『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第39話【星屑との鬼ごっこ(後半)】

 無表情の白い能面のような顔が目の前に現れる。でかい図体とは裏腹に、理に反してその体は宙を浮いている。

 口は何でも食べてしまいそうなほど大きく、車でさえも一噛みで粉々にできそうな破壊的な形をしている。それを見ているだけで、数十秒先の自分の運命を容易に予想できてしまう。

 

 ” 私 岩波灯は足に落ちてきた屋根瓦で身動きが取れず、迫りくるバーテックスに何の抵抗もできずに周囲のガレキとともに噛み殺された。そして唯一バーテックスと戦える存在がいなくなったことにより、デパートで私の帰りを待っているみんなも救いの手が届くことはなく、無情にも全滅してしまった。”

 

 と、そこまで想像して頭を振る。その勢い余って振った振動で右足が強烈に痛み、顔が苦痛でゆがむ。

 

「くっ、そんなことは……させない」

 

 そんなの、最初に鍬を壊されてからずっと思っていたこと。そんな未来を回避したくてさっきまで逃げ続けてきたんだ。ここで諦めてしまったら意味がない。

 弱ってきた心を何度も何度も強くそう思い奮い立たせる。

 バーテックスは勝ちを確信したのか、先ほどとは打って変わってゆらゆらとゆっくりとした動作で近づいてきている。

 腹立たしいほど余裕そうな態度にひと睨みしてから、まずは一歩、今より良い未来に行こうと足に落ちた瓦をどけようと慎重に触れる。

 

「痛いのは分かってる。来ると分かってる痛みなんて、予防接種みたいなもの……!」

 

 肺いっぱいに空気を飲み込んで、来る痛みに備えて奥歯を噛みしめる。

 優柔不断な性格を押し殺して、間髪入れずに一気に屋根瓦を足から持ち上げた。

 

「んんんんんぁがっ!」

 

 痛い痛い痛い。先ほどとは比べ物にならない激痛が駆け巡り、痛みで目がチカチカする。

 痛い痛い熱い。潰れていた箇所が心臓になったかのようにドクンドクンと脈拍して全身の意識がそこに集中する。

 痛い熱い熱い。鈍くなっていた血流が、障害物がなくなったことにより一気に体中に巡っていって体が熱くなってくる。

 熱い熱い熱い。つぶされたところを見れば、落ちてきた時に壊れた屋根瓦の破片で傷つけられた足からたくさんの血が流れていた。

 何かにつぶされたときは、乗っかっているものを動かしてはいけないって前にニュースで見たことがあった気がするけど……

 

「はぁはぁ……これで、まず一歩………」

 

 あとのことは今は関係ない。今は動けないことが一番ダメなことで、ひとまずこれで動けるようになった。

 一応の抵抗として、持ち上げていた屋根瓦をバーテックスの方に向かって投げてみるも、腕の力も無ければ距離も遠くしゃがみ込んでいるせいもあって手前で落下した。

 そんなことをバーテックスは気に留めるはずも無く、何事もなく突き進んでくる。

 

 バーテックスに壁は意味がない。宙に浮けて全てを破壊できる。この記憶は右足の痛みとともに体に刻み込んだ。次は失敗しない。

 なんとかもう一回どこかに隠れて再挑戦しよう。痛む足をかばうように左足を起点にして立ち上がる。

 けど立ち上がろうとすればするほど、頭からは血の気が引いてくる。どうやらこの極限な状況に頭も参ってきているみたい。

 

「もうあと二十踏ん張りくらいしないといけないんだから、しっかりしろ私……」

 

 こんこんと頭を叩きながら、頭で体を支えるようにして立ち上がる。けれどこの時すでにバーテックスとの距離はもう3メートルくらいしかない。

 足つきも少しおぼろ気で意識も薄まってきたような気がする。たくさん遊んだ日の夜11時くらいの眠気が襲ってきた。

 

 視界が薄まり、音が良く聞こえてくる。さっきからうるさい自分の心臓の音が聞こえる。

 その音に混ざって、人の足音が聞こえる。しっかりと規則性があって走っているような足音。

 

 ……足音?

 

「えっ?」

 

 私はふらふらしていてバーテックスはふわふわしている。つまり足音ということは──

 

「──おらあぁ!!」

 

 覇気のある、どこか聞き覚えのある声がしたかと思えば次の瞬間、地面をこする音とともにバーテックスと地面の間から硬そうなものが私の足もとに転がってきた。

 それは金属特有の光り方をしていて、投げた時に取れたのか、折れたようなちぎれ方をした小さな木の棒と一緒に転がってきた、今一番欲しかったもの。

 心臓が、鼓動が加速する。

 

「早く! 岩波!」

 

 その声が聞こえるのと同時に転がってきたもの──鍬に手を伸ばす。

 バーテックスは突然の異物に焦ったのか、ゆったりとしていたその速度を一気に加速、大口を開いて突進してきた。

 けど残念。私の方がちょっと速い。

 

 

 勇者の力が得られる確信はなかった。そこにはただ投げてくれた人──マコトへの信頼があった。

 触れた瞬間、惚けていた意識が覚醒し足の痛みが軽くなっていく。そのうれしさに思わず口角が異常なほど上がる。多分今、鏡を見たらバーテックスとどっこいくらいのひどい笑みをしていると思う。

 おぼつかなかった左足で地面を踏みしめて、跳ぶ。

 木の棒がなくなって本来の鍬としての役割を終えたカネアキの、木と鉄のつなぎ目だったところを掴む。まるで私の腕が鍬になったかの如く、その腕を振るってバーテックスを切り裂いた。

 バーテックスはそのまま縦に真っ二つとなり、空気に溶けるように消えていった。

 

 長らく苦戦していた脅威は断ち切れた。

 一息つくと、今回のMVPのマコトが駆け寄ってきた。

 

「なに武器ほっぽりだしてんだよ! オレが来てなかったらヤバかったじゃんか!」

 

「いやーちょっとね……うん、いろいろあったんだよ。でもありがと助かった」

 

「まあ無事なら良……くないな!? 足大丈夫か、血も出てるし黒くなってるぞ?」

 

 言われてみれば、青を通り越して黒く変色していた。

 

「これはまあ多分平気。で、マコトはどうしてここに? みんなはどうしたの?」

 

 少し強がって尋ねると、マコトは取り乱した様子で、

 

「んああそうだ! 岩波早く来てくれ、デパートがヤバいんだ!」

 

 そう告げた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 マコトを背負い、全速力でデパートに駆けつけた私が見たものは、倒壊しかけているデパート旭と、その周りを悠々と飛び回っている何十体ものバーテックスの姿だった。

 

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