『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。
ちょっと短いです。


第35話【ほら、憂いがやってきた】

 

ーーある日の記憶がよみがえるーー

 

 

『やあ岩波君、ちょっと今いいかな?』

 

『はい、いいですよ……って布川さんじゃないですか。もう歩いたりして大丈夫なんですか?』

 

『まあね、杖を突けば何とかって感じかな』

 

 確かこの日は、あのバーテックスの襲撃の日からしばらく経って、布川さんのケガも少し落ち着いてきたときだったと思う。

 マコトを入れたいつもの3人で昼食を食べた帰り道、声をかけられたから後ろを振り返ってみると、松葉杖をついている布川さんが立っていた。

 

『いや僕のことはいいんだ。それよりも話というのは、次の探索のことなんだけど、どうかな」

 

『あーそうですね……ここ最近はバーテックスも見かけてないですし、そろそろ私も探索に戻りますよ』

 

『うん、そうしてくれると助かるよ』

 

 今までは、私が一日の大半をデパートの屋上からバーテックスの動きを見張つことに費やしていたけど、ここ数日はめっきり見かけなくなってきた。

 あそこまで近くに接近されたから、すぐに次のバーテックスが来るかもって待機してたけど、そろそろずっと私が見張っているより外に出て行った方が効率が良くなるころかもしれない。

 

『そうなると、屋上の見張りを誰かに頼まないといけなくなるけど……』

 

『うーん、理想としては、あんまり外に抵抗がない人とかで当番制に見張ってもらうとかが良いですよね』

 

『うんそうだね。実は岩波君もそう言うんじゃないかと思って、もう何人かとは話がついていてね。やってもいいと言ってくれているんだ』

 

『あっそうなんですか!』

 

 告げられた朗報に思わず顔がほころぶ。自分で言っては何だけど、見張りはヒマだし危ないし疲れるしで誰もやりたがらないと思っていたから一安心だ。

 それにしても、自分だって重傷だったのにもう次のことを考えているなんて本当に手が早い。

 

『これで岩波君も気兼ねなく探索しやすくなるだろう。そろそろ食料も探しに行かないとだしね』

 

『赤ちゃん用のおむつとかも数が少なくなってきましたし、早めに行かないとですね』

 

 次の探索のときに必要なものをみんなに聞きに回ったら、子育てママさん達から山ほど足りないものを頼まれた。最初は頭で覚えられると思っていたんだけど、あまりの注文の量に不出来な私の頭は悲鳴を上げて、メモを取らざるを得なくなった。

 オムツ一つをとってもかなりの量と細かい指定に、メモを取るのが大変だった。

 

『あっそうだ。探索しに行くのはいいんですけど、これから当番制になるんですよね。それだったら、私がいるときにバーテックスがここに来た時の連絡手段も決めといたほうが良くないですか?』

 

 私1人が見張っているんだったら、屋上から飛び降りてそのまま倒しに向かったり外から窓を伝ってみんなに知らせたりできるけど、これは普通だったらできない手段。

 あらかじめ決めておかないと、もしもの時にうまく避難できない。

 

 布川さんもその重要性に気が付いた様子で、真剣に考えてくれた。

 

『あー確かにそうだね。んー、それじゃあこういうのはどうかな。────』

 

『────ああそれだったら一発でヤバいって分かりますね! 大賛成です!』

 

『携帯が使えたらもっと楽だったんだけどね。よし、それじゃあ決まったんなら早速セットしてこようか』

 

『はいっ私も手伝いますよ』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ーーそして現在。

 

 

 つい先ほどまで静かだったデパート旭内に、けたたましい警戒音が鳴り響く。

 誰もが聞き覚えのある、懐かしさすら覚えるかもしれないこの警告音。しかし決して聞き慣れることはなく、私たちの心を一瞬で身構えさせるこの音。

 防犯ブザーの甲高い音が響き渡る。

 その音は次第にどんどん音量が上がっていき、身に迫ってきている危機を聴覚的に理解させられる。

 

 仕組みはいたって簡単。デパートの各階の壁に、いくつか防犯ブザーを括り付けておくだけ。それを屋上から大声で危険を伝えられた、8階にいるもう一人の見張りの人が、走って階段を下りながら引っこ抜く。

 そうしていけば、私がどこにいても聞こえて他のみんなにも危ないことが伝わるという寸法。

 これが布川さんの考えた方法だ。

 

 防犯ブザーは百均にもあるしどこにでもあったから、調達は簡単だった。

 

 

「現在正面入り口の方から6体のバーテックスが来ています!」

 

「わ、分かりましたすぐ行きます!」

 

「岩波君、みんなにはデパート内に居てもらえるように言っておいてくれ。下手に外に出られると収拾がつかなくなる」

 

「了解しました!」

 

 息も絶え絶えになりながらも伝えに来てくれた見張りの人に心の中で感謝してから、背中に背負っている鍬/カネアキに手を伸ばす。

 一気に力が流れてきて、体の感覚を過敏にさせれば、女性も男性もいろいろ混ざり合った悲鳴が遠くから耳に入ってきた。

 嫌な予感が頭をよぎる。

 急がなきゃ!

 

「そ、それと!」

 

 飛び出そうと一歩踏み出した途端に声をかけられて、つんのめりそうになった。

 

「まだ何かあるんですか?」

 

 尋ねると見張りの人は、確かな情報ではないんですが、と前置きをした上で、

 

「バーテックスに追いかけられている人が1人いたようなんです」

 

「本当かい!?」

 

「見間違いかもしれないんですが……さすがに外に出る理由もありませんし……」

 

「けどもし本当だったら大変だ。岩波君は先に行っててくれ。僕も後から追いかけるから」

 

「分かってます。では」

 

 今度こそ会話を切り上げて、正面玄関に向かって飛んでいく。

 せめてあと1日、あと1日バーテックスが来るのが遅かったら、みんなにようやく完成した避難ルートを伝えることができていたのに!

 けどこんなことに文句を言っても仕方ない。アイツらは存在自体が文句しかない存在なんだから。

 

 6体か。

 報告には、進化体のような変な姿をしたバーテックスは言われてなかったし、この数だったらすぐ終わる。

 さっさと終わらせよう。そう思い、私は正面玄関に向かっていった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 正面玄関にたどり着くと、そこには外に避難しようとしている人が数人集まっていた。我先にと押しあっている。

 防犯ブザーを設置するときに、もしこれが鳴った時は外に出ないでくださいと伝えてはいたんだけど、こんな非常事態だ、忘れちゃうこともあるかもしれない。

 私だって小学校にいた頃は、避難訓練のとき、先生の指示も聞かないで自分だけ先に逃げたほうが生き延びられるんじゃないかと思っていたし。

 

「みなさん外に出ないで中で待っていてください! ここは私が行きます!」

 

 後ろから大声で呼びかけてみれば、私の存在に気づいてくれた数人が踏みとどまり、それに気がついた数人がまた踏みとどまってくれた。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「これってアイツらが来たんだろ? 死にたくないんだよ」

 

「大丈夫です。私がみなさんを守りますから」

 

 両腕を広げて大丈夫だと主張する。そうすると、少し落ち着いてくれて逃げるのをやめてくれた。

 驚くほどにすぐみんな冷静になってくれた。もしかしたら、私の声にも力が乗っかって説得力を強めているのかもしれない。

 それなら好都合と、入り口に固まっていた人によけてもらって私が通れる道を作ってもらった。

 

「ありがとうございます。では行ってきま──」

 

 視界の隅に何か動くものがあった、気がした。

 ソレが何かが分かる前に、ソレは新たな動きを見せた。

 

「うわっ!」

 

 何か人間大のサイズのものが私の右腕に力強くぶつかってきて、予測していない衝撃に、踏みとどまることができずに軽く吹き飛んだ。

 

「い、痛った……」

 

 驚きで頭の中が真っ白になる。

 

「よしよしよし! ようやく奪い返してやったぞ! ふへへへ」

 

 かろうじて聞こえてきたのは、汚らしい男の人の声。

 見ると、いつぞやの変態が私を見下ろして立っていた。私のことをジロジロ見ていた太った男。

 その男の手には、鍬が握られていた。

 

「ってあれ?」

 

 自分の右手を開け閉めする。けれど、いつもは返ってくる固い感触が返ってこない。

 そして目の前には、私の鍬によく似たものがある。

 

「え?」

 

 突然のことに理解が追いつかない。

 私しか使えないのに、他の人が持っていても意味がないのに。

 仲間であるはずの人間に、守るべき対象に、武器を奪われた。

 

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