『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。
そろそろこの章を終わらせないと、終わらない。


第34話【備えても備えても、憂いはやってくる】

《2015年8月10→9月1日 デパート内》

 

 

 9月1日。

 いわゆる防災の日って言うやつだ。

 何十年か前に大地震があったからこれからは気を付けよう、と制定されたこの日は、いつもだったら長いようであっという間だった私たちの希望・夏休みが終わって渋々学校に行っている頃だ。

 学校に行って久しぶりに会えた友達とおしゃべりして、面倒だけど防災ずきんを被って校庭まで避難して、教室に帰って先生から非常食をもらってさようなら。

 私の家はしっかり防災セットを用意しているから、この日はいつも決まって夕食は非常食になる。最近の非常食は中々おいしいもので、レトルトになっているハンバーグなんかは普通に作るよりもソースがおいしかったり柔らかかったりするから大好きだ。これだったら毎日でも食べられるのでは? と毎年思ってしまう。

 

 そして今日は、そんな毎日非常食のような生活が始まってから丸1か月が過ぎた記念日でもある。

 1か月以上ある夏休みよりも長く感じた1か月間。本当にいろいろなことがあった。

 デパートを見つけるまでは他に生きている人はいないんじゃないかって心配だったし、デパートを見つけてからも以前よりもバーテックスを遭遇する機会が増えて大変だった。

 それに食料問題もそうだ。初めは私と明の二人分を確保すればよかっただけだったけど、今や多くの人を養わなければならなくなった、って言うと少し変だけど、でもそういう感じだ。

 

 そしてその食料問題も徐々に厳しいものになってきた。

 最初の頃から危惧はしていたんだけど、おいしいものは期限が切れるのも早くって、だんだんと今まで通りのおいしいものが食べられなくなってきた。

 卵かけご飯にも使っていた卵の賞味期限は2週間くらいで、加熱処理をしても1か月くらいしかもたないらしい。一人暮らしの女性がマメ知識として教えてくれた。

 パンなんて持って1週間だ。冷凍すればもう少しもつけど、そんなことをしていたら数少ない冷凍庫がすぐにいっぱいになってしまう。だからもう、私が好きなフレンチトーストはしばらく食べられなくなると思う。

 期限が切れた牛乳を捨てるのは、どこに捨てるかという臭いの面とたくさんあるのにもったいないという、もったいない精神の面の両方で心苦しかった。

 いくら飲めそうと言っても、医療が破綻している今、サルモネラ菌とかノロウイルスとかよく分からないそこら辺の菌でお腹を壊しちゃったらどうすることもできない。最悪そのまま死んでしまう。

 結果として1,2週間くらいで冷蔵庫の中身がガラリと変わってしまった。

 

 しかし、この問題も実は最近になってほんの少しだけ改善……て言っちゃいけないんだけど、とにかく流れが変わってきた。

 理由は悲しいことに、8階の人たちによる……”自殺”だ。

 

 と言っても8階の人全員じゃなくて、もともと症状がすごく悪かった人だけ。

 病人なだけに、何度もお話をしに行ったりとみんなして気にかけてはいたんだけど、日が経つにつれて表情が虚ろになっていって、異変を感じた時にはもう8階の窓から飛び降りてしまっていた後だった。

 今では8階の人は、私が来た時から6割くらいにまで減ってしまった。もともと8階にいた人の母数が多かっただけに、寂しさとやり切れなさを感じる。

 

 だんだんと自殺の名所のようになってきた8階。

 私たちじゃ症状はどうすることもできないけど、このまま8階にいるんじゃ気分も下がりっぱなしになってしまうと、8階にいた人たちを私たちと同じ生活スペースで暮らしてもらうことにした。

 皮肉にも、症状がひどい人が中心に亡くなっていったから、動くのも無理だという人はいなかった。

 

 そして本来、症状のひどさから考えれば自殺しててもおかしくないレベルにいる皆神さんは、残念ながら健在だ。

 その証拠に、今も私の目の前で明と話している。

 

「それでは、宿題を持ってきてくれますか?」

 

「はーい先生!」

 

「へーい」

 

 先ほどから行われているのは、今日が9月1日ということで疑似的な始業式みたいなもの。今から夏休みの宿題が回収されようとしている。

 

 バーテックス襲来騒動の後、明やマコトに皆神さんのことを根掘り葉掘りと聞いてみた。

 いつもの様子からじゃ想像できないことだけど、皆神さんはここに来る前まで小学校の教師をやっていたらしく、少し前から2人は教わっていて勉強を教えるのが上手いんだとか。

 最初の頃は他の子供も皆神さんと一緒に勉強していたんだけど、時間が経つにつれて勉強をやったってもう意味がない、とやらない子が出てきて、今や明とマコトの2人しか勉強をしていないらしい。

 私が知っていた時点では、親たちも勉強させた方が良いと言っていたんだけど、いつの間にか変わっていたみたい。

 

 そのことを聞いて閃いた私は、すぐさま皆神さんの元に行って直談判してきた。

 内容はもちろん”明のお母さん呼び”について。

 最初のあの邂逅、あれから私も考えたんだ。皆神さんは自分の娘と明を重ね合わせている、と鈴さんが推測していた。名前は確か ”葵ちゃん”だったと思う。

 結局答えは出なかったんだけど、ようやくいいアイデアが出た。

 勉強を教えているんだったら、先生呼びに変えさせればいい、と。皆神さんの認識を、娘の学校で教師をやることになった母、に変えさせれば問題は無くなる。

 少し無理がある設定かと思ったけど、想像していたよりもすんなりと受け入れてくれた。

 おかげ様で私の気苦労も少しは解消された。

 

「っていうかマコトも夏休みの宿題なんて持ってきてたんだ」

 

「そんなわけないだろ。皆神センセーがわざわざ自分で手作りしたものをオレに持ってきたんだ」

 

「うわぁ、そりゃ災難だったね……」

 

「夏休みの宿題は最終日に一気にやる派だからさ、昨日は大変だったー」

 

「へー、私は夏休みが終わってからやる派。始業式でみんなにどれだけ時間かかったとか、早く終わらす裏技とか聞いてからやるんだ」

 

「嘘だろ? せめて夏休みの間にはやっとこうぜ」

 

 あきれた様子で突っ込んでくるマコトだけど、ちゃんと宿題をやるタイプの人だとは思わなかった。

 いや、今回は明に付き合ってくれた、っていうのも大きいのかな。

 

「次は避難訓練をしましょうか。宿題は後で先生が丸付けをしておきますね」

 

「避難訓練て何すんだろうな」

 

「さあ。ま、外には出ないだろうし頑張って付き合ってあげてね」

 

「おう」

 

 学校ごっこで楽しんでいる皆神さんに連れられて、2人はどこかに避難訓練をしに行った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 皆神さんという憂いが減っても、まだまだ私たちには障害が残っている。

 目下の問題は、あの進化体。

 さっきの皆神さんじゃないけど、実は私も布川さんたちと、もしここに大量のバーテックスが押し寄せてきた時の避難場所を計画している。進化体のことは誰にも伝えていない。

 ここはバーテックスによって作られた箱庭みたいなもの。いつ壊れるか分からない平和に安心はしていられない。

 

 いろいろあって以前よりも人数が減ったから、このデパートくらいの収容量が無くったってなんとかなる。

 幸い長期滞在は厳しいけど短期間だったら避難できそうな場所は見つけられた。食料を探しているときに鈴さんが偶然見つけてくれた。

 食料を冷やすために冷蔵庫は必要だけど、それ以外は大して重要じゃない。と、私みたいに生きるためには割り切れていない人もやっぱりいる。と言うかそっちの方が多いくらい。

 だから最近は、食料を探してくると題して使っていないものをそっちに運ぶ作業を主にしている。

 もちろんご飯も探していないわけじゃないけど、運ぶのが中心だからなかなか見つからない。そろそろちゃんと食料のほうも探さないと。

 

「やることいっぱいだなー。政府が食料配給とかしてくれないかなー」

 

 一人ごちていると、前から歩いてくる布川さんと出会った。

 

「ああこんなところに。ちょうど呼びに行こうと思っていたんだよ」

 

「どうかしました?」

 

 首をかしげると興奮気味に、

 

「いやね、ようやく避難ルートが完成したんだ」

 

「おお、ついにですか! 見たいです!」

 

「1回のいつもの場所にある。ついてきてくれ」

 

 タイムリーな話題が飛び込んできた。

 いつもの場所と言うのは保健室のことで、あの日以来、会議場所として利用させてもらっている。

 

 憂いに対する備えがまた一つできたと、ウキウキ気分で布川さんと一緒に歩いていると、男の人がこちらに向かって走ってきた。確か、当番制でやっている外の監視係の人だと思う。

 

「急にどうしたんだ、そんなに慌てて」

 

 驚く私たちをよそに、その彼は息切れをしたかすれた声でこう言った。

 

「た、大変です!! バーテックスが大量にこちらにやってきています!」

 

 

 

 ”備えあれば憂いなし”。けれど、訪れる憂いが一つとは限らない。

 

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