とある魔術の叛逆者   作:オキシドール大魔神

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御坂美琴 A_certain_scientific_railgun.

 御坂美琴(みさかみこと)

 学園都市内でも名門と言われる常盤台(ときわだい)中学に一年生として通うお嬢様。

 『電撃使い(エレクトロマスター)』として最高峰の彼女は、単に電撃を操るだけでなく、磁力操作をはじめとして電磁気が絡む事柄なら大抵のことはできる。

 極め付けとして、電気が流れる物体であれば弾にして射出する『超電磁砲(レールガン)』という強力な技がある。

 基本的な身体能力も高く、武力としては申し分ない。

 能力のレベルが高いことは、演算の力に優れている証左でもある。

 つまり、頭脳の程も申し分ない。

 顔もスタイルも中学一年生女子としては平均を上回っており、文武両道、眉目秀麗という言葉にふさわしいだろう。

 あえて欠点を挙げるとすれば、少々血の気が多いことと、一つの事に没頭すると周りが見えなくなってしまうところだろうか。

 そんな彼女の日課の一つに、漫画雑誌の立ち読みというのがあった。

 九月九日の放課後、コンビニでいつものように立ち読みをしていた時だった。

 

(……ん?)

 

 常盤台中学の制服であるプリーツスカートのポケットの中のスマートフォンが音を鳴らしたので取り出して見れば、画面に表示されていたのは非通知だった。

 連絡先に登録されてない番号でも少し警戒するのに、非通知なんてものは怪しさ満点だった。

 こういう類のものは、『対応すること』自体が情報を抜かれることにつながる――たとえば、電話に出た時点でこの電話番号はアクティブなものと分かるなど――ので、相手にしないのが定石(セオリー)ではあるのだが、

 

(ま、出てみますか)

 

 御坂は能力の性質上、電子機械への干渉なども得意だ。その気になれば逆探知も不可能ではない。もっとも、仮に座標を割り出せたとしても公衆電話の可能性や、モバイルで使い捨てなど空振りする場合もあるが、組織が拠点を設けて無差別に行っているのなら、その組織を潰せる。

 あるいは、また別の可能性だとしたら。

 御坂は通話ボタンを押して耳に当てる。

 

『はじめまして、御坂美琴さん』

 

(私のことを知っていてピンポイントに、か)

 

 御坂美琴という人物像を知っていて、その上で何らかの目的をもってコンタクトをしてくるという可能性。

 超能力者は学園都市に七人しかいないためか、御坂は超能力者に認定されてから良くも悪くも有名になった。

 街を歩けば握手を求められることもあれば、研究者から研究したいとスカウトされるなど、まあ様々だ。

 

「で、どんな意図があって私にコンタクトを?私のことを知っているのなら、どんなことができるかもわかるわよね?」

 

『逆探知のことを言っているのなら、してもらっても構わない。こちらは君にアポイントを取りたいだけなんだ』

 

 ボイスチェンジャーなどを使っている風には聞こえない。

 低い声質を真に受けるなら、おそらく中学生以上の少年。

 

「あっそ。話が早くて助かるわね。じゃあさっさと落ち合いましょうか」

 

 ぶっちゃけちまちました牽制合戦より、直接ぶつかり合った方が楽だ。

 武力の衝突なら、よほど搦め手を使われない限り負けない自信がある。

 後ろめたい人種なら、人気の少ないところに案内してくるだろう。

 そうなったら、ある程度は暴れやすくなる。

 仮にあえて人がいる場所に案内されたとしても、それはそれで向こうも暴れられないはずだ。

 

『こちらとしても、話が早くて助かるよ。では――』

 

 そうして案内された場所は、どこにでもある公園だった。

 一〇分ほどで到着すると、無邪気に遊んでいる子供達とは別に、ツンツン頭の少年がベンチに座っていた。

 

「アンタが電話の主さん?」

 

「その通りだ」

 

 少年は言いながら、両手を頭の高さに上げる。

 武器などは持っていません、あなたに危害を加えるつもりはありませんアピールだ。

 警戒しつつも、御坂もベンチに腰掛ける。

 

「まずは、ここまで来てくれてありがとう。早速だが、これを見てほしい」

 

 少年は、カバーがついてない黒いスマホを渡してくる。

 動画が再生されていた。

 その動画には、

 

「何よ、これは……」

 

 どこかの病院で、御坂と同じ姿をした少女が看護服を着用して仕事をしている姿が映っていた。

 

「そこに至るまで、いろいろと話さないといけないことがある」

 

 少年は語る。

 御坂美琴が幼少期に提供したDNAマップを利用し彼女のクローンを量産して、学園都市の戦力を格段に引き上げる『量産能力者(レディオノイズ)計画』になるものが画策されたこと。

 しかし、生まれたクローン『妹達(シスターズ)』は、オリジナルである御坂美琴の万分の一にも満たない力しか得られなかったこと。

 当初の計画が失敗してしまったため、カバーするために『絶対能力進化(レベル6シフト)実験』が画策されたこと。

 その実験は、『一方通行(アクセラレータ)が妹達をすべて殺すことで絶対能力者(レベル6)になる』というもので、その実験のためにおよそ二〇〇〇人弱の妹達が葬られてしまったこと。

 その実験は、少年が一方通行を撃破したことで中止され、残りの妹達は学園都市の一部の施設と外の協力機関に預けられたこと。

 少年がその実験の研究機関を全て潰して回り、その過程で二万の妹達が暴走した時の安全装置であった最終信号(ラストオーダー)を発見・保護して学園都市の病院に預けたこと。

 少年は追加で、一方通行を撃破する動画も見せてくれた。

 

「――ここまでの話は、ここ数ヶ月で起こったことだ。正直、動画含め今の話の大半が作り話ではない証明はできない。証明できるのは、今も学園都市の病院にいる妹達と最終信号だけだ」

 

 少年は、おそらく病院の住所が書かれたメモを渡しながら、

 

「ただまあ、わざわざ君に連絡を取ってこんな作り話をするメリットなどないことだけは言っておく」

 

「……そうね」

 

 メモを受け取りながら、御坂は思う。

 少年の言う通り、証明の材料はないが嘘を吐くメリットもない。

 動画がフェイクのようには見えないし、メモに書かれた病院に行けば妹達の存在は証明されるだろう。

 突き詰めれば、学園都市では他人に変身できる能力者もいるから『妹達は変身した誰か』という可能性もなくはないが、そこまでするメリットなどなおさらないだろう。

 

「この話をした理由は大きく二つ。一つは、君の中での無用な混乱を招くため。何も知らずにいきなりどこかで妹達に遭遇したら混乱するし、それを調べようとしてヘタに闇に関わるのは本意ではないだろう。もう一つは、君にこの話をするのが筋だと思ったからだ」

 

 聞きたいことはたくさんあった。

 学園都市の水面下で行われていた暗い計画や実験を知っている情報力。

 学園都市最強であろう一方通行を難なく倒す武力。

 そんな規格外の人間が、わざわざ接触してきて気を遣うような素振りを見せていること。

 だが、一番聞きたいのは、

 

「……一連の出来事は、私が提供したDNAマップが原因ってワケ?」

 

 思わず口に出たことに嫌悪感があった。

 だって、こんなことを聞くのは卑怯だ。

 『私が悪いの!?』と逆切れじみた問い質しをして否定してもらおうとする心の動きと変わらない。

 今後二度とこのような事例を失くすために原因を究明しようとしているわけではなく、罪悪感から逃れたいだけだ。

 そんな御坂の心情を見透かしているのか、いないのか、少年の返答はこうだった。

 

「客観的な事実だけを追えば、おそらくそうだろうな。毛髪に唾液、血液など君のDNAを非公式に入手する手段はいくらでもあるから、君が仮にDNAマップを提供していなくてもクローンは量産されて一方通行のために転用された可能性はあるが、現実はそうじゃない。既に入手しているDNAマップをあえて使わない理由はないだろう」

 

 とはいえ、と少年は続けて、

 

「あくまで個人的な感想としては、君に非はないし、罪悪感を抱く必要性は薄い。君が善意から提供したDNAマップから端を発したとしても、利用した奴らが悪いに決まっている」

 

 現実を叩きつけられた。

 だけど、批判はなかった。

 それだけで、少しだけ救われた気がした。

 

「なんかごめん。それと、何て言っていいか分からないというか、ふさわしい言葉じゃないかもしれないけど、ありがと」

 

 少年は少し怪訝な顔をしたが、そこを拘泥する必要もないと考えたのか、何に対して?など聞き返しては来なかった。

 

「俺の話は大体終わった。さっき渡したメモは妹達がいる病院の住所。学園都市の中にはそこにしかいないが、出掛けたりしている個体もいるそうだ」

 

「え?」

 

「言いたいことは分かるよ。クローンは国際法に触れるから存在が明るみに出るだけで危険なのに、そんな簡単に出歩いていいのかって話だろ。彼女達の安全面を考慮するなら、しない方がいいには決まっている。だけど、研究者たちの都合で勝手に生み出されて、殺されて、助かっても自由はない。……そんなの、酷すぎるだろ」

 

「……」

 

「完全に自由にしているわけじゃない。制限は設けている。出歩く妹達はローテーションで一人ずつだ。君と妹達の一体が同じ時間に違う場所にいるのが確認される確率は高くはないし、確認されたとしても『双子です』という言い訳はできる」

 

「……それもそうね」

 

 そもそも原因は自分にある以上、この件に関して強く言えないし、まだ現実感も伴っていない。

 まずは、病院に行っていろいろ確認してからだ。

 

「受け付けで『妹に会いに来ました』といえばわかるように話はつけてある。あとは君に任せるよ。じゃあ、俺はこれで」

 

 少年は立ち上がって、どこかへ去ろうとする。

 

「ちょっと待って。結局、アンタが何者かは教えてくれない?」

 

 駄目で元々な質問だった。

 ただ、このまま別れるのだけはなんとなく釈然としなかったから、何らかのアクションをするしかなかった。

 少年は、立ち上がったまま数秒沈黙したのち、

 

「本来、君と俺はこれ以上かかわるべきじゃない。かかわった場合、多分、君の方がデメリットは大きいだろう。それでも知りたいか?」

 

「即断られるかもと思ったけど、意外な返答ね。かかわった場合デメリットが大きいのは、アンタの方じゃないの?私は、知りたいに決まってる。私とのコンタクト方法からしてアンタは表の人間ではないだろうし、裏でどんなことをしているかも知らない。けど、アンタは妹達を救ってくれた。私から見たらアンタが悪人には見えないし、仮に悪人だとしても私が監視できる」

 

 仮に悪人だとした場合、情報力でも武力でも劣っているので、実際問題監視が可能かは分からない。

 それでも、完全フリーにしておくよりはいいだろう。

 少年は、またしても数秒沈黙したのち、

 

「まあ、妹達の説明を対面でした時点であんまり変わらないか。妹達のことをさらに独自で調べたりして闇に関わったりしてもだしな」

 

 少年は、さっきとは違うスマホを取り出して操作をした。

 直後に、御坂のスマホが着信音を鳴らす。

 『ゲコ太』というキャラクターのスマホケースをつけているスマホを取り出す。

 電話番号が表示されていた。

 

「これが俺の電話番号。交換条件じゃないが、妹達のことについて独自には調べないでくれ。疑問が出てきたら俺に連絡すること。もっとも、ここまで説明した以上のことは俺も知らないが」

 

 条件を持ち出す前に実質電話番号を教えたのは、信頼してもらおうとしているのか、いざとなったら変えればいいと思っているのかは分からないが、ここで欲張って彼の背景を深追いすると逃げられるかもしれない。

 まず妹達を直接見ないと始まらないこともいろいろあるが、その辺をごねても同様だ。

 だからここは、

 

「分かったわ。いろいろ話してくれてありがと。最後に、名前だけ聞いていいかしら?電話帳には電話番号とか通称とかじゃなくて、きっちり登録したい派なのよね」

 

「分かったよ。俺は上条当麻。漢字は上下に条件、妥当に亜麻色だ」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 御坂は数秒で登録を終えたあと、メモを見て住所を打ち込んで、

 

「じゃあ、私はこのまま病院に行ってくる。また連絡するから!」

 

 言うが早いか、御坂は上条に背を向けて走り去っていった。

 

 

 

 

 

(何をやっているんだ、俺は……)

 

 公園のベンチの前で、上条は立ち尽くしていた。

 御坂美琴になぜ連絡先を教えようと思ったのか。

 お互いに、表と裏の人間が関わりあうことはデメリットの方が多いだろう。

 そもそも、直接御坂とコンタクトを取る必要があったのか。

 可能性として、妹達のことを御坂に教えずに彼女が何も知らないまま妹達と接触したら、暗部の魔の手が御坂に伸びていたかもしれないし、芋蔓式に()()()()の素性も明かされたかもしれない。

 妹達のことを正しく伝えるのは、一連の事件に深くかかわった上条がふさわしいだろう。

 リスクケアとしては、悪手ではない。

 だが、最善ではないかもしれない。

 初めから代理を立てた方が総合的なリスクは少ないし、百歩譲って直接コンタクトを取るのはいいとして、連絡先まで教えなくてもよかったはずだ。

 妹達のことだって、話した以上のことは本当に知らないのに、だ。

 合理的理由を追求した場合に矛盾が生じるなら、残る理由はおそらくこれしかない。

 

(適当な理由をつけて、俺は御坂美琴と関わりたいと思ってしまった)

 

 それが何に由来するものなのか、正確なところは分からない。

 困っている人のためにDNAマップを提供できる性根や、低能力者から超能力者まで成り上がった努力家な部分を含む人間性と、容姿や頭脳、両親に恵まれ順風満帆な人生を歩んでいる彼女に憧れてしまったのかもしれない。

 だとしたら、甘えもいいところだ。

 無意識に、光の人間と関わりたいと思ってしまったのか。

 自分は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに。

 上条は、己の額に手を当てながら、

 

(だが、今更中途半端は許されない)

 

 上条にプライベートな連絡先はないが、連絡先を変えるのはあまり得策とは言えない。

 ビジネス上の連絡先に変更を伝える手間はあるし、その手間を抜きにしても連絡先の変更は関係者にいらぬ憶測を抱かせるからだ。

 もちろん、それこそ御坂本人にも。

 だから、

 

(かかわった事実や抱いた感情は覆せない。だったら、俺がやるべきはひとつ)

 

 もしも、彼女が上条に関わったことで不利益がもたらされたら、その不利益から彼女を守ること。

 闇に引きずり込んで手元に置けたら楽だが、そんなのは彼女の人生を束縛することになる。

 そんな安易な道を選ばずに、裏から彼女の光の世界を守り続ける。

 そうする責任がある。

 一度決めたら、上条は妥協を許さない。

 できる限り、ではなく、何が何でも守り通す。

 決意した上条は、公園を後にした。

 


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