とある魔術の叛逆者   作:バナナイトナカイ

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ローマ正教とイギリス清教 complication.

 九月某日。二一時三〇分。

 ローマにあるとある協会の長椅子に、赤いジャケットに赤いズボンという装いをした赤づくめの男が座っていた。

 時間も時間なので、教会にいる人間は彼一人。

 

「遅くなって済まない」

 

 そんな彼に声をかけたのは、純白のスーツにグレーのネクタイの老紳士だった。

 

「そんなフォーマルな格好をしてくるからだろう。目立つ格好は辞めろと再三言っている」

 

 声をかけた老紳士は、実はローマ教皇だった。

 つまり、二〇億人もの信徒を抱えるローマ正教のトップだ。

 そんな彼に、遅れてきたとはいえ軽口を叩いた。

 それを咎めない時点で、少なくともローマ教皇と赤づくめの男の立場は同等以上だった。

 

「どこで誰が見ているか分からない。それに仕事の話をする以上、いい加減は許されない」

 

「一応、密会なんだがな。前提は無視するし、こちらの忠告も聞かない。極めつけに形だけの謝罪など不遜より嘆かわしい」

 

 赤づくめの男は、パン!と読んでいた聖書を勢いよく閉じた。

 彼は苛立ちを隠しもせず、

 

「で、話というのは?」

 

 先を促されたローマ教皇は、赤づくめの男の横に腰掛けつつ、

 

「前方のヴェント。彼女から学園都市への攻撃命令を許可する書類のサインを強制された。何がどうなっている。右方のフィアンマ」

 

 フィアンマ。

 イタリア語で火を意味する言葉で呼称された男は、軽く溜め息をついて、

 

「俺様に問い詰められても。本人に聞いた方が早いだろう」

 

「当然、聞き返した。科学を潰したい、だそうだ。貴様が命令を下したのだろう」

 

 フィアンマと呼ばれる男は嘆息しつつ首を左右に振りながら、

 

「決めつけも大概だな。そんな話は初耳だ。であれば、彼女の独断専行に他ならない」

 

「それを諌めるのも、貴様の仕事だろう」

 

「話にならんな」

 

 呆れた様子のフィアンマは、会話を打ち切って立ち上がる。

 

「待て!話は終わ」

 

「黙れ」

 

 いよいよフィアンマは、ローマ教皇に対して命令形で遮った。

 

「そちらから呼び出しておいて遅刻、密会だというのに目立つ格好をしてくる。何度も注意しているのに、だ。形だけの謝罪に、身勝手極まりない決めつけ。一体どれだけ俺様の機嫌を損なえば気が済む?」

 

 ローマ教皇側に少なからず非があるとはいえ、あまりにも不遜な言い分だった。

 対して、ローマ教皇も怯まずに、

 

「ヴェントと貴様は同じ『神の右席(かみのうせき)』のメンバーだろう。そして『神の右席』のリーダーは貴様なのだろう?であれば、部下の強硬を止めるのも勤めなはずだ」

 

 食い下がるローマ教皇に、フィアンマはもはやだるそうに答える。

 

「お前は何も話を聞いていないな。この話は初耳で、ヴェントの独断専行だと言ったはずだ。逆に聞きたい。俺様にどうやって止めろと?」

 

「今からでも止められるはずだ」

 

「止められんよ。お前が書類にサインした事実は覆せんし、独断専行するようなやつが俺様の命令を聞くはずもない」

 

 そこまで言われて、さしものローマ教皇も押し黙る。

 ヴェントもフィアンマに負けず劣らずの不遜を備える。

 フィアンマの命令を素直に聞くとは限らないし、仮に実力で止められたとしても、それはただの仲間割れで戦力の喪失につながるだけだ。

 フィアンマは、二の句が継げない様子のローマ教皇を見て無言で立ち去ろうとする。

 

「待て!学園都市の人間は異教を信仰しているのではなく、主を知らないだけなのだ!こんな強引なやり方が許されていいわけがない!」

 

 顔には立派な白ひげを蓄えているおじいちゃんが何か喚いているが、フィアンマはもはや振り返りすらせず帰路の歩を進める。

 教会の扉を開けて、外に出る。

 何を言っても無駄だと悟ったのか、年甲斐もなく走って追いかけてくるまではなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 学園都市へ潜入せよ。

 イギリス清教から下されたその命令は、当時一二歳の土御門元春(つちみかどもとはる)にしては荷が重かった。

 しかしながら、彼以上に潜入に長けた人材がいなかった上、その命令を承知しなければ魔術と科学のバランスが大きく崩れるかもしれないというのが笑えない状況だった。

 もっとも、笑えなかったのは土御門元春だけでなく、彼に『家族』としての名義を貸すためだけに卜部(うらべ)芦屋(あしや)の性を捨てさせられた美秋(びしゅ)冬頭(とうず)もだろうが。

 たったの数十年で、世界三大宗派さえも無視できない存在になった学園都市に潜入するのは並大抵ではない。

 そこで提案されたのが、義理の家族を設ける策だった。スパイが義理とはいえ家族を設けるなどあり得ないと思わせるために……。

 そんな誤魔化しなどすっぱり綺麗に通用するとも思えなかったが、それすらやらない丸腰も危険と判断した土御門は、舞夏(まいか)という少女を義理の家族として設けることに決めた。

 ただし、それで仮に潜入が成功したところで、大きな問題がもう一つある。

 

『潜入に成功したとして学園都市の能力開発を受ければ、オレは魔術師として終わるぞ』

 

 当時から換算して十数年前、とある魔術師が学園都市で能力開発を受けた後に魔術を行使した際、身体の至る所の血管が破裂するという事象があった。

 サンプルがその一件だけなので詳しい理屈や条件は不明だが、魔術を行使する度に血管が破裂するようでは、魔術師としてはまともに機能しないだろう。

 しかも、これは少なくともの話であって理屈や条件が分かっていない以上、最悪の場合、魔術を行使した途端即死すらあり得る。

 学園都市では、子供は能力開発を義務付けられている。

 これに対し、イギリス清教の清教派の最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートの回答はこうだった。

 

『裏社会に潜入すれば、そもそも開発とやらを受けなくても済むでしょう?あるいは受けたフリくらいできけるはずよ』

 

 所詮、現場に出ない上の命令など、こんなものだ。

 逆らったところで意味はないし、魔術師としてギリギリでも生き残れるなら、そのルートを目指すしかないだろう。

 土御門は一週間で準備を整え、学園都市の潜入を決行した。

 結果、予想通り、交渉材料に成り得るような弱みを掴む前に潜入など看破された。

 雨が降りしきる学園都市の路地裏を、追っ手から逃げるために走っていた土御門の前に現れたのは、ツンツン頭の少年だった。

 

『アンタ、結構強そうだな。若い割に学園都市に潜入してくるだけありそうだ』

 

 随分と上から目線だが、現にこうして立ち塞がられている手前、強気な発言はできない。

 

『オレみたいな若造がこんな大役をやる羽目になってしまうくらいには人材不足なだけさ。もっとも、潜入者を捕まえるエージェントとして派遣されたのも、オレと同い年くらいの若造だとは思わなかったが。お互い苦労するな』

 

『こんな泥にまみれた裏稼業の人材なんて不足していた方がいいさ。でも、俺は俺の野望のために何があっても誰を利用してでも邁進するつもりだ。そのための準備の一つとして、アンタは俺達の傘下に入ってもらう』

 

 別世界の暗部の人間としてスカウトされる……というのは願ったり叶ったりの展開ではある。

 だが、逆にトントン拍子過ぎて怖いところもある。罠の可能性も否めない。

 この雨なら、得意の黒ノ式(くろのしき)も十二分に活かせる。

 ツンツン頭が人材不足で派遣されたのなら、突破口は開けるかもしれない。

 

『ま、捕まって殺されるよりは願ったり叶ったりの展開だな』

 

 ひとまず、素直に従うふりをしてどうするかを画策し始めたところで、

 

『忠告しておくが、こちらには心理を読み取る能力者がいる。策謀は通用しないぞ』

 

 背を向け歩き出すツンツン頭の少年を、土御門は攻撃できなかった。

 彼が発言と共に一瞬だけ放った威圧感が半端ではなかったからだ。

 

(もしかしたらオレは、とんでもない奴らに目をつけられたのかもしれないな……)

 

 路地裏の奥へと消えていく少年に、土御門は無言でついていく。

 やがて、土御門の背中も路地裏の奥へと消え、路地裏には雨音だけが残った。

 ――これが、土御門元春が上条勢力に入った経緯だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ウォータールー駅から徒歩一〇分の距離にある、(セント)ジョージ大聖堂。

 その奥の奥で、黄金の長髪にベージュ服の修道女が、クラシックな黒電話で定期連絡を受けていた。

 

『――ってなわけで、「妹達」が世界中にばらまかれたわけだにゃー』

 

 電話の相手、土御門元春はふざけた口調で、ここ最近学園都市内であった大きな事件とその後の経過について報告していた。

 イギリス人の、しかも上司に対してなのに、英語ではなくあえての日本語で。

 土御門は生粋の日本人だがイギリス清教に所属する魔術師で、英語が話せないわけではない。

 つまり、この話し方は本当にただの悪ふざけでしかない。

 

「それは、何か意味がありけるのかしら?それともただの成り行き?」

 

 対して、報告を受けているローラ=スチュアートはそこに怒る事もないどころか、いい加減な古語が混じった日本語で聞き返した。

 こんなことになっているのは、土御門がおふざけでローラにいい加減な日本語を教えたからなのだが、ローラはそれを知る由もないし、本人は存外この話し方を気に入っているので、こうして日本語でやり取りしているわけだ。

 

『どうだろうにゃー。私見だが、成り行きなんじゃないか?学園都市のテクノロジーの一つである妹達を、意図して学園都市外に出すメリットがないですたい』

 

 土御門の報告によると妹達とやらの実力は、魔術は扱えるけど本職ではない人よりは強いが、本職が魔術師の人間にはまず勝てない程度らしい。

 数が数なので束になられたら多少のごり押しは効くかもしれないが、世界各国に万遍なく散らばっているらしいので、その懸念も基本的にはない。

 

「学園都市のアキレス腱にはなり得るのかしら?」

 

『国際法に違反しているのは事実で、それを明るみにすれば学園都市を叩く材料になるかもしれないが、明るみにした方法は追及されるだろうし、トカゲの尻尾きりでのらりくらりと言い逃れられる可能性もあるんだにゃー』

 

「学園都市はいざとなれば、協力機関や妹達を見捨てると言いたいの?」

 

『可能性はあるんだぜい』

 

 土御門の報告からすると、学園都市は戦力を増やすためだけに国際法に抵触してでもクローンを大量に生み出し、しかし期待通りの結果にならなかったので非人道的な実験に転用したことになる。そんな道徳観や倫理観なら、見捨てる可能性は大いにあるだろう。

 そして、道徳観や倫理観よりも、己の欲求を優先する輩がこの世界では一番強い。

 さすがに、たかだか数十年で長い歴史がある魔術世界と比肩するまでになっただけはある。

 

「なら、上条当麻のアキレス腱には?」

 

『カミやんの性格上、間違いなくなる』

 

 即答だった。

 今回だけでなく、これまでに土御門からもたらされた情報からすると、確かにそうだろう。

 上条当麻は、異能ならば問答無用で無効化する『幻想殺し』を右手に宿している。

 さらに彼は、魔術も扱う。

 『肉体強化』、『大ダメージの無効化』、『宿り木』。

 それらを使いこなす上条当麻は化け物レベルの強さらしいが、そこまでして強さを求めているのは、復讐と救世に由来する。

 親しい人どころか、赤の他人の犠牲すら許容できない精神性。

 本人の武力がどれだけ高かろうが、周りに弱みがありすぎる。

 

「上条勢力に何か動きは?」

 

『大きな動きは特に。時間的に今回の報告はここまでかにゃー』

 

「そうね。では、また次回の定期連絡で」

 

 土御門元春は、潜入前こそ乗り気ではなかったが、なんだかんだ魔術師として健在のまま潜入に成功しているし、定期連絡もきっちりこなしている。

 上条当麻および彼が率いる勢力の武力自体は脅威だが、『救世にこだわる』という致命的な弱点がある以上、総合的にはいくらでもどうとでもなるだろう。

 ただし、最先端テクノロジーと並外れた倫理観を備え、たった数十年で世界に台頭するまでに至った学園都市を中心とした科学サイドそのものは軽視できない。

 同じ魔術サイドを見ても、世界三大宗派のローマ正教とロシア成教も一筋縄ではないだろう。

 人数だけなら上条勢力を上回り、魔術師や『原石(げんせき)』――魔術を習得したわけでも、学園都市で能力開発を受けたわけでもないにもかかわらず、自然に異能を宿し扱う者――を抱える上里勢力(かみさとせいりょく)も、ダークホースとなり得る。

 

(まったく、面倒な世の中……)

 

 嘆息しつつも、ローラは次なる一手を思案する。

 

 

 学園都市は闇を抱えている。

 そんな学園都市に、上条勢力は承知の上ではあるが、イギリス清教からの魔術師がいる。

 そんなことを知る由もないローマ正教は、学園都市を叩き潰そうとしている。

 その他、大小さまざまな勢力や団体にも思惑があって、活動している。

 群雄割拠の世界がこれからどうなっていくのかを見据えられている者は、現時点で何人いるだろうか。

 

 

 そして、迎える九月九日の深夜。

 ローマ正教『神の右席』前方のヴェントが、単騎で学園都市を襲撃する事件が発生する。

 情報統制もあって世間一般には知られないが、水面下では多大な影響を及ぼしたであろう、世紀の大事件が。

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