『生きるためには喰うしか無かった』   作:ブラウン・ブラウン

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第43話【弱い私の無謀な誓いは、白い闇へと呑まれていった】

 ペラさんの上半身に突き刺さった矢が、ぬるりと引き抜かれていく。

 今まで見てきた黒く変色した血液とは違う鮮やかな色をしたそれは、絵の具の付いた筆を勢いよく振り下ろしたかのようにびしゃりと、辺り一面に飛び散っていた。

 否が応でも、あの日のことを思い出す。初めて自分の無力を感じた、バーテックスが襲ってきたあの夜のこと。

 あの日も私は同じように、目の前にいた人のことを守ることができなかった。

 

 いったいこれで、死体を見るのは何回目なんだろう。物語にだってこんなに人が目の前で亡くなる展開はそうそうないと思う。

 現状のあまりの呆気なさに、体に力が入らない。

 この数十日間デパートでやれるだけのことはしてきた。少なくとも、やろうとはしたし頑張った。そう、頑張ったんだ。

 

 

 そしてこの結果。

 結局のところ、「勇者」と もてはやされても私は子供で人間。バケモノには勝てないんだ。

 どれだけ努力をしても、アイツらにとっては小細工でしかなく何の意味も持ってはいなかったんじゃないか、そんな無力感に苛まれる。

 

 『つらい現実に生きている意味はあるのかい?』

 

 彼の言葉がこだまする。

 鼓膜は進化体が矢を回収していく音を拾っているけど、その全てが上の空だ。いつの間にか、逃げる足も止まっている。

 命を抜き取った矢と抜き取られた体とを交互に見やるばかりで、一向に頭が働かない。

 他の矢が白い中、あの一本だけが赤く染まっていて、泣きたくなるほどの存在感を放っている。

 

「ーーー! ーー!」

 

 誰かが叫んでいるのが聞こえる。けれどその声も、辺りの騒音と曇った脳のせいでよく聞き取れない。

 崩れ行くガレキの音も、どこかからか聞こえる誰かの声も、ひどくゆっくりとくぐもった音に聞こえる。そしてそのくぐもった音は、やがて私の脳みその働きまでも曇らせる。

 

「ーー!」

 

 腕に新たな感覚が伝わってきた。手首の辺りが掴まれている。顔を向ければ、私よりも数歩先に逃げているマコトだった。どうやら私は担いでいたマコトを無事に地面に下ろしていたみたい。

 

「さっきから何ぼーっとしてんだよ! 早く逃げるぞ!」

 

「ーーぁ」

 

「んああもう! 行くぞ!」

 

 その言葉も言い終わらぬ間に、私は腕を引っ張られる。つんのめりそうになる体を動かして、進化体から逃げるようにマコトと一緒に走りだした。

 

「ちゃんと走らないと追いつかれるぞ!」

 

「う、うん」

 

 ただ逃げることだけ考えているマコトと、ちょっと思うところのある私。そんな二人がつながって走っているもんだから、足並みが揃わない。

 話している声も震えていて、自分の弱さが嫌になる。

 

「ね、ねえマコト」

 

「なんだよ!?」

 

 だって少し、ほんの少しだけだけど、「もういいんじゃないか」って思ってしまったから。

 だから彼の言葉を一緒に聞いたマコトの意見が聞きたくなった。

 マコトは今、辛くないのか。

 

「マコトはさ……さっきのペラさんが言ってたこと、どう思っ……」

 

 ぴちゃりと顔に液体が一滴かかる。

 一瞬「血っ……!?」と身を強張らせるも、それは杞憂だった。

 

 マコトは泣いていた。

 愚問だった。辛くないわけがない。だってマコトはあの日の私のように目の前で家族の死を見ているんだから。

 泣いた顔、食いしばった歯。けれど、その表情は絶望に満ちてはいなかった。

 

「オレはっ! あの日、母さんがガレキの中に取り残されたあの日に、『生きて』って言われたんだ!」

 

 食いしばられた口から語られたのは、私と出会う前の話だった。

 

「『お母さんはもう駄目だから、マコトだけでも逃げて生きて』って言われたんだ! だからオレは母さんのために、母さんがいな……いなくっても生きなくちゃいけないんだ!」

 

「ーーっ!!」

 

 私とは違う、芯と決意のある言葉。その強さに頭の中の曇が晴れていく。 

 まだ顔に残るマコトの涙を手で拭い取り、おぼつかなかった足取りに力を籠める。

 ……そうだ。私にはまだ明が、明だけが残っている。明だけは守りきらなくちゃ……。私だって言葉はないけど家族から明を託されているんだから。

 

「……そうだよね。うん、ありがとう!」

 

 気づけば迷いは消えていて、前を向く覚悟も決まっていた。

 

「私も明を探さないと。マコト、手伝って!」

 

「おう、もちろん!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ガレキを持ち上げる。いない。ガレキを持ち上げる。いない。

 

「どこにいるの明!?」

「誰かい生きてる!?」

 

 返答は返ってこない。

 

「くっ……」

 

 ガレキの隙間を覗くも、そこにも誰の姿もない。

 早くしないと。それと明と生存者の捜索とともに、同時進行で分析もしないと。

 

 進化体と2回対面して分かったことが2つある。

 1つ目は、進化体は、通常見かけるサイズのバーテックスよりも移動速度が遅い、ということ。

 と言っても、私以外の人にとっては普通に速いし何なら追いつかれてしまう。けれど何体ものバーテックスが集まっているぶん、速度という面からは合体のデメリットとして捉えられる。

 それを上回りすぎる攻撃力と防御力で、そんなのは欠点になりえないのだけれど。

 

 でもそのデメリットのおかげで、すごく体感的に時間がかかったけど、建物の陰を使いつぶして少しの時間だけ進化体を撒くことができた。けれど進化体、というかバーテックス全般はどうやら私の位置がぼんやりと分かるようで、今撒いたとしてもすぐに追いつかれてしまいそうだ。

 

 2つ目は、どう足掻いても今の私の力では、進化体を倒すことは不可能に近い、ということ。

 単体だったらどうとでもなるのに、合体した時の力の上げ方が異常すぎる。漫画とかだったら、複数いる敵が合体するのはよくある展開ではあるけれど、こっちは1人。

 せめてあと1人この力を使える人がいれば力の合わせようもあるんだけど、泣き言は言っていられない。

 ……でももし、そんな人が見つかったらどうやってやればいいんだろう?

 私の鍬はもう刃の部分しかないし、もう一人の勇者の武器と武器を打ち合わせて共鳴、みたいのだったらいいんだけど。

 ……いや、今は考えてもしょうがない。仮定のことを考えるよりも手を動かさないと。

 

「おい! 蛍井さんがいたぞ!」

 

「ホント!?」

 

 思考が横道に逸れようとしていたところにマコトから朗報が入る。その場から文字通り一っ飛びで声の方に飛んでいく。

 

「生きてる!?」

 

「……多分生きてる。血も出てないみたいだからどこか打って気絶したんじゃないか?」

 

「生きてる……! よかったぁ」

 

 諦めなくて、その言葉は口に出さずに安堵の気持ちを噛みしめる。

 

 とその時、ガラッ、という音がかすかに聞こえた。

 

「──聞こえた。誰か、いる」

 

「えっ?」

 

 強化された聴力を持つ私にしか聞き取れなかった僅かな音を頼りに、音の発生源付近の捜索をしていると、

 

「見つけた……っ!」

 

 耳を塞いでうずくまっている明と、

 

「皆神さん……」

 

 その隣に亡くなっている皆神さんがいた。彼女の左半身は食い千切られていて無くなっている。しかしなぜだろう。激痛だったはずだろうに、皆神さんはなぜかとても安らかな表情をしていた。

 

「って今はそれよりも、明っ! こっちに来て!」

 

「っわ!!」

 

「なに!?」

 

 耳を塞いでいた明の腕を掴むと過剰なほどに驚かれ、こっちまで驚いてしまった。

 

「と、ともちゃん……ともちゃん」

 

「ゴメン遅くなった……って毎回言ってる気がするね。ははっ」

 

 顔を上げた明の顔は涙でびしょびしょになっていた。けれどもその泣き声が全くと言っていいほど聞こえなかったあたり、明もバーテックスに見つからないように努力をしていたんだろう。

 もっと早く来ることができれば、明にこんなに悲しい思いをさせずに済んだかもしれない。後悔の念で、空笑いになってしまった。

 

「あ、あのね ともちゃん……お母さんがね……」

 

「ゴメン、ゆっくり話している時間は無いの。早くしないと……「岩波!」」

 

「ッ来た!」

 

 マコとの知らせと悪寒が同時に来た。進化体がそばに来ている。

 

「行くよ!!」

 

「ああっ まって! お母さんが……」

 

「明じっとしてて! マコトどっちから!?」

 

「左からだ!」

 

 なぜかすんなりと行動してくれない明を無理矢理腕で持って、マコトのところまで駆け寄る。

 

「鈴さんは背中に乗せて、マコトは左でいいよね」

 

「なんでもいいから早く!」

 

 背中に鈴さん、右腕に明、そして左腕にマコトを担いで、進化体が来る逆方向へと走り出す。

 

「みんな舌噛まないようにね!」

 

 重量的にも手数的にもこれが精いっぱい。

 これ以上人が追加されたら運び方を新たに考えなくちゃいけないし、無理だった場合にどうしようもなくなってしまう。

 

 だから──、

 

 

「た す ぇ て……」 

 

 声が聞こえた、気がした。

 

 それは本当に聞こえたのかもしれないし、もしかしたら幻聴だったのかもしれない。この高性能な耳も聞き間違えることだってあるかもしれない。

 

 だから私はその助けを求める声を、

 

 

 

──聞こえなかったことにした。

 

 

 

 聞こえなかったことにして私たちは、いや、私はまだ誰かが生きている土地から自分勝手に逃げだした。

 

 

 

 あれだけ守ると言ったのに。

 

 




 これでこの章も終わりです。長かった……
 次の章→断章→そして、ついに原作キャラが登場の終章、という流れでやっていく予定です。これまでよりもサラサラと進行していけるはず……

 次の章で、もう1人オリ勇者を出す予定です。(これで主要なオリキャラは最後かな?)
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