『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。
昨日から17連勤が始まりました。ヤバい。
短いです。


第37話【壊れた希望】

 あの人も私と同じ"勇者"みたいな力を持っている。それで私に代わって今バーテックスと戦っている。

 そんな幻想に縋りつきたくなるほど、今の状況は混乱に満ちている。

 デパートには布川さんがいるから、避難的なものに関してはまだ大丈夫だと思う。けど避難といっても、バラバラの階層にいるみんなを一箇所にまとめておくとかそれくらいしかできなく、本当に避難をするには避難先の確保もちゃんとはできていないから厳しい。

 でも一応デパートがバーテックスの体当たりによって壊される可能性もあるから、きっと今ごろみんなは2階とか3階らへんに行こうとしている途中なはず。

 

 けど、もしデパートが攻撃されて外に出ることになった時、1階の凄惨な現場を見てみんな混乱すると思う。あの場にいた人たちにお願いはしてきたけど、たぶん誰もやっていないと思う。

 ううぅ、思い出しただけでちょっと気持ち悪くなってきた。走っているときの吐き気は、出てこようとしているものまで揺さぶられて通常よりも強い吐き気になる。

 口元を手で押さえながら走る。

 けれどもその足の遅さに焦燥感が募っていく。

 この1か月、ほとんどの場面で私は、常に力を使っている状態で行動してきた。鍬を振るう時も飛び跳ねるときも、そして走る時も。

 もうあの速さに体が慣れてしまった。いま私は全速力で走っているけど、あの速さを知っているからもはや歩いているようにまで感じてしまう。この差に焦りが湧いてくる。

 こんなのちょっとした中毒症状みたいで、笑えてくる。

 まあいい、たとえ毒だって。平和な世界を取り戻すまでの毒、甘んじて受け入れてやる。だから──

 

「返してっ」 

 

 そんなに多くない自前の体力がだいぶ減ってきたところで、ようやくあの男の背中を捉えた。男の前方5メートルくらいの所にはバーテックスがいて、相対している状態だった。

 バーテックスと会う前に男から取り返したかったけど、これじゃ無理だ。今出て行っても最悪バーテックス・男対私の2対1で攻撃されてしまう。

 仕方なく近くの建物の陰に隠れて様子見をする。

 

「おい白いの! 俺が来たからにはもうお前らはお終いだぜ。ふへへへ」

 

「    」

 

「はっ、ビビッて何も言えないのか」

 

 会話になるわけないのに、男は悠々たる面持ちで肩に担いだ私の鍬を左右にブンブンと振り回しながら、歩いてバーテックスに近寄っていく。

 早く逃げて。そう思っていると、遠くの視界の端に白い影を捉えた。

 脳内に警戒音が鳴り響く。目を凝らしてみると、男が向き合っている右方向からデパートに向かってバーテックスが進んでいるのが見えた。その数は3体。

 そのバーテックスたちは男に注意を向けることなく、デパートの方角へ進んでいった。私の時だったら、これくらい離れていても私の存在が危険だと判断されて襲ってこられた。

 つまりあの男の人はバーテックスにとって取るにならない一般人だということが、敵の行動から分かってしまった。

 

 早く取り返さないと、私も明もデパートのみんなも殺されてしまう。

 最悪あの男は殺されちゃっても、鍬さえ手に入ればこっちのもの。いや、むしろ時間短縮のため…………

 

「んーじゃまずはお前からだ!」

 

 越えてはいけない一線に私の思考が至りそうになった時、男がバーテックスに向かって鍬を振り下ろした。

 無駄なことはやめて逃げて。そう思いながら見ていると、

 

──バキッ。

 

 鍬が、折れた。

 

 

 

 え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ちょ! 嘘でしょ!?」

 

 隠れていることも忘れるほどの衝撃に、思わず大きな声が出る。

 わ、私の鍬が……根本からボッキリ……。鍬の鉄の部分と木の境目の所から、それはもう見事なまでにボッキリと折れてしまった。

 

「は、はあ!? 話が違うじゃねえかよ!」

 

 この展開は男も想定外だったようで、ぶつけようのない怒りを露わにしている。バーテックスに攻撃されたわけでもない、ただ単にバーテックスに突き刺そうとしたらその衝撃で折れたのだ。さながら高いところから落とした皿のようにあっけないほどあっさりと。

 幾度となく使ってきたけど、壊れる予兆も何もなかった。と言うことは、と言うことは……なんなんだろう。だってアレで何体もバーテックスを斬ってきたのに、そんな……。

 想定していた最悪を最悪が乗り越えてきた。

 

「あっ、おいお前! これどうなってんだよ!」

 

 先程の私の叫びで私の存在に気づいたようで、手で待っている鍬の刃と私を交互に見ながら怒鳴ってきた。

 

「壊れちまったじゃねえかよ! どうすんだこれ、なんとかしろ!」

 

「そ、そんなの知らないですよ! 勝手に人のものを持っていくから!」

 

 売り言葉に買い言葉。容疑者と被害者。ケンカの発端になるには十分すぎる内容と組み合わせだ。

 ただ一つ忘れてはいけないことがあった。ここは今どこで何を目の前にしていたのか、それをこの時の私たちはすっかり忘れていた。

 

「これじゃ使いもんにならねぇだろ!」

 

「勝手に使わないで……あっ」

 

「ああ!?」

 

 後ろにいる私を見ていた男は気がつかなかった。

 私が男の後ろを指差した時にはすでに、バーテックスがその大口を開けて今にも噛み砕こうとしていた。

 そして男が振り返る。その時に上がった罵声は、はたしてバーテックスの口の外で発せられた声なのか、それとも口の中での声なのか、見ていた私にも判断することはできなかった。

 

 幸いと言っていいのだろうか、壊れた鍬はバーテックスの口の中に入ることなく、外に落下した。

 

 血は飛び散ってこなかった。バーテックスが男を全身丸ごと口に含んでいったから。けれど、歯のように見える部分の隙間から大量の血が滴り落ちていて、それで、あぁ噛み潰されたのだと理解できた。

 もともと不気味に笑っているように見えるバーテックスの口元が赤く染まり、本当にコイツらは化け物なのだということを改めて認識させられた。

 

 そして次にバーテックスは私の存在に気づく。それを察知した私は翻って相手よりも先に全力で駆け出す。

 

 バーテックスとの命を賭けた、主に私の命しか賭けられていない命がけの鬼ごっこが始まった。

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