とある魔術の叛逆者   作:バナナイトナカイ

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覚悟と意地 in my world.

 上条当麻と前方のヴェントは、第一九学区の数キロ四方が更地の場所で向かい合っていた。

 両者の距離は数十メートル。

 

(ここまでの移動と今の様子見の時間で、俺の術式のいくつかに気づかれている可能性は十分ある)

 

 上条の魔術は大きく分類するなら『肉体強化』、『宿り木』、『大ダメージの無効化』の三つ。

 そのうちの一つ『肉体強化』は極めてオーソドックスであり、魔術をある程度使いこなせるものなら『誰でもできる』と言っても過言ではない。先ほど指先から出した弾丸については、魔力を弾丸の形で放出しただけにすぎず、これもやろうと思えば誰でもできるレベルの簡単な魔術だ。

 『窓のないビル』屋上で投げ飛ばしたこと、そのあとの追撃とここまでの移動から、『肉体強化』については察していると考えていい。

 もっとも、これは簡単な魔術のため暴かれたところで何も問題はない。

 

(気づかれるとやや面倒なのは、幻想殺し)

 

 ハンマーの破壊にしても風の鎧の突破にしても、『肉体強化』の力業で突破されたと考えてくれる可能性は低いだろう。

 何せ、あのハンマーとヴェントは高密度の風を纏っていた。並の『肉体強化』程度なら弾かれるどころか最悪ミンチになっていてもおかしくないのだから。

 何より、『相手を気絶させる術式』が通用していないことを考慮されると、『肉体強化』以外の術式があると考えるほうが自然だ。

 『無効化』という発想が出なければずっと混乱してくれると思うが、そうでなければ面倒な立ち回りをされる。

 実際は受け身で限定的なこちらの『無効化』を勝手に拡大解釈してくれたらありがたいが、

 

(冷静に考えれば限定的かはともかく受け身であることは分かるはず。仮に拡大解釈してくれたとしても、奴の性格上それくらいで退くわけがない)

 

 上条は左肩を回すのをやめて中断の構えをする。

 

(さて、どう攻めようか)

 

 

(あのツンツン頭が使っているのは『肉体強化』……だけではない)

 

 あの身のこなしと魔力の気配から、魔術で肉体を強化しているのは間違いない。

 だがそれだけでは、ハンマーが破壊されたことや風の鎧が破られたこと、何より『天罰術式』が効かないことの説明がつかない。

 魔術は方法論さえ知っていれば、理論上は何種類でも習得できる。

 魔術で肉体を強化するなど初歩の初歩。術式があと一つや二つあってもおかしくない。

 

(……どうする)

 

 今までの敵は天罰で例外なく気絶させてきたためまともに戦ってこなかった弊害か、相手の魔術の分析などしたことがなかったため、これ以上の思考が進まない。

 そもそも、学園都市の人間のくせに魔術を使っている意味からすでに分からない。

 彼は魔術師のくせに何の目的で学園都市に居座り、同じ魔術師と敵対するのか。

 

(……そんなこと考えても意味ない)

 

 ツンツン頭はこうして立ち塞がり、彼を倒さなければ科学を潰すことは叶わない。

 魔術師だろうが何だろうが、踏み越えなければ目的を達成できないのなら倒すしかない。

 問題について考えるな。解決策を考えろ。

 

(ちまちました様子見は無意味。全力を放ってやる!)

 

 ヴェントは数十メートル上空へと浮遊し、胸の前で両手を合わせてからゆっくりと水平に広げていく。

 彼女の両手の間に莫大な風の奔流が渦巻き、

 

 ――轟ッ!と上条へ向けて直径数十メートルの竜巻が発射される。

 

(この威力は……)

 

 猛烈な風圧を感じながら、上条は思考する。

 簡易的な魔術の弾丸程度じゃ太刀打ちできない。

 攻撃範囲の広さから、(回避しなければ死ぬわけではないとはいえ)回避も難しい。

 幻想殺しを使えば打ち消すのは簡単だが、無効化という手札に気づくきっかけを与えてしまう。

 だからといって幻想殺しを温存すれば、『大ダメージの無効化』に気づかれるかもしれない。

 

(どちらもばれたところで致命傷ではない。だったら――)

 

 向こうは巨大な竜巻による力業の強行突破。

 だったらこちらも、小細工抜きの最短最速の真っ向勝負――!

 上条は地面を砕くほどの勢いで竜巻に向かって跳躍し、右手を繰り出す。

 竜巻と右手が接触した瞬間、竜巻は破裂した風船のごとく跡形もなく吹き散らかされる。

 竜巻を打ち消してなお勢いの衰えない上条はヴェントへ肉迫する。

 

(こいつ、ここまで――っ!)

 

 巨大な竜巻ですらあっさり破られたことに少なからず動揺するヴェントだったが、そんな心の動きとは裏腹に体は動いた。

 横に移動して上条の拳を回避しつつ右手で銃を象り、勢いそのままで上昇していく上条の背に向けて風の弾丸を放つ。

 ヴェントを一瞥した上条は、体をひねり風の弾丸を回避。追撃の風の刃も、右手はおろか足から魔力の放出もせず体のひねりだけでやり過ごす。

 無理に体勢を立て直し反撃に転じようとはせず、自由落下していく。

 

(めんどくさいな)

 

 ここでムキになってさらなる追撃をしてくれれば、その隙をついて反撃できたかもしれなかった。

 渾身の竜巻をあっさりと処理され、その後の攻撃も当たる気配がしないことに呆然としているならまだいいが、冷静に分析しているのなら厄介だ。

 敵意や警戒心を抱かせただけで『人を気絶』させてきたのなら、白兵戦の経験は少ないはず。

 故に、このようなガチンコの殴り合い形式に持ち込めばそれほど苦戦せず制圧できると踏んでいた。現に初手でハンマーを破壊し彼女を放り投げるまではスムーズに遂行できていた。

 だが、今はどうだ。

 力押しをすぐにやめ、こちらの手札を警戒しつつ主な攻撃方法が格闘と踏み、空中を主戦場とし近接格闘を避けている。

 立ち回りは経験がモノを言う。

 ちゃんとした戦闘は経験不足のはずの彼女がここまでの立ち回りをするのは、

 

(――才能、覚醒)

 

 もともと彼女には白兵戦の才能があった。

 ただ、強力すぎる魔術のせいでそれが発覚しなかっただけなのではないか。

 ……空中にポジションを取られた時点で考えていたことだが、勝つ方法の一つは、

 

((魔力の枯渇))

 

 空中にいるヴェントも、上条と同じ結論に辿り着いていた。

 こちらは初手に巨大な竜巻を放っている。もちろん魔力の消費は多大だった。

 ツンツン頭は、魔力の塊を弾丸の形にして飛ばしてくる以外の目立った遠距離攻撃をしてこない以上、主な戦闘手段は近接格闘のはず。

 地上ならわからないが、空中ならツンツン頭の近接攻撃はまず当たらない。

 ゆえに向こうには決定打がないが、それに関してはこちらもない。

 『肉体強化』の魔術は、常時魔力を消費して維持するパターンと、一定の魔力をつぎ込んで一定時間もしくはその魔力の鎧が消耗されるまで強化が続くパターンがある。

 仮に前者だとしても、もう一切こちらから攻撃しないなどの極端なムーブを取らない限り、魔力切れが先なのはこちらだろう。

 そもそも、魔力を使わせるように仕向けて来るはずだし、少しでも回避や防御のための魔力を節約しようものなら、その隙をつかれる危険性がある。

 だから、ここは、

 

(リスクを取ってでも攻撃を仕掛けるしかない……!)

 

 頭の中で今までの印象的なシーンが駆け巡る。

 病院で、母に抱かれる弟と初めて対面した。

 自宅で、外で、いろんなところで、家族と笑いあった。

 遊園地のジェットコースターで致命傷を負った。

 病院で弟から血を分けてもらった。

 弟が死に、その無念から魔術師になることを志した。

 魔術師となって、この手を血に染めてきた。

 走馬灯というのは死の危機に瀕した時に見る――諸説あるが、助かるための術を頭の中から咄嗟に引き出すため――などと言われているが、そんなことはないらしい。

 あるいは、行動を誤れば死に直結すると本能が告げているのか。

 そんなことはどうでもいい。

 生命の有無ではない。

 ここで信念を曲げて退くのは、死よりも屈辱的なことだ。

 

(――行くぞ)

 

 遥か上空でヴェントが円を描いて周遊する。

 上条は一発で狙いを看破する。

 

(おそらくやつも、魔力の枯渇が勝利の方程式だと気づいた。そして、魔力の持久戦では分が悪いと踏んで一発勝負を決めようと加速している)

 

 そのあとは隕石のように突っ込んでくるだろう。

 妨害はさほど意味がない。

 風の鎧を纏いながら加速している以上、何の工夫もなしに放出した魔力を当てたところで動きは止まらない。直接殴りに行っても回避されてよくて仕切り直し、最悪カウンターを食らうだけ。

 よって、取るべき行動は防戦。

 高速で動き回れば、高確率で直撃は免れるだろう。ただ、落下の衝撃によっては、回避できたとて第一九学区以外にも被害が及ぶかもしれない。

 だから、避けない。

 真っ向から受けて立つ。

 魔力を目に集中し視力全般を強化。

 音速どころではない速度で突っ込んでくるとしたら、目で追えても体が追い付かない。推測が必要だ。

 

(突っ込んでくるやつ自身も角度や方向の細かいコントロールはできないはず。大雑把な方向だけでいい。突っ込んでくるなら、真上か後ろ斜めからなはず)

 

 最悪直撃しても死ぬわけではない。他の人や街に被害が及ばなければ構わない。

 よって、予想が外れた時のことは割り切る。

 何一つ、臆することはない。

 己が選択を信じ、相手の動きだけに集中しろ。

 上条は真上を向いて眼球だけを動かし中段の構え、深呼吸をして、

 

(――来い!)

 

 ほぼないと思っていたが、やはり妨害はないと改めて察したヴェントは加速を続けていく。

 焦る必要はない。最高速に達するまで加速を続ける。

 風の鎧を纏っているため、空気の摩擦で炎上することはない。

 そうして続けられた加速は一分にも満たず、決着は一瞬だった。

 

「がはっ!」

 

 上条の後方斜め約七〇度、右足から突っ込んだヴェントは、しかし上条の右手に右足首を掴まれ地面に叩きつけられ、挙句に左拳を腹部に叩き込まれた。

 背中のコンクリートすら叩き割られた威力の拳だったため、ヴェントは息どころか血まで吐き出し、舌についていた十字架が慣性で真上に伸びる。

 上条がその十字架を右手で掴むと、十字架は粉々に砕け散った。

 最後の力を振り絞って立ち上がる可能性をケアして、上条はヴェントからわずかに距離を取って尋ねる。

 

「今ぶち壊した十字架が『人を気絶させる術式』の霊装だよな。お前の負けなのはわかるだろう。お前の目的はなんだ」

 

(……なんだ、こいつ)

 

 前半部分についてはご名答だった。

 だが、わざわざ言葉で聞いてくる意味が分からない。

 学園都市の外ですら自白剤があるのだから、それを改良した科学技術の産物や学園都市製の能力、まして魔術すらも抱えているのなら、それらを駆使して情報を強引に『引き出す』方法など山ほどあるはずだ。

 

「……今更、なんでそんなことを聞く?」

 

「お前の抱えている問題が、俺に解決できることなら解決したいからだ」

 

 至近で仁王立ちしながら真顔で断言するツンツン頭を見て、ヴェントは困惑で顔を歪める。

 

(……こいつ、本当に何なんだっ)

 

 ヴェントの魔術は『天罰術式』と『風』だ。

 相手の心理を読む魔術を会得しているわけではないし、心理学を専攻したわけでもない。

 それでも、天罰術式を効果的に使うため『人に嫌われる方法』を調べ、実践し、実際に他人から悪意を受け続けてきた。

 その経験から、人の心理の機微がそこらの一般人よりは分かっているつもりだ。

 証拠はない。

 だが、それらの経験を通して培ってきた直感は言っている。

 一切の躊躇いも言い淀みもない彼の発言に嘘はない。

 『本当のことを言っていない』とかいうレベルでなく、心の底から発言している。

 その割には、手段として暴力を選んでいることが理解に苦しむ。

 

「お前は、いったい何がしたいんだっ」

 

「この世界から不幸な人を少しでも減らしたい。それだけだ」

 

 作為的とはいえ、悪意を受け続けたヴェントだからこそわかる。

 人間とは醜悪な生き物だ。

 性善説なんてない。

 だからこそ、少年の発言は吐き気を催すほどの綺麗事としか思えない。

 これまでの出来事に疑問や違和感がありすぎて、うまく言語化すらできないが、とにかくキモチワルイ。

 ただそれだけが確かな感情であり、客観的な事実は、

 

(……どれだけ不快であっても、目の前のこいつには逆立ちしても勝てない)

 

 アレイスターには『神の右席』のメンバーであることは看破されていた。もしかしたら過去についても知っているかもしれない。

 それでも通常の流れなら、殺害されるより捕縛される可能性のほうが高いだろう。

 そして、どんな手段を用いてでも過去や感情のすべてを暴いてくるはずだ。どうせ暴かれるなら、今言っても同じ。

 理屈上はそうだ。

 でも、だけど、

 

(勝てないかどうかなんて関係ない……っ!気持ち悪いことに抗わない理由にはならない!)

 

 ローマ正教の秘奥を最後の最後まで死守しようとか、そんな殊勝なものではない。

 嫌なものは嫌だから。認めたくないものは認めたくないから。

 潔く負けを認めて命だけは助かっても意味がない。

 死ぬまで抗うだけだ。

 

「お、おおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 まだ少し残っていた魔力を総動員し、風を肩や背中、太ももの裏から吹き出し無理やり起き上がる。自力では立てないので、風で体を支える。

 

「……そうか。まあ、そうなるか」

 

 すでに決着はしている。

 これ以上の戦いは上条にとって意味がなく蛇足でしかないが、向こうも向こうで人生をすべて賭けているとすれば、理屈ではなく感情のみで立ち上がり挑んできても不思議ではない。

 気は進まないが、向かってくるなら叩きのめすしかない。

 

「お前が囚われている幻想なんか粉々にぶち殺してやる」

 

 何か言っているが、ヴェントにはもはや言葉を出す気力はない。

 なけなしの魔力を右手に集中。足の裏から風を噴出してミサイルのように突っ込む。風を纏った右の手刀をツンツン頭の顔面目掛けて繰り出す。

 対する上条は、少しだけ顔を左に傾けつつ、クロスカウンターの右拳をヴェントの顔面へ叩き込む。

 数メートルは吹っ飛び転がるヴェントを見送った上条は、先の手刀で擦過した右頬から垂れ流れる血を、振り抜いた右拳で拭い横合いに適当に払う。

 右頬の傷はすでに消えていた。

 

 

 日本時間で四時〇二分。

 上条が携帯端末で業務連絡を行う中、仰向けに倒れているヴェントは薄れゆく意識の中、ほんの少しだけ白み始めた空に向けて右手を無意識に伸ばして、

 

(――……)

 

 何かを掴み取るような動作をしたのち、力尽きたヴェントは右手をぱたりと下ろした。

 

 

 ヴェントが学園都市を襲撃して数日が経過した。

 ヴェントの帰還はおろか、彼女から一切の報告すらない。何なら『学園都市が襲撃にあった』という報すらローマには届いてこない。

 この状況、フィアンマとしては大した問題ではないのだが、ローマ教皇および他の『神の右席』メンバーはそうは考えなかったらしい。

 よって、オンラインでの緊急会議が開かれていた。

 

『今回、このような機会を設けたのは他でもない。おそらく撃破されたヴェントと我々の今後についてです』

 

 聖ピエトロ大聖堂のフィアンマの私室。

 椅子に腰かけているフィアンマは、片肘をつきながら退屈そうにテッラの声を聞いていた。

 

『まずは、ヴェント本人について。彼女が現時点で帰還していないことから、彼女は最低でも捕縛、ヘタをすれば殺害されていると考えられますが、こちらについて異がある方は?』

 

『特にないのである』

 

「以下同文」

 

 面倒くさかったので、アックアの同意に適当に続く。

 

『最悪のパターンは、捕縛後に情報を抜かれるだけ抜かれて殺害されている場合ですねー。立場上、彼女はローマ正教について深く知っている。この最悪の想像が現実の場合は、我々にとって致命傷とまでは言いませんが、痛手ではありますねー』

 

 言っている内容のわりに、そこまで深刻ではないトーンのテッラにアックアが切り込む。

 

『それもそうであるが、一番の問題点は、学園都市がヴェントを倒せる戦力を有しているということであろう。しかも、学園都市襲撃がニュースになっていないのは、それだけ迅速かつ隠密に撃破されたと考えるのが自然である。それらを踏まえれば、学園都市の戦力は我々の想像を超えているのである』

 

『どうですかねー。ヴェントの「天罰術式」は強力ではありますが、心を持たない無機物には機能しません。彼女は「天罰」抜きならただの風使い。学園都市の科学技術次第では、この結果は想定外ではあっても必要以上に怯えるほどではないと思いますがねー。それに、学園都市の技術なら情報統制力も並ではないだろうし、被害自体はそれなりにあった可能性もあるのでは』

 

 テッラの反論にアックアが何も返さなかったので、テッラからフィアンマへと話が振られた。

 

「学園都市からすれば被害に遭ったことは隠蔽したいだろうが、被害が甚大であれば『外』が放っておかないだろう」

 

 フィアンマはついていた片肘を交代しつつ、

 

「つまり、隠蔽されたにしてもそれが可能なほど、被害は相応に小さいと考えるのが自然。アックアの言う通り、それだけ迅速かつ隠密に処理されるほどに」

 

 この会議は、テッラやローマ教皇の熱望により開催されている。

 フィアンマにとっては時間の無駄でしかない会議のため、二人の反応を待たずに続ける。

 

「この結果が科学兵器によるものか能力者によって齎されたのかは不明だが、作戦行動もできず暴走したが故の自業自得に過ぎんのは確かだな」

 

『……自業自得な面はあるであろうが、我々の情報漏洩および今後についてはどう考えている』

 

「情報漏洩といっても、奴が知っているのは上の連中だけで、現場で動く人間は逆にさほど知らんだろう。俺様やお前たちの実力なら知られても問題ないし、そもそも全貌を知られているわけでもあるまい」

 

『……まあ、一理はあるかもしれませんが、さすがに』

 

「余計な口を挟んでくるな。今は俺様が話している」

 

 元々、やや無理を言ってこの会議を設けてもらった手前もあり、テッラはそこで押し黙る。

 

「今後についても心配いらん。既に手は打ってある。最終的に笑うのは我々ローマ正教だ」

 

 以上、と言わんばかりにフィアンマは宣告だけして、オンラインの退出ボタンを押した。

 

「さて」

 

 パタン、とノートパソコンを閉じ、柔軟がてら首を一回転させながら、

 

「盗み聞きとは趣味が悪い。相手してやるから入ってきていいぞ」

 

 言葉を受けて入ってきたのは、豪華な法衣をまとったローマ教皇だった。

 

「それで、ご用件のほどは」

 

「言いたいことは山ほどあるが、キリがないから主に二つ。一つ目は、本当に今回のオンライン会議はどこにも漏れていないんだろうな。会議にわざわざ私を参加させなかったんだ。質問には答えてもらうぞ」

 

 フィアンマがローマ教皇を会議に参加させなかったのは、彼がいると会議が長引くからだ。

 ハァー、とフィアンマは深いため息をついて、

 

「それについては説明しただろう。『漏れる』の定義によるが、この会議自体は一〇〇パーセント安全なわけではない。ただし、それは世の中すべての事柄に当てはまる。たとえ魔術的な回線で話し合いをしようと、直接会って会合しようと……な」

 

 魔術的な回線で話し合うとか、直接会えば秘匿性は確かに増す。

 ただし、それが万が一露見した場合は目も当てられない。なぜなら、『隠匿してまで話し合う内容ということは重要な情報である』となってしまうからだ。

 逆に、今のオンラインでの会話ならば、だ。

 そもそも、魔術師として重要な会話でオンラインはありえないという先入観により探されること自体がまずない。仮に探されたとして、オンラインなんて世界中で行われている以上、発見は至難だし、万が一発見されたとて誤魔化しようはいくらでもある。

 会話内容自体は不穏といえば不穏ではあるが「こんなのゲームの話ですよ」とかなんとか言ってしまえば、そうではないと証明するのはかなり難しい。重要な会話でオンラインはありえないという心理的な死角も考慮すると、この会話を重要と判断してそれを証明しようとする物好きがいるだろうか。

 ……というのは半分詭弁で、単に魔術的なやり取りをするのが面倒くさかったので理屈をこねくり回しただけなのだが、まあ別に完全な嘘でもない。安全性だけでなく総合的なパフォーマンスを考慮すれば、オンラインを選択するのはそこまで的外れでもない。

 

「木を隠すなら森の中。堅牢な金庫は確かに頼もしいが、それはその中身が重要であると言外に示してしまっている。逆に安っぽい木箱はすぐ開封できるが数は甚大、中身にも当たりがあるとは限らないとなれば、そちらの方が面倒だ。無料働きになる可能性もあるしな。金庫を突破するほうが簡単で早い」

 

「それは貴様がそれを実行できる力があるからだろうフィアンマ。今回の会議についても、『ローマ正教の情報が少し漏れたくらいならどうにかできる。それなら楽なオンラインで済まそう』という考えではないのか」

 

 フィアンマは、椅子に背中を深く預けながら、

 

「なんだ、そこまでわかっているのなら話が早いじゃないか。どんな過程があろうと、最終的に俺様がなんとかする。だから、そろそろローマ教皇殿は黙って口を謹んでくれ」

 

 尊大な物言いだが、神の右席のリーダーはハッタリでなれるものではない。フィアンマの魔術の概要くらいは知っているが、全力や本領を知っているわけではない。

 下手をすれば、全世界が束になってもこの男には勝てないのかもしれない。態度的には、それくらいの自信があるとしか思えない。

 

「ふざけるな。聞きたいことはまだある。今後についても考えてあると言っていたが、それは具体的に何だ」

 

 ハァー、とフィアンマは溜め息をついて、

 

「わかったわかった。今後については――」

 

 これ以上意固地になって秘匿しても問答が長引くだけと察したフィアンマは、一通りの説明をして、

 

「――まずは、そこからはじめる。それで得た情報次第で、次の一手を決める」

 

「……わかった」

 

 フィアンマの説明は手放しで納得できるものではなかったが、ヴェントという強大な戦力を失った以上、ローマ教皇としても多少の強硬手段は飲み込むしかなかった。

 渋々とはいえ、ローマ教皇はフィアンマの私室から出て行く。

 

「まったく、老害を相手にするのは骨が折れるな」

 

 ローマ教皇に説明したのは、本来の大きな計画のほんの一部。

 これに関しては半分『面倒だから』で、半分『確かなことが言えない』からだ。

 最終的な目標と大筋の計画は確かにある。

 だが、その計画に向かって一から一〇までの細かいロードマップがあるわけでもない。

 計画なんて練ったところでどうせズレが生じるし、そのズレも力業で収斂させる自信がある。

 だから、最初から詳細を詰めていない。ゆえに、大筋の計画は説明できても、本当に存在しない詳細な計画は説明のしようがない。

 ローマ教皇側もこれ以上問答しても無意味と考えたのか、幸いにも『ほんの一部』で納得してくれたが、次の計画も損失を伴うことになれば、また小言を言ってくるだろう。

 

「いっそのこと力を見せてやったほうが口を挟まなくなるか?その他大勢がどれだけ散ろうが、俺様さえ健在であれば何とでもなるんだが」

 

 右の掌から炎を出し、握り潰す。

 

「ま、いいか。本当に鬱陶しくなったときは葬り去れば」

 

 物騒なことを言いながら、フィアンマは回転椅子を左右に揺らす。

 強がりではない、薄ら笑いを浮かべながら。

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