第4章スタートです。
今更ですが、原作ゆゆゆとは違い、この作品では結界外でも朝には太陽は昇り、夜には月が昇ります(原作では太陽は昇らなく、ずっと暗いまま)。
第44話【終わらない悲劇の感想戦】
力を発動しているのにもかかわらず、心が体が、足が重い。
この重さに足が止まって沈んでしまいそうになるけど、腕と背中に感じる3人分の命の重さが、私の歩みを止めなかった。
沼を歩いているかのように足が思うように上がらない。けれど視界に見える世界の移り変わり的に、走る速度は落ちていないから実際にはちゃんと足は上がっているんだろう。
しかし足にナニカがまとわりついているような気がしてならない。それでいてナニカに追われているような気もする。
足にしがみついて「戻れ」「助けて」と叫んでいる。亡霊が追っかけてくるような感じがする。この場にいないすべての人の声が聞こえる気がする。
それらを必死に振り切ろうと、私は無我夢中で行先も方角も考えずにただ走り続けた。
「ぜぇ、ぜぇ……かはっ……」
ボロボロになった住居にたどり着いた。この家に住んでいた人はうまくバーテックスから逃げられたのか、ありがたいことに家の中には死体はなかった。
どれだけの時間走っていたのだろう。3人をそっと床に下ろしてからへたりと地面に膝をつく。
鈴さんは未だ意識は戻らず、明は泣き疲れ、マコトは疲れから3人とも今は眠っている。結構揺れたのに目覚めないところを見るに、みんな疲れたのだろう、私も疲れたよ。
体力配分を考えずに、ただひたすら力尽きるまで走り続けた。
力に目覚めてから自分の体力の限界も変わってしまったから、ペース配分が分からなかったのもある。けれど一番は、ただ何も考えずに走っていたかったから。ひたすら走っていれば、余計なことを考えずに済むと思ったから。
おかげで、もう完全に後戻りできる距離ではなくなり足の重りもなくなったけど、代わりにあの場所にあった命に対する諦念が生まれた。
私は何をした? 何をしていた?
──私のしたこと?
ただ逃げただけ。
──何ができた?
何もできなかった。
──力がなかった?
こんな誰も守れない力なんて、無いようなものだ。
──なんで生きているの?
……それでも、それでも私には守りたいものがあるから。
そばに寝転ぶ明の頬をなでる。生きている温かさが手のひらからじんわりと伝わってきて、その温かさに自然と頬が緩む。
けれどすぐに現実のことを思い出し、顔が引き締まる。のんきでいるにはこの世界は不釣り合いだ。
今回の戦い……とも呼べない逃走劇の中で、1つだけ確かなことがある。
──私は「勇者」たり得なかった。
みんなの期待する、希望の「勇者」たり得なかったのだ。
失意のまま床に転がる。
一応ここは廃屋の中。すぐには見つからないだろう。
ちょっとだけ眠ろう。寝れば少しは気分もよくなるはず。これからのことも起きた後で考えよう。
もう9月。まだギリギリ暖かい格好をしなくても寝られる気温だけど、この先に待っている季節は秋、そして冬。
こんな風に無造作に寝られるのも今だけだ。でもこの疲れ切った体には、それがありがたかった。
何がおきてもいいようにと、少々冷たくて危険だけど、枕代わりに鍬の刃を頭の下に敷いて、私は眠りについた。
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「…………ん……」
日の光が、閉じたまぶたをこじ開ける。おぼろげな意識のままに頭の下の鍬の刃に手をかけ、周囲に目を配る。
さすがに、一番警戒しなければいけない役割の私が、昨日の今日ですやすやと熟睡できるわけもなく、寝ざめは良いというかほとんど眠れなかった。
太陽も、寝ていることは怠惰だと言わんばかりにサンサンと輝いている。
正直あまり疲れはとれていない。けれどこの疲れが、昨日のことは嘘じゃなかったということを証明している。
周囲の無事を確認してから空を見上げれば、昨日と変わらないような空だけど、昨日とはまるっきり明確に変わってしまった空がそこにはあった。建物の中から見るのとは違う、窓枠も無いどこまでも見える空。
久しぶりの感覚、約1カ月ぶりの感覚だ。住居なし、情報なし、この先の見通しなし。
これじゃ1カ月前に逆戻り。けれど何もかもが逆戻りっていうわけでもない。
守りたいものが増えた。多くのものを取りこぼした私の手に残った、3人の命。
その3人がいる方を見てみれば、3人いるはずのところに2人しかいなかった。
「え……マコト? どこに……」
「おっ、起きたか岩波」
「っ!」
不安に駆られたのもつかの間、突如後ろからマコトが声をかけてきた。
「……おはよう。良い朝だね」
と皮肉めいて挨拶すれば、マコトも同じ気持ちだったんだろう、苦笑いで「そうだな」と返された。
「どこに行ってたの? 動くなら声かけてくれなきゃ、心配するじゃん」
「ホントすぐ近くだったし、ほら岩波も疲れてると思ったからさ。いいかなって。それよりも、ほい」
「ん?」
何かを持ったマコトの手が差し伸べられる。よく分からずに受け取って見れば、それは缶詰だった。
「これ……!」
「オレもさっき起きてさ、周り見渡したらこんなのを見つけて。ほらあそこに」
指さす先には小さな棚があり、中にはまだ缶詰が数個残っていた。
この家の人が買っておいた備蓄だろう。私が持っているのはサンマの蒲焼きで、マコトのはサバの味噌煮だった。
「私そっちがいい!」
「ん? ああ、どっちでもいいぜ。あと割り箸もどーぞ」
「ありがと」
私はサンマよりサバ派なので交換してもらい、割り箸を引っ張って2つに分裂させ、さっそく開缶する。
「まずは腹ごしらえをしなきゃだもんね!」
身体の汚れ、手の汚れ、そんなのは気にしていられない。パンパンと払って手に汚れがついていなかったら多分大丈夫だ。
疲れた体に昨日から何も食べていないというのもあって、箸は素早く動いてすぐに食べ終わってしまった。最後にきちんと味噌煮の味噌を食べることも忘れない。
ちょっとしょっぱいけど、この世界での食料は貴重なのだから。
「ごちそうさまでした! お腹いっぱい!」
”ごはんが足りないとお腹が思っても、お腹いっぱいと声に出せばだんだんとそんな気がしてくる” 。これはダイエット中だった担任の先生から教えてもらったことだ。将来一人暮らしをしたときにも使える危険な魔法の言葉なのだとも教わった。
最初聞いたときはそんなわけないと思っていたけど、これが思ったよりも使える。
──そして無理にでもテンションを上げないと、自責と後悔で潰れそうになる。
「…………なんの、におい……?」
「あっ……、明おはよう」
「………………おはよぅ」
缶詰の臭いに釣られてか、はたまた騒がしい声──この場合は私の声か──によってか、寝ていた明が目覚めた。
「明も一緒に食べようよ。マコトが見つけてきてくれたんだよ」
「………………うん食べる」
「だってよマコト」
「オレかよ!? ったく……ほいよ」
「ありがと……」
1テンポ遅い返答に、マコトと行われる私とは違うスムーズな返答。
実は、明との仲がほんの少し悪くなっている──というか、一方的に避けられている(怒られてる?)。説明も無しにこんなところまで来たことに怒っているのか、はたまたただ単にお腹が空いているからなのか、イマイチよく分からない。
明も一度寝たら大抵のことは忘れるのにまだ少しむくれているってことは、かなり怒っているんだろう。
でも怒っている人に対してはしばらくそっとして、落ち着いたときにじっくり話し合う、っていうのが私流の怒っている人への対処法なので、もう1,2日は深くは聞かないでおく。
今はマコトに明を任せて、私は鈴さんの様子を見に行くことにしよう。
鈴さんは眠っていた私たちとは違い、衝撃によって意識を飛ばしていたっぽいけど大丈夫だろうか。
体を翻して鈴さんの方を見やれば、すでに鈴さんは目を覚ましていた。
仰向けに寝ていた体を上半身だけ起こし、右手を頭に当てて苦悶の表情を浮かべている。
「鈴さん! 大丈夫ですか、記憶とかはっきりしていますか?」
「ああ、灯ちゃん……もう少し音量下げてくれる? 頭が痛くって、すごく響くのよ……」
「ああっすみません。気が回らなくって」
「えっとそれで、ここは……何で外にいるんだっけ? 確か……白い……」
記憶が混濁している様子。つまり私が告げなければいけない。
私の無力を、生き残ることができたことを、そして生き残ることができなかったことを。
「はい。バーテックスがデパートを攻めてきました。生き残っているのは、ここにいる私たちだけです。ごめんなさい」
「……ああ、そんな感じだったわ、だんだん思い出してきた。……って、え? だって灯ちゃんはバーテックスと……それに私たちだけって」
「進化体が、現れたんです。もちろん警戒はしていたんですが、妨害に遭ってしまって……」
ちゃんとうまく説明できている気がしない。起こった事実と結果の謝罪をしなければいけないのに、どこか我が身可愛さな言い方になってしまっている。
「私の力は進化体には通用しなくって……それでみんな、みんな死んじゃって……」
「…………」
「まだ生きていた鈴さんと明とマコトを連れて…………ここまで逃げてきました」
「…………そんな……わけ……だって、みんなで考えていたじゃない!? これからのこととか、避難ルートとか!」
鈴さんは私と違って、現実が分からないほど頭が悪い人ではない。
「そ、そうよ! ここにはいないってだけで、他の人は別のところにいるんでしょ!? ね!?」
肩を掴まれ揺さぶられる私は、私には、
「ごめんなさい」
謝ることしかできなかった。
「…………灯ちゃん……じゃあ他の人は…ひ、光は…………!」
「……ごめんなさい。守れなくて、ごめんなさい」
「──あああっ……そんなっ……!!」
止まらないあふれ出す涙。声の限り上げられる悲鳴。絶望を孕んだ声にならない嗚咽。
私たちの新天地での目覚めは、際限のない悲しみから幕を開けた。