星を冠するこの祭典は、学園都市に所属する全学校が合同で行う超大規模な体育祭。
開催期間は七日間にもおよび、情報の守秘を徹底する学園都市が唯一、一般開放される期間でもある。
そのため、子供たちの家族はもちろん、『外』のマスコミ関係、単にエンターテイメントとして楽しむために来訪する人など、様々な人たちでごった返すのが毎年の恒例だった。
そして、この一般開放の機に乗じて、悪事を働こうとする輩が侵入してくるのも毎年の恒例。
今年度の大覇星祭の初日である九月二〇日。
上条勢力のアジトの一つで、土御門元春はイギリス清教からもたらされた情報を上条当麻に向かって説明していた。
「オリアナ=トムソン。一〇代後半の女性。魔術業界では運び屋として名の知れたフリーの魔術師。追っ手を確実に振り切ることから『
霊装とは、大雑把に言えば魔術的要素があるアイテムのようなものであり、今回の『刺突杭剣』は聖人――徳が高く人格高潔で、生き方において他の人物の模範となるような人物という意味ではなく、世界に二〇人といないと言われる、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間――を、切っ先を向けただけで殺せるチートアイテムらしい。
「カミやんならわかっていると思うが、魔術世界の聖人とは、科学で例えるなら核兵器のようなもの。そんな核兵器を問答無用で消し去る兵器があると分かれば……世界大戦の引き金になりかねない」
実際問題、戦力が核兵器の存在によって拮抗していない限り、核兵器が消し去られたとて大勢が覆ることはないだろう。
だが、それをわかっていないか、玉砕覚悟で戦争を引き起こすものがいれば、万単位の人死にが出る可能性は大いにあり得る。
到底承服できる話ではない。
「緊急事態であること鑑み、一般開放されているこの機に乗じてイギリス清教からも一人応援がくる。のちほど合流次第、オリアナの追跡を開始する予定だぜい」
「……それはアレイスターも承知の上か」
イギリス清教の魔術師の応援を借りて他所の魔術師を撃退した場合、『学園都市とイギリス清教がつながっている』と露見してしまうリスクがある。それはあまりよろしくないことは、アレイスターもイギリス清教の最大主教もわかっているはずだが……。
「それについては、このまま学園都市内だけで魔術師を撃退し続けたとして、それを覆い隠し続けるのは困難である……とのことだったにゃー」
確かに、ヴェントの一件だけでも、少なくともローマ正教はいろいろと勘繰っているだろう。
だったらいっそ開き直って『学園都市とイギリス清教はつながっている。我々に手を出すと痛い目を見るぞ』とアピールするのも一理ある……のかどうかは判然としない。
「まあそもそも、
やや苦しい言い分に聞こえなくもないが、アレイスターが何の意図もなくこんな一手は打たない。ここは信じるしかないだろう。
「オーケー。なら俺たちは迅速にオリアナを捕まえるだけだ」
「あっっっっっつぅい!」
学園都市を練り歩くオリアナ=トムソンは、服の襟付近をパタパタさせながら嘆いていた。
日本は平均気温だけなら世界でもそこまで高くないが、多湿とコンクリートから跳ね返る熱と大覇星祭による極端な人口密度により、世界を渡り歩いてきたオリアナでさえ体感温度はトップクラスだった。
(んもう、体中が汗ですんごいびちゃびちゃ)
オリアナは地肌の上に明るいグレーのツナギ一枚(さすがにパンツは履いているがブラジャーはない)という大胆な格好であり一般人よりは涼しいはずだが、日本に慣れていない彼女からすれば関係ない。
暑いものは暑い。
『『スポーツマンシップに則って、本年の大覇星祭に望み、若人の夢と熱い血潮を力に変えて――』』
ビルのモニターからは、生徒による選手宣誓の模様が映し出されていた。
それを横目に歩くオリアナは、周囲の老若男女すべての目線を惹きつける。
『消えることのない絆を……絆を……あー、なんだっけな』
生徒の男のほうが、宣誓の内容を忘れてしまったようだ。
ちょっとしたハプニングに、オリアナの存在に気づいていないものはモニターのほうへ目をやっている。
『ま、いっか。消えることのない絆とかのいろいろは漲る根性でどうにかして!』
『いやちょっとアンタ』
ついに少年のほうは開き直って、勝手に違う内容をしゃべりだしたようだ。
少女のほうが慌てて止めに入っているという面白ハプニングに見入っている者も、オリアナの存在を認識した瞬間、彼女へと目を奪われる。
『日ごろの鍛錬と根性の成果を十分に発揮し!』
『ちょっとって』
オリアナは現時点でとある魔術を使ってはいるが、それは目線を惹きつけるものではない。
つまり、オリアナはシンプルにそのビジュアルのみで周囲の目線を受けている。
『その雄姿と根性を腐ったやつらに見せつけて!』
『おい』
セミロングの金髪の先端は緩く巻いてあり、カラーコンタクトなどではない天然の碧い瞳。
整った顔立ちに胸とお尻は大きく、ウエストは細い驚異のスタイル。
国際化が進んだ現代でも、ここまで美しい外国人はそうそうお目にかかれない。
ツナギの胸元は大胆に開いており素肌が丸見えとなれば、もはや一ミリも見ない方が難しいだろう。
『この大会が最高に根性の入った思い出になるよう、あらゆる困難障害艱難辛苦七転び八起きが立ちはだかろうとも!』
『い・い・か・げ・ん・に、黙れーっ!』
『すべて根性で乗り切ることを誓うぜ!』
モニターの向こうでは、少女のほうが前髪から電撃を飛ばし、少年に直撃する前に少年がなんか爆発していた。
少年が体の内側から四散したわけではないが、少年がセリフとともに拳を突き上げた瞬間、少年から虹色の光と彼の背後で虹色の煙が勢いよく出て電撃を弾いていたので、そう表現するしかない。
(学園都市の能力ってのも、案外すごいのねえ)
そして、そんな面白映像よりもオリアナに見入っている者も、誰一人として歩き続ける彼女の後を追うことはなかった。
土御門元春が扱う魔術は『陰陽術』。できることの幅は広く、探索をするならば式神が向いている。
黒い四足歩行の動物たちと
「すごい数を召喚していたけど、魔力は大丈夫なのかい?」
土御門に声をかけたのは、金髪を深紅に染め上げた二メートル超の大男、ステイル=マグヌス。
イギリス清教から今回の問題の解決にあたって応援に来た魔術師だ。
「合流してからの作戦会議で説明したろ?カミやんの『宿り木』を通して膨大な生命力を拝借したから、オレ本人は全然大丈夫なんだにゃー」
「……軽薄さがいつも通りなところを見ると大丈夫そうではあるけど」
土御門に強がっている様子がないのは確かだ。
ステイルは陰陽術に明るいわけではないが、仮に式神召喚の魔力コストが低い方だったとしても、あれほどの数であれば本来はもっと疲弊しているはずだ。
その疲弊をここまで軽減できる『宿り木』に、ステイルは少なからず戦慄する。
(最大主教からとさっきも説明を受けて理屈は知っていたが、この目で見て実感するととんでもないな)
上条当麻は『肉体強化』、『宿り木』、『大ダメージの無効化』の魔術を使役する。『肉体強化』自体は何の変哲もない、むしろ相手を制圧するという意味なら非効率ですらある魔術だが、『宿り木』と『大ダメージの無効化』は破格の性能だ。
『宿り木』は、接触した相手に『種』を植え付け、そこから生命力を吸い上げる。つまり、植え付けた時点で上条当麻の勝利は確定する。厳密に言えば植え付けられた『種』を迅速に処理することも不可能ではないが、初見で『接触するだけで種が植え付けられる』なんて気づくはずもないし、気づけたとしても植え付けたられた魔術的な『種』を処理するには、それなりの技術がいる。
また、『宿り木』は吸収だけでなく『種』を介して生命力を分け与えることも可能。先の土御門に行使したのがそれだ。
そして、この『宿り木』とのシナジーがとんでもない『大ダメージの無効化』。文字通り大ダメージを無効化する術式で、大ダメージとは具体的にどれほどかと言えば、銃で撃たれるなどの致命傷はもちろん、骨折レベルのダメージすら含むらしい。
小さいダメージを何回も与えて徐々に衰弱させていく……という戦法も、『宿り木』により吸収された生命力を使いすぐに回復するので通じない。『宿り木』は敵に植え付けなくても、上条当麻の味方にすでに植え付けられている。万が一生命力や魔力が枯渇しそうになっても、味方から拝借することも可能。上条当麻本人に加え味方全員の生命力が枯渇することは、よほど大規模な戦闘でない限り、まずありえない。というか、大規模であればあるほど『種』が増えるとも言えるため、やはりどう転んでも上条当麻を倒すのは困難だろう。
そもそも、生命力をストックもしているらしい。
そのうえで、幻想殺しという『それが異能であるならば何でも打ち消せる』右手があるという。
今回は味方だが、もしも上条当麻が敵になった場合を考えるとぞっとする。
(僕も『あの子』のためなら何でもする覚悟があったが……この男の覚悟はそんなものじゃないかもしれない……)
これほどの魔術を実際に習得し、こうして学園都市を守ろうとしている一四歳の上条当麻の人生は想像を絶するものだろう。
ステイルだって幼少期からイギリス清教の魔術師として鍛錬し続け今があるが、それはそういう特殊な環境だったからだ。
土御門だって陰陽の家系に生まれていなかったら、きっと普通の人生を歩んでいただろう。
でも、上条当麻は普通の生まれから、『こちらの世界』に
それはライオンでもないのに谷から落とされ、しかしそこでくたばらずに谷から落ちても平気なように適応したようなものだ。
現時点で、上条当麻に勝てる気がしない。
魔術云々以前に、覚悟や人生の時点でだ。
「さあて、それじゃ手筈通りに各々動くか。発見したら伝えるから、それまでは目視で発見頑張って!」
追跡者たちは、オリアナを追い詰めるべく散開する。
(まさか、ここまでとはね……)
明らかに強大な魔力を感知したオリアナは顔をしかめる。
予想していなかったわけではない。ヴェントが撃破されたという報告を聞いた時点で『あり得る話』だとは思っていた。
学園都市に魔術師が潜み、そいつらがヴェントを倒したのではないかと。
ただ、魔術師がいることは想定内でも、そのレベルは想定外だ。
(……いいや、ヴェントを倒したのだから相応に化け物で当たり前よね……)
使われた魔術は、自然に考えるなら探索を目的とした魔術だろう。これが視覚に依存したものであるならば、変装するなどして時間を稼ぐことか可能だが、今回の仕事の性質上、見つからなさすぎても良くない。
もともと変装する予定はない。ならば、
(……プランに変更はない。私は私にできることをやるだけ)
障壁が予想以上に大きいくらいで諦めるようなら、はじめからこんな仕事はしない。
土御門が召喚した動物たちは、言ってしまえば魔力の塊だ。
現実の動物を操作しているわけではないので、普通の動物ではありえない膂力、できない速度、やれない動きができる。
たとえば、種類や状況によって違うが現実の烏の飛行速度は時速40~60km程度に対して、土御門が召喚した魔力の烏なら、空気摩擦により燃えつきる手前までの速度を常時出すことも可能だ。
ただ、それは原理的な話であり、実際問題高層ビルや飛行船などとの接触を避けねばならないので、出せる速度は結局限られてくる。陸はもっとひどく、人間との接触を考慮した場合、出せる速度は現実の動物と同等の速度が限界だ。
学園都市を網羅するにはそれ相応の時間がかかるし、飲食店などにこもられたら目視の発見はできない。
だから、もう一押し。
「すみませーーーーーーーーーーん!この辺で金髪碧眼の外国人女性はいませんかぁーーーーーーーーーー!借り物競争で連れていきたいんですけどぉーーーーーーーーーー!」
歩道橋の端に乗っかり、この時間に借り物競争をやっている学校の体操服姿の上条が叫ぶ。
シンプルに、借り物競争のテイで街中の人の力をも借りる作戦。
嘘だとバレた場合や、開き直ったオリアナが一般人を人質に取る可能性を考えるとリスクが少なくない作戦だが、何万人もの命がかかっている以上、背に腹は代えられない。
人質を取られた場合は、なんとしてでも取り返す。
二か所回って特に反応がなかったが、三か所目で反応があった。
『しょおねええええええええええん!金髪碧眼ナイスバディお姉さんなら、さっき見たぞぉーーーーーーーーーー!』
拡声器を使ってまで返答してくれた少女は、ベリーダンスのような露出度が高い服装だった。
上条は歩道橋の端から飛び降りて、その少女に近づいて尋ねる。
「どこに行ったか分かるか?」
「さっきそっち……じゃない。あっち……でもないし、あれ?」
比較的直近で見たはずなのに、どこに行ったわからないのが自分でも不思議そうな様子だった。
おそらく何らかの魔術の影響だろう。どこに行ったかを掘り下げるのは多分無理だ。聞き方を変えてみる。
「さっきって、具体的にどれくらい?体感でいい」
「五分も経ってない!これはガチ!」
「ありがとう!」
上条は再び歩道橋の上に跳び乗る。
さっきから歩道橋の端に立ったり飛び降りたりまた乗ったり、一般的には危険で目立つ行為を堂々と繰り返しているが、ここは能力者が集う街。この程度ならできる能力者はたくさんいるので、この街の住人からすれば特段驚かれることでもないし、目立つことでもない。
上条は魔力を眼に集中して視力を上昇させる。
(人間の平均歩行速度は分速70~90メートル。5分なら進める距離は理論値でも450メートル。人混みや取引に使う霊装を持ち合わせている可能性、信号の噛み合い、満5分は経過してないだろうことも考慮すると、進めてせいぜい350~400メートル。変に目立つのを避けるのなら、裏道を通らずに大きな通りを歩くほうがいい。そもそもそっちのほうが見つかりにくい。歩いていくルートも絞られる)
上条は、この三か所目の歩道橋には南から来ている。人混みもあるのですれ違いを見逃している可能性はゼロではないが、今見たところオリアナらしき姿は見えないし、来るときも細心の注意を払っているので、すれ違いの可能性はいったん省く。
オリアナは北側へ向かったと仮定して、北側は200メートル先ほどでカーブになっているのが確認できた。
上条は再び歩道橋から飛び降りて、北側に向かってラン。カーブを抜けた先には丁字路があった。
(行動学上、人は迷ったり未知の道を選ぶ時には、無意識に左を選択するケースが多いと言われる。だが追跡封じのオリアナなら、これくらい知っていそうだ。裏を読んで右に行くことも考えられる)
二者択一。
上条はこと戦闘においてなら自負はあるが、追跡に関してはプロでも何でもない。厳密に言えば、ただの素人よりは尾行などはできるっちゃできるが、その道のプロフェッショナルではない。
思考の読み合いで勝とうと思うな。
裏の裏の裏を読むとか、相手の土俵でそんなことをやろうとしても勝ち目なんて薄い。
考え方を変えろ。
(……魔術師という生き物は、譲れない信念や限りなき願いを抱いている。そうして鍛錬をして得た魔術には、絶対的な自負が伴う。追跡封じと呼ばれるまでになったんだ。鬼ごっこには絶対的な自信があるはずだ。なら、その自信を信頼する)
たとえ姿を見られて接触されても、そこから逃げ切れる自負があるのなら、無意識に左を選びやすいことを読まれるとか、その裏をかいてやろうとか、そんなチンケな考えはしない。
だから、左に向かって走る。
先ほどの拡声器少女から考えると、何らかの魔術が作用するか既にしている可能性があるため、念のため頭に右手を当てながら。
一五秒ほど人混みをかわしながら走っていくと、ついにその姿を捉えた。
「すいませーん!そこの金髪のお姉さーん!」
ツナギのような服を着て、左手には帯でぐるぐるに包まれた長方形の板状のものを抱えた金髪女性が振り向く。
ついにその女性の目の前まで辿り着く。
「お姉さんの前で止まったということは、お姉さんに用があるってことでいいのよね」
ひとまず、姿かたちは写真で見たオリアナ=トムソンそのもの。はっきりとした魔力は感じないが、そっくりさんなのかそうでないかはこれから見極める。
「そうです。お姉さんに用がありました」
「お姉さんの自意識過剰ではなかったようで一安心。で、お姉さんに用って?」
上条は、ジャージのポケットから紙を取り出して開く。
「借り物競争のお題で、『金髪碧眼の女性』というのが出まして……。できればお姉さんについてきてもらいたいんですけど」
借り物競争において、物にしろ人にしろ借りるときはその人の許可がいる。連れていけたら話は早いが、ひとまず見つけた以上、土御門に報告すれば式神たちが彼女をマークし続けられるので、最悪断られてもいい。
「うーん……」
金髪のお姉さんは、右手でぱたぱたと扇ぎながら悩んだのち、
「いいわ。一緒に行ってあげる。でも、この暑さで喉渇いちゃったから、お茶してからでもいいなら、ね」
「はい!もちろんです!」
こうして、上条は金髪女性と共に動き出す。