『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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いつも読んでいただきありがとうございます。
今日でなんとか1周年となりました。感謝。
1年間、大体毎週更新しても作中時間が1ヶ月しか進まないとは、絶望的な進行速度だと思いました。


第40話【幸せはガレキに埋まり、地獄だけが積み上がる】

「…そん、な……」

 

──かすれた誰かの声が聞こえる。

 私の声だ。

 荒々しく息をついていた口から出てきたのは、声というよりも息に近いような頼りない声だった。か細すぎるその声は、辺りに満ちる破壊音にかき消されて、もしかしたら後ろにいるマコトにすらも聞こえなかったかもしれない。

 走っていた足がだんだんとゆっくりとなって、次第に歩きへと失速していく。現実という重りを付けられたような足はやがて完全に動かなくなり、息が思考が、呼吸が停止する。

 

 必死に走ってきた。本来ならありったけの酸素が必要なはず。さっきまでみたいに大きく息を吸って、空気中の酸素をかき集めなきゃいけない。

 けれどこの時の私は、呼吸がどうでもよくなるくらい目の前の光景に意識がとらわれていた。

 

 

 倒壊しかけた、いや、もはや倒壊していると言っても間違いじゃないかもしれない。

 外からだというのに4階から5階に繋がる階段が見えてしまっているし、壁面には数えるのがバカらしいほどのヒビも入っている。

 1階だったはずの階層は完全につぶれていて、2階すらも危うい状態だ。

 内部はバーテックスが突っ込んだ跡がたくさんできていて、デパートがまるでジェンガのように穴だらけになっている。

 屋上についていた大きな「旭」の文字が入った看板は今、盛大な音とともに落下してきた。

 

 バーテックスが何体かこっちの方角に向かっていたのは見えていた。

 一体でもヤバい存在だから急いで来なきゃって思っていた。その時は鍬を奪われていたからどうしようもなかったけど、でもこんなのって……。

 

 そして、否が応でも見えてしまう。私の強化されている眼が、背けたくなるほどの惨状を脳裏にまで焼きつけた。

 

 つぶれてしまった元1階。もはやガレキしか残っていないその場所には、死体となってしまったたくさんの人たちの体の一部が、ガレキの隙間から見え隠れしていた。

 折れてはいけない方向に曲がった足。4回くらい折れている腕。上から降ってきたガレキにつぶれたそれらが、力なく埋まっていた。

 そしてそれらをバーテックスが喰らっている。何体も何体も集まって、おいしそうに食べるわけでも不味そうに食べるわけでもなく、無感動にねちゃねちゃと音を立てて喰っている。

 

 「なにぉ、ーーっげほ! げほ!」

 

 何をしているんだ、そう叫ぼうとした喉と肺には酸素がもう残っていなかった。

 ようやく呼吸を忘れていたことを思い出し、我に返る。

 過呼吸みたいになっていると、背中に乗っていたマコトにバンバンと背中を叩かれた。

 

「な、何やってんだよ岩波! 早く!」

 

「……っうん!」

 

 マコトに急かされるまで動けないなんて、私は一体何のためにここに来たんだ。

 

「よしっ、しっかり掴まっててよ!」

 

「おう!」

 

 今一度強く握り締められた肩からマコトの存在を感じる。私は一人じゃない。その感覚から気合と勇気をもらって、生存者を見つけるべくバーテックスが集うガレキの山に向かった。

 マコトを背負っているとはいえ、油断さえしなければこのサイズのバーテックスはホコリを払うくらいの気持ちで戦える。たくさん集合されて進化体にならないようにさえ注意していれば、数もそこまで問題じゃない。

 ひとまず食事をしているバーテックスを退治して、その場所にマコトを下ろす。1人より2人、探し人には数で勝負だ。

 

「マコトも布川さんとかがどこにいるか知らないんだよね?」

 

「ああ。最後に見たのはデパートの中で、オレはバーテックスが突っ込んで来たから岩波に知らせてくるって飛び出てきたから、後のことはわからない」

 

 オレは1週間アイツらをかいくぐってこれたからいけると思ったんだ、と少し自慢げに話すマコト。すごい無茶をするな、とその様子に呆れながら、近づいてくるバーテックスを倒して手が空いたらガレキをどけての捜索を開始する。

 

「明は確か、皆神さんと一緒にいたはず!」

 

「ってことは一人じゃないんだな!」

 

「多分ね!」

 

 ガレキの下から次々と出てくる見知った死体への悲しみを少しでも吹き飛ばそうと、2人とも大声を出してカラ元気を生産する。

 毎朝おはようと声をかけてくれたおじいさん。内緒よ、といつも私の食事だけみんなよりも少し多く盛ってくれたおばさん。糸電話を作る時協力してくれたお兄さんもいれば、今日に至るまで一切口をきいてくれなかったおじさんもいた。

 みんな、私が間抜けなせいで亡くなってしまった。でもここで落ち込んでいたら、まだ助けられる命すらも落としてしまう。

 ガレキの山の中には生存者は見当たらないということで、その周辺の捜索に移る。ガレキの山よりも生存者がいる期待大だ。まだ明は見つからない。

 

「お、おい! 大俵さんが!」

 

 先に周辺を探していたマコトから声がかかった。進化体になりそうな集団を倒してから向かうと、そこには血だまりにうつ伏せで倒れた大俵さんがいた。すでに命が尽きていることが分かるほどの出血量。言っているそばから、また知り合いが亡くなってしまった。

 けれど、バーテックスに食われた人たちみたいにひどい外傷が見当たらない。腕も足も頭もしっかりついている。

 

「えっじゃあなんで大俵さん……」

 

 頭の中で何かが引っかかり近づこうにも、次々と襲いかかってくるバーテックスが邪魔で手があかない。蚊柱のごとく私たちに集ってくる。

 

「また誰かいた! あれは……」

 

 私の手が塞がっている間にマコトは次の人影を見つけたみたいで、戦っている私にもわかるように指をさして教えてくれた。

 その方角に目をやると、まずひしゃげた車いすが見え、その近くに男性と女性がうつ伏せに倒れていた。男性は布川さんで、女性の方は……、

 

「かあ、さん……?」

 

 マコトのお母さんだった。2人とも大量に出血している。

 

「母さん!!」

 

 必死の形相で母親に駆け寄るマコトを見ながら、私はその場にたたずんでいた。

 泣きじゃくるマコトを見ながら思考を巡らせる。おかしい。この2人にも目立った外傷がない。それなのに大量に出血している。大俵さんと同じ状態だ。一体どこから出血しているんだろう。

 

「母さん! 母さん!」

 

得体の知れない嫌な予感がする。急いで私も駆け寄って布川さんの体をひっくり返し出血箇所を確認してみれば、その出どころはお腹からだった。

 

「っ! そんなこと……」

 

 あるはずがない。だってこの位置じゃバーテックスには攻撃できない。こんな"点"の攻撃はアイツらにはできない。こんな “刃物で刺した” みたいな傷口には――

 

「おっ、戻ってたんすね。心配したっすよ」

 

「――っ」

 

 この惨状に合わない、まるで晴れた日の散歩途中のようなテンションで、ペラさんが現れた。その右手にはてらてらと紅く光る包丁が握られている。

 

「いや~なかなか戻ってこないから死んじゃったかと思いましたよ」

 

「……ペラ、さん? 生きてた、んですか。良かった、です。それ、何持っているんですか……?」

 

 生存者の存在に笑顔を向けたいけど、この違和感に引きつった笑みしかできない。

 

「何って包丁っすよー。これで今みんなを救っている最中なんです」

 

「……救う? 殺すじゃなくってこれが救う、ですか? こ、この2人も……大俵さんだって」

 

「はい! 他の皆さんも嘘の避難経路を伝えて救っておきました。本当はうまくバーテックスと鉢合わせするように仕向けといたんですけど、建物が崩れてみんなつぶれたんで、何もしなくても結果は変わらなかったっぽいですけどね」

 

 救う。それは危ない状況から命がある状態で助け出すこと。決して人を殺してできるようなことじゃない。

 

「何で、って顔してますね。じゃあ逆に聞きますよ、この一ヶ月生きてて楽しかったっすか? 目に見える死がいつ襲ってくるかわからない。計算しようと思えばすぐに目に分かってしまう生活限界。もう諦めましょうよ、生きるのを諦めちゃいけない世界は一ヶ月前に終わったんすよ」

 

「さあ岩波ちゃんも死んで一緒にこの地獄から抜け出しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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《2018年9月 長野》

 

 

──この時にちゃんと殺されておけば、マコトが死ぬこともあの子が死ぬことも、明が死ぬこともなかったかもしれない。そしてここにいる2人が笑って生きていられる世界が、あったかもしれない。

 

 でも私は生きてしまった。今思い返せば、この後も何度も死ぬチャンスは訪れてきた。

 けれど、私はその全てに生き残ってしまった。

 

──この3年間、私は一体何をしてきたんだろう。

 

 枯れ果て荒れ果てた長野の地で一人そう思う。

 はじまりはあんなに人数がいたのかと、私の記憶ながら驚いた。過去の私はあんなに笑えていたのかと、自分のことながら驚いた。

 みんなみんな、私がダメなばっかりに死んでしまった。

 

──なら。

 

 私が殺したようなものなのなら、せめて私が元凶を殺さないと。あの世でみんなに顔向けができない。私だってこのままじゃ死んでも死に切れない。

 まあ私はみんなと同じ天国には行けないけど。

 

 

 体にまとわりつく白いモノに意識を向ける。ゆっくりだけど、だんだんと私の感覚器官とバーテックスの白い組織とがリンクしてきた。

 後は自分で好きなようにするだけ。

 時間はかかってしまうけど、最低でもここにいる全てのバーテックスと融合してからじゃ無いと。

 万が一アイツらを誰も殺せず私がやられたなんてことになったら、私が私を許せないし歌野たちも報われない。今は力を貯める時。

 

 

──そうだ。

 ここまでバーテックスの力を手に入れているんだから、進化体のバーテックスみたいに自分の体の形を変化させられるかもしれない。

 んー、どんなのがいいんだろう?

 怪獣とか巨大ロボットには詳しくないからイメージがしにくい。

 かといって今まで見てきたバーテックスの形になるのもつまらない。バーテックスは強いけど、あの強さとあのフォルムとが関連しているようにはあまり思えない。つまり強さのイメージがしにくい。

 

 もっともな形に意味のあるモノ、やっぱり動物とかがいいんじゃないかな。

 動物。強いやつといえばライオンとかゾウとかワニとか?

 いっそのこと巨人ってのも悪くない。同じ人間の姿だったらアイツらも戦いにくいでしょ。……私もそうだったし。

 

 でもやっぱりこの四国の連中に対する恨みは、私だけのものじゃない。本当の「勇者」だった歌野の要素も加えるべきだ。

 歌野の武器は鞭だった。一振りするだけで何体ものバーテックスをまとめて倒せてしまうすごい武器だった。

 ということは、次の私の姿には、とっても強い鞭のような部分があるといいのか。

 けど、たった一振りなんかで殺してやらない。四国には苦しんで苦しんで苦しんで死んでもらわないと。最低でも私たちの倍は痛い目にあってもらおう。

 このバーテックスと融合している体は大きいし力加減が難しそうだから、なぶるよりもじわじわと、例えば毒みたいなもので苦しんでもらおう。

 

 となると、鞭っぽい部分を持った毒を出せる強い動物ってことになる。ハチ、は鞭っぽくないし、毒ヘビ、もなんか違う。

 

 

 

 

 

 

──あっ閃いた。

 

 白い暗闇の中でニヤッと笑う。バーテックスの無表情より一層不気味でおぞましく。

 鞭っぽくて毒があって、おまけに私の武器で戦法だった "突き刺す" 要素が入っている動物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(サソリ)』これにしよう。

 

 

 

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