっ」

 

 硬い。まるで鉄の塊。ぶつかった反動で、逆に私の脳が震える。勢いよくぶつかったのに、バケモノはぴくりともしていなかった。

 そしてバケモノは、蚊を払うよりも無造作に私を弾き飛ばした。

 

 凄まじく重い衝撃。体験したことはないけど、まるでトラックに轢かれた時みたいな痛み。

 弾き飛ばされた私は、近くにあった物置小屋まで飛ばされ、小屋を破壊し大の字で倒れる結果になった。

 

「ふあっ、ふあっあっ」

 

 ショックで呼吸しようにも、胸が痛く肺にうまく酸素が入っていかずに過呼吸になりかける。

 背中がじんわり熱い。倒れた拍子に壊れた木材が刺さったのだろうか。頭からも少し血が流れているのが感じる。

 

 もう少し当たり所が悪かったら死んでいた。その事実が興奮していた私を冷静にさせた。

 

 

 何をやっているんだ私は。武器も持たずに明を置き去りにして特攻だなんて。あの時の約束を忘れるだなんて、大切な約束なのに。妹を守らなくて、何が姉だ!

 

 

 痛みで悲鳴を上げる体を無理やり動かす。何か武器はないか。じゃないと守ることができない。

 小屋の中を見渡すと一振りの鍬を見つけた。昼間、おじいちゃんが見せてくれた神器製の鍬。それに手を伸ばして藁にもすがる思いで祈る。

 

 

──私はあまり神様を信じていないけど神様、今だけは。家族を守りたいんです。私にあのバケモノを倒すだけの力を貸してください。

 

 

 神に祈りながら握ると、ドクンと体が反応し血が勢い良く体を駆け巡った。

 吹き飛ばされた時とは違う息苦しさ。体の構造が変わっていっているかのように熱くなる。

 風邪やインフルの時とは違う、自分の存在の根底からこみあげてくる熱。

 そして感じたことのない力が胸の奥底から湧き上がってきた。

 

 

 

 何分にも感じた体の変化が終わり、気が付くと私は立ち上がっていた。

 胸の痛みが引いていて、体も軽くなっている。暴れていた心も落ち着きを取り戻していた。

 何だかよく分からないけど、今はそんなことより早くみんなを助けに行かないと。

 

 まずは一番危険な状態のおじいちゃんを助け出さないと。そのためには、アイツを排除しなきゃ。

 

「待ってて、おじいちゃんッ!」

 

 鍬を右手に小屋を飛び出し、先ほど吹き飛ばしてくれたバケモノに斬りかかる。すると体当たりした時には鉄の塊だと思わせたあの硬さが嘘だったかのようにすんなりと刃が通った。

 衝撃を覚悟していたから驚いたけど、そのままフルスイングして真っ二つに切断する。

 

「おじいちゃん大丈夫!?」

 

 バケモノを切り伏せておじいちゃんに駆け寄る。敵を倒した達成感なんて少しもなかった。

 おじいちゃんは血だまりに仰向けで横たわっていた。右の肺の辺りから食い千切られていて、既に眼はこの世に焦点が向けられていない。

 足元の液体はまだほんのり温かく、それが私には命が流れ落ちているように思えた。

 

「待っててね 今入れ直すからっ……」

 

 地面の液体を掬いあげおじいちゃんに入れ直す。出ちゃったんならまた入れ直せばいいんだ。

 できるだけ多くすくえるよう、土も削って元通りにする。

 

「まったくもう……おじいちゃんたら こんなに出しちゃって……」

 

 だけど命は私の両手からもおじいちゃんからもこぼれ落ちて、戻ってくることはなかった。

 

 

「あ、ああ……お、おじいちゃん……おじい、ちゃん……うっ、うわぁぁぁ!」

 

 こみあがってくる涙と吐き気を強引に飲み込み、叫び声をあげて明のいる方へ体を向ける。

 意識を保っていられているのが信じられないほどの絶不調。でもまだ倒れられない。まだ明が残っている。せめて明だけでも助け出さないと。

 

 そう思い、一歩踏み出そうとしたその時、

 

「うわーーたすけて!! ともちゃん!!」

 

 積み重なる不安に耐えきれなくなったのか、目を開けてしまった明は目の前にいたバケモノに驚いて、隠れていた場所から出てきてしまった。

 その声に反応して近くにいたバケモノが大きく口を開けて彼女をかみ砕こうと迫る。

 

「いい加減に、しろッ!!」

 

 これ以上家族を殺されてたまるか。地面を踏み切って、こっちに走ってくる明へと駆け出す。

 そのままぶつかるように左手で明を抱きとめ、反動で右手をスイングし、バケモノの左頬に鍬をぶちかました。鍬はそのままバケモノの顔をそぎ落とし活動を停止させた。

 

 2人の荒い息が夜の山に響き渡る。

 

「はぁ、はぁ、無事で良かった……」

 

「うう〜こわかったよ〜。ってイタ! ともちゃん せなかにき、ささってるよ!?」

 

「あーうん大丈夫。こんなのかすり傷よ」

 

 木のささくれで手を引っ掻いてしまった明はさらに混乱を深めていく。落ち着いてもらえるよう、できるだけ優しい声で語りかける。

 

「でももうちょっと待っててね。お姉ちゃんが全部終わらせてくるから」

 

「えっ!? やだまっていかないで! もう、ひとりにしないでよ……」

 

「大丈夫! 今度は必ずお姉ちゃんが守るから」

 

 そう言って、カラ元気でも無事をアピールする。本音を言えば全然大丈夫じゃないし、かすり傷でもない。

 今にも悲しみで、痛みで足が止まってしまいそうになる。でも弱音は吐けない。

 だって妹の前だから。この子が今頼れるのはもう私しかいないんだから。だから俯かない。虚勢を張ってでも前を向く。

 

「心配しないの! お姉ちゃんは強いんだから」

 

 頭をなでて落ち着かせる。昔からやっているおまじないみたいなもの。これをやってあげると明は大抵泣き止んでくれる。

 今回は笑顔は見せてくれないものの、いつものように涙をこらえてくれた。

 

「じゃ,行ってくるね」

 

「ぅん……」

 

 何とか了解してくれた明に感謝し、この場にいるバケモノを排除するため走り出す。

 まだあと4匹もいる。恐怖に負けそうになる自分を奮い立たせて、私は鍬を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それから数分後、とりあえずこの付近のバケモノは掃討することができた。

 明のもとへ帰ると、小さく体育座りをしていた。

 

「あ、ともちゃん……」

 

「ただいま、明」

 

「……ねえ、ともちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんは……?」

 

「……っ、それは……」

 

 

 こういう時、何て言えばいいのだろうか。今まで身内の不幸にあわなかったため、初めてのことでどうすればいいか分からない。

 

「もしかして……あのしろいのに、たべられ、ちゃったの……?」

 

 か細い声で、そう呟いた。

 

「……うん、そう……。2人ともアイツらに……食べられちゃったんだ……」

 

 私がそう教えると、頭を抱え込んで泣き出してしまった。右手の鍬を放り捨てて、膝をつき抱きしめる。

 

「ごめんね、ごめんね……! 間に合わなくってごめんね! 明のことは絶対絶対、お姉ちゃんが守ってみせるから……!」

 

「ううっ……、ともちゃんっ……」

 

 くぐもった大きな声で泣いている。死の概念をなんとなく理解している明は、おじいちゃんとおばあちゃんの名前を呼びながら涙を流していた。

 

 

 こんなに泣いている明を見るのはいつぶりだろうか。幼稚園の時、髪の色が茶色で不良だ、と同級生にいじめられた時以来だと思う。その時から、明は他人に対してあまり積極的な性格ではなくなってしまった。

 小学校に上がってからは、私が気にかけたり先生の協力もあったりして、いじめの勢いはしぼんでいった。それでも未だに以前のように積極的な性格は元通りになっていない。

 

 そんなことに想いを馳せながら私はしばらくの間、背中をさすって明の涙を受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時計が近くにないので分からないけど、10分ほど経っただろうか。明は泣き疲れて私の胸を枕代わりに寝てしまった。

 度重なる不安や緊張も影響しているのだろう。ぐっすりと眠って当分起きそうもない。

 そっと明を抱き上げて、できるだけ柔らかいところを探しそこに寝かせる。

 

 

 まだ明は2人の遺体を見ていない。あんなひどいのを、まだ幼い明に見せるわけにはいかない。

 

──今のうちにお墓を作っておこう。

 

 そう思い、重い体をのそりと動かす。

 放り捨てた鍬を手に取って、まずはおばあちゃんがいる家の中へと歩みを進めた。




この子のメイン武器は今のところ鍬の予定。
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