『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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こんな感じでオリ展開が続いていきます。


第4話【望んだ明日の景色は遠く】

 少し歩くと、壊れ果てて原形をとどめていない玄関にたどり着いた。壁も天井も無事なところはほとんど残っていない。数分前まではここでみんなで楽しくおしゃべりしてたのに、ずいぶん前のことのように感じてしまう。

 壁があった部分をまたいで部屋に入る。先ほどから、風に乗って強烈な血の臭いが鼻の奥を刺してくる。見渡せば、あの時飛び散った血が床に点在していた。

 

 現実を直視するのが怖くなってきた。思わず引き返そうとする足をぐっとこらえて先に進む。進むにつれて刺激臭が強くなってきた。

 けど、ここで帰るわけにはいかない。私は目的があってここにきているのだから。

 

 

 部屋に入ってみると、切り捨てておいた白い残骸がいつの間にか消えて無くなっていた。

 片付ける手間が省けた、なんて意味のないことを思いながら靴の裏を「赤」で濡らしていく。ぴちゃりぴちゃりと音を立てながら近づく。床は「赤」で満たされていた。

 

 部屋の中央にあるおばあちゃんは、すでに人の形を保っておらず、家族であっても識別できないほど変わり果てていた。

 

 

 

 

 

 

──吐いた。

 

 

 胃が心臓のように波を打つ。あまりの吐き気に体を支えきれず四つん這いになる。マグマが出ているかのように喉奥から灼熱感があふれてくる。

 吐いてしまった。おばあちゃんが丹精込めて作ってくれた最後の夕食を吐き出してしまった。

 

「ごめん、ね おばあ、ちゃん……ごめんなさい……」

 

 応えてくれる人のいない謝罪を重ねる。目からは涙がぼろぼろと零れてくる。明がいなくてよかった、こんな弱い姿は見せたくないから。

 

 吐き気に苦しみながら、おばあちゃんの最期を思い出す。あの瞬間、一瞬だけおばあちゃんと目が合った。おばあちゃんはこちらを心配する目をしていた。自分に危機が迫っているというのに、後ろを向いて私たちの身を案じてくれていた。

 あの目が今も脳裏に焼き付いている。あんなに優しいおばあちゃんを、私は助けることができなかった……。

 

 

 

 

 

 

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 しばらくして、吐き気が治まってきたので立ち上がる。吐いてしまったので、少し空腹感があるが、そんなことは気にしていられない。

 

 早くお墓を造ってあげないと。その一心で私は動き出した。

 

 まず、辺りのがれきを左手で払いのけ、右手に持った鍬を勢いよく地面に突き立てた。けれどもあまり深く入らない。血がしみ込んでいて硬く重くなっているからだ。自分の腕力だけでは大変なので、湧き上がる謎の力を使って土を掘り返す。

 そうして柔らかくなった土を、おばあちゃんのところへ持っていき、上からそっと被せていく。大体被せ終わったら、別のところにある土も同じようにしていく。全体がこんもりと小山ができるくらいに被せられたら、簡易的だがお墓の完成だ。

 

 本当はちゃんといたお墓を造ってあげたいが、またいつあのバケモノがここを襲いに来るか分からない。その時に2人が野晒しの状態でいたら、今度こそ跡形もなく喰い尽くされてしまうかもしれない。そんな可能性がある状況で2人を放ってなんていられない。

 

 それと、おばあちゃんのお墓の右側には少し空間を取っておいてある。そこはおじいちゃんが眠る予定の場所だ。せめて隣同士であれば少しは2人も落ち着いて眠れるだろう、そう思ってその場所を確保しておいた。

 

「次はおじいちゃんを迎えに行かないと……」

 

 精神を消耗し、少しふらつきながらもおじいちゃんがいる場所へ歩みを進める。

 

 

 

 

 

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 外で待っているおじいちゃんに会いに、玄関から出ていく。壁を飛び越えたほうが早いけど、私にとってまだここは家だからちゃんと玄関から出たかった。

 外は、夜とはいえ夏の気候なので、まとわりつくような重く暑い空気が漂っていた。精神が削れている今にこの気候はかなりしんどい。

 力が補正されているので、そこまで疲れてはいないが汗は出る。おかげで髪の毛から汗が顔に伝ってきて気持ち悪い。腕で強引に汗をぬぐいながら、この後の手順を整える。

 

 思い出したくもないが、おじいちゃんは確か腕をもがれていたはずだ。どこに行ったか分からないけど、それもちゃんと取り返してお墓に入れてあげないと。

 

 

 遠くから見ればゾンビが歩いてるように思えるほどフラフラしながら歩いていると、右足にナニカがぶつかりこけてしまった。こけるなんて思ってもみなかったので、受け身も取れず顔からぶつかってしまった。

 

「痛てて……、こんなところになんかあったっけ?」

 

 昼間に来たときは出っ張ったものなどなかったはずなのに何だろう。こけた拍子に右目に土が入って開けられないので、倒れた状態で足で探るも引っかかるものがない。無事な左目で左側を見てみても何もない。

 不思議に思い、右目に入った土を取ってから右側にも顔を向けると、目の前にこけた原因が転がっていた。

 

 それは「腕」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──吐いた。

 

 

 突発的な嘔吐だったが、なんとか顔を下に下げることができ、腕にかけてしまうことは避けられた。

 さっきので吐いていたのに出し足りないのか、まだ口から出てくる。 一日に私は何回吐けばいいのだろう、悲しくなってきた。

 出ると言っても胃液が大半で、喉が熱くなり軽い炎症が起きそうになる。胃がキリキリと悲鳴を上げ、息が苦しくなってきた。

 

 先ほど見た時は一瞬であまり気にしなかったが、今見るととても不気味に思えてくる。人体から切り離されたものはこうも恐ろしく感じてしまうのか。本やテレビで見て想像していたものとはまるで違う。

 

 

 

 

 何度かえずいた後、口元をぬぐって起き上がる。鏡で見たら青白い顔をしているに違いない。今までの人生でほとんど吐いたことがなかったから、立て続けの嘔吐に精神と体力がかなり削られてしまった。

 

 それから地面に落ちてある右腕を汚れてないか確認した後、恐る恐る持ち上げ、近くにいたおじいちゃんのお腹部分に乗せる。腕は思っていたよりもずっと軽かった。

 

「またバドミントン、したかったよ……」

 

 死者に対して、未練を語りかける。数時間前には元気に動いていたおじいちゃんを見て、涙が頬を伝わってきた。

 

「勝ち逃げなんて、ずるいよ……おじいちゃん……」

 

 また明日も一緒に遊べると思っていた。散々遊んで、また来年も、なんて思っていた。それなのに、こんなにあっさりいなくなってしまうなんて。

 あともう少し早く着いていたら……、あったかもしれない可能性のことをどうしても考えてしまう。

 

「ごめんなさい……」

 

 最後にそう呟き、おじいちゃんの遺体を抱き上げ、おばあちゃんのいる場所へ連れていく。

 たどり着いたらゆっくり地面に下ろして、先ほどと同じ手順でお墓を造っていく。

 

 普通だったら疲れて動けないくらい動いているはずなのに、まだ動けている。これも鍬から、というより元神器から流れ込んできた力の影響なのだろうか。

 

「そういえばカネアキ、だっけ」

 

 今思い出しても変な名前が付けられている。でも、それすらもおじいちゃんの面白いところだった。思い出し泣き笑いをしながら私は作業を進めた。

 

 

 

 

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 そうして2つのお墓が完成した。気が付いたらかなり時間がかかってしまった。どの位経ったのだろう、がれきの中を漁ってみると、壁掛け時計を発見できた。時刻は2時少し前。さすがにそろそろ眠らないと動けなくなってきた。

 

「おじいちゃんのカネアキ、ちょっとの間借りていくね」

 

 おじいちゃんのお墓の前で語りかける。今はこの不思議な力だけがアイツらに有効な攻撃手段だ、これを手放すわけにはいかない。それにこれはおじいちゃんの遺品。持っているだけで2人を近くに感じられる、そんな気がするのだ。

 

「絶対に明は私が守るから」

 

 お墓の前で2人に誓う。後で明と一緒にまた来よう、そう思ってその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

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 近くにバケモノがいないことを確認し、明がいるところまで歩いていく。明はまだすやすや眠ったままだった。無事だったことに安堵し、隣に静かに腰を下ろして寝転ぶ。掛け布団なんていらないこの季節で助かった。

 目をつぶって今日の出来事を振り返る。いつもの癖、寝る前にこうやって今日の振り返りと明日の予定を考えるのが私の日課。

 

 それにしても今日はいろんなことがありすぎた。楽しみにしていたおばあちゃん家・よく分からないバケモノ・訳の分からない力・それから……人生初の死体。人が死んでいるのを初めて見た、それもあんなひどい殺され方……。

 

 いや、このことを考えるのはやめよう。少し想起しただけで涙が出てきてしまった。

 

 さっきまでの楽しかった時間は遠い昔のようで、楽しみにしていた明日の時間ははるか彼方へと消え去ってしまった。

 

 できることなら目が覚めた時、今日あった悲しい出来事が全て夢でありますように。そんなありもしない可能性を願って、私は泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

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「ーーぇ、--ちゃん! ねぇ、ともちゃん! ってうわっ!」

 

 体を揺さぶられ、何事かと飛び起きたら明が転げ落ちていた。

 

「何、してんの、明?」

 

「なにって、ともちゃんおこしてたんだよー! なかなかおきないから、しんぱいしちゃったじゃん」

 

 あきれた表情で聞くと、明はむくれ顔をして反論してきた。

 

「嘘、そんなに寝てた?」

 

「だからそういってるじゃん!」

 

 外からは太陽の光が流れ込んでいた。枕元に置いておいた壁掛け時計を見てみると6時、睡眠時間は4時間といったところか。

 ちなみに、明はその2倍以上寝ていた。私はもう少し寝ていたいが、明はもう目覚めている。この様子だと二度寝は許してくれないだろう。

 

 朝ごはんは数袋のお菓子とペットボトルの飲み物だけ。料理をしようにもコンロは壊れているし、後の食材は地面に落ちたりして汚れてしまっていた。

 風呂も壊れてて入れなかったので水浴びだけ。洋服はいろいろ汚れてしまったので持ってきた着替えに着替えた。

 

「明はよく寝れた?」

 

「うん、よくねれたよ。そ、それでね、ともちゃん。きのうのことって」

 

「うん分かってる。ちょっと私についてきて」

 

「う、うん」

 

 できるだけ柔らかいところを選んだとはいえ、いつも寝ているベッドではない場所で寝たため、体が固まってしまった。筋肉痛はないものの、立ち上がって体を回すとバキバキと音が鳴る。

 一通り体を伸ばした後、お墓に明を連れて外に出た。

 

 

 

 

 

 空を見上げると、太陽は昨日の惨劇なんて気にしないかのように燦々と照っている。雲一つない青空、絶好の運動日和だ。

 本来だったらみんなで外で遊んでいる、そんな天気。陰鬱な気分すらも吹き飛ばしてくれそうな気温。汗をかいた私たちに、おばあちゃんが冷たい麦茶を持ってきてくれる。そんな光景が頭に思い浮かぶ。

 

 さて、そろそろ現実逃避をやめて明に説明しなければ。

 

「明、あのね」

 

「うん」

 

「おじいちゃんとおばあちゃんはね、あのバケモノに食べられちゃったの」

 

「うん……」

 

「だからね、2人とはもう会えないの」

 

「……うん……」

 

「お姉ちゃんも会いたいんだけどね、もう、会えないの」

 

「…………ぅん……」

 

 話していくにつれて声が小さく涙声になっていく。

 

「でもね、ずっと会えないっていうのも寂しいから、昨日お墓を造ったの」

 

「おはか……?」

 

 壁をまたげばすぐのところを、昨日同様わざわざ玄関を通って中に入る。本来の入り口はここなのだから。

 そして、昨夜造ったお墓の前にたどり着く。別の場所の土も混ぜ込んでおいたためか、そこまで血の臭いはしなくなっていた。

 

「この下にね、2人が眠っているんだ。だからここで2人にお祈りしよう。私たちは元気ですって、安心して眠ってねって」

 

「う、うん」

 

 直接目の当たりにしてないからか、あまり実感が湧いていないようだ。食べられたことと死んだことがしっかりと結びついていないのかもしれない。

 それならその方がいい。曖昧になったままの方が現実を直視せずに済むから。

 それでも感覚としてなにか分かるのだろう、明は目を閉じてすすり泣いていた。

 

 

 

 

 

 

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 2人に感謝とお別れの祈りを捧げてから、私たちは玄関から外に出た。

 

「多分ここにはしばらく来れないだろうから、お別れ言っとこっか」

 

「これなくなっちゃうの? なんで?」

 

「んー、もしかしたらだし、なんとなくだけどね」

 

 はぐらかしてはいるが、半ば確信していた。あの夜、空を見上げてみた時のバケモノの数は数え切れるものではなかったから。もしかしたらまだ倒されずに残っている個体がいるかもしれない。

 そうなったらうかつに外には出れなくなるだろうし、警察や自衛隊も出動されるだろう。そうしたらこんな山奥の家には中々来れなくなってしまう。

 

「へんなの」

 

「ほら文句言ってないで、お世話になりました、って」

 

「おせわに、なりました……?」

 

「何で疑問形なのよ」

 

 とりあえずこの家にもお別れの言葉は言えた。さっき思ったことは杞憂で、すぐにまた来れるようになればいいんだけど。

 

「そういえば、おかあさんとおとうさんはどこ?」

 

「明は見かけてないの?」

 

「うん、こっちにはいなかったよ」

 

「じゃあ多分、麓の村にいるんでしょ。ほら、昨日は地震すごかったし」

 

「そっかー。それじゃあすぐにあいにいこうよ!」

 

「そうだね。きっと明が寂しくて泣いていないか心配してるよ」

 

「な、ないてないもん!」

 

「ちょっと、先行かないの! あんまり動くとすぐお腹減っちゃうよ」

 

 ぷりぷりと怒って先に行ってしまった明に追いかけ、左手で手をつないで歩き出す。

 少々邪魔になるが右手にはカネアキを握りしめている。リュックにしまってもいいんだけど、ひとまず手で持つことにした。

 

 

 

 きっと大丈夫。お母さんもお父さんも避難して、体に怪我もなく、今頃私たちを心配して夜も眠れず慌てているに違いない。そう、だからきっと、大丈夫……。

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