『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。

30話です。ここまで読んでくれている人は相当な物好きだと思います。
感謝。


第30話【角のように硬質化したもの】

 常人ではありえない速度で加速した私は、今までのようにバーテックスの群れの方に突っ込んでいった。

 その特攻を阻止しようと、バーテックスがその凶悪な大口を大きく開いて、私を噛み砕こうと眼前に立ちふさがる。

 子供の頃に頭の中で想像していたクマよりも大きい体躯を前に、立ち止まることなくそのまま右手の鍬/カネアキを振り下ろして一刀両断。

 バーテックスは抵抗する間もなく形容し難い鳴き声を上げ、白い粒子となって天高くへと昇っていった。

 

 以前に一度だけ、バーテックスを倒した時に出てくるこの白い粒子がどこに行っているのか追ってみたことがある。

 速い速度で上昇していく粒子を追うのは大変だった。

 結論から言うと、まるで風船のように自力じゃたどり着かないところまで昇っていっている、ということが分かっただけだった。

 人の魂も、天高くに昇っていって天国に行ってくつろいでいるという話をよくテレビで聞く。

 ということは、バーテックスもどこかに行っているのかな。どちらかと言うと、天じゃなくって地面に沈んでそのまま地獄に行って欲しい。

 

 そんなことを思っていると、後ろから2体目が襲ってきた。と同時に前からも2体。合計3体による挟み撃ち攻撃を喰らった。

 

「まずはこっちから!!」

 

 一瞬の逡巡の後、1体少ない後ろのバーテックスから対処することにする。

 本当は海外映画みたいに、上に跳んで華麗にかわしてバーテックスがお互いにぶつかっちゃう、みたいなことをやりたいんだけど、まだ練習不足でぶっつけ本番じゃさすがにできない。

 こんなふざけた想像をしているけど、手はしっかり動いてて2体、3体と次々に斬り倒していく。

 バーテックスとの戦闘の経験値も十分に溜まってきたから、思っていたよりも心に余裕を持てている。目の前のことだけじゃなくて周りにも目が行くようになった。

 

──だからこの違和感に気づけた。

 

 バーテックスの数が異様に少ない。囲まれると思っていたからそれ用の行動も考えていたのに、すぐそばにいるのは前にいた2体のうちの残りの1体だけ。

 皆神さんのところに行ったのか、と彼女の方を見てみてもバーテックスの姿はない。

 うずくまっているからまだ吐いているのかと思ったけど、ピクリともしない。どうやら気絶しているみたい。下手なことをされない分、気絶してくれているほうが安心する。

 とりあえず目の前まで接近してきている最後の1体にカネアキを当てがって斬り飛ばす。

 ってか鍬って斬るための道具じゃないんだけどね。本来は畑の土を耕すときに使うものだし。

 今も”斬ってる”って思いながら使っているけど、どちらかと言ったら”尖がったもので素早く押しつぶしたから結果として千切れた”が正しいと思う。

 

 最後の1体が天に昇っていくのを確認した後で、呼吸を整え落ち着いて周囲を見渡す。

 けれでも、やっぱり1体も見つからない。

 

「あと6体もいるんだよ!? あんなデカいの見落とすわけ……」

 

 キョロキョロしていると、影を見つけた。

 地面に大きな丸い影が映っている。でも影ができるような障害物は何もない。

 

「っていうことは……」

 

 上にいるはず。空を見上げると、思っていた通りバーテックスはいたんだけど、そこには異様な光景があった。

 バーテックス同士がお互いを喰い合っている。複数の個体が一箇所にまとまり、粘土を集めるように変形していく。

 突然のバケモノたちの異変に、しばしの間呆気にとられてしまった。

 

「なに、あれ……。気持ち悪」

 

 笑顔を作って余裕を見せようとするも、頬が引きつってしまう。

 口では軽く言ってみたものの、本能は危険信号を鳴らしっぱなしだ。

 集合体が徐々に形になっていくにつれて、圧がどんどん膨れ上がってくる。さっきまでのバーテックスが屑みたいに思えてくるほどの存在感。

 これは今すぐ倒さないと大変なことになる、それだけは確かに本能で感じ取った。

 

「けどあんな高いところじゃ届きにくい!」

 

 1回の跳躍じゃギリギリ届かない場所にいるバーテックスを倒すため、助走をつけて思いっきり壁に向かってジャンプ。

 不安になるくらい高く宙を舞った私は、隣の建物の3階近くの壁をキックしてさらにもう一段階高く跳んでいく。

 この壁キックは、力を手に入れるずっと前から練習していたから脳内イメージは出来上がっている。読んでいたマンガに壁を走っているシーンがあって、カッコ良かったから何度も練習したんだ。

 あの時は全然できなかったから、今思っていた通りの動きができてすごく気持ちいい。

 

 私がバーテックスの固まりに向かっている最中にも、集合体はその形を変化させていく。

 いや、変化じゃない。存在そのものの格みたいなものが変化……進化していっている。あれはもうさっきまでのバーテックスとは似て非なる別次元の生物だ。

 最初の生命が地球に誕生してから、およそ38億年。単細胞生物から今の私たち人間になるまで38億年もかかったのだ。

 その38億年分の神秘をバーテックスは今、私の目の前でたった数十秒で終わらせようとしている。

 

 現在、その進化率はだいたい30%と言ったところ。

 その進化の特徴として目に飛び込んでくるのは、赤色の鋭い角のようなもの。あの角からは殺意しか感じられない。

 白が主体だったさっきまでと比べて、今度は赤色が目立つようになった。

 まだ完全に進化していないうちに倒し切らないと。このままじゃ勝てなくなる。

 

「やあああ!!」

 

 カネアキの射程圏内まで近づき大きく振りかぶって──、

 

「かっったい!!?」

 

 錆びた金属音のような鈍い音が響き、角のあまりの固さに鍬が弾かれてしまった。

 腕にビリビリと反動が跳ね返ってくる。その痛みに顔をしかめていると、今度は赤い角が動きを見せた。

 無造作に行われた薙ぎ払い。

 眼で追える速度だったから、なんとか鍬を間に挟んで1クッション入れられた。

 けれど足の踏ん張りがきかない空中だったから、そのまま流れるように壁の方へ吹き飛ばされてしまった。

 

「うがっ!!」

 

 幸いなことに飛ばされた先はコンクリートの壁じゃなくって、窓ガラスだったから大惨事になることは無かった。

 床を何回かバウンドしたのち停止する。

 痛む体をなんとか起こして自分の体を見てみると、防げたと思っていた左腕に青くあざが大きく出来上がっていた。

 動かそうとしても痛くて全く動かせない。振動を与えるだけでヅキヅキ痛む。

 

「いててて、ガラスも刺さってるじゃん。しかも服もビリビリだし……」

 

 今日来ていた服は切り傷が入り、体のいたるところに小さなガラス片が突き刺さっていた。

 抜いても大丈夫そうだったから1本1本抜きながら、アイツに勝つ方法を考える。

 

 

 今アイツは私にしか興味がないから、作戦を考えている時間はあるはず。でも早くしないと進化が終わっちゃう。

 戦いの途中で進化だなんて、マンガだったらこのまま勝ちで終わるけど、負けるわけにはいかない。

 振り下ろしてみた感じ、一筋縄じゃあの角を叩き斬るのは今のままじゃできなさそう。少なくても、左腕が使えないんじゃ話にならない。

 だから取れる攻撃手段は、まだ進化していない部分に限られる。

 

「それしか、ないね。よしっ」

 

 今一度鍬をしっかり握って、入ってきた窓から跳び出す。

 進化したバーテックス、進化体は一歩もその場から動いていなかった。

 

 進化率約50%。その残りの50%を狙っていく。

 しかし当然何もしないで待っていてはくれない。風を切る音が聞こえてくるより早く、赤い刺突が飛んできた。

 でもそれは想定内。やってくる角めがけて上から鍬を振り下ろす。今回は攻撃目的じゃないからスピードは関係ない。

 その反動を活かして自分の体を持ち上げ、すれすれのところで攻撃を回避することに成功する。

 

「今度こそ倒されろぉ―!」

 

 伸びきった角はすぐには帰ってこない。今がチャンス。

 角が頭とするなら、足の方の未進化部分を斬りつけた。赤い角とは違い、サクッと斬れ落ちる。

 

「これで第一段階クリア! それでこれから……」

 

 どうしようか、と考えようとしたとき、白い部分と同時に赤い角の部分も同じように白い粒子となって分解され始めていた。

 

「な、うれしいけどどうして……?」

 

 3階近くの高さにいたところから地面に降り立って、勝利の原因を考える。

 合計6体が合体したんだから、半分斬ってももう半分が襲ってくると思ったのに倒せちゃった。

 ……もしかしたら6体が合体して1体の進化体になろうとしていたから、1体判定だったのかも。

 

 今回は進化するところから戦い始められたからよかったけど、最初から進化体で来られたらどうしよう。

 私の力じゃ、進化体には全く通じないことは身に染みて分かった。

 硬い。硬すぎる。バーテックスと戦って、私は強いと思っていたけどとんだ勘違いだった。

 拮抗はできても、その先の勝利に手が届かない。

 

 ……まあ一旦考えるのは後にしよう。

 派手に戦ったから他のバーテックスが来てもおかしくないし、こんな体じゃまともに戦えるかも怪しい。

 アドレナリンの賞味期限が切れて全身ズキズキと痛い。しかもデパートからは離れているし、帰るのも面倒。

 このまま倒れて寝てしまいたいけど、皆神さんも連れて行かないとだし仕方ない。歩くか。

 

「ふぅー。えーっと、どこにいるんだっけ」

 

 ふらふらになりながら探すと、倒れている皆神さんを見つけた。やっぱり気絶していた。

 

「うわぁ口汚れてんじゃん……」

 

 このままでは持っていけないので、ちょうど破けている服を千切ってハンカチもどきを作る。

 それで口を拭いてあげて、そのままごみはポイする。咎める人もいないんだし良いでしょ。

 

「よいしょっと。コッチもケガ人なんですからね」

 

 返答がないのは分かっているけど、それでも言わずにはいられない。

 左腕が使えないので、ここに来た時と同じように右腕で抱えて持っている。鍬は”カネアキ持ち歩き用紐”に括り付けた。

 

 勝ちとは素直に言いにくいものだった。

 みんなには進化体のことは言えないな。ただでさえみんな不安なのに、それを煽ってしまっては元も子もない。

 腕はこけたことにしようか。バーテックスにやられたことにしたんじゃ心配されちゃうだろうし。

 うまい言い訳を考えながら、私はデパート旭に帰っていった。

 

 

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