『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第41話【矢のようなものを発生させたもの】

 口が渇く。

 口中を舌で探っても唾の一つも見つけることができずに、ただゴクリと乾いた空気を飲み込むだけとなった。

 一瞬、また一瞬だ。あっという間にまた、私を取り囲む世界の様子が一変してしまった。

 その場その場での私が考えられる最適解を選んで進んできたけど、もしかしたら選んできたつもりなだけだったのかもしれない。そんなことを思ってしまうほど今のこの状況についていけていない。

 今朝まではペラさんも普通だった……ように見えた。けどそれも私だけだったのかもしれない。みんなが笑っているから大丈夫だと勝手に決めつけていた。

 

「でも今まで、今日までなんとかやってこられたじゃないですか!? なんでそんな、急に……」

 

「ボクもですね…いや、主張するんだからこういう場合は俺の方が良いですかね? 俺もですね、最初は岩波ちゃんもいるしもしかしたらって思ってたんだけど」

 

 肩をすくめて私の方を指差し、

 

「目の前で布川さんは瀕死になり、いつもはほとんどケガ無く戦えるはずの岩波ちゃんも、何があったのかボロボロになって帰ってきた」

 

 先日のバーテックス襲撃のことを言っているんだろう。確かにあのときは進化体が来たせいで大ケガを負った。

 

「1ヶ月、たった1ヶ月っすよ? もう生活にガタが来ている。本当に、”なんとか”っすね」

 

「──ッ」

 

 ペラさんの言うことは正論だ。最初の頃はよかったけど、最近は食べ物も質素なものになってきて不満な表情をする人も増えて来たし、ケンカしているのを見かけたこともある。

 けど、それでもみんな必死に生きていた。……生きて、いたんだ。

 

「だったら……こんなこと言いたくないですけど……生きていくのが無理って思ったのなら、他の人たちみたいに勝手に一人で死んだらよかったじゃないですか! どうしてまだ頑張っている人まで!」

 

 別の拠点も用意していく予定だったし、ゆくゆくはさらに遠くに行って生活区域を広げる準備もしていたのに。

 確かに世界は変わってしまったけど、諦めなければ変わってしまった世界を変えられたかもしれなかったのに。

 

「自分を偽って笑っていられる時間は終わったんすよ。俺の人生は奪われてばかりだった。もうこれ以上、世界に大切なものを奪われたくない。──だったらもう、自分から手放すか先に奪うしかないじゃないですか」

 

「……奪われたくないから、私はずっと戦ってきました」

 

 諦めた表情を浮かべる彼に、自分の行動理由を告げる。

 

「そうですね、でも、まあ…………ん? 何だあれは……」

 

 と言うと、ペラさんは私の方から目をそらして別の方角に意識を向けた。

 こんな時にどこを向いているのか、もしかして生存者でもいたのか、と苛立ちとわずかな期待を胸に私もそちらの方に眼だけ向けて確認する。

 

 その方角に何があるのかを認識するよりも先に、ぶわっと嫌な気配が私を狙っているのを感じた。本能が、勇者としての力が私に動け、と命令する。ヤバい、何かは分からないけどこのままここにいたら、死ぬ。

 レーザーポインターを体に当てられた時のような、それの数十倍の嫌な緊張が体を包み込む。

 本能に言われるがままに、この場から退避しようと足に力を入れ踏み込もうとするも、足もとに広がっていた血だまりに足を取られたのか、体勢が崩れる。

 

「な、ん……!」

 

 滑ったことに目を見開くと、一瞬だけど何か白くて大きなものがこちらに飛んできているのが分かった。驚いている間もなく私の左側に鋭い風を感じ、その突風に崩れた体ごと吹き飛ばされた。風切り音と何かが着弾した音で耳がいっぱいになる。

 

「ぐうあぁ…………こ、これって、もしかして…………っ!」

 

 結局別の所から来るのか、と半ば確信しながら上体を起こすと、左の頬に痛みが走る。顔を拭えば手には血が付き、今の風で切り裂かれたことが分かった。それに加えて肩、こっちは大した痛みはないものの、飛ばされたときに地面に打ち付けて鈍い痛みが染みてきている。

 

「でもあのままだったら頭ごと吹き飛ばされてた……」

 

 肩を押さえながら、この傷をつくってくれたものが飛んできた方角を見やる。

 

 そこには案の定、異形な姿のバーテックスの進化体が佇んでいた。もとのバーテックスからは考えられないような異常な進化を遂げている。

 まず目につくのは、笑えないくらい大きく、そして大量についている白磁の色をしたトゲのようなもの。それがハリセンボンのように360度全方向についている。

 そしてその中心から縦軸に伸びた、青色の胴体のようなもの。あれが本体なのだろうか。ちょうど6時を指し示しているみたいに、すらりと宙に浮いている。

 

「んで、飛んできたのがこれ、か」

 

 地面には、あの進化体にある無数のトゲの一つが突き刺さっている。ということはあの進化体はトゲで覆われているだけでなく、それを矢のように飛ばすことができる。あれだけ矢が大きければ近距離だろうと関係ないから、あの進化体は攻も防も完璧な存在だ。

 

「ハハハッ! こんなバケモノがいたんすね、あの日のケガの理由がようやくわかりました! さぁ俺にもお迎え、岩波ちゃんにもお迎えがきましたよ。

 岩波ちゃんをどうすればいいか考えていましたけど、これでみんな仲良く、命の危険も食料の心配も何もない平和な場所に行けますよ」

 

 待ってましたと言わんばかりに表情を明るくさせ、今度は私の後ろにいるマコトに声をかけた。

 

「マコト君もほら! 死ななきゃもうお母さんには会えないんだよ。お母さんがいないこんなつらい現実に生きている意味はあるのかい?」

 

「──! ……オ、オレは……」

 

「マコ──危ない!」

 

 話し終えるのを待ってくれるわけもなく、進化体の矢が私たち目がけて飛んで来た。

 マコトの手を取ってその場から跳躍するも、2発3発と私たちを仕留めようと矢を飛ばしてくる。ただ平面に逃げるだけでなく、マコトがいるから控えめではあるけど建物の壁を利用したりと立体的に躱していく。

 矢の破壊力には目を見張るものがあるけど、矢は一度撃ったらその矢を回収しないと次の矢が再装填されないらしく、しばらく逃げていると進化体は玉切れになった。

 わずかばかりのクールタイムが始まった。

 

「よし、これで少しの間は……!」

 

 ゆっくりと自動で本体らしき青い物体に戻っていく矢の一つに、その白磁の色とは別に赤い色が付着していた。ぽたりぽたりとその矢の先端から鮮やかな血が滴り落ちる。

 避けそこなったのか。急いで自分の体をチェックするも痛みはなく、頬の傷は痛いがそれ以外に新たにできた傷も見当たらない。マコトに聞いても同じ返答が返ってきた。

 だったら誰の?

 

「……ごふっ」

 

 どこかで小さな呻き声が聞こえた。

 なんてことはない。少し冷静になればすぐにわかることだった。

 バーテックスも、今やペラさんも私たちの敵になっているが、バーテックスに関しては標的は私たちだけではなく人類が敵なのだ。

 私たちの方に攻撃が飛んできたのなら、当然彼の方にも──、

 

「あ、あぁ……」

 

 上半身に大きな風穴を開けたペラさんが倒れ伏していた。ちょうど肋骨部分、生きていくのに大事なものが詰まった箇所が全て貫かれている。

 測らずともわかる、命の鼓動の停止。また軽々しく人の命が消え果てた。

 これで私が知っている生存者は、私とマコトだけ。明と鈴さんが見当たらないけど、2人とも生きているのだろうか。

 

 不安を振り払って進化体に立ち向かおうとするも、どこか身に力が入らない。

 『こんなつらい現実に生きている意味があるのか』

 ペラさんから最期に突き付けられたこの問いが、私の心に巣食った。

 




進化体の硬さがイマイチつかめないです。
のわゆの ”巨大な蛇のような姿のもの” はノーマル状態で斬れているけど、アレは斬れる前提のやつだから斬れただけで、アイツだけが特別軟らかかったのか……。
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