「…………」
泣いている人に、どう話しかければいいのか。
『ごめんなさい』『大丈夫ですから』
謝罪も勇気づけも、多分この場では意味を持たないと思う。ましてや"私"が"大丈夫"だなんて。
こういう時のために学校で国語の授業があったのだと今更ながら理解し、自分の不勉強が悔やまれる。
『あの人たちの分まで生きないと──』
頭をひねってみても、どこにでもある漫画の受け売りのようなセリフしか出てこない。
勇気づけられない。勇気を、希望を与えることができない。
「────行かなく、ちゃ」
「え?」
寝ていた姿勢から鈴さんがおもむろに立ち上がる。
「え、待っ! 鈴さんどこ行こうっていうんです!?」
「……? だって、まだ助けを待っているかもしれないじゃない……?」
「そ、それは……」
いる。
いや、いた。
そして、もういない。
進化体がいる場所に行くなんて、そんなの……死にに行くのと同じじゃないか。
「……っ、あれからもう半日以上が経ちました。私が……私が探したんです!」
鈴さんの目の前に立ち塞がる。けれど私はこの後言うことを考えると、鈴さんの顔を直視することはできなかった。
「鈴さんも知っていますよね、本気出した時の私の五感のすごさ。その私が必死に本気で探したんですよ!
だからもう ダメ なんですよ……」
「……っ」
ああ、自分が嫌になる。
「そ、そうよね……灯ちゃんがいたんだものね。じゃあそうなの、か……」
デパートに戻ろうとしていた足が止まる。私の偽りの言葉は、かろうじて鈴さんを止めるだけの力を持っていたみたいだ。
「……うん、ごめんね!
ちょっと気が動転してたみたい。少し向こうで、ていうのも危ないか。じゃあここでもう少し休ませてもらうわね。頭の整理をしたいし……」
頭を抑えつつも笑顔を浮かべて、鈴さんは元いた場所にまで戻ってくれた。
……あのままだったら鈴さんまともそうじゃなかったし危ないところだった。
「少し休んだら私もこれから……うん、これからね。これからについて考えるから、先にマコト君とお話し進めてていいわよ」
「いえ、そしたらそれまで待ってますよ。私達だけじゃ絶対良い案浮かばないと思いますし。っと、マコト」
振り返ってマコトに声をかければ以心伝心、言うより先に缶詰めが投げられてきた。
「よっと、ありがと! だから鈴さん。それまでの間、これでも食べて元気出してください。食べなきゃこの先、生きていけませんからね」
「この先……そうね、いただくわ」
私は嘘を吐くとき、人の顔は見れない性格だ。だからこの時も私は鈴さんの顔を見ることはできなかった。
缶詰めと割り箸を鈴さんにも手渡して、一旦鈴さんから離れる。1人で考える時間もとっても大切だ。
マコトに一つ感謝を告げて、若干不機嫌そうな明と一緒に鈴さんを待っている間、軽い雑談なんかをしていた。
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結果から言って、鈴さんが加わった話し合いでも何も解決策は思いつかなかった。みんなで話し合っても当然といえば当然だけど、それでも少しは気落ちするものだ。
決まったことといえば、今私たちがいる場所と、これからの超大まかな予定だけだ。
廃屋を漁っていると、どうやらこの場所が神奈川だと言うことがわかった。なんとあのデパートから2県も離れていたらしい。がむしゃらにうねうねと走ったとはいえ、よく体力が持ったものだ。
次に大まかな予定。これは単純。今までは引きこもっていて失敗したのだから、今度はこもらずに行動を起こそうというものだ。……引きこもる建物も無くなったし、ね。
最初の私と明の2人だけの日々を踏襲する形だ。あの時と違うことは、幾ばくかの敵の情報と幾ばくかの生活と生存の知恵。
これらを駆使して生きていかなければならない。
西に行こう。正確に行けば南西に行こう。
もしもの時のために、と週に2回手回し発電機で充電しておいたスマートフォンの電源をつけ──と言ってももう充電が15%くらいしかなく、鈴さんは持って来忘れたため唯一のスマホ──、コンパスを起動させて進行方向を決める。
これからの時期、寒くなる。行く先にあてがないのだから、出来るだけ暖かい地域に向かってみよう。日本が完全に縦長だったらすぐに下に行けばいいけど、地味に西に曲がって伸びているから面倒な国だ。
朝方ということもあり、すでに若干寒かったから、廃屋の中を漁って長袖パーカーを手に入れておいた。
きっとこれから何年かは、自分でお金を払って服を買う、なんていう機会は訪れることはないんだろう。自分のお小遣いを越えた服が着られる世界になったことに、何とも言えない感情が湧いてくる。
「忘れ物ないかー?」
「大丈~夫ー」
昨日、夕ご飯を食べていなかった私たちは缶詰め1個でお腹がいっぱいになるわけもなく、2個3個と缶詰めを開けていった。
結果、それほど備蓄されていなかった食料はあと1食分となった。この場所にいてももうご飯もないので、最後の1食をそこらへんに転がっていたリュックに詰めて、この廃屋から出て行く。
おばあちゃんたちから受け取った誕生日プレゼントのリュックは、デパートに置いてきたままだ。
他の物は別にいいけど、あれだけは駄目だ。バーテックスは人間には攻撃してくるけど、わざわざリュックに攻撃するなんて訳の分からないことはしないはずだから、無事なはず。
いつか取りに帰らないといけない。デパートのみんなのお墓も用意してあげたいし。
ただそれをする前にまずは生きなければ。
「周りに注意しながら慎重に行きましょう」
バーテックスが来た時のために少しでも体力を残しておきたいから、今回はみんなで徒歩で行動する。
この一歩が前進できる一歩でありますように。上げた足がそのまま下りて無意味な足踏みにならないように。
そう願いながら私は一歩を踏み出した。
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──2週間が経過した。
日にち感覚を忘れないために紙に正の字を書いているから、たぶん合っていると思う。
ついでに、たまにではあるけど、日記を書いてみることにした。後で見返した時に自分は何かやっていたのだと、無意味な時間を過ごしていたわけではないのだと思うために。
と言いつつも、この1週間では何も進展しなかった。
けれど、何もなかったと記すと虚無を感じてしまうので、些細な事をここに記しておこう。そう思いながら鉛筆でさらさらと書いていく。
まず、明とは移動中に和解することができた。
なんでも、明はあの皆神さんに助けてもらっていたらしい。あの皆神さんに、だ。最初にそのことを言われたときは、皆神さんは本当に自分の子だと思い込んでいたんだな、とその狂気に関心すら覚えてしまったくらいだ。
けれど話を聞いているとどうやら本気で思い込んではいなく、わざと呼んでいて、しかも明もわざと呼んでいたらしい。訳が分からない。ここらへんはもう、そうなんだ、と理解するしかなかった。
よく分からないなりに理解すると、なんやかんやで皆神さんも明のことを大切に思ってくれていたってことなんだと思う。正確なことは当の本人に聞いてみないと分からないから、あの世に行ったら聞いてみよう。
もともとみんなのお墓は作るつもりだったけど、明の命の恩人とあれば、余計に作りに行かなければならない理由が増えた。
「あー、ともちゃん何書いてるの?」
「ん? 日記よ日記。明も書いてみる?」
「んー、やっぱいい!」
「そ。私はもう少し書いてるから先にご飯食べてて良いよ」
「ん。そうするー!」
私の提案を即却下して、今日手に入れた食料を配っているマコトのもとへ走っていった。だんだんとマコトのポジションが給仕係になってきている。
もう日も落ちて夕飯時だ。
「おーい、食事の準備できたぞ」
「マコくん、ともちゃんまだニッキ? 書くから先どうぞって」
「そうなのか? んじゃ先に食べてるぞー。はいこれ蛍井さんの分です」
「ありがとう。灯ちゃんも早めに切り上げて一緒に食べましょ?」
「はーい了解ですー」
たくさん歩いて疲れているだろうに、みんな笑顔を絶やさないで食事をしている。
けれど私は知っている。
上げていた視線を日記に戻し、再び書き始める。
マコトは夜になると泣いていることを。
初めて気が付いたのは、確か3日目の夜だった。その日は眠りが浅かったのか、寝ている途中に何かの声がして目が覚めた。
聞きなじみのない音だったから飛び起きかけたけど、すぐにマコトの声だと分かった。
みんなを起こさないように声を殺しながら、「お母さん」と涙に濡れたかすれた声でそう言っていた。
気丈に振る舞っている人も、痛みを負っていること。このことは忘れてはいけない。
もしかしたら鈴さんも、私には分からないところで悲しみを吐き出してるのかもしれない。
私は力の影響で変に心が強化されている節がある。落ち込んでも先に進むように、力によって何かされている気がする。
気をつけないと。
力に危険性について、今後の自分宛てに記してから日記をぱたんと閉じる。
リュックに日記をしまって、3人の待つ場所へ合流しに行った。
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──3週間が経過した。
問題が2つ生じた。
1つ、スマホが壊れた。
原因はバーテックスと遭遇して戦った際に、パーカーのポケットから落下したから。しかもちょうど飛び上がった時だったから、高いところから真っ逆さまにガッシャン。粉々に壊れた。
これで唯一のスマホが壊れて、コンパスのアプリが使えなくなった。
道の行き先を確認しようにも電柱は大体が宙を舞うバーテックスによって倒されて、付いている看板はあらぬ方向を差していて使い物にならない。
100均に入って方位磁石を万引きしてみても、変な磁力が飛んでいるのかぐるぐると回ってこっちも使い物にならなかった。
今は壊れた看板を頼りに大まかに西に進んでいる。
もう1つ、食料問題だ。
バーテックスに遭遇するとその日1日と次の日の半分が警戒の日となり、ろくに食料探しに行けないのだ。
デパートにいた時は警戒の目がたくさんあったから何とかなったけど、この人数に年齢層。大人1人と小学生が3人だ。警戒してもし足りない。
食料が足りない→お腹が空く→食料を探そうにも力が出ない→食料が足りない、の繰り返しがそのうち起きそうな気がしてならない。
スーパーでじっとしてみてもいいんだけど、暖房もストーブもない冬は厳しい。一刻も早く少しでも暖かい地域に行きたい私たちは、行動するしかないのだ。
──4週間が経過した。
私たちはとある場所にたどり着いた。
大阪府にある梅田駅。
そこで見た光景を、私は生涯忘れることはないだろう。
なんと次は原作キャラが登場です。